Ⅷ 決闘
Ⅷ
「ど、どうした!? 被告人!?」
ケケケ
うろたえんじゃねぇよ。ハゲじじい。
[あぁ~。やっぱ、自分で体動かせるって、気持ちいいよなぁ~]
拳を開いて閉じて、背伸びひとつ再確認。
シャバに解放されたような気分だぜ。
「……まさか……!?」
「【上界人】か……!?」
って呟いてんのは、ボクの言ってたセンセーとダチ公だな。
つーか。さっきからザワザワとうるせーぞ聴衆共。
そこで
「静粛に!!」
ハゲじじいが木槌を叩いて収める。すると、
「……改めて問う。被告人。名を述べよ」
ケケケ。何かと思えば、つまんねーこと聞くじゃねえか。
いいぜ。答えてやるよ。覚えたての『異世界語』でな
「俺はノヴ・シュテインハーゲンだぜ。今も昔も、これからもだ」
睨み付けて、言ってやった。
周りのヤローがますますザワついてるあたり、どうやらちゃんと通じたらしいな。
ケケケ。えらそーにしてたハゲじじい。鳩が豆鉄砲食らったような顔してらぁ。
愉快愉快。
「き、貴様ぁ!!」
そこで、ずんずんと近づいてくるのは……ああ、一度俺にやられたヤツじゃねぇか。
オーダスとか言ったっけ?
「ふざけるのもいい加減にしろ!! おまえのせいで、ノヴ様がどれ程の迷惑を被ったとーー」
あーあー。うるせぇー。
うるせぇから、片手で投げ飛ばしてやった。
ドスン!
背中から、受け身も取れずに叩きつける。ま、合気道みてぇなもんだ。
見ると、完全ノびてやがる。だらしがねぇなぁ。
よえーやつにゃ興味ねぇ。その上怪我人とあっちゃ、構ってる暇なんかねぇ。
さて、それじゃあ、話を進めるか
「おい。そこのインテリよぉ。事件の動機をセツメーしろっつったよなぁ」
話しかけたのは、検事のぼっちゃんだ。突然で、あっけに取られてるみてーだ。
しっかりと聞いとけよ。
「おれぁよ……つえぇヤツと戦いてぇのよ」
「強いやつ……だと?」
「ああ。動機は、単純にそれだけだ。せっかく異世界に来たんだからよ。精一杯、二度目の人生を楽しまなきゃ損だろ?」
おっと。こんだけ長いと伝わったかどうかわかんねぇな。
さすがに一週間ぽっちのベンキョーじゃ、覚えられる内容にも限界があらぁ。
だけど、ラッキーなことに、俺の意思は伝わったらしい。
いろんなヤツがいろんな顔してらぁ。
真っ赤になったり、真っ青になったりな。
んで。その後に来たのは怒号の嵐だ。
「ふざけんなぁ!!」
「反省の色がねぇのか!?」
聴衆共からの愉快なファンファーレってか? 笑って返してやらぁ。
反省? んだそれ?
俺は俺の好きなように生きるだけだ。
ボクの立場なんか知ったこっちゃねぇ。
そもそも、こいつのもともとの環境が裕福すぎてんだから、こんぐらいでちょうどいいってもんだ。
恵まれすぎてる人生なんて、俺にとっちゃ『終わってん』だよ。
おっと。こんなことしてると、ボクがまたうるせぇかな。
……ん?
