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僕と俺の極限戦記  作者: あぎょう
Record1:僕と俺の邂逅記
2/17

Ⅱ 勝ち組


 時間があっという間に過ぎるように感じるということは、退屈な人生を送っていないという証拠だろう。

 気がつけば、もう放課後だった。


「ようノブ。かえろーぜ」


 と、いつものように誘うのは、カナタである。

 正確には、僕の名前はノ『ヴ』(下唇を噛むのがポイント)なのだが、日本名っぽいのが気に入ってるので訂正はしない。


「ああ……悪い、今日は迎えが来てるんだ」

「あ、そうか。おまえ、今日誕生日だったな。パーティーか?」

「そんなとこ」


 僕は鞄を肩にかついで席を立つ。

 そう。今日は僕の誕生日パーティー。

 遅れるわけにもいかないため、いつもの馬車帰りでなく、車を待たせてある。


「よかったらカナタも来なよ。招待チケットはまだあるからさ」


 と、僕はポケットからチケットを差し出すが


「悪いな。今日もバイトでよ。夜遅くまでシフト入ってんだ」


 カナタは申し訳なさそうに手を添える。


「そうか。大変だな。貧乏人は」

「ハハハ! 金持ちのおまえから言われると、スゲーむかつく!」


 いつものように飛ばした僕の冗談に対して、言葉とは裏腹に快活な笑いを飛ばすカナタ。


「でも、バイトと言っても自分の才能を発揮できる仕事だろう? 僕にはとてもできないから、羨ましいかぎりだよ」

「ふふん! それほどでもあるけどな」


 と、カナタは得意気な表情を作って見せる。


「おまえ、きっとどっかでびびってるから使えねーんだよ。『黒魔術』今度コツ教えようか?」

「それはありがたいね。まぁ、十回に一回の成功率が、二回に増えれば恩の字ってところかな」


 と、僕は自虐的に笑う。


「さて、そろそろ行かなきゃ。使用人が待ちくたびれそうだ」


 窓の外。校門で停車している黒光りの車を視界に収めて言う。


「おお。じゃ、また明日な。はっぴーばーすでー!」


 カナタの言葉に送られて、僕は教室を出る。

 はっぴーばーすでー……確か『英語』で『お誕生日おめでとう』だっけ?

 あいかわらず、妙な所で知識をひけらかすやつだな。

さて

 いいかげん混乱してしまうかと思うけど、とりあえずは自己紹介。

 僕の名前は、ノヴ・シュテインハーゲン

 君達からみて、れっきとした『異世界人』だ。

 容姿としては黒髪短髪。どこにでもいるような18歳の少年……まあ、ラノベの主人公みたいなものをイメージしてもらえればいいと思う。

 さてさてここで、

 読者諸君が疑問に思っていることとしては、容易に予想がつく。

 なぜ『異世界』に、『マンガ』や『車』、はたまた日本人らしき登場人物が出てきているのか?

 その疑問を片付けるのは、たった一言で済む。

 『異世界人』の転生だ。

 つまり、君達の世界ーー僕達は【上界】と呼んでいるーーから僕達の世界へ、生まれ変わってやってきた者達が、この世界で台頭してきた結果というわけだ。

 まあ、君達が想像する転生とは若干違うとは思うけど……

 とにかく、今からおよそ90年前。『ニホン』という国からやってきたという、最初の転生者が現れた。

 それから驚くべきことに、立て続けに世界各地で転生者が現れ、今では世界中に1700人余りの転生者が居る。僕達のクラスの担任。秋月紅子もその一人だ。

 というのも、【上界】で恐るべき技術が開発されたかららしい。

 その名も、『緊急避難用魂魄容量拡縮技術』ーー通称、【転生システム】だ。

 なんでも、特殊な手術を受けることで、死後も他生物として記憶と人格を保ったまま生きられるという……平たく言えば、『転生』できるという科学技術である。

 こちら側としては、赤の他人から人生を乗っ取られるわけだからたまったもんじゃないが、しかしながら彼らから数々の恩恵を受けたのも事実である。

 まず、こちらの世界になかった科学技術。

 電気やガス、蒸気機関など、未知の技術がエンジニア転生者から伝えられ、今や90年前とはくらべものにならない程豊かな暮らしとなった。

 とりわけ、【転生システム】を開発したのが日本という、科学技術が発達した国だったことから、日本人の転生者が多く、影響は著しいものとなったのだ。

そしてもうひとつは、文化だ。

 とりわけ、日本文化の影響が著しいのは、語るまでもないだろう。

 書道や茶道、剣道など、古くから日本に伝わるものや、マンガやアニメといったサブカルチャーまで、転生者がこの世界に広めて、すっかり人々に浸透してしまっている。

 現在、僕が居るこの学校も、校長が日本マニアということで、制服や外観まで、忠実に日本のものを再現しているのだ。さらにいえば、学習カリキュラムの中には『上界学』というものまであり、特に日本文化や風習を重点的に、どこで役立つかわからない知識を学習する機会がある。

