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第十話

 美しい黒髪に、深い金色の瞳。肌は青白くはないが、身長は恐らくゲーム時と変わらないほど高い。

 17歳のアシェルは美少年らしさを残しながらも確実に青年へと成長している。


 先程まで見開かれていた瞳は剣呑な光を灯し、私を睨んでいた。


「婚約ってなに?」


 腕を組み、目を据わらせてアシェルが私に問うが私はそれどころではない。

 今、私の側には貯金箱があるのだ。250万の金貨と銀貨の入った貯金箱が。これをどう誤魔化すか。


 私は然り気無く貯金箱を背中に隠しながらアシェルを見て微笑んだ。


「アシェル、女性の部屋に勝手に入ったらいけないでしょう?」

「ティナのドアはずっと開けっ放しだったよ。それにまだ入ってない」


 アシェルが下を指差す。

 指を辿って床を見れば確かにアシェルは私の部屋に入ってはいなかった。


「あ、あー、うん、そうだね。えっと、なんだっけ?」

「だから、婚約って言葉が聞こえたんだけど」

「え、そんなこと言った?」


 へらへら笑いながら惚けるとアシェルの眼光が鋭くなった。怖すぎ。


「僕に嘘つくの?」


 私は『はい』とも『いいえ』とも言わずに首を傾げる。

 私だって無駄に前世がある訳じゃない。仕事は接客業だったし、営業スマイルだって何年もかけて習得しましたよ。


 アシェルは諦めたように深いため息をついた。


「別になんと言おうがティナの勝手だけど、僕に黙って婚約とかしたらただじゃ置かないから」


 チンピラみたいな言葉を残しながらもアシェルはご丁寧に開けっ放しだった扉を閉めて踵を返した。最近アシェルが冷たい気がする。いや、気じゃない。なんか反抗期だ。


 なんとなく見捨てられた感がすごくて項垂れる。取り敢えず、貯金箱が見つからなかっただけ良しとしよう。


 詰めていた息を吐き出して貯金箱をベッドの下に隠そうと試行錯誤しているとコンコンと扉を叩かれた。

 今度は何だ。


「ティナ、言い忘れてたんだけど、僕これから出掛けるから留守番お願いね」

「どこに行くの?」


 貯金箱を隠し終わったので、部屋の扉を開けた。

 さっきはあまり見ていなかったけど確かによそ行きの綺麗なコートを羽織っている。

 私はじーっとアシェルを嘗めるように眺めた。


「え、なに?」

「いや、センスあるなって。まぁ、格好いいし、スタイルいいからなんでも似合うけど……。どうしたの?」


 アシェルが黙り込んでしまったので顔を上げると、下を向いて口元を手で押さえていた。耳がほんのり赤いから多分照れてるんだろう。


「え、照れてるの? 今さらじゃない」

「照れるでしょ! ティナに誉めてもらうの久し振りだし……」


 さっきの反抗的な態度とは打って変わって可愛らしいことを言ってくれる。情緒不安定だな……。


「私、結構アシェルのことは褒めてるよ」

「いや、格好いいって言われたのは初めて」

「いつもなんて言ってた?」

「可愛い」


 なるほど。可愛いか。よく言ってた気がする。


 アシェルは未だに口元を押さえたまま、私はそれをぼーっと見たまま、気がつけば変な空間が出来上がっていた。

 なんだろう、この気まずい感じは。今度から格好いいって言うのやめよ。


「えーっと、今日は何処行くの?」

「フィアノールだよ」

「また、フィアノール?」


 フィアノールと言えばマリーン国で一番裕福で発展している都市だ。確か二日前も行ってなかった?


「マリーン国の首都だよね。……私も行っちゃ駄目?」


 機嫌の良い今ならいけるかもしれない。

 ちょっと可愛い子ぶって上目遣いをする。


「駄目」


 アシェルは無表情になって私の願いを一刀両断した。

 私の上目遣いが効かないなんて……!

 こうなったら論破してやる!


「だって、私もう17なのに一度もヘーメル領の外に出たことないんだよ!? 可笑しくない!?」


 すでに六歳くらいの時にネージュとばあばの所に行ってたから外には出てるけど、そこはノーカウントで。


「私だって都会のキラキラしたもの見たいし、洋服だって欲しいの!」

「お土産はいつも買ってきてるよ。何か欲しいなら買ってきてあげるから」

「違うの! 自分で見たいの!」


 駄々を捏ねる子供のようにわーわー喚く。

 アシェルは優しいから私のしたいことは基本させてくれる子だ。だから、ある程度暴れれば私の本気度が伝わり、仕方ないなぁと言ってくれる……はず!