<…………>
……反応がねぇ。
ケケケ。どうやら交代直後は、意識を失うみてぇだな。転生直後もそうだった。
こりゃ好都合だ。
「……ずいぶんとうまく話せるものだな。悪党」
と、イヤミっぽく話しかけたのは、マッポ。クロッドだ。
ケケケ。額の青筋ピクピク動かしてらぁ。
「ノヴ少年の証言によれば、事件から一度も表面化していないということだったが……どうやら、ただやり過ごしていただけのようだな」
「おっと。結構察しのいいこって」
と、おどけてみせる。
その通りだ。実は、結構前から、体の主導権を取り返すことはできていた。
あれは、事件から三日後の夜。ボクが寝静まった頃だったな。
あいにくと、ボクと俺の睡眠はリンクしてねぇみてぇで、俺はしっかりと起きていた。
だから、なんとなく、体を取り戻してぇって願ってみたら、あっさりと交代できたのさ。
事件直後は、どうふんばってもできなかったのに不思議なこった。ある程度時間を置かないと交代できねぇのか、ボクが寝ていたからかわかんねぇが、とにかく、体は取り戻せることが分かった。
だから毎晩、実験も兼ねて体を交代。一時の自由を満喫してたってことだ。
「ボクにばれねぇように、ここぞってタイミングを狙ってたわけよ」
「ボク……?」
「ああ。この体の元の持ち主のことを、そう呼んでるだけだ」
と、自分の体を指さす。
あぁ~……ちょっと頭がぼや~っとするなぁ。
毎日の実験で、睡眠不足になっちまったみてぇだなこりゃ。
「……何が目的で現れた? まさか、真面目に事件の証言をするためとでも?」
「ケケケ。んなわきゃねーだろ」
笑って返す。
寝不足でも関係ねぇ。
これからやることを、思えばな……!
「おまえと話したくて、しょうがなかったぜ。クロッドさんよぉ……!」
「……私と……?」
「ああ。ひとめぼれってやつだよ。あんた、相当『ヤル』奴だよな……?」
今朝。一目見て分かった。
こいつは、いくつもの修羅場をくぐってきた男だ。日本じゃあ、まずお目にかかれねぇ。
こいつは、つえぇ……!
とりあえず裁判沙汰が終わるまでおとなしくしていようと思ってたが、もうたまらねぇ!
だから俺は、ヤツを指差して、声を大にして叫んだ。
「俺と戦え! それが俺の、唯一の望みだ!!」
ザワッ……!
聴衆共。その他有象無象が騒ぐ。
もう見飽きたよ。そのしかめっ面はよ。生前何度も拝んだツラだ。
だが、関係ねー。これが俺の生き方だ。
新しい俺。ノヴ・シュテインハーゲンのな……!
「な……何をバカなことを……!?」
たまらず叫んだのは、ボクのダチ公。カナタっつったか?
「せっかく釈放されるっていうのに、警士長に喧嘩うってどうするんだ!? ノヴにとって……おまえにとっても、なんの得にもならないぞ!」
「おとなしく、彼の中に戻りなさい!!」
センコーまででしゃばりやがる。
ケッ。どこでもセンコーってヤツラは気に入らねぇもんだな。
「うるせぇんだよボケが。言っただろうが。俺ぁ、つえぇヤツと戦えればそれでいいのよ。無罪だろうが有罪だろうが、得だろうが損だろうが、知ったことか!俺は今!」
と、クロッドの目の前まで歩いて、メンチきって言ってやる。
「おまえと戦いてぇだけだ。勝負しろ!クロッド・ボルステージ……!」
しぃんと、静まり返る館内。
ヤツは、しばらく俺を睨み付けると、固く目をつぶる。
そんで、その重たい口を開いた後、
「……いいだろう」
了解の返事だった。
「!? クロッド警士長!?」
裁判長が、みっともねえ声でわめきやがる。
「すみません裁判長。ですが、こういった輩には、力で知らしめるのが手っ取り早い」
と、クロッドは射貫くような視線で俺を見つめる。
「己の罪の重さを、知らしめるには……!」
ケケケ。上等!
異世界語をベンキョーした甲斐があったってもんだ!
「ちょうど、近くに修練場があったはずだ。ついてこい」
そう言って、クロッドは外へ向かう。俺はその後に続いた。
「クロッドさんの戦闘……!?」
「こりゃ見ものだ!」
聴衆共も、俺に向けた怒りはどこへやら吹っ飛んで、すっかり興味がそっち方向にいっちまったらしい。がやがやと喚きながら、部屋を後にする。
ケケケ。いいぞ、楽しくなってきやがった。
そんなにつえーのか。こいつは。
「ま、待て! 待たんか皆の者!!」
裁判長や検事共みてーな頭のかてー連中は必死に呼び止めるけど、ただうぜーだけだ。
さあて。いつも通り始めるぜ。
血沸き肉躍る、大喧嘩ってやつをよ。
※
修練場についてまず思ったのは、昔入った刑務所のグラウンドみてーだなって感想だ。
高い塀に囲まれただだっぴろい広場。端の方に体を鍛えるためのアスレチックっぽいやつがあること以外は、ほんとそんな感じだ。
まあ、いろいろごちゃごちゃしてりゃー、戦うのに邪魔だからな。
「さあ張った張った! 片や《章持ち》の英雄!片や百人斬りの異世界人!正義が勝つか悪が勝つか!?そんじょそこらじゃ見られぬ戦!興奮で熱くなるついでに、懐も温かくしようじゃねぇか!」
いつのまにか、壁際にはたくさんの見物客が居て、どっからやってきたのか、賭博屋まで参加してやがる。
勝手に騒ぐのはいいが、戦いの邪魔はしてくれるなよ?
「……見世物にするつもりはなかったのだがな」
と、クロッドはやや困ったような顔で周囲を見回す。
すると、手に持っていた一本の剣を、無造作に俺の足元へ投げた。
「使え。丸腰相手に剣を抜く気はない」
そう言って、自分の腰に携えてある、立派な剣を抜いてきた。
「ケケケ。ドスなんざぁなくても、俺ぁ構わねぇんだがよ。ま、貰えるもんは貰っとくぜ」
と、拾う。
このまえ、屋敷で振り回したものと同じ、西洋風の剣だ。
刃こぼれも傷もなし。ヤツが持つものに劣らねぇエモノだ。
まじまじと剣を観察していた、その時だった。
<………うう……>
頭の中に直接響く声が聞こえる。
何度も聞いた声。ボクが起きやがった。
「ちっ。もう起きたか」
<……!? な、なんだ!? ここはどこだ!?>
「一週間前の俺と同じ反応すんじゃねーよ」
ずっと寝てればよかったのによ。
思ったより目覚めるのがはえーな。慣れってやつか?
<!? クロッドさん!? なんでそんな敵意満々でこっちを睨んでるんですか!?>
<叫んでも聞こえねーよ。まあ、なりゆきでな。今からこいつとバトるから、静かにしてろよ>
<!? はぁ!? どういうことだよ!? つーかおまえ!! 入れ替えできること、よくも黙ってたな!! なんの魂胆だ!? 今すぐ僕の体を返せ>
<せっかく取り返した体を、はいそーですかと返すかボケ>
<『取り返した』ってなんだ!? それは僕の体だって何度言えば分かるんだ!!>
つってボクが喚き散らしていたら
「戦いの前に、ひとつ提案がある」
と、クロッドが話しかけてきた。
「なんだよ。言ってみろ」
「この戦い。私が勝ったら、おまえを私の監視下に置いて生活することを義務づける」
<えええ!?>
先に、すっとんきょうな声を上げたのは、ボクの方だった。
……なんだそりゃ?
「どういうこったよ?」
「執行猶予付きの判決は今更覆す気はない。しかし、おまえのような無法者を放っておくのは許せない。故に、おまえを私直属の警士として雇い、監視下に置くと共に更生させてやる。宿舎の同部屋で、四六時中な。ノヴ少年には悪いが、住まいと仕事を与えるという意味で許してもらおう」
<いやいやいやクロッドさん! そりゃないですよぉ!!>
ボクは、今にも泣きそうな声で叫ぶ。
<それって、オレが更生するまで、ずっとクロッドさんと暮らすはめになるってことでしょ! そんなの、百年経っても終わらないですよぉ!>
………てめぇ。言いたい放題言いやがって。
ま、間違ってねぇから何も言い返さねぇがな。
更生なんて、生まれてこのかたしたことねーし、する気もねー。
だけど、俺ははっきりとこう返した。
「いいぜ。俺が負けたら、てめーの舎弟でもなんでもなってやるよ」
<!? オレ!?>
ボクが、信じらんねーって感じの声をあげるが無視。
「そんかし、俺が勝ったら、おまえが俺の舎弟になれよ」
「……いいだろう。万が一にも無いと思うがな」
そう言って、剣を構えるクロッド。
それに合わせて、俺も身構える。
いいねぇ。この緊張感……!
たまらねぇ!
お互い、睨み付けあう。それに合わせて、
カァン。
戦いのゴングが鳴った。
直後、クロッドが敵意満々で突っ込んできた。
<うわぁあ!!>
「おっとぉ!!」
ボクは恐怖に叫び、俺はヤツが繰り出す剣技に合わせて剣を添えて、いなし、躱す。
何発もの剣同士がかちあう音。度々、髪先や皮膚を掠める刃。
なるほど、スキがねぇ。
「……ふむ。めちゃくちゃなようでスキの無い動きだ」
クロッドも俺に対して同じことを思ったみてぇで、ひとつ距離をとってからそう呟いた。
「百人斬りをこなすだけはある。我流か?」
「おうよ。俺が身に着けた技は全て、実践で手に入れたモンよ。あいにく、師匠と呼べるヤツがいなくてなぁ!」
剣を振り回して、今度はこっちから突っ込む。
確かにスキがねぇ。だが、思ったほどじゃねぇ。
この程度のヤツなら、日本で何回かヤりあったぜ!
<や、やめろオレ! せっかく無罪になったのに、なんでこんなことをーー>
「もうそのセリフは聞いた! だぁってろ!!」
ボクの悲鳴のような声に、思わず口に出して返す。
こっからいい所見せてやるからよ! 黙って俺の視界を覗いてろ!
そして、オレはクロッドの手前まで迫ると、土埃を蹴り上げる。
「!! むっ……!!」
クロッドは、眼前に巻き上げられた土埃に対して腕ガードだ。
ケケケ。こすい手だなんて思うなよ?
スキがなければ、作りゃいいんだ。どんな手を使ってもなぁ!
「おらぁ!!」
俺は、無防備となった胴体めがけて、逆胴斬りをしかける。
タイミングは完璧。
そう確信した。その時だった。
「―――《刃閃華》」
ぼそりと、クロッドが呟いた。瞬間。
バヂィ!!
突然、襲ってきたのは、視界を真っ白に塗りつぶすほどの閃光。
そして、頭からつま先まで駆け巡る、強烈な痛みだった。
「がっ……ああ!?」
俺は何がおこったのかわからず、ただ吹き飛ばされる。
地面の上に仰向け。体全体が痙攣してるみてぇだ。
畜生。いってぇ何を……!?
「!? な、なんだそりゃぁ……!?」
半身を起こしてヤツを見ると、ヤツが持ってる剣が明らかに異常だった。
雷だ。
バチバチと音を立てて、ヤツの剣を纏うように、青光りの雷が迸ってやがる!
どうやら俺は、あの剣から飛び出した電撃に吹き飛ばされたらしい。
「金ノ撃術――剣技《刃閃華》。どうやら、《間素術》を見ること自体、初めてのようだな」
と、呆ける俺を目の前に、クロッドはわけのわからねぇことをいいやがる。
金の……? 間素? なんだそりゃぁ?
<……諦めるんだ。オレ。相手は国の英雄だ。勝ち目はない>
ボクが諫めるみてーな声で、そう言いやがる。
<英雄だぁ!? 知ったことかよ!>
<察しろよ!! ただの剣技しか扱えないおまえじゃ、相手にならないって言ってるんだ!>
<はっ! 上等! レベル差があるのは大歓迎だぜ!>
俺は、剣を杖にして、立ち上がる。
どうやら、今ので結構ダメージ食らったらしい。
そりゃそうだ。雷ってのは人間にとって抗いようねーもんだしな。見ると、電撃で体中に火傷があるし、煙も立ち上ってらぁ。
だが、これがいい。
このギリギリ感が、たまんねぇなぁ!
「レベル差は! 運と根性で、覆すまでだぁ!」
叫び、改めて剣を構えなおす。
「……ほう。今のを食らって、まだ立ち上がるとはな」
クロッドのヤローが、余裕ぶった顔して見やがる
「力の差は明らかだろう。大人しく負けを認めたらどうだ?」
「うるせぇ! ヘンテコ入れ墨ヤロー! ダセーんだよボケ!」
いけすかねぇから、とりあえず目についた入れ墨をけなしてやる。
首筋なんてとこに、わけのわからねぇモン入れやがって。侠なら背中に背負えってんだ。
すると、その言葉の何が可笑しかったのか、ヤツは「フフフ」と笑いやがった。
「……そうか。まだこの《章》の意味も知らぬか」
そう言って、首筋をなでるクロッド。
すると、周りの聴衆共が
「久々に見せてくれ! クロッドさん!」
「とどめだー! やれやれー!」
と、囃し立てる。
……一体なんだってんだ。
なんだか知らねぇが……ドタマに来たぜ……!
