Ⅶ 裁判
「では、検察側。事件の証人を前へ」
「はい」
と、裁判長の言葉に従い、検事が一人の証人を証言席へ促す。
検事は高身長・高収入といったエリート的なイメージの男。その後ろに座っていた証言者は、当時の事件現場の被害者らしい。頭に包帯を巻き、腕に三角巾をつけている。
彼は、視界に入った僕に対して忌避するような視線を向けつつ、証言席へ立つ。
「では証人。名前と職業を」
「はい。オーダス・ノットノックです。ルルストム社のボディーガードをしています」
裁判長の言葉に従い、答える男。
ルルストム社。物資の流通を生業にしている會社で、S・Hファームの生産物の流通にも昔からお世話になっている所だ。
たしかに、社長の隣に、あのような人が居た記憶がある。
「それでは、事件当時の証言を」
裁判長の言葉に従って、彼は語り始めた。
「……事件は、ノヴ・シュテインハーゲン様の誕生時刻の瞬間に起こりました。突然、ノヴ様が倒れた直後、すぐに起き上がり、不思議そうに周囲を見回していました。そこで誰もが、『転生』されたことを理解して、まさにその通りだったのですが、あろうことかその転生者は私達を見て嬉しそうに微笑むと、その手に持った剣で、心配そうに駆け寄っていたライクス様を袈裟斬りにして、それから、取り押さえようとする兵士達を返り討ちにしながら会場を暴れ回りーーー」
それからの話の詳細については、残念ながら一言一句語ることはできない。
聞いてて辛いからとかじゃない。もう俺から訊いてるから覚悟はしてたし、その詳細を語ること自体について躊躇うことはない。
じゃあ、なんでかって?
答えは簡単だ。
居眠りして、聞き逃したのだ。
「……おい。起きろ!」
スパン!と気持ちいい音が鳴って、僕の眠気が吹き飛んだ。
じんじんと後から頭に痛みがやってくる。見上げると、怒りに皺を寄せるクロッドさんが居た。
クロッドさんが僕の頭を叩いたようだ。
う……やばい……よりによって、こんな大事な場面で居眠りしてしまうなんて。
最近、慣れない環境だったり不遇な状況で、よく眠れなかったからなぁ
裁判長も睨み付けてるし、悪印象を与えてしまったかもしれない。カナタと秋月先生もジト目で僕を睨んでくるし……
クロッドさんは、しばらく僕を睨み付けた後、自分の席へと戻る。
くそ……しっかりしなければ!
両頬を強く叩いて、今一度気を張る。
そこで証言者。オーダスさんがコホンと咳払いをすると、
「えーと……証言は以上になります」
と言う。いつのまにか終わってたらしい。
さらに、横に居る検事が口を開く。
「今回の事件において、幸いにも死亡者は居ないとはいえ、被害は甚大です。現場に居合わせた人々に与えられた精神的なダメージ、数十人もの被害者達のことを思うに、例え勝手の分からない転生者が起こしたこととはいえ、憤りを隠しえません。検事側は被告人に対し、事件の動機説明と重い処罰を求めます」
やや怒りを含んだような口調で僕を睨み付ける。
……まあ、そうなるよね。
ハナから、無罪放免で済ませようなんて思っちゃいない。
死人が居なかっただけ、ましだと思うべきだろう。
<ケケケ……ま、殺しはしねー主義だからな>
と、僕の心を読むかのように話しかけるオレ。
<……意外だな。ヤクザって、殺しが日常茶飯事みたいなもんじゃなかったっけ?>
<命を奪うってのは、そいつの可能性を奪うってことだからなぁ。誰が将来つえーヤツになって、戦えるかもわからねーわけだしよ。腕試しに傷つけることはあっても、殺しはしねーのよ>
……どんだけ戦闘好きなワケ?
