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僕と俺の極限戦記  作者: あぎょう
Record1:僕と俺の邂逅記
3/17

Ⅲ 生誕会


 両親との雑談も程よく終えた所で、礼服に着替え、来賓の皆さま方に対するスピーチについて思考を巡らせていると、いよいよパーティー開催の時間が迫ってきた。

 開催時間は午後7時丁度。只今、その五分前。

 僕は、屋敷大広間の壇上の裏に控えている。

 屋敷の大広間には、高級な料理や酒がいくつもの丸テーブルに備えられていて、百人近い来賓方がすでにその周りを取り囲みながら、ざわざわと歓談しているようだ。

 僕は主賓。開催と同時に壇上へ姿を現し、挨拶をするという手筈だ。

 毎年の事とはいえ、緊張する。注目の視線を浴びることには未だに慣れない。これでは、この『S・Hファーム』会長の座を継いだ後、苦労しそうだ。

 そんなことを考えていると、開催時間となった。


「えぇ~。ご来賓の皆さま。お忙しい中お集まり頂き、誠にありがとうございます」


 最初に、お父様が壇上で声を張り上げて、来賓方の視線を集める。

 さすが現役会長。そういうことにはよく慣れている。


「我がせがれも、今年で成人と認められる18歳となります。我が『S・Hファーム』の後継ぎとして、関係各所の方々にはますます馴染み深い者となるでしょう。それでは、当人からのご挨拶をお聴きください」


 と、お父様がにこやかに笑いながら僕を見据える。

 僕は緊張ながら壇上へ。後ろに下がるお父様と交代するように、中央で歩を止めて、正面を見据える。

 視線が集まる。

 今年は、成人になる日とあって、例年より人が多い気がする。

 当然、初めて見る顔もある。ある者は品定めするように、あるものは興味深く。

 また、ある者は忌避するような顔を浮かべている。

 ……まぁ、予想はしていたけどね。

 髪色からして、当然分かってくるだろうし。

 お父様は黄色。お母様は茶色。ファーム経営者として適した色であるのに対して、僕はよりによって『黒』だからな。

 そんな人達の顔を見ていたら、自然と緊張がほどけてきた。

 これから行動で示して、評価を改めさせてやるだけだ。

 やる気に満ちた顔を見せながら、僕は第一声を放つ。


「私が、次期『S・Hファーム』会長の、ノヴ・シュテインハーゲンです。顔馴染みの方々も、初めてお見えになられる方々も、末永く宜しくお願い申し上げます」


 次期会長をアピールした挨拶を皮切りに、あとは用意していたスピーチを3分程語るだけだった。

 私生活を話しながらの簡単な自己紹介。また、会社の経営状況を踏まえて、現在の獲得市場についての分析。さらに、世間で求められるニーズから、今後利益をもたらすだろう市場についての考察を話して、ただの世間知らずのガキじゃないことを示す。

 一通り話し終えて、最後に改めて宜しくご挨拶を述べると、誰もが感嘆の表情を浮かべながら拍手喝采を浴びせる。その中には、嫌味な顔をした人達も含まれていて、評価の書き換えには成功したことを確信した。


「それでは、これより第十八回。ノヴ・シュテインハーゲンの誕生会を開催致します。皆さま。ごゆるりとおくつろぎ下さいませ」


 お父様がそう宣言すると同時に、会場隅に控えていた楽器隊がゆったりとした音楽を奏で始めて、パーティーが開催された。

 ふぅ、と思わず深いため息を吐く。

 ようやく緊張から解放された。


「ノヴ! 最高のスピーチだったわよ! さっすが私の亭主!」

「いやだから、まだ気が早いって……」


 壇上まで駆け寄るリィネに、いつものように苦笑いを返す。


「立派になったわねぇノヴ。これで『S・Hファーム』も安泰だわぁ」


 いつのまにか傍らに居たお母様が、ホロリと涙をこぼしながら感動さながら言う。

 全く、おおげさだなぁ……


「さあノヴ! こっちに来てお話しましょ!」

「わ、分かったから、もうちょっと落ち着こうよリィネ」


 袖を引っ張られながら、僕は会場の奥へと連れていかれる。

 主賓として注目の的を浴びている中、誰にも渡さないといわんばかりの強引ぶりだ。

 これじゃ、結婚した後も尻にしかれそうだ。



 僕の許嫁。リィネ・キャストロイアルの実家は、服飾屋だ。

 靴下から帽子まで、衣装全般をてがけていて、『S・Hファーム』程じゃないが、大規模な企業だ。僕が着ている礼服も、彼女の『ロイアル・クローツ』製のものである。

 それで、僕の家業についての話に対抗してか、影響されてか、彼女も家業についての話を始めたわけであるが、シュテインハーゲン家に嫁いでいく彼女としては稼業を継ぐわけでもなし、それほど詳しい話もできないこともあって、すぐにその話は打ち切りとなる。そして話題は私生活のこと、今夢中になっているもの、また、今後の結婚生活についての話へと目まぐるしく変わっていく。

