ⅩⅢ 帰還
ⅩⅢ
「……今のは……一体……?」
と、僕の言葉と同じくして、先生が呟く。
「……今の魔術は、現場に残された強い感情や記憶を再現する魔術です。つまり、今のイメージは、クロッドさんと犯人の残したものとみて間違いないでしょう」
「なんで……なんで僕の家が出てくるんだよ!?」
だって……こんなの、クロッドさんの殺害に僕が関係してるってことで……
まるで、僕が犯人みたいな……!
しかし、狼狽する僕に対し、
「……安心しろ。ノブ。これで、つながった」
そう、カナタは言い放つ。
「? つながったって……?」
「実は、お前を心配させまいとあえて黙ってたんだが……昨晩。クロッドさん殺害のほかにもうひとつ事件があってな………おまえの屋敷が、火事にあったんだよ」
「「!? 火事!?」」
先生も知らなかったようで、声を上げて驚く
「じゃ、じゃあ……お父様とお母様は……!?」
「大丈夫。二人はとっくに、遠くの別荘に引っ越した後だ。使用人も彼らの後についていったから、幸いにも死傷者は居ないよ」
……そうか。今まで姿を現さなかったのは、僕のことを嫌っていたからと思っていたけど、引っ越ししていたのか。
当然といえば当然か。あんな惨劇があった屋敷に住みたくはないだろうし。
「そ、それじゃあ、もしかして、その火事っていうのは……」
先生は推測する。
僕も、同じ考えにたどり着いた。
「ええ……おそらく、クロッドさんを殺して得た【火獣】の《章》の能力で、ノブの屋敷を放火したのでしょう」
確かに……つながった。
「でも……なんでノヴ君の屋敷を……?」
「さあ……シュテインハーゲン家に恨みを持つ者の犯行か。ただの力試しか……とにかく、次の行き先は決まりましたね」
「そうだな………」
僕は部屋の外へと出て、言い放つ。
「帰ろう。僕の屋敷へ」
※ ※
とはいっても、そのまま屋敷に直行するほど浅慮な僕らではない。
まず、先生の家へ戻り腹ごしらえをした後、各々の武器を用意することとした。もし犯人に出くわして戦闘になった状態を考慮してのことだ。
「さあて。各々準備はいいかしら?」
午後四時。やや陽が傾き始めた頃。
各々、装備が整え終わった所で、戦闘モード万端といった感じで先生が声をかける。
先生の武器は弓だ。背中に大きな弓と矢を背負っていた。
ちなみに人属のほとんどは自衛のために武器を持っている。もっとも、扱いにくい弓を武器とする人は少数な方だとは思うけど。
それにしても、先生の恰好は意外にも本格的で、弓技士用の鎧(弓持ち手の左半身を覆う鎧&両籠手)を身に着けていた。
「ずいぶんとやる気ですね。先生」
普段見ない姿に驚きながら、カナタが言う。
「あたり前でしょう。三人の中では……『オレ』を除いて私しか戦えそうな人は居ないし。こう見えて、戦闘経験は豊富なのよ」
……そういえば、噂で聞いたことがある。
先生は、先生をやる前は、1年ほど世界各地を旅していたとか。
この世界でいう一人旅は結構危険だ。《人属》の領域の中を移動するにしたって、危険な《虫属》や《鳥属》、《魚属》、また《獣属》など、外敵は多い。それなりの戦闘手段を持たないとままならないのだ。
何を目的としていたかは分からないけど、意外と豪胆な人だ。
さて、僕の装備はというと、カナタに装備屋で買ってもらった小さな盾。そして……生誕式にもらった剣だ。
クロッドさんに没収されたものであるが、部屋に侵入した際、勝手に返してもらうこととした。後から監察士とかが気づくかもしれないけど、どうせ僕を犯人扱いしているなら関係ないだろう。
この剣にはいろいろトラウマもあるけど……大事な思い出の品のひとつには違いない。失くしたくはなかった。
それにしても、先生の準備万端ぶりと比較すると……
「準備と言っても気休め程度のものですけど……大丈夫ですかね?」
少し不安になる僕。
なんせ【火獣】の能力使いと対峙することになるかもしれないのだから、準備はし過ぎるということはないのだ。
「……まあ、仕方ないわね。時間も限られてるし。まぁ、犯人と遭遇する可能性は低いとみていいと思うわよ。あくまで手がかりを探すためと思って、緊張しないことね」
と、先生は不安そうな僕を見かねてそう言うものの、やはり表情は晴れない。
とゆうか、僕達3人で犯人に立ち向かうことができるのか疑問だけど……
……やばい。行きたくなくなってきた。
<……おめえ、今行きたくねぇって思っただろ?>
<!! な、なに言ってんだよ!?>
図星!! オレのやつめ!
<家にこもるなんて言ったら許さねぇからな。死んでも行けよてめぇ>
<……僕の問題だし、そりゃ行くけどさ。でも、僕が言っても力になれないよ。《間素術》はおろか、剣技だってままならないんだしさ>
本当はクロッドさんの下で指導してもらう筈だったらしいが、もうそれも叶わないしな。
<わぁってるよ。せいぜい生き延びることに集中しな。俺が交代するにもあと3時間ってとこだし。それまで俺の体、死なすんじゃねぇぞ>
<だから僕の体だって言ってるだろ!!>
つーか、ぜってー交代なんかさせないもんね!
あと15時間、僕の中に籠ってろ!
「なぁに一人にらめっこしてんだ? また『オレ』と喧嘩か?」
カナタに言われ気づく。やべ。顔に出てたか。
カナタは僕と同じく、装備屋で買った小さな盾を装備している。
武器は自前の杖。しかし、《黒の間素術》使いに共通してだけど、およそ戦闘向きではない。そこで、装備屋で小剣を買って装備している。
僕が言うのもなんだけど、戦闘には期待しない方がいいだろう。結局、犯人確保となったら先生頼みというわけだ。
……まあ、どうしても、本当にどうしてもどうしようも無い時は……オレと交代するしかないかもしれないということだけは、頭に入れておこう。
「先生。俺は準備オーケーっすよ。行きましょう」
と、カナタを先頭に、僕達は外へと出る。
ちなみに、僕はすでに女装を解いたため、屋敷までは《転幻陰》で移動することとした。
なんでカナタの負担を強いる形にしてまで女装を解いたかって?
……僕にそんな趣味は無いからだよ!
オレにも、姿見鏡越しに笑われたしな!
※
やがて、通いなれた道にさしかかり、僕の屋敷が視界に入ってきた。
遠目でも分かる。
そこはすでに、僕の知っている僕の家ではなかった。
屋敷の状況は半焼。あちこち黒ずみ、屋根や壁のレンガがはげ落ちている箇所が多々見えるものの、原型は保っている。
それよりもひどいのは、屋敷の外にあった畑だ。
全焼。屋敷から火が燃え移ったかわからないが、畑があった所は、炭の山となっていた。
お父様やお母様達が一生懸命育てた植物が、見る影も無い。
屋敷の正面扉に立つ。
炭の匂い、焼き焦げた匂いが鼻をつく。
実際に目の当たりにして、実感する。
お母様やお父様と囲んだ食卓も。
使用人から出迎えられる玄関も。
リィネと談笑した僕の部屋も。
もう……僕が帰る場所は無いということを。
「……夜中の火事だけに消火士達の対応が遅れたらしくