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僕と俺の極限戦記  作者: あぎょう
Record1:僕と俺の邂逅記
14/17

ⅩⅣ 戦う決意

XⅣ


「……なんで……カナタ……なんで……」


 思考が、停止する。

 うまく、のみこめない。


「……悪いな。ノヴ。実は犯人は、俺だったんだ」


 ちっとも悪びれなく、冷たい視線を向けて、カナタは言う。

 動悸が止まらない。

 焦点が定まらない。

 ただ、腕の中で先生の体温が失われてることが、ひたすら恐ろしかった。


「クロッドを殺して【火獣】の《(しるし)》を奪い、この屋敷に火をつけたのは、この俺だったのさ」


 そう言うと、上着をめくりあげて、左わき腹を見せる。

 そこにはくっきりと、【火獣】の《(しるし)》があった。


「そこに居る《獣属》は、屋敷の灰を目当てにやってきただけだろうな。もともと《人属》に恨みはあったんだろうけど、とんだとばっちりだよ。カワイソーにな」


 そう言いながらも、カナタの視線は冷たい。

 どうとでもいいというように、表面だけ取り繕ったようで……

 いままで、見たことのないような親友の姿だった。

 まるで、別人のようだ。


「っ……な、なんでだよっ!!!!」


 僕は叫ぶ。

 恐怖を押し殺し、悲痛の限り、絞り出すようにして叫ぶ。


「なんで先生をっ……こんなことをっ!! 僕達は……親友じゃなかったのかよ!?」


 クロッドさんを殺したのは【火獣】の力が欲しかったから?

 僕の屋敷に火をつけたのは、僕が憎かったから?

 あんなに、僕のために尽くしてくれたのは、全て嘘だったのか?

 僕を欺く、嘘だったのか?

 なんで? なんで? なんで?

 こんなの……僕の知っているカナタじゃない。

 疑問が湧いてきて、失望して、もう、頭の中はパンク寸前だった。

 親友だと……信じていたのに。


「……ああ。親友だよ」


 ……意外にも、カナタは、端的にそう返す。

 その後に


「仮初のおれは、な」


 と、付け加えた。

 仮……初……?

 どういう意味だ……?


「先生には悪かったけど……おまえを殺すに邪魔だったんでな」


 そう言って、カナタはその凶悪な赤い腕を振りかぶる。

 ……え?

 今……なんて……?

 殺す? 誰を? コロす?

 …………僕を?


「じゃあな。親友。殺したい程、憎かったぜ」


 カナタは、どこか辛そうな、ひきついた笑みを携えて、

 赤い尾を引いて、【火獣】の腕が僕に襲いかかって……

 赤。熱。獣。紅。爪。火。


……死……?


