ⅩⅣ 戦う決意
XⅣ
「……なんで……カナタ……なんで……」
思考が、停止する。
うまく、のみこめない。
「……悪いな。ノヴ。実は犯人は、俺だったんだ」
ちっとも悪びれなく、冷たい視線を向けて、カナタは言う。
動悸が止まらない。
焦点が定まらない。
ただ、腕の中で先生の体温が失われてることが、ひたすら恐ろしかった。
「クロッドを殺して【火獣】の《章》を奪い、この屋敷に火をつけたのは、この俺だったのさ」
そう言うと、上着をめくりあげて、左わき腹を見せる。
そこにはくっきりと、【火獣】の《章》があった。
「そこに居る《獣属》は、屋敷の灰を目当てにやってきただけだろうな。もともと《人属》に恨みはあったんだろうけど、とんだとばっちりだよ。カワイソーにな」
そう言いながらも、カナタの視線は冷たい。
どうとでもいいというように、表面だけ取り繕ったようで……
いままで、見たことのないような親友の姿だった。
まるで、別人のようだ。
「っ……な、なんでだよっ!!!!」
僕は叫ぶ。
恐怖を押し殺し、悲痛の限り、絞り出すようにして叫ぶ。
「なんで先生をっ……こんなことをっ!! 僕達は……親友じゃなかったのかよ!?」
クロッドさんを殺したのは【火獣】の力が欲しかったから?
僕の屋敷に火をつけたのは、僕が憎かったから?
あんなに、僕のために尽くしてくれたのは、全て嘘だったのか?
僕を欺く、嘘だったのか?
なんで? なんで? なんで?
こんなの……僕の知っているカナタじゃない。
疑問が湧いてきて、失望して、もう、頭の中はパンク寸前だった。
親友だと……信じていたのに。
「……ああ。親友だよ」
……意外にも、カナタは、端的にそう返す。
その後に
「仮初のおれは、な」
と、付け加えた。
仮……初……?
どういう意味だ……?
「先生には悪かったけど……おまえを殺すに邪魔だったんでな」
そう言って、カナタはその凶悪な赤い腕を振りかぶる。
……え?
今……なんて……?
殺す? 誰を? コロす?
…………僕を?
「じゃあな。親友。殺したい程、憎かったぜ」
カナタは、どこか辛そうな、ひきついた笑みを携えて、
赤い尾を引いて、【火獣】の腕が僕に襲いかかって……
赤。熱。獣。紅。爪。火。
……死……?
……ぬことは、なかった。
カナタの攻撃は、僕に当たる直前、なにかにぶつかって弾かれた。
「!? っちぃ……!!」
反動で、カナタは後ろに体をもっていかれる。
【運命に抗う守護盾】
僕の腕の中で、先生が発動した能力だった。
顔面蒼白で、死んでもおかしくないような出血で、それでも腕をつきだして、僕を守ってくれた。
<ぼけっとすんな! 走れ!!>
突然響くオレの声。
はっとして、突き動かされるように走り出す。
逃げ出すなら今がチャンス。カナタとの距離が開いたその瞬間。僕は先生を背負い、部屋の出口へと向かった。
訳が分からないまま、がむしゃらに走り出す。
自分が何をしてるのか、どこにいるのかもあやふやで、とにかく現状から逃げ出したくて、ひた奔る。
「……ノヴ……くん。おろし……て……」
耳元でかろうじて聞こえる先生の声で、ようやく足が止まる。
気付くとそこは、玄関のすぐ傍だった。
僕は先生の声に従って、先生を壁にもたれかけるようにして下ろす。
ひどい出血だった。
鎧の隙間をつかれた刺突傷。幸い、急所ははずれているものの、開かれた穴は大きい。先生の脇腹あた りの服は血でべっとりと染まっていて、僕の背中にも付着している。
<あ~あ。こりゃ死ぬな。ご愁傷様>
オレはあきらめたような口ぶりだ。
否定しようとしても……でも、実際、どうしようもない。
僕は医者じゃないし、傷口をおさえようにも、この出血じゃあ……
心配そうな表情でうろたえる僕に対し、しかし先生は
微笑む。
「……心配……しないで……まだ、こんなところで……死ぬわけには……いかない……!」
そう言う先生が握りしめていたのは、一本の矢だった。
さっきのブタガルとの戦闘に使ったものだろう。矢は未だ熱を帯びていて、ほのかに矢先が赤くなっている。
そして、弓の持ち手部分を口にくわえると、意を決したように、
その矢先を、傷口に押し当てる。
「っ………~~~~~!!」
「せ、先生っ!!」
肉の焼ける匂い。傷口を焼いて、血止めをしているんだ。
気絶するほど痛いはず。先生は悶絶の表情で、口に咥えた弓は噛まれてミシリと軋む。
それでも、強い自制心でもって、十数秒もの間矢先を押し当てた後。力なく腕をだらりと下げ、カランと音を立てて矢が投げ出される。
先生の顔は未だ真っ青。大量の汗をかいてひどい動悸だったけど、とりあえず出血死はまぬがれたというところだろうか。
<……みかけによらず根性あるじゃねぇか。センコー>
見直したように言うオレ。
僕は言うまでもなく。圧倒されるばかりだった。
おろおろとして、何もできない僕に比べて、先生のなんてたくましいことか。
生への執着。一度死んだ故のものなのか。
「……逃げなさい。ノヴ君」
息が整い始めてから、困惑する僕に対し一言、そう述べる。
「っ……そ、そうですね。とにかく、外へ……!」
先生を再び担ぎ、外に出ようとしたその時。
「私は置いてゆきなさい……!」
いつもより強い口調で、先生は言った。
「置いてって……!? そんなことっ……!」
「私を担いでいったら、間違いなくカナタ君に追いつかれるわ! 彼は私が足止めするから、とにかく逃げて!!」
……信じられなかった。
死にかけていながら、なんでそんなことが言えるのだろう?
足止めなんて……自殺行為だ!
かといって……僕にはやっぱり、どうすることもできない……
《間素術》もろくに扱えないこの僕なんかじゃ、生粋の《闇の間素術》使いにして、【火獣】の《章持ち》となったカナタ相手に、太刀打ちできるはずもない。
じゃあ、どうする?
逃げる?助けを呼ぶ?先生を隠す?カナタと話し合う?
様々な選択肢を絞り出すも、どれも不確定で、バットエンドしか見えなくて、
結局、僕は自分の無力さを思い知る。
その時。
足音が、聞こえてきた。
廊下の奥の方から、近づいてくる。
心臓が、早鐘を打つ
「何を迷っているの! さあ、早く!」
先生は半分怒鳴るように、僕を突き飛ばす。
……………
……そうだよな。
結局、僕にできることは、逃げることしか……
<また逃げるのかよ?>
……まるで僕の考えを読むかのように、オレは言う。
<なんにもしねぇで、女に守られて、いざとなったら逃げる。はっ!大層なご身分だよなぁ。さぞかし楽な生き方だろうよ>
<……逃げるしかないだろ。相手は《章持ち》で、僕はただの凡人だ。僕には、どうすることも……>
<理屈はいい。てめぇの気持ちは、どうなんだよ?>
ドスの利いた声が、僕の中に反芻する。
<大事な親友に裏切られて、くやしくねぇのか? 恩師を殺されかけて、守りてぇとは思わねぇのか?てめぇの気持ちに正直に生きたいとは、思わねぇのかよ? ああ?>
……分かってる。
こいつはそうやって、僕を無理やり戦わせようとしている。唆している。
説教とかじゃない。決して僕のことを思っているはずは……
<おれはいつだってそうしてきたぜ>
………
<てめぇの我を通すために、犠牲と覚悟を必要として生きてきた。今だってそうだ。俺はヤツと戦いてぇからてめぇを利用するし、唆している。おまけでもらった『命』を天秤にのっけて、てめぇの『欲』に忠実に生きていくさ。だからおまえもそうしろよ。オレとおまえは、『同じ人間』なんだからよ>
この野郎。
包み隠さず、言いたい放題言いやがって。
唆されていること分かってて、あえて乗るヤツがいるかよ。
……だけど、妙に。
心が落ち着いている僕が居た。
そして、オレは言う。
<もう一度訊くぜ。ノヴ・シュテインハーゲン『また逃げるのかよ?』>
※
静かな夜に、心地よい虫や鳥の鳴き声が響く。
月明りが地上を照らし、家路につく人々の灯りとなる。
日常にありふれた情景の中に僕は居る。
全てから逃げ出して、全てを忘れて、先生の家の中で温かい布団に包まれる。
辛いことや悲しいことから、全力で目を背けている。
………そのはずだった。
こいつの……オレの言葉がなかったら……!
「……なぜ逃げない……?」
不信そうに、不快そうに、あいつが……カナタが、僕を見据えて言った。
屋敷の玄関。廊下の奥からやってくるカナタを待ち構えるように、今、僕はここに居る。
逃げないで居る。
……畜生。まんまと唆されてやったよ。
昨晩のことをやりかえされたみたいだ。
ああそうだ。本音は、『逃げたくない』
足がガクガクに震えるし、嫌な汗は止まらないし、思考だってぐちゃぐちゃだけど。
それでも、カナタと正面見据えて語りたい。
傷ついた先生を守りたい。
だから僕は、先生を近くの使用人部屋のタンスに隠して、こうして戻ってきた。
逃げたくないから。
「わざわざやられに来たってのか? 俺は、問答無用で、おまえを殺すぜ?」
カナタは依然、イラつくような表情で、心底憎いといった感情で、僕に言葉をぶつける。
「……どうして、僕をそこまで憎む……?」
恐怖を押し殺し、僕はカナタを精一杯睨み付ける。
殺したい程憎かったと、カナタはそう言った。
カナタと知り合ったのは学園の入学式。つまり2年以上前。その間で、カナタと些細な喧嘩はしたことはあっても、致命的に恨みを買うようなことはしていないはずだ。
恨みからくる犯行であれば、クロッドさん殺しの犯人を僕に擦り付けることも、屋敷を火事にすることも理解できる。
問題は動機だ。よい親友として、関係を築いてきたと思ったのに……
おまえだけは、裏切らないと思っていたのに……
カナタは、少しの間押し黙ると、こう口を開いた。
「………昔、ある街に、《闇の間素術》使いがいた」
「……?」
そして、語り始める。
「その男はひどく性悪で、粗暴で、嫌われていた」
「《黒の間型》だから『悪』なのか。それとも、『悪』だから《黒の間型》なのか……ともかく男は、忌み嫌われていた」
「気に入らないヤツがいれば殴る。欲しいモノがあれば奪い取る。優しさの欠片もなく、自分本位で、欲望に忠実な、まさに『闇』からなる男だった」
「そして男も……そんな自分自身を忌み嫌っていた」
「抑えきれない悪。離れていく人間。どうにもならない孤独。自分が、他人が、世界が疎ましく……ストレスからさらに悪を重ねていく負のスパイラル」
「だから男は、一度死ぬこととした」
「男は生粋の《闇の魔術》使い。自分自身の記憶と人格を改竄することさえできた」
「温厚で情に厚く、人当たりの良い人格。検察士という夢を果たすため、生まれ故郷を離れ、彼の素性を知らない別の街で、勉学に励みながら暮らす若者。それが、彼が設定した別の自分」
「そして、彼は生まれ変わった。まるで、だれかが転生したかのようにーーーー」
「………まさか……!?」
誰だろうと、勘づくだろう。
それが、どこかの誰かの昔話ではないことに。
カナタは、未だ僕を睨みながら語る。
「結果は良好だった。誰も彼を疎ましく思う者はおらず、友人は両手で数えきれないほどできて、見習いながらも検察士として働かせてもらい、毎日が充実していた」
「しかし……彼がかけた『人格記憶改竄魔術』は、完璧ではなかった」
「時折、元の記憶がフラッシュバックするようになり、人格も不安定になることが起こり始める。時間経過によって効果が薄れてきたこともあるが、他の要因のひとつとしては、彼のある友人の存在があった」
「その友人は裕福で、一人貧しい暮らしをする彼にとって対極の存在だった」
「誰もが羨ましく思う環境。友人はそれを、謙虚のかけらもなく、さもあって当然であるかのように振る舞う。自分が人生の勝ち組だと言わんばかりの言動。心の奥底で、『嫉妬』という負の感情が沸き起こる」
「男の元人格が、死ぬほど嫌うタイプの人間だったーーーー」
「………っ!!」
……カナタが、僕を睨む目つきが、鋭くなる。
僕は……真正面から、それを受け止めることができなかった。
「……ある日、友人は、『被転生者』となり、奇妙なことに『転生者』とひとつの体の中で共同生活を強いられることとなる。そして襲い来る不幸……また、男の中に、負の感情が芽生える」
「『ざまあみろ』という……『優越感』」
「それが、元人格を呼び覚ますトリガーとなった」
「そして、最後の一押しは、圧倒的な『力』の存在を知ったことだった」
「男の街に住んでいた《章持ち》の腕から放たれた、驚異的な力」
「男の心の底から生まれた最後の負の感情は……『欲望』」
「もし、その力を手に入れることができたならば、どんなことも思い通りにできる」
「妬み嫉みの対象となる友人を、苦しませ、殺すこともできる」
「だから男は、目覚めた」
「最初は一晩。それでも、《闇魔術》を駆使して《章持ち》の部屋に忍び込み、殺害して《章》を奪い、友人の屋敷に火をつける位の時間はあった」
……《転幻陰》。
そうだな。どうして気づかなかったんだろう。
僕の姿を現場で見たっていう証言は、正しかったわけだ。
僕に罪をなすりつけるために、僕の姿に化けていたのか。
今思うと、いくつか思い当たる点がある。
まず、彼が寝不足で、トトトガラシ入りのスペシャルブランドコーヒーを求めた件。クロッドさんを殺してから屋敷で暴れたのならば、寝る暇もないはずだ。
そして、今日、警士宿舎に乗り込んだ時。その時は気づかなかったが、今思うと不自然だ。
だって、僕はクロッドさんの部屋番号を伝えただけで、詳しく場所を案内したわけじゃない。
それなのに、最初から場所が分かっているように、カナタは簡単にたどり着いた。
一度行ったことがあるなら、当然だ。
「それから、一時的に『正』の人格が戻るも、次の夜に、再び男が目覚めた。『欲望』を満たすためにな………!」
そう言って、カナタの腕が赤く燃え上がり始める。
負の感情を、体現するかの如く。
「……以上。マヌケな悪人の物語。感想は?」
「……………」
何も言えなかった。
要するに、カナタは元悪人で、そんな自分が嫌になって、記憶と人格を改竄してこの街にやって来た。
だけど、僕を友人とすることで、元人格を呼び覚ます負の感情が積み重なる。
そして、ここ最近になって、僕に襲った度重なる不幸。クロッドさんの【火獣】の力を修練場で目の当たりにしたことがきっかけとなり、元人格が呼び起こされた。
『【火獣】の力を奪い、ノヴ・シュテインハーゲンを苦しませた上で殺す』
その『欲望』に従って………
………そうだ。カナタの言う通りだ。
僕は、自他共に認める勝ち組だと思っていたし、それを大っぴらにすることが何ら悪いことだと思わなかった。
妬み、嫉み、嫌う者が居ないわけじゃないのに。
冗談みたいにカナタは応えていたけど、心の中では、唾を吐いていたのか……?
「……ごめん。カナタ」
僕は一言、謝ることしかできなかった。
「……なんで謝る? 俺は感想を聞いてんだぜ?」
カナタは依然、眉間に皺を寄せて、不快そうな表情。
獣の右腕が赤く燃え上がり、膨れ上がる。
許す気は……毛頭無いらしい。
「感想が無えなら、続きを教えてやるよ。てめぇの体でな……!」
と、腕を振り上げ、こちらへ向かってくる。
残念ながら、対話による解決はできなかった。
「っ………!!」
僕は逃げる。
玄関の大階段を上り、2階へ駆けあがる。
<腹ぁくくれよ。ボク>
「ああ。分かってるさ」
逃げながら、ぼくは決意する。
最弱な僕だけど、それでも、たった一人の親友を救うために。
「もう、戦うしかない……!」
最強の『悪人』と、戦う。




