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第四話

 家の玄関でバタリと倒れる。

 二人とも泥だらけだったけど気にしていられなかった。疲れた。足が痛い。痛すぎる。


 汗びっしょりの体が気持ち悪くて身じろぎをしたが、アシェルが起きる気配はない。


 はぁ、とため息をつくと誰かの足が見えた。

 足……?


「ティナ。こんな時間に何をしてたんだい?」


 ゆっくり顔を上げると、にっこりと微笑んで仁王立ちした父と心配そうにこちらを見ている母がいた。


「あ、父さん、母さん。ご、ごめんなさ……」


 怖い。怒ってる。父さんの笑みが怖い。


 ガタガタと震えていると父さんが深く息を吐く。


「昨日の夜、ティナの部屋で聖霊がキーキー言ってたから様子を見に行けばティナがいない。騒ぐ聖霊に聞けば森に行ったとか言うし……」


 ふと父さんの視線が私の隣でぐったりと気絶しているアシェルに向けられた。じっと見てから足枷で視線が止まる。


「身売りの少年かい……?」

「……え? 分かるの?」


 父が焦ったようにアシェルに近付いて脈を量る。足枷を指でなぞって安心したようにほっと息をついた。


「大丈夫だ。しかし、脈が弱いな。レナ、彼を風呂に入れてやれ」

「でも、彼、身売りって……。大丈夫かしら?」

「大丈夫さ。服従の呪いは解けてる。自力で解いたのかな……。だったら凄い魔力だ」


 父さんの顔が一瞬キラリと光った。頭のいい父さんには何か感じるものがあるのだろう。魔力とか、私にはよく分からないけど。


「傷もひどい。聖霊に頼んで薬草を貰おう」


 私がポカンとしている間に父さんはテキパキと作業を進めていく。母さんがアシェルを運んで体が軽くなる。残ったのは気持ち悪い体だけ。


 私もお風呂に入りたい……。


 アシェルを抱えて風呂場に向かう母さんに思わず手を伸ばすが、虚しく空を切った。


「ティナ」


 父さんの優しげな声が降ってくる。

 怒られる感じはしなくて、気持ち悪い体に鞭を打ってよろよろと立ち上がった。しかし、顔を上げてすぐに後悔した。父さんは笑ってなかった。


「ティナ、父さんも母さんも心配したんだぞ」

「ごめんなさい……」


 言い訳の一つも浮かんでこなくて項垂れた。こんなことになるなら昼のうちにネージュと助けておけば良かった。


 内心口を尖らせていると、ふわっと泥だらけの頭に柔らかい感触がした。


「無事で良かった」


 父さんの目は少し潤んでいて、本当に心配をかけてしまったのだと猛省した。自分が泥だらけなのも忘れて父さんに抱きつく。


「ごめんなさい、父さん」


 父さんは笑って自分が汚れるのも厭わずに私を抱き抱えた。


「ティナの無事が一番さ。聖霊にも催促されたんだろう? 昨日は五月蝿かったからな」

「うん、私も風の声がはっきり聞こえたの」

「そうか。でも偉いぞ、ティナ。あの少年を一人で助けたんだからな。暗い夜の森は怖く無かったか?」

「全然! 森が助けてくれたから!」

「そうか、そうか。お前の度胸は見上げたものだ」


 そう言って父さんは私を高い高いする。褒められたのが嬉しくて、バタバタと手足を振った。


 二人できゃっきゃっしていると、母さんがアシェルを抱えて風呂場から出てきた。


「あ、母さん! ア……男の子は?」


 アシェルと言いそうになって慌てて言い直す。私は彼の名前どころか声すら聞いていないのに名前を呼ぶのは可笑しい。


 母さんはにっこり微笑んで大丈夫よ、と言った。


「にしても、この坊やとても軽いわ。心配ね」

「服従の呪いは解けているから大丈夫だと思うが……。暫くは安静にしておこう」

「私のベッドに寝かせておいて。私がちゃんと責任を持って面倒を見ます!」


 勢いよく手を上げれば、母さんも父さんも驚いたようにこちらを見た。


「ティナは責任なんて難しい言葉を知っているのね」

「大きくなったなあ……」


 自分で世話をすると言い出したのがそんなに衝撃的だったのか、父さんは親離れをし出した子供を見るように寂しそうに笑う。


「だって、父さんも母さんも忙しいし、私が連れてきちゃったし……」

「そうね。彼の面倒をずっと見れるのはティナしかいないわ。ティナ、頑張れる?」

「うん!」


 元気よく返事をすれば母さんは私の部屋にアシェルを運んだ。


「男の子、起きるかな。びっくりしちゃうかも。早くおうちに帰せるようにしないと」


 おうちと言ってもヴァイス家だけど。


 隣を見れば、父さんは目をすっと細めていた。


「彼は……きっと貴族だ」

「え!?」


 思わず父さんを二度見する。

 今まで彼が貴族だと感じれるところあった?