 ……ぬことは、なかった。

 カナタの攻撃は、僕に当たる直前、なにかにぶつかって弾かれた。


「!? っちぃ……!!」


 反動で、カナタは後ろに体をもっていかれる。

 【運命に抗う守護盾(アゲインスト・シェル

 僕の腕の中で、先生が発動した能力だった。

 顔面蒼白で、死んでもおかしくないような出血で、それでも腕をつきだして、僕を守ってくれた。


<ぼけっとすんな! 走れ!!>


 突然響くオレの声。

 はっとして、突き動かされるように走り出す。

 逃げ出すなら今がチャンス。カナタとの距離が開いたその瞬間。僕は先生を背負い、部屋の出口へと向かった。

 訳が分からないまま、がむしゃらに走り出す。

 自分が何をしてるのか、どこにいるのかもあやふやで、とにかく現状から逃げ出したくて、ひた奔る。


「……ノヴ……くん。おろし……て……」


 耳元でかろうじて聞こえる先生の声で、ようやく足が止まる。

 気付くとそこは、玄関のすぐ傍だった。

 僕は先生の声に従って、先生を壁にもたれかけるようにして下ろす。

 ひどい出血だった。

 鎧の隙間をつかれた刺突傷。幸い、急所ははずれているものの、開かれた穴は大きい。先生の脇腹あた りの服は血でべっとりと染まっていて、僕の背中にも付着している。


<あ~あ。こりゃ死ぬな。ご愁傷様>


 オレはあきらめたような口ぶりだ。

 否定しようとしても……でも、実際、どうしようもない。

 僕は医者じゃないし、傷口をおさえようにも、この出血じゃあ……

 心配そうな表情でうろたえる僕に対し、しかし先生は

 微笑む。


「……心配……しないで……まだ、こんなところで……死ぬわけには……いかない……!」


 そう言う先生が握りしめていたのは、一本の矢だった。

 さっきのブタガルとの戦闘に使ったものだろう。矢は未だ熱を帯びていて、ほのかに矢先が赤くなっている。

 そして、弓の持ち手部分を口にくわえると、意を決したように、

 その矢先を、傷口に押し当てる。


「っ………~~~~~!!」

「せ、先生っ!!」


 肉の焼ける匂い。傷口を焼いて、血止めをしているんだ。

 気絶するほど痛いはず。先生は悶絶の表情で、口に咥えた弓は噛まれてミシリと軋む。

 それでも、強い自制心でもって、十数秒もの間矢先を押し当てた後。力なく腕をだらりと下げ、カランと音を立てて矢が投げ出される。

 先生の顔は未だ真っ青。大量の汗をかいてひどい動悸だったけど、とりあえず出血死はまぬがれたというところだろうか。


<……みかけによらず根性あるじゃねぇか。センコー>


 見直したように言うオレ。

 僕は言うまでもなく。圧倒されるばかりだった。

 おろおろとして、何もできない僕に比べて、先生のなんてたくましいことか。

 生への執着。一度死んだ故のものなのか。


「……逃げなさい。ノヴ君」


 息が整い始めてから、困惑する僕に対し一言、そう述べる。


「っ……そ、そうですね。とにかく、外へ……!」


 先生を再び担ぎ、外に出ようとしたその時。


「私は置いてゆきなさい……!」


 いつもより強い口調で、先生は言った。


「置いてって……!? そんなことっ……!」

「私を担いでいったら、間違いなくカナタ君に追いつかれるわ! 彼は私が足止めするから、とにかく逃げて!!」


 ……信じられなかった。

 死にかけていながら、なんでそんなことが言えるのだろう?

 足止めなんて……自殺行為だ!

 かといって……僕にはやっぱり、どうすることもできない……

 《間素術》もろくに扱えないこの僕なんかじゃ、生粋の《闇の間素術》使いにして、【火獣】の《(しるし)持ち》となったカナタ相手に、太刀打ちできるはずもない。

 じゃあ、どうする?

 逃げる?助けを呼ぶ?先生を隠す?カナタと話し合う?

 様々な選択肢を絞り出すも、どれも不確定で、バットエンドしか見えなくて、

 結局、僕は自分の無力さを思い知る。

 その時。

 足音が、聞こえてきた。

 廊下の奥の方から、近づいてくる。

 心臓が、早鐘を打つ


「何を迷っているの! さあ、早く!」


 先生は半分怒鳴るように、僕を突き飛ばす。

 ……………

 ……そうだよな。

 結局、僕にできることは、逃げることしか……


<また逃げるのかよ?>


 ……まるで僕の考えを読むかのように、オレは言う。


<なんにもしねぇで、女に守られて、いざとなったら逃げる。はっ!大層なご身分だよなぁ。さぞかし楽な生き方だろうよ>

<……逃げるしかないだろ。相手は《(しるし)持ち》で、僕はただの凡人だ。僕には、どうすることも……>

<理屈はいい。てめぇの気持ちは、どうなんだよ?>


 ドスの利いた声が、僕の中に反芻する。


<大事な親友に裏切られて、くやしくねぇのか? 恩師を殺されかけて、守りてぇとは思わねぇのか?てめぇの気持ちに正直に生きたいとは、思わねぇのかよ? ああ?>


 ……分かってる。

 こいつはそうやって、僕を無理やり戦わせようとしている。唆している。

 説教とかじゃない。決して僕のことを思っているはずは……


<おれはいつだってそうしてきたぜ>


 ………


<てめぇの我を通すために、犠牲と覚悟を必要として生きてきた。今だってそうだ。俺はヤツと戦いてぇからてめぇを利用するし、唆している。おまけでもらった『命』を天秤にのっけて、てめぇの『欲』に忠実に生きていくさ。だからおまえもそうしろよ。オレとおまえは、『同じ人間』なんだからよ>


 この野郎。

 包み隠さず、言いたい放題言いやがって。

 唆されていること分かってて、あえて乗るヤツがいるかよ。

 ……だけど、妙に。

 心が落ち着いている僕が居た。

 そして、オレは言う。


<もう一度訊くぜ。ノヴ・シュテインハーゲン『また逃げるのかよ?』>



 静かな夜に、心地よい虫や鳥の鳴き声が響く。

 月明りが地上を照らし、家路につく人々の灯りとなる。

 日常にありふれた情景の中に僕は居る。

 全てから逃げ出して、全てを忘れて、先生の家の中で温かい布団に包まれる。

 辛いことや悲しいことから、全力で目を背けている。

 ………そのはずだった。

 こいつの……オレの言葉がなかったら……!