日本って、もっと平和な所なはずだけど……
「検事側。ご苦労。それでは弁護側。今の証言について、意見・申し立てがあれば述べよ」
と、そこで裁判長が促す。
その時だった。
口を開こうとした弁護士を押しのけて
「異議あり!!」
と、ビシッと指を差して叫んだのは、秋月先生だった。
会場が静まり返る。
「うふふ……一度言ってみたかったのよね~」
のほほんと、そう付け加える。
そこで、ごほんと裁判長が咳払いをすると
「証言者は勝手な発言を慎むように」
一言叱責。秋月先生は申し訳なさそうに「すいませぇん」と悪びれた。
……何の影響だろうか?
「ええっと……弁護側からは、事件の内容に関しては、異議申し立てはありません」
と、弁護士が戸惑いながらも口を開く。
そう、その事実は覆しようがない。
さらに、彼は続ける。
「しかしながら、今の被告人が、当時の被告人と同一人物であるとは限りません」
「? どういうことだ?」
検察が、訝し気に眉を顰める。
「全くの別人とでもいうのか。事件の目撃者は何人もーーー」
「その通りです。全くの別人なんです」
と、口を挟んだのは、僕の親友。カナタ・クリアラインだった。
居てもたってもいられなくなったのだろう。彼は弁護士を押しのけて言い放つ。
「彼は……ノヴ・シュテインハーゲンは、完全に転生されたわけじゃない。まだ生きていて、そこに居るんだ!」
そうだ。僕はここに居て、事件の当事者は、僕ではない。
凄惨な事件は起こり、心は痛むものの、実際にやったことはオレで、僕に非はないはずだ。
だから僕は、少しでも罰を軽くするべく抗うことにした。
数日前。弁護士と対談していた時、僕が要求したのは『監察士』―――カナタ・クリアラインの協力だった。
監察士。何かしら事件が起こった時に、現場・状況を調べる人たちと思ってもらっていい。
カナタがやっているアルバイトというのが、これだ。
アルバイトというか、もう副業みたいなもんだけど、とにかく、彼がその職における優秀さはかねてから知っていたんだ。
なぜなら、彼は生粋の闇魔術使いだからだ。
闇魔術。彼らが取り扱うのは、人格や記憶―――そして、魂だ。
闇魔術を扱う監察士は、容疑者から事件に関する記憶を引き出したり、高度な術死は被害者の霊魂と会話することさえ可能だ。
ただ、その能力は『闇』という概念通り忌避する所があって、昔から闇魔術を扱う要素のある者に対して不遇な状況が続いている。かくいう僕もそういうわけなんだけど……
とにかく、カナタは(僕と違って)優秀な闇魔術士であり、監察士だった。
もちろん、魂に関する能力も十分。だから、僕の中にいるオレだって、看破するはずだ。
そう考えて、彼を呼びつけた。
最初は訝し気な表情をしていた彼も、魂を覗く魔術を行使してもらうと一発だった。
「彼に起こった転生は失敗に終わり、現在、転生者は彼の魂の内側に居る状態となっています。これが、その詳細なデータを綴った資料です」
と、カナタは数枚の紙束を見せる。
「弁護側は、これを証拠品として提出します」
弁護士がそう言うと、資料の複製を用意。係官が検察側と裁判長に手渡した。
「……バカな……そんなこと、前代未聞だぞ!?」
「でっちあげじゃないのか!?」
周囲の傍聴席に居る人々がざわつき出す。
無理もない。僕も、そんな話は聞いたこともないのだから。
だけど、検察と裁判長は、真剣に資料と向き合うと、視線を交わして頷いた。
「……確かに、信じられないが、本当のようだな。『闇人』の証紋付きとあれば、疑うわけにもいかないだろう」
と、検察が言う。
おお! まさか、そこまでしてくれるとは!
『闇人』といえば、闇魔術士の最高峰。国選弁護士とはいえ、なかなか良い仕事をしてくれた。
弁護士は、僕の心中を察してか、得意気に微笑み返す。
「今の彼は、正真正銘の本人。ノヴ・シュテインハーゲンです。そこに居る証言者ならば、当時の被告人と比べて、雰囲気が異なることはお気づきかと思いますが……?」
と、弁護士はオーダスさんに話しかける。
「……そういえば……確かに、危険な感じがしないような……元のノヴ様に戻った……?」
彼は半信半疑ながら言う。
たまらず、僕は立ち上がって叫ぶ。
「そうです! 僕は、ノヴ・シュテインハーゲンです!!」
ますますざわつく傍聴席。
裁判長は、やや怯んだ様子。
このまま畳みかけてやる!