「父さん、どうしてそんなことが分かるの?」


 私が聞けば、父さんは嬉しそうに話し出す。こう見えて父さんはうんちくが大好きである。話し出したら止まらない。ご近所のおばさん並みにねちっこいのだ。


「あの足枷。あれは身売りが付けられる服従の呪いが施されたものだ」

「服従の呪いって?」

「なんでも言うことを聞かせるようにするんだ」


 そんな恐ろしいものがあの足枷にはあったのか。ブルリと身震いをすれば、父さんは悲しそうに話し出す。


「身売りはこの国では重罰だからする人はほとんどいないけど隣国は違うんだ。アルメリアじゃないよ? あの国は治安がいいからね。プリーギア公国。知ってるかい?」


 私が首を振ると父さんは地図を取り出した。すごい徹底ぷりだ。適当でいいのに。

 私、地理苦手だから。


「ここだ」


 父さんが指を差したのはアルメリア王国の左側に、私達の居るマリーン国の左上にある結構大きめな国だった。


 そこには文字でプリーギア公国と書かれてある。


「ここは貴族が絶対の国なんだ。貴族が言えばそれが全てになる。国王はいない。まぁ、身売りをここまで厳重に罰するのはこの国とアルメリアくらいだけどね」


 なるほど。アシェルはプリーギアから逃げてきたのか。確かに、プリーギア公国との国境も我がヘーメルの森にある。まぁ、結界が張られてあるので滅多に人は通ってこれないけど。


 そこでふと疑問を感じた。


「ってことは彼は隣国のプリーギア公国から来たの? 結界が張られたヘーメルの森に?」

「そうなんだ。可笑しいだろう? あの森の結界は絶対だ。普通の人なら外からは入れない」


 普通の人なら? 入れる人もいるってこと?


 私の疑問を見透かしたように父さんが話を続ける。


「ただ、光闇の民は違う。彼らだけは例外だ。私達、風の民と同じように聖霊に愛される」


 光闇の民。

 確か、アシェルは光と闇の魔法を操れる設定だったはず。普段は瞳が金色だが、闇の魔法を使うときは緋色になる。黒髪に緋色の瞳もまた違った妖しさがあって好きなんだよな……。


 前世の記憶を思い出していると父さんは私が理解出来てないと思ったのか、苦笑しながら言葉を続ける。


「ティナには早かったかな? まぁ要は、魔法には五種類あって、火、水、風、土、光と闇があるんだ。火の魔力を持つものは火の民。水の魔力を持つものは水の民って呼ばれるんだ」

「光と闇は同じなの?」


 とぼけて聞いてから後悔した。父さんの目が輝いているからだ。こういう時、大抵うんちくが始まる。


「だろう? 不思議だよなあ。父さんもそれが気になってな。独学で勉強したんだ。面白いぞ。色々諸説があってな……」

「あ、うん。それは後で聞く。それで、それがどうして彼が貴族であることに繋がるの?」


 半目で睨むと、父さんはごめんと決まりが悪そうに頭を掻く。


「あの森を抜けられたってことは、風の民か、光闇の民でも特別な魔力を持つ者だけだ。風の民でも、私達くらい魔力が強くないと聖霊には好かれない」

「え、そうなの?」

「そうだよ。我々は由緒正しい風の民だ。だから、この森を守れるんだよ。まぁ、珍しいけれど風の魔力が強い人はいないこともない。でも見ただろう? あの足枷」

「……なにかあった?」


 やっぱりゲームの知識だけじゃ足りない。知らないことも沢山ある。聖霊が見えるなんて設定あったかな?

 私が首をかしげれば、父さんは自慢げに指を振る。


「あの足枷は外から壊すか、内部から自分の魔力で壊すしかない。外部からならなんとかなるが……。内部からとなると呪いを解かなくては話にならない。呪いを解けるのは光闇の魔力を使える者のみ」

「足枷は外から壊されてなかったよ」

「そう。ってことは彼が内部から破壊したってことだ。服従の呪いが稼働していたら彼は今頃生きていないからね。私も確認したけど呪いはきれいに解けていたよ」

「だから、彼は光闇の民なのね!」


 父さんが大きく頷いた。


「そうだ。光闇の民は珍しく、この大陸でも人口の数%しかいない。しかも、彼らは呪いを解ける不思議な力を持っている。大抵そういう強い力を持つ者は人の上に立つんだ。

 だから、平民に光闇の民がいることはまず有り得ない。王族もほとんど光闇の民だからね」


 ヴァイス家もアルメリア王国の由緒正しい光闇の民だったはずだ。

 すごい。ゲームの知識が無いのにここまで分かる父さんの推理力がすごすぎる。


「父さんすごい! 探偵さんになれるよ!」

「えぇ!? そうかなぁ」


 私が大袈裟に誉めると父さんは嬉しそうにデレデレと笑った。自分の知識を披露できて嬉しそうだ。


 父さんがまた私を抱き上げようとした時、べちょりと汚い音が聞こえた。


 忘れてた。私、泥だらけだった。


 父さんと二人で顔を見合わせて苦笑する。父さんもパジャマが汚れていた。


「……お風呂入ろっか」

「……うん」



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