「……なぜ逃げない……?」


 不信そうに、不快そうに、あいつが……カナタが、僕を見据えて言った。

 屋敷の玄関。廊下の奥からやってくるカナタを待ち構えるように、今、僕はここに居る。

 逃げないで居る。

 ……畜生。まんまと唆されてやったよ。

 昨晩のことをやりかえされたみたいだ。

 ああそうだ。本音は、『逃げたくない』

 足がガクガクに震えるし、嫌な汗は止まらないし、思考だってぐちゃぐちゃだけど。

 それでも、カナタと正面見据えて語りたい。

 傷ついた先生を守りたい。

 だから僕は、先生を近くの使用人部屋のタンスに隠して、こうして戻ってきた。

 逃げたくないから。


「わざわざやられに来たってのか? 俺は、問答無用で、おまえを殺すぜ?」


 カナタは依然、イラつくような表情で、心底憎いといった感情で、僕に言葉をぶつける。


「……どうして、僕をそこまで憎む……?」


 恐怖を押し殺し、僕はカナタを精一杯睨み付ける。

 殺したい程憎かったと、カナタはそう言った。

 カナタと知り合ったのは学園の入学式。つまり2年以上前。その間で、カナタと些細な喧嘩はしたことはあっても、致命的に恨みを買うようなことはしていないはずだ。

 恨みからくる犯行であれば、クロッドさん殺しの犯人を僕に擦り付けることも、屋敷を火事にすることも理解できる。

 問題は動機だ。よい親友として、関係を築いてきたと思ったのに……

 おまえだけは、裏切らないと思っていたのに……

 カナタは、少しの間押し黙ると、こう口を開いた。


「………昔、ある街に、《闇の間素術》使いがいた」

「……?」


 そして、語り始める。


「その男はひどく性悪で、粗暴で、嫌われていた」

「《黒の間型》だから『悪』なのか。それとも、『悪』だから《黒の間型》なのか……ともかく男は、忌み嫌われていた」

「気に入らないヤツがいれば殴る。欲しいモノがあれば奪い取る。優しさの欠片もなく、自分本位で、欲望に忠実な、まさに『闇』からなる男だった」

「そして男も……そんな自分自身を忌み嫌っていた」

「抑えきれない悪。離れていく人間。どうにもならない孤独。自分が、他人が、世界が疎ましく……ストレスからさらに悪を重ねていく負のスパイラル」

「だから男は、一度死ぬこととした」

「男は生粋の《闇の魔術》使い。自分自身の記憶と人格を改竄することさえできた」

「温厚で情に厚く、人当たりの良い人格。検察士という夢を果たすため、生まれ故郷を離れ、彼の素性を知らない別の街で、勉学に励みながら暮らす若者。それが、彼が設定した別の自分」

「そして、彼は生まれ変わった。まるで、だれかが転生したかのようにーーーー」

「………まさか……!?」


 誰だろうと、勘づくだろう。

 それが、どこかの誰かの昔話ではないことに。

 カナタは、未だ僕を睨みながら語る。


「結果は良好だった。誰も彼を疎ましく思う者はおらず、友人は両手で数えきれないほどできて、見習いながらも検察士として働かせてもらい、毎日が充実していた」

「しかし……彼がかけた『人格記憶改竄魔術』は、完璧ではなかった」

「時折、元の記憶がフラッシュバックするようになり、人格も不安定になることが起こり始める。時間経過によって効果が薄れてきたこともあるが、他の要因のひとつとしては、彼のある友人の存在があった」