 そしてそれは、僕が一番楽しみにしている教科でもある。

 そう。何を隠そう。僕も日本マニアの一人である。

 正確に言えば、日本が誇る漫画やアニメのファンである。

 もちろん、この世界でそんなものが手に入るわけではない。

 しかし、元漫画家の転生者が、自分の記憶を頼りに、あらゆる名作を再現・配布しているおかげで、僕達にもその素晴らしさを理解できているのだ。

 その中でも特に、『ランディ』という次世代型サムライ漫画は一番のお気に入りで、何回も読み返している。

 とにかく、そんなわけで、僕を含め多くの人間は、上界人達の転生に辟易する一方、彼らの恩恵に感謝の念を抱く、複雑な心境模様を描いている。


「ノヴ様。お迎えにあがりました」


 校門。黒光りの車の前で、年老いた執事がうやうやしく頭を下げて言う。

 少し離れた所では、あらゆる学生たちが物珍しそうに、その様子を注視していた。

 車。この大きな街の中でも、僕の家に一台しかない貴重品だ。

 まあ、車といっても、馬の無い馬車のような簡単な造りだ。日本製品に比べれば粗悪品で、特に『魔素エンジン』がすぐに壊れるので、あまり長距離を走行することはできないが、都では絶賛流行中らしい。


「ああ。ありがとう」


 そう言って、僕が車の中に入ると、まもなくして発進する。

 さすがに車だけあって、その速さは馬車とは比べ物にならない。道行く馬車を次々と追い越して、道行く人々の羨望の視線を浴びながら、帰路へと向かっていく。

 うん。悪くない。

 これで、凸凹の道によって車の中が若干シェイク状態にならなければもっと良いんだけどね。

 やがて、家へとたどり着いた。

 家。というよりは屋敷だ。

 東京ドーム一個分ほどの広さ。豪華三階建ての西洋建築。

 もうお察しの通りーーというか、すでにカナタから話が挙がったからわかると思うが。

 僕の家は大富豪である。


『おかえりなさいませ。ノヴ様』


 広い庭を走り抜けた後、玄関で降車した際に出迎えたのは12人の使用人達の、声をそろえた挨拶だった。

 見本のような、きっちり45度姿勢の礼もかかさない。


「うん。ただいま」


 いつものようにそう言って、家の中へと入る僕。

 さらに、今日は待ち受ける人物が他に居た。


「ノヴ~!」


 前方。大階段の上の方から駆け下りてくる少女が一人。

 ピンク色の、ふんわりとした長い髪。それに合わせたかのような淡いピンク色のドレスを着飾っている。姿はまさに容姿端麗。やや太めの眉が特徴的だ。

 彼女は僕の姿を見るなり、嬉しそうに声を上げてくる。


「久しぶり! 会いたかったわ!」


 そう言って、階段から駆け下りたスピードそのままで、僕に抱き着いてきた。

 こういっちゃなんだが、まるで主が帰った時のペットの反応のようだ。


「ああ。久しぶりだね。リィネ」


 と、僕は平静に、彼女ーーリィネを見据える。

 直後。


「ねえ! 式の日取りはいつにする? 来週? 明日? 今日、誕生日パーティーといっしょにやっちゃってもいいわよ? あとあと! ハネムーンはどこにしようか? 私は、トルルス諸島のリゾートなんかがおすすめかな!」


 彼女は顔を紅潮しつつまくし立てる。


「き、気が早いよリィネ。いくら許嫁だからって、そう急ぐこともないだろ? もう少し時間を置いてからでも……」

「やぁよ! 私、この日を待ち望んでいたのよ? お互い婚約できる、18歳になるこの日を! 一秒たりとも待てないわ!」


 リィネは頬を膨らましてそう言って、僕は苦笑いを返す。

 あいかわらず、お転婆というか、勢いの強いお嬢様だ。

 そこまで好いてくれるのは、素直にうれしいけどさ。


「ノヴ様。リィネ様。ご歓談の所申し訳ありませんが、そろそろパーティーの御仕度を」


 と進言するのは、僕の執事だ。

 そうだった。今日は僕の誕生日パーティー。それも、成人と認められる18歳になる、特別な日だ。

 ご来賓の方々に向けた挨拶を考えたり、それなりの礼服に着替えたりと、色々準備することがあるのだ。


「そうね。私もうんとおめかししなくちゃ!」


 と、リィネは言うけど、もうそのドレスで十分じゃないかな?

 それが私服だってのはわかった上で思うわけだけども。


「じゃあノヴ。また後でね!」


 リィネはそう言って手を振りながら去っていく。

 僕も手を振り返してその場は一旦お別れとなった。


「さて……お父様とお母様は、もういらしてるかな?」

「ええ。それでは、ご案内致します」


 と、執事が促して歩を進め、僕は後に続いて歩く。

 僕の両親は仕事で忙しく、なかなか会える機会が無い。

 職業は農家。

 といっても、数百種類もの野菜や果物を取り扱うほどの、かなり大規模なものだ。

 大陸でも、五指に入るほどの規模だろう。この屋敷の庭にも、いくつもの『商品』が植えられている。

 二人は常に新商品開発のため、世界中を飛び回って、新たな商品を探しているのだ。農家というよりは、探検家に近いかもしれない。

 まあ、ここまで規模を大きくできたのも、【上界】の科学技術によって、商品の大量収穫と環境安定化が図られたおかげであって、つまり僕が裕福に暮らせるのも、上界人のおかげといえる。

 というわけで、僕は上界人に対しては苦手意識とか、マイナス的な感情とかは一切無い。むしろ好意的だ。

 いつか、彼らの世界ーー【上界】へ行くのが、僕のひそかな夢だったりする。

 もし、こちらでも転生システムの構築が成功すれば、不可能ではないとは思う。

 もちろん、マンガやアニメ目当てであることは語るまでも無いだろう。


「こちらでございます」


 と、執事が歩みを止めたのは、数ある広間のうちのひとつ。その扉の前だった。

 両親揃って会うのは、二か月ぶりくらいかな?

 そう思いながら、コンコンコンと大きな扉をノックする。


「入りなさい」


 お父様のハスキーボイスが聞こえてから、僕は扉を開けた。

 そこには、お父様に蝶ネクタイを飾り付けているお母様の姿があった。

 ……あいかわらず、仲のよろしいことで。


「おお。ノヴ。久しぶりだな」

「元気そうで何よりだわ」


 お父様とお母様は、僕の姿を見るなり、満面の笑顔で言う。


「ええ。お父様とお母様も、御変わりないようで」

「ハハハ。まあ、こっちに座りなさい」

「おいしいお土産もあるのよ」


 と、傍らのテーブルへと促されて、談笑の場となった。

 お父様とお母様は、今回の遠征の苦労話や冒険話。また、今後市場に参入できそうな商品の話など仕事の話を。また僕からは、最近の学校の様子を、ざっくばらんに話した。

 お土産にテーブルに置かれた、新商品は、口の中にいつまでも残るような甘さだった。黄色くて、楕円状で、ヘタがあって……【上界】の果物にも、似たようなものがあったな。

 それをほおばって、味を堪能していた所で


「ねえノブ。リィネさんとはいつ婚約するのかしら?」


 お母様からの衝撃質問。

 思わず、口の中のものを吹き出しそうになるのをこらえる。


「お、お母様まで……まだ全然、考えてないですよ」


 正直に答えると


「なに? そりゃいかんぞ」


 今度はお父様がやや驚いたような顔でそう言う。

 え? もしかして二人ともそんな感じ?


「許嫁なんだ。何を遠慮することがある。それとも、リィネさんでは何か不都合でもあるのか?」

「いえ、そんなことは……」


 そんなことはない。

 ただ、リィネとは幼い頃から一緒に居て、恋人というか、兄妹みたいな感じで、結婚というのに現実感が無いのだ。


「まあ、無理強いする気はない。ただおまえにも、早く家庭を気付いて幸せになってほしいというだけだ」

「そうね。できれば二人で、この『S・Hファーム』を継いでもらえば文句はないわ」


 お父様とお母様は、近い将来を夢見るように、微笑みを浮かべる。

 僕も自然と微笑み返す。

 ここではっきりと記しておこう。

 僕は、人生の『勝ち組』だ。

 自惚れでもなんでもなく、事実としてそう思う。

 家庭。恋人。友人。財産。

 人生に於いて重要な要素においては、全て恵まれていると自負している。

 人生の『勝ち』は人それぞれだとは思うけど、これだけの優越点があって、決して不幸などと思う人は居ないだろう。

 人生の幸せを信じてやまないだろう。

 僕もそう思っていた。

 この日までは。


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