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僕と俺の極限戦記  作者: あぎょう
Record1:僕と俺の邂逅記
5/17

Ⅴ 邂逅


 ここで、今一度『転生』について語ろう。

 日本で開発された転生システム。正式には、『緊急避難用魂魄容量拡縮技術』という。

 長ったらしくて読み飛ばした人も居るかもしれないが、ここで改めて意味を深く考えてほしい。

 要するに、『ピンチの際に魂の容量を広げたり縮めたりする』ということ。

 チンプンカンプンだろう? 

 僕も初めはそうだった。

 授業で習った程度で、細かい原理までは把握しかねるけど、できるだけわかりやすく説明してみよう。

 人が死んだ時、魂が肉体から解放されて、次世代の肉体へと受け継がれる。

 いわゆる、輪廻転生という古くから考えられていたシステムだけど、その観測に成功した人は、そのシステムを、『川の中を流れるビン』に例えた。

 魂魄がビン。つまりは器だ。

 そのビンの中には2種類の液体が入っている。『記憶』と『人格』だ。

 転生中。そのビンは川の中を流れる。その最中で、ビンの中身の液体がこぼれ、川と混ざり合い、霧散していく。

 そして、川の最終地点。次の肉体へと移った時には、前世の記憶と人格はすっかりなくなり、新しい生物の記憶と人格が積み重ねられていくというわけだ。

 つまり、魂は『記憶』と『人格』を貯める容器。転生は、そのリサイクルシステムということ。

 まあ、ごく稀に前世の記憶が残っている場合もあるらしいけど、とにかく、大抵の場合は、真っ白できれいな状態の『器』が誕生の瞬間に用意される。

 その絶対システムを覆したのが、転生システムだ。

 この世界ではまだ普及していないのでわからないが、こんぴゅーたというものが君達の世界にあるらしいね。

 それでは、大容量のデータを小さくまとめたり、またもとに戻したりして扱いやすくすることができる。それを想像してもらえれば理解しやすいかな?

 それと同じことを、魂にも適用したわけだ。

 つまり、記憶と人格を、一時的に魂の中で『圧縮』したということ。もちろん、後で元に戻せるようにしてね。

 さっきの川とビンで例えるならば、中身の液体を凍らせて、ビンの内側に張り付かせたというふうに捉えてもられればいい。これなら、川の激流にも混ざることはない。

 それはつまり、前世の『記憶』と『人格』を保ったまま、来世へとたどり着けることを意味する。

 死んでも生き返ることと同義。まさに夢のような技術だろう。

 しかしここで、開発者にとって二つの誤算が生じた。

 ひとつに、魂が流れる『川』に、分岐点が存在していたということ。

 本流はもちろん、君たちの世界に通じる流れ。時代を越えて、異なる生物の『器』となるのが本来のシステムだ。

 しかしながら、その川には支流が存在した。

 そう、僕達の世界。『異世界』へと通じる流れだ。

 さらにあろうことか、転生システムで転生した人達の魂魄は、例外なくこの異世界行きの支流に乗るというのだから、こちらとしてはたまったもんじゃない。

 詳しい理屈は未だ解明されていないらしいけれど、魂をむりやり圧縮した影響だってのは間違いないだろうね。

 液体を凍らせた結果、容量が変化してビンの流れに変化が生じたみたいな?

 まあこれは、【上界】側からすれば、嬉しい誤算だった。だって、転生された側は実質生まれる前に記憶と人格を支配されるーーつまり死ぬってことだから、あっという間に世界は大混乱だろう。

 人の欲望に際限無しなんてよくゆうけど、それでもなんでそんな恐ろしいモノを作っちゃうのか理解に苦しむ。

 とにかく、その誤算が明らかになってから、彼らが思ったことはひとつ。

 異なる世界なら、自分たちには関係ない。

 そんな自己中心的な考えがまかり通っちゃうんだから、どこの世界も人間って恐ろしい。

 転生システムが完成してから数年後。異世界の存在をようやく観測できた彼らは、ここぞとばかりに普及を進めた。

 そうして、次々と【上界人】がこの世界にやってくることになったんだ。

 そして、二つ目の誤算。

 転生システムは、転生手術を受けた者が死亡した際に発動。記憶と人格が『圧縮』され、魂が異世界へと流れる。この間、当事者に意識は無い。

 ここまではいい。それからが問題だった。

 記憶と人格が復活する瞬間――『解凍』するタイミングが、生まれた直後でなかったのだ。

 そのタイミングとは、転生者が死んだ時の年齢と、転生された者の年齢が一致した瞬間だった。

 例えば、転生者が40歳の時に死んだ場合、被転生者が40歳にならないと『解凍』が行われないということだ。

 君達が想像する転生とは少しズレているというのが、この点だ。

 ゆえに、90歳で寿命を迎えても、もう一度0歳からやり直せるというわけじゃない。運よく被転生者がそれ以上長生きすれば、それ相応の余生を過ごせることができるが、90歳までに死んだ場合、転生できずに終わる。

 あまりに不完全な転生だ。

 まあ、そんなわけで、生誕式を執り行われるようになった理由がわかったと思う。

 この世界に生きる誰しもが、誕生日の瞬間、『死ぬ』可能性を持っているからだ。

 幸い、今はまだ、それほど転生者が現れる頻度は少ない。年に10人位だから、何千万人に一人という割合だ。まず無いと思ってもいいだろう。

 僕も、そう思っていた。

 さて……ここからが本題だ。

 今まで述べたように、被転生者は例外なく『死ぬ』。

 転生者に体を乗っ取られ、記憶も人格も消えてなくなってしまう。転生者の記憶と人格が解凍――拡張された瞬間、魂という名の器から追い出されるのだ。

 だから、ありえないはずだ。

『転生者』と『被転生者』の記憶と人格が、一つの肉体に共存することなんて。


<いってぇ、どうなってやがる。畜生! 体が思うように動かねぇ!>


 僕の中のそいつは、悪態ついて怒鳴り散らしていた。

 頭の中からガンガン金槌で叩かれているような錯覚を覚えながら、僕は確信してしまった。

 僕は、転生された者。

 そして今、うるさく声を上げるこいつは転生者。

 なぜなら、そいつは『日本語』を喋っていたからだ。


 [……畜生と叫びたいのは僕の方だ]


 僕は、日本語でそう返した。

 生憎、上界学は万年トップの成績で、日本語もペラペラだったりする。どこで使うかわからない知識が、こんな所で役立つとはな。


<なんなんだてめぇ!! なんで俺の体を乗っ取ってやがる!!>

[元々僕の体だ!! 乗っ取ったのは……そっちだろ!?]


そうだ。こいつだ。

僕が意識を失っている間、こいつがあの惨劇を起こしたに違いない。

なんで、転生されたはずの僕が今も生きているのかなんて疑問は、すでにふっとんだ。


<……ああ。そうか。てめぇ、この体の元の持ち主か。ちっ。転生失敗ってことかよ。話が違うじゃねぇか>

[なぜだ!! なぜ僕の家族を!! みんなを斬り刻んだ!?]


怒鳴り、問う。

理由があった所で理解しようとも納得しようとも思わないけど……!


<……っせえな。俺の勝手だろーが>


そいつは、心底うんざりするような声色で言う。

ふざけるな……!


[ふざけるな! 答えろ!]


独房中に響き渡る程の大声で叫ぶ。

もし隣に人が居たら、キチガイだと気味悪がられるだろう。

そして、やや間を置いて。


<……ただの力試しだよ>


 渋々と、ぼそりと言う。

 ……今、なんて言った?


[力試し……だと?]

<ああ。丁度、手元にエモノがあったからよ>


 それから語るそいつの話を、懇切丁寧に記録すると怒りでどうにかなりそうだから、要約して述べる。

 転生した直後。そいつが目にしたのは、たくさんの礼服に身を包んだ人々。

 周囲を見渡すと、大きなホール。豪華絢爛な装飾と、円卓に置かれたご馳走を見て、何かのパーティー会場であることを理解した。

 そして、手元には鉄の剣。

 直後、そいつのとある『欲』が沸き上がった

 異世界人の戦闘力を測りたい。

 決断は早かった。

 まずは戸惑うお父様を袈裟斬り。それから、取り押さえようとする屋敷の兵達を迎え討ち、さらに、パーティー会場で、護身用に剣を持っていただけの者達まで、次々と斬りつけていったらしい。

 あっという間に、会場は地獄絵図と化す。

 粗方、実力のありそうな者を斬りつけ終わると、屋敷を飛び出して夜の街へ。その最中、睡魔が襲い掛かったため、橋の下で眠りについたというのだ。


[なっ…………!?]


僕は、言葉を失った。

なんだそれ?


<正直、期待外れだぜ。どいつもこいつも、三太刀くれーでぶっ倒れやがる。この世界なら、もっと楽しいバトルができるとふんだのによー>

[……おまえ、何言ってんだ……?]


 何を言ってるのか、わからない。

 日本語だからとか、そういうのではなくて、意味がわからない。

 だけど、こいつの人となりは、なんとなく理解した。

 ……狂ってる……!


[そんなこと……おまえの、勝手なわがままで……僕が、こんな目に……!!]


 ダン!と、思い切り床を叩く。

 拳が腫れ、血が滴る。

 怒りで、どうにかなりそうだ……!


[何が力試しだ!? くそっ!! 畜生!! ふざけるな!!]