「その友人は裕福で、一人貧しい暮らしをする彼にとって対極の存在だった」

「誰もが羨ましく思う環境。友人はそれを、謙虚のかけらもなく、さもあって当然であるかのように振る舞う。自分が人生の勝ち組だと言わんばかりの言動。心の奥底で、『嫉妬』という負の感情が沸き起こる」

「男の元人格が、死ぬほど嫌うタイプの人間だったーーーー」

「………っ!!」


 ……カナタが、僕を睨む目つきが、鋭くなる。

 僕は……真正面から、それを受け止めることができなかった。


「……ある日、友人は、『被転生者』となり、奇妙なことに『転生者』とひとつの体の中で共同生活を強いられることとなる。そして襲い来る不幸……また、男の中に、負の感情が芽生える」

「『ざまあみろ』という……『優越感』」

「それが、元人格を呼び覚ますトリガーとなった」

「そして、最後の一押しは、圧倒的な『力』の存在を知ったことだった」

「男の街に住んでいた《(しるし)持ち》の腕から放たれた、驚異的な力」

「男の心の底から生まれた最後の負の感情は……『欲望』」

「もし、その力を手に入れることができたならば、どんなことも思い通りにできる」

「妬み嫉みの対象となる友人を、苦しませ、殺すこともできる」

「だから男は、目覚めた」

「最初は一晩。それでも、《闇魔術》を駆使して《(しるし)持ち》の部屋に忍び込み、殺害して《(しるし)》を奪い、友人の屋敷に火をつける位の時間はあった」


 ……《転幻陰》。

 そうだな。どうして気づかなかったんだろう。

 僕の姿を現場で見たっていう証言は、正しかったわけだ。

 僕に罪をなすりつけるために、僕の姿に化けていたのか。

 今思うと、いくつか思い当たる点がある。

 まず、彼が寝不足で、トトトガラシ入りのスペシャルブランドコーヒーを求めた件。クロッドさんを殺してから屋敷で暴れたのならば、寝る暇もないはずだ。

 そして、今日、警士宿舎に乗り込んだ時。その時は気づかなかったが、今思うと不自然だ。

 だって、僕はクロッドさんの部屋番号を伝えただけで、詳しく場所を案内したわけじゃない。

 それなのに、最初から場所が分かっているように、カナタは簡単にたどり着いた。

 一度行ったことがあるなら、当然だ。


「それから、一時的に『正』の人格が戻るも、次の夜に、再び男が目覚めた。『欲望』を満たすためにな………!」


 そう言って、カナタの腕が赤く燃え上がり始める。

 負の感情を、体現するかの如く。


「……以上。マヌケな悪人の物語。感想は?」

「……………」


 何も言えなかった。

 要するに、カナタは元悪人で、そんな自分が嫌になって、記憶と人格を改竄してこの街にやって来た。

 だけど、僕を友人とすることで、元人格を呼び覚ます負の感情が積み重なる。

 そして、ここ最近になって、僕に襲った度重なる不幸。クロッドさんの【火獣】の力を修練場で目の当たりにしたことがきっかけとなり、元人格が呼び起こされた。

 『【火獣】の力を奪い、ノヴ・シュテインハーゲンを苦しませた上で殺す』

 その『欲望』に従って………

 ………そうだ。カナタの言う通りだ。

 僕は、自他共に認める勝ち組だと思っていたし、それを大っぴらにすることが何ら悪いことだと思わなかった。

 妬み、嫉み、嫌う者が居ないわけじゃないのに。

 冗談みたいにカナタは応えていたけど、心の中では、唾を吐いていたのか……?


「……ごめん。カナタ」


 僕は一言、謝ることしかできなかった。


「……なんで謝る? 俺は感想を聞いてんだぜ?」


 カナタは依然、眉間に皺を寄せて、不快そうな表情。

 獣の右腕が赤く燃え上がり、膨れ上がる。

 許す気は……毛頭無いらしい。


「感想が無えなら、続きを教えてやるよ。てめぇの体でな……!」


 と、腕を振り上げ、こちらへ向かってくる。

 残念ながら、対話による解決はできなかった。


「っ………!!」


 僕は逃げる。

 玄関の大階段を上り、2階へ駆けあがる。


<腹ぁくくれよ。ボク>

「ああ。分かってるさ」


 逃げながら、ぼくは決意する。

 最弱な僕だけど、それでも、たった一人の親友を救うために。


「もう、戦うしかない……!」


 最強の『悪人』と、戦う。


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