「くたばりやがれぇえええ!!」
怒りに叫び、駆け出す!
<やめろ! オレ! クロッドさんは、《間素術》を使えるだけじゃないんだ! クロッドさんはーー>
ボクがなんか叫ぶが無視。
心配すんな。ハートは熱いが、あくまで頭はクール。バトルの鉄則だ。
真正面はヤバイ。またあの妙な電撃をくらっちまったら、今度こそ終わりだ。
だから、ヤツがあの技を繰り出す直前、背後に回って斬りつける!
それなら、電撃が及ぶことはねぇだろう。この体でどこまで動けるかわからねぇが、やってやる!
そう意気込んでいた、矢先だった。
やつはあろうことか、手に持っていた剣を鞘に納めやがった!
そして、こうほざく。
「いいだろう。圧倒的力量差でもって、断罪してやる。二度と愚行を犯す気が無い程に、徹底的にな……!」
直後。
ヤツの体に異変が起きた。
右腕。それが瞬時にして大きく膨らみ、長袖が弾けて裂ける。
全体が赤い毛に覆われている。爪が異様に長く伸び、まるで獣のようだ。
そうだ。獣だ。
クロッドの右腕が、まるで獣のように、大きく、強く成り代わった。
「なっ……!?」
俺は驚いて目を剥けるが、もうその体の動きを止めることはできなかった。
ヤツを袈裟懸けに斬りつけようとする剣の軌道。それに合わせて、クロッドの右腕が動く。
そして、ヤツの爪と俺の剣が交差する。
決着は……一瞬だった。
俺の剣は、クロッドの爪によって、切裂かれた。
いや、切り裂かれたんじゃねぇ。
瞬きするほどの時間で確かに見たのは、折れた剣の溶断跡。
ヤツの爪は、超高熱を帯びていて、それに溶かされたんだ。
真近に接近して分かる。爪どころか、クロッドの右腕全体が熱を発していて、空気が歪んで見えやがる。俺の髪がチリチリと音を立てて焦げる程だ。
そして、丸腰になった俺に、クロッドは容赦なく放つ。
その灼熱の爪を、地面に向かって突き立てるようにして、
「極赤ノ原術―――《灼赤暴爪》」
言い放つ瞬間。
地面に突き刺した爪から、5つの赤い地奔りが起こった。
それはまるでマグマだ。爪から発せられた熱で地面が溶けて、吹き上がり、地面の上を走る5つの赤い線だ。
俺の体は、その射線上には無かった。
いやこいつ、わざと外しやがった。
それでも、そのエネルギーの余波で、俺は再度吹き飛ばされることになる。
「ぐああああ!!」
視界は真っ赤に染まり、体中が高熱に晒され、俺の体が宙を舞う。
ドスン!と音を立てて、地面に墜落する。
雷の次は炎かよ。一体ぜんたい……なんなんだよ、コイツは。
ダメージは、とうに限界を超えていた。俺は薄れゆく意識の中で、しかし体を起こそうと試みる。
だけど、俺の背後にあるモノをふと見て、萎えちまった。
「……ケケケ。マジかよ」
こんなの、敵うわけねぇって。
ヤツが放った五つの赤い線。
そいつは、修練場の地面もろとも、その背後の建物まで、溶断していた。
くっきりと、五つの爪痕が、衛星写真からも見てとれるだろう。
地面は高熱によってボコボコと音を立てて沸騰し、建物からは石材の一部が溶け落ちて見える。
こんなの……一人の人間に使うモンじゃねぇって。
「……ふむ。少しやりすぎたな」
クロッドは、やや困ったような顔してそう言いやがる。
畜生。なめやがって……!
俺は、意識が途切れる前に、今一度ヤツを睨み付けながら。
「覚え……てろ……!」
我ながら、ザコくせーセリフだなと思いながら呟く。
直後。視界が真っ黒に染まった。
あーあ。また交代かよ。
■⇒▢
一瞬。目の前が真っ暗になってから、再び光が差し込む。
僕は、体の主導権を取り戻した。
「うぅ……」
なんてことだ。痛みと疲労で指一本動かせそうにない。
だから言ったんだ。クロッドさんに敵うわけがないって。
彼は国の英雄で、【火獣】の《章持ち》なんだぞ!
まあ、いきなりそんなこといわれても、なにそれ?って返されてしまうのがオチだとは思うけど、それでも、僕の焦燥ぶりからして、ヤバイっていうのを察してほしいものだった。
そもそも、電撃をくらった時点であきらめろってーの。
何が、『運と根性で覆す』だよ。バカだろあいつ。
そんな感じで、心の中で悪態を垂れてた、その時だった。
「……うぐっ……!?」
苦痛の声が聞こえた。
クロッドさんのものだ。
視線を動かして、彼を視界の端で捉えると、自分の体を抱くようにして片膝をついているのが見える。
その抑えた腕の隙間からは、血が垂れていた。
……え?どーゆーこと?
「……まさか……最後の一撃が……そんな馬鹿な……!?」
クロッドさんも信じられないといった感じで、自分の体から流れる血を見る。
その傷は、左肩から脇腹にかけたもの。
その軌跡は、オレが最後に仕掛けた無茶な剣閃と一致している。
まさか……クロッドさんの【火獣】の爪によって、剣は溶断したはずだ。
それにもかかわらず、その斬撃が残って、クロッドさんの体を傷つけたっていうこと?
そんな非常識なこと、間素も使えないのにできるわけが……
クロッドさんをよく見ようと、上体を起こそうと試みる。
それがいけなかった。
「がっ……うああ!?」
体に激痛が奔った。
無理もない。電撃と熱風による重ね掛けの火傷。それに余波による衝撃も加わって、骨の一本も折れてるかもしれない。
かつて体験したことがない程の激痛。
オレが耐えられずに気絶する程の激痛に、僕が耐えられるはずもなく。
オレと同じくして、僕も意識を深い闇の中に落としていくしかなかったのだった。
え……?
もしかして、また交代……?
※ ※
とは、いかなかった。
再び目が覚めた時、そこはどこかの医務室だった。
僕はベッドの上。至る所に包帯を巻かれている。時刻は昼下がりと言ったところだろうか。
おもわず、ほっと一息ため息を吐く。
どうやら、体の主導権は交代制というわけでなく、意識がある方に優先される、先取制らしい
先にオレに目覚められると、また乗っ取られるところだっただろう。
「あら。目覚めましたね」
もぞもぞと体を動かしていると、近くに居た看護婦さんに気付かれ、部屋を出ていく。
どうやら誰かを呼びに行ったらしい。
……まあ、大方予想はついているけど
※
そして、予想通り。
しばらくして現れたのは、クロッドさんだった。
「え~と……今の君は、ノヴくんかい?」
困惑ながら聞いてくる。
「あ、はい、そうです。ノヴ・シュテインハーゲンです」
「そうかい。この度は、大けがさせて済まなかった」
と、包帯だらけの体を見て頭を下げる。
よかった。いつも通りの、やさしいクロッドさんだ。
「いえ……オレも、これで少しは懲りると思いますので……」
「オレ……?」
「ああ。僕の中の【上界人】を、そう呼んでいるだけです」
「……なるほど。ノヴ君が『ボク』で、【上界人】の方が『オレ』ということか」
と納得される。どうやら、オレも同じように僕のことを紹介していたらしい。
そこで、少し間を置いて
「……重ねて申し訳ないが、実は今回の決闘での取り交わしにより、君はしばらく、私の監視下に置いて働いてもらうことになる」
と、言う。
……やっぱり、その話か。
「……ええ。そうですね。オレの中で訊いてました」
「そうか。人格が交代しても、意識はあるのか。ならば話は早い」
そう言って、傍らの丸椅子に腰を下ろすクロッドさん。
「勝手で申し訳ないが、君としても、仕事先を探す手間も省けるし、もし人格が交代しても、私がオレの暴走を止めることができる。もちろん、給金は弾むつもりだ。どうだろう?」
……どうだろう。と言われましても。
僕としては、転生される前の、元の学園生活に戻るのがベストなわけで……
決闘の取り交わしに、僕は同意したわけじゃないしなぁ。
そう思って返答に困っていたその時だった。
「ノヴ!」
「ノヴくん!」
と、病室に入るなり声をかける人が二人。
カナタと、秋月先生だった。
僕が目覚めたことを聞いて、駆けつけてくれたのだろう。
「うわぁ~。痛そうだなぁ」
「大丈夫? ノブくん」
「ええ……まあ、まだ体は痛みますが……」
と、苦笑いを返す。
そこで、
「! そうだカナタ。丁度よかった。例の件、どうなった?」
と、期待の眼差しを向けてみる。
「例の件?」
「ほら! オレを取り除く方法だよ! あるんだろ!?」
そう。僕はずっとその答えを待っていた。
留置所でカナタと会った時、裁判の準備を進めるとともに、僕の中のオレをどうにかして取り除く方法があるか調べてもらっていたのだ。
カナタは闇魔術士。魂の専門分野だ。僕の信頼する彼ならば、きっと見つけてくれるはずだ。
そもそもの元凶。オレさえいなければ、僕は元の生活を取り戻せる!
そう期待していたのだが、
「ああ、え~と、そのことなんだが……」
彼の顔は、どこか気まずそうな雰囲気だった。
冷や汗ひとつ。視線があさっての方向を向いている。
え……まさか……?
「スマン。どうやら、無理っぽい」
「ええええ!?」
顔が青ざめる。
「何しろ、ひとつの体に二つの記憶と人格が共有していることなんて、前例が無いからなぁ。どうすれば分離できるかなんて、検討もつかねぇ。それこそ、《章持ち》レベルでないと、無理かもな」
「嘘だろ!? それを望みに、この一週間耐えてきたのに!?」
「ホンット悪ぃ! 期待させちまった!」
両手を合わせて頭を下げるカナタ。
それを見て、深いため息を吐く。
落胆。この一言に尽きる。
<ケケケ。残念だったな。ボク>
そこで追い打ちをかけるように話かけたのは、他でもないオレだった。
<……目覚めてたのか>
<ついさっきな。オレのいねーとこで話進めるんじゃねーよ>
<お互い様だろーが!>
僕の居ない所で勝手に決闘決め込んだヤツに言われたくないね!
とにかく、これでクロッドさんの監視下に置かれることはやむなしとなった。
確かに、いつ人格が交代して、オレが暴れまわるかもわからないわけだし、クロッドさんがいればオレもおとなしくしているかもしれない。
だがそれでも、警士の仕事に就くっていうのは抵抗があったので、こう切り出してみた。
「……クロッドさん。監視下に置かれる件については、了解しました。だけどせめて、元の学園に通うことを許してもらうわけにはいかないでしょうか?」
下手に伺ってみる。
警士なんて全く興味もないし、あと一年の学園生活を謳歌する権利はあってもいいはずだ。
そう思っていたんだけど、今度浮かない顔をするのは、秋月先生だった。
「え~と……ノヴくん。老体にムチ打つようでごめんだけどね……」
……嫌な予感がする。
「学校側からね……危険人格を持つ生徒を在籍させるわけにはいかないって……退学通知が届いているのよ」
………そう言って、
一枚の紙を差し出す秋月先生。
まさしく、太字で、はっきりと、『退学通知』と書いてあった。
「……ははは」
もう、笑うしかない。
そりゃそうだ。こんな危険なヤツの面倒なんて、みれるわけないよな。
顔をひきつかせたまま、固まるしかなかった。
悪いことには、悪いことが重なるってか?
神様。僕、何か罪を犯しましたか?
「……ええと……ノヴくん。……どうする……?」
クロッドさんも珍しく、かける言葉が見つからないような気の毒そうな表情でそう話しかける。
どうするって……もう、選択肢はないでしょ?
「……よろしくお願いします」
一言。そう言って、深々と頭を下げるのみだった。
こうして僕とオレは、クロッド警士長の監視下のもと、警士見習いとなったのであった。