「駄目」


 さっきよりもずっと強い口調に思わずぐっと言葉を詰まらせる。

 怒ったような、困ったような顔で私を見るアシェルをキッと睨み付けて私は憮然と口を開いた。


「なんで駄目なの?」

「危ないから」

「その、危ないってなに? アシェルがいれば大丈夫でしょ?」

「ヘーメルが一番安全なんだよ」


 可笑しい。アシェルがこんな頑なに私のしたいことを制限するのは可笑しい。

 アシェルは考え込んで黙った私を諭すように優しく囁いた。


「だから、絶対ヘーメルの外に出たら駄目だよ。分かった?」


 やっぱり、なんかある。

 私を連れていきたくない理由が。


「……嫌だ……って言ったら?」


 挑発するつもりでニヤリと口角をあげて言う。ちょっと自分格好いい。


 ふふふ、と内心得意気になっていると、ヒヤリと背筋が凍った。アシェルの表情が消えている。あ、スチルそのままだ。


「外出禁止一週間」

「え、また外出禁止!? しかも一週間って……」


 忘れてた。アシェルには奥義『外出禁止』があるんだった……!


 外出禁止━━━それは約2年前、私がふざけてアシェルの後を付けていったことから始まった。どうしても都会の町に行きたかった私はこっそりアシェルの後を付いて行き……見事迷子になった。

 帰り道が分からず途方に暮れていた時、恐らくその町の住民であろうお兄さんに助けられ、ヘーメルまで送り届けてくれたのだ。


 結界の外では父さんも母さんもアシェルも皆私を探していて申し訳なくなった。母さんには少し怒られる程度で済み、父さんはお兄さんに平謝りしていた。


 ここまではいい。

 父さんと母さんは良かったんだけど、家に帰ってから終始無言だったアシェルにしこたま怒られた。泣きそうだった。怖すぎるんだもん。

 静かに、でも目を据わらせて私を追い詰める様子は悪魔っていうよりも魔王に近かったと思う。美形だし。


 その魔王様から課された刑が外出禁止の刑。

 丸一日、まじで部屋から出れなかった。父さんや母さんから信用されているアシェルは言葉巧みに私の体調が悪いことを説明した。


 迷子になったのが相当怖かったのだろうと二人は納得してしまい、私は部屋から出れないまま丸一日部屋で過ごした。

 部屋のドアには結界が張ってあって出れない。ヘーメルの森の結界と擬似したものを作っていた。わざわざ聖霊にお願いしたのだ。なんという才能の無駄遣い。


 その後、恐ろしくなった私はアシェルに必死で許しを乞い、もう一度空を拝むことができた。


 その時約束したのだ。

 次同じことをしたら、一日じゃ済まさないぞ……と。


 さぁっと血の気が引いた。

 思い出した。そうだった。次やったら一日なんてもんじゃない。一週間。

 死ぬ。暇すぎて死ぬ。


「や、やだなぁ! 冗談だよ、冗談!」


 冷や汗をだらだらかきながら私は必死で言い繕った。アシェルは本気でやるから怖いんだ。


 顔を引き吊らせる私とは対照的にアシェルはにっこりと満足そうに微笑んだ。


「ならいいんだ」

「あ、もう時間なんじゃない?」


 話題転換を素早く行い、アシェルの気を紛らわす。アシェルは時計を見てから焦ったように駆け出した。


「じゃあ、ティナ、大人しくしとくんだよ! 着いてきちゃだめだから!」

「はいはーい! いってらっしゃーい!」


 大人しくするって……ペットじゃないんだから。


 満面の笑みでヒラヒラと振っていた手をアシェルが見えなくなってから下ろす。

 にっこりと笑っていた私の口元はニヤリと怪しい弧を描いた。


「大人しく……するわけないよねぇ?」


 さっきから思ってたけどやっぱりどこか変だ。私ももう17歳だし、連れていっても問題はないはず。この前も父さん達がそろそろティナも連れていってあげてもいいんじゃないかってアシェルに交渉してたし、アシェルもそうですねって言ってた。


 何か隠してる……?


 そう思ったら確認せずにはいられないのが人間の(さが)だろう。


「ふふふ……今の私は2年前とは一味も二味も違うのよ……!」


 拳を握りしめ魔王の秘密を暴くべく、さながら勇者のような足取りで私は元気よく家を飛び出した。



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