 喉が張り裂けんばかりに、床を睨み付けるように伏せて怒鳴る。

 もしそいつが目の前に居たら、ぶんなぐってやるところだ……!

 それから、しばらく間があって。


<……ちっ。悪かったよ>


 意外にも、そいつが謝罪の言葉を吐き出した。


<俺も、異世界に来て調子乗ってたかもな。それに、体の『持ち主』が蘇るなんてこと、予想だにしねーしよ>


……確かに、僕が蘇ることなければ、こんな迷惑はこいつだけのものだった。

だけど今、僕とこいつは言葉通り、『一心同体』。いや、『二心同体』といったところか。

とにかく、こいつの迷惑は僕の迷惑にもなってしまうんだ。

それに、今更謝ったところで、許せるわけでもない。

パーティー会場で、僕の豹変ぶりを見た者は、僕の『死』を確信したことだろう。

そして新たな『僕』が、畏怖と恐怖の対象として刷り込まれたことだろう。

もう……失った信頼は、二度と取り戻せないんだ。

みんなの中で、僕はもう消えたのだから。


「…………はぁ……」


僕は、壁際にもたれかかり、ぼうっと天井を見る。

なんかもう……疲れた。

驚いて、泣いて、怒って……絶望して。

もう何もかも……どうでもいい気持ちになってくる。


<……それにしても、ここは牢屋か? ケケッ! まさか異世界でも、お世話になるとはなぁ>


 体の中のこいつは、僕の苦悩なんかいざ知らず、そんなことを言う。

……ケケって。どっかの子悪党みたいな笑い方だな。

 てゆーか、今の口ぶりから察するに


[元の世界でも、悪事を働いていたのか?]


 思わず、そう訊いた。

 本当なら、口も聞きたくないが、黙っていると余計なことを考えそうだったから、苦し紛れの会話だ。


<ああ。なんせ、俺はヤクザの一味だったからな>

[……ヤクザ……だと?]


  聞いたことがある。

 組織的な犯罪集団。民衆の裏で動く、典型的な悪党だ。

 短気で粗暴な輩の集まり。

 僕とは正反対の人間だ。

 ああ……なんで、普通の高校生とかが転生してこなかったんだ。

 そうだ。そうすれば、こんな事件も起こすこともなし、それにあわよくば、好きなアニメや漫画の話とかを聞くこともできて、大いに楽しい人生を送ることができたかもしれない!


<関東紅桜組の若頭。組長の実の息子がこの俺よ。転生手術も、親父に勧められてな。はじめは気が乗らなかったけどよ、今となっちゃ感謝だな>


 そう言って、ケケケと笑う。

 なるほど。何十人もの傷害事件を起こして平然としていられるわけだ。

 くそ! よりによって、なんでこんなヤツが!?

 ヤクザといえば、コーソーとかテッポーダマとかいうので、相当早死にしやすい職業とも聞く。こいつの死因もつまり、そういうことだろう。

 そこで


<そーいやよ。おまえ、名前はなんてーんだ?>


 と、そいつは今更ながら訪ねる。

 ……そーいや、僕もこいつの名前なんて知らないままだった。


[ノヴだ。ノヴ・シュテインハーゲン。おまえは?]


いつまでも『こいつ』だと呼ぶのに不便だしな。不服だが、しばらくの付き合いになりそうだし、訊いておく必要はあるか。

 そう思っていると


<ノヴか。じゃあ、俺も『ノヴ・シュテインハーゲン』だ>


 さも当然のように言う。

 思わず、ずっこけた。


[『よろしくな』じゃないだろ! 転生名を教えろって言ってるんだ!]

<転生名? 前世での本名ってことか? 生憎、そいつはもう死んじまったもんでよ。新たな名前をお前からもらうとするぜ>


 こいつ……体を明け渡す気がさらさら無いな!


<俺はノヴ・シュテインハーゲン。おまえもノヴ・シュテインハーゲン。それでいいだろ?>

[……これからお互いのことをノヴって呼ぶのかよ。ややこしいな]


 そう言うと、こいつはこう提案した。


<じゃあこうしよう。これから俺のことを『オレ』と呼べよ。俺はおまえのことを『ボク』って呼ぶからよ。それなら文句ねーよな?≫

[……なんだよそれ]


 あくまで自分はノヴだと譲らない気らしい。

 文句は大有りだが、そんなことで言い争いするのもバカバカしい。

 どうせ、親しい付き合いにはなりそうにはないしな。

 僕はひとつため息を吐くと、


[……まあ、いいや。分かったよ。『オレ』]

≪おう!『ボク』!よろしくな!≫


 僕は渋々と、俺は快活に言葉を交わす。

 こうして、『ボク』と『オレ』の記録は、牢獄から始まったのだった。


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