 僕はうんうんと頷いて、訊きに徹するのみだ。

 よく女の子って、こうおしゃべりが続くよなぁ……

 そう感心しながら、テーブルの上の鶏肉を味わっていたら、いよいよメインイベントがやってきた。

 楽器隊から、会場中に響き渡るファンファーレが演奏されて、壇上にお父様が再び姿を現した。

 後に台車を引いてくる使用人がついてくる。

 その台車には、一本の剣が鎮座されている。


「え~ご来賓の皆様! ご歓談の所失礼致します! これから、ノヴ・シュテインハーゲンの『生誕式』を執り行いたいと思います!」


 若干お酒が入っているのか、やや赤い顔で、声のトーンもいつもより高い。

 お酒弱いんだから、押さえておけばよかったのに。

 と、そんなこと気にしてる場合じゃなかった。

 僕は手持ちの懐中時計に視線を移す。

 午後八時十二分。

 もう、こんな時間か。

 お父様の手招きに応じて、僕は壇上へと足早に駆けていく。

 そうして、お父様の正面まで歩み寄ると、お父様は使用人から剣を受け取り、目の前に掲げた。

 生誕式。

 この世界で言うその意味は、まさに生まれた時刻。その瞬間に、大人数で祝うというものだ。

 僕の誕生時刻は午後八時十六分。その瞬間まで、残り三分程といったところだ。

 さらに18回目の生誕式の場合は、成人の証として鉄剣が与えられるしきたりとなっている。

 普段の暮らしでは、こんな真近で剣を見る機会なんてないから、結構わくわくしてる。

 けれど、その一方で。

 一抹の不安がある。

 それは、生誕式を迎える者が共通して持つ不安だ。

 限りなく可能性は低い。それでも、万が一ということがある。


「ノヴ・シュテインハーゲン!」


 と、お父様が酔いを振り払って、凛とした声で言い放つ。


「十八の齢を迎え、心身共に充足したことと見做し、貴殿を成人と認める! 今後のますますの発展と精進に期待し、この剣を象徴として捧げる! カルタント界歴7723年。鳥月Ⅱー3日。S・Hファーム会長。ライクス・シュテインハーゲン!」

「同じく、S・Hファーム副会長。フローレス・シュテインハーゲン!」


 荘厳然としたお父様の宣言と、それに続く凛としたお母様の声。

 感無量といった感じで、僕はその剣を両手で受け取り、


「ありがたく、頂戴致します!」


 と、深くお辞儀する。

 ずっしりと、重い感覚。

 まるで、これから味わう重責を示しているようだった。

 その時。


「誕生時まで、あと三十秒です!」


 傍らの使用人が、懐中時計を見て声を上げた。

 いよいよ、カウントダウンの瞬間だ。


「さあ! みなさん! ご一緒に秒読みをお願いします!」


 高らかにお父様が言うと、会場一同が、手元の時計をみながら秒読みを始めた。

 毎年ながら、この一体感は気持ちが高まるものだ。

 いつの間にか、世界共通となった、誕生日の恒例行事。

 誕生した瞬間を迎えて、祝う。

 例え『万が一』が起きたとしても、

 後悔しないために。


『10! 9! 8! 7!』


 十秒前となって、声の抑揚がますます高くなる。

 大丈夫。心配なんてない。

 周りの人たちだって、全然心配そうな顔なんて浮かべてないじゃないか。


『6! 5! 4!』


 三秒前。

 僕は、手にもつ剣を高く掲げた。

 そして


『3! 2! 1! 0!!』


 ついに迎えた、18歳になる瞬間。

 周囲からクラッカーが放たれ、楽器隊が祝いの演奏を奏でた。

 同時に、会場中に響き渡る拍手の嵐。

 僕は、大人になった。


「みなさん! ありがとうございます! これからもよろしくお願い致します!」


 と、拍手の音に負けないように、感謝の意を述べる。

 ほら、何の心配もなかった。

 それにしても、もう僕も18か。

 結婚の事もそうだけど、これからは本格的に将来について考えなきゃ……


「え?」


 突然だった。

 ぐらり、と。

 視界が、揺れた。


「!! ノヴ!?」


 足に力が入らなくなり、倒れる僕の体を、お父様が支える。

 え?

 うそだろ?


「ああ……そんな……ノヴ! ノヴゥ!!」


 僕の顔を覗きこむお父様も、僕と同じ気持ちみたいで、信じられないといった顔を見せる。

 その最中、僕は感じていた。

 五感が失われる感覚を。

 お父様の抱く感触が消えて、

 聞こえる音はどこか遠く、

 視界は分厚いレンズを覗いているようにぼやけている。

 後から、リィネがやってきたみたいで、彼女が大粒の涙を流しているのがかろうじて見える。

 周囲がざわついている。しかし、駆け寄ってくる者は両親とリィネ以外は居ない。

 ……見なくてもわかる。

 みんなもう、わかっている。諦観しているんだ。


「――して! ―やぁ!! ノーー!! -ヴゥ!!」


 すでに、リィネの悲痛な叫びも聞こえなくなってきている。

 ……いやだ。

 嫌だ。なんで僕が。こんなことに。

 イヤだ。嫌だ。いやだ!!

 ああ。上界人。僕は初めてあなた方を呪うよ。

 これからなんだよ。僕の人生、順風満帆に過ごせるはずだったのに。

 お父様と、お母様と、リィネの悲痛な表情を視界に収めたまま、次第に僕の意識が薄れていく。

 畜生。


 僕はここで、死ぬのか。


□⇒■

■⇒□




……僕は、

目覚めた。


「……ん。うう……」


うめき声と共に、ゆっくりと体を起こす。

ああ、よかった。夢だったのか。

そう思ったのは、束の間だった。


「……え?」


周囲を見渡すと、そこは外。とある石橋の下にあたる場所だった。

地平線から日が差し込む。時刻は朝だ。


「な……なんでこんな所に……?」


僕は困惑するしかない。

ふと、そこで気づいた。

手元に、べっとりとした感触がある。

おもむろに、視線を手元に移す。


「……は?」


思わず、呆けた声を出す。

その僕の手には、


血塗られた鉄剣が、握られていた。


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