「転生直後は、その転生者に体をのっとられ、皆さんに多大な迷惑をおかけしましたが、今は僕の中におとなしく居るばかりです。今後、同じような惨劇を起こす可能性はありません! 僕が起こさせません!」
「ひ……被告人! 勝手な発言は慎むように!」
狼狽を隠せない様子の裁判長。
彼は、眉に皺を寄せて難しい顔をしていた。
おそらく、かつてない難しい案件に頭を悩ましているのだろう。
そうして、少しの間があって、弁護士が口を開いた。
「……裁判長。真犯人が彼の内人格である以上、刑を執行することは、彼自身にとって理不尽極まりないことです。弁護側は無罪を主張します」
うおお! 確かにそうだよ!
目も当てられない惨劇に、思わず有罪は間違いないと思ってたけど、僕自身に罪はないんだから!
しかし
「……だが、被害者とその関係者に対する配慮というものが……」
と、裁判長がつぶやくように言う。
……いわゆる、心証というやつか?
そりゃ、あれだけのことして、誰に何の責任もとらせないというわけには、いかないだろう。
やっぱりと諦めかけるも、そこで発言する者が一人。
「裁判長。ひとつ、よろしいでしょうか?」
と、挙手をするのは、秋月先生だった。
「……発言を許可しよう」
「ありがとうございます」
さっきとはうってかわって、丁寧におじぎをすると、語り出した。
「参考までにお伝えすると、日本の刑法の中に、『心神喪失者の行為は罰しない。心神喪失者の行為は、その刑を減刑する』といった内容のものがあります。つまり、被験者が二重人格などに陥って、通常の思考もできず、制御もできない状態の場合、罪を犯したとしても罰することはできないということです。今回の件も限りなくこれに近い例といえます。さらにいえば、罪を犯した転生者も、被告人同様、18歳であり、日本の法律上は未成年です。少年法というものがあって、責任能力が備わっていない子供のために、保護更生処分をーー」
「もういい……!」
と、裁判長が、まくし立てる秋月先生の言葉を遮る。
それから、深くため息をつくと
「……シュテインハーゲン氏に罪が無いのは分かった。ニホンの刑をこの場で適用することはできないが、その法思想は納得のできるものである。しかしながら、また氏の内人格が事件を起こすことも分からない。よって、……!」
そこで、木槌をカン! と叩き、言い放つ。
「ノヴ・シュテインハーゲン。貴殿に、懲役三年、執行猶予四年の判決を言い渡す!」
瞬間。おおきなざわめきが会場を包んだ。
執行猶予付きの判決。
つまり、4年間、同様の犯罪を犯さなければ、無罪放免となるということだ!
実質、無罪のようなものだ!
「や……やった……!」
僕は思わず、喜びに飛び上がる。
カナタと秋月先生も、喜びに満面の笑顔。検事側とクロッドさんは予想外のようで、困惑したような顔だった。
ああ。良かった……!
まさか、有罪を免れられるなんて!
いい友達と先生を持った。
<……わりぃな。ボク>
そこで、俺が話しかける。
……なんだ? 今更、事件を起こしたことを申し訳なく思ってるのか?
<いまさら謝っても遅いよ。オレ。まあ、無罪放免で済んだから、許してやるけどさ>
あまりの良い展開に浮かれた気持ちがあって、そう返す僕に対して
<そうじゃねえ>
と、ピシャリと言い放つ。
……嫌な予感が奔った。
<……これからやることを、今のうち謝っておこうと思ってよ……!>
その直後。
再びだ。
あの感覚が襲ってきた。
「!? うぐっ……!!」
視界が、ゆがむ。
まさか………こいつ、まさか……!?
薄れゆく意識の中で、僕は明瞭とした俺の言葉を聴いた
<わりぃな。僕。こっからはーーー>
▢⇒■
「俺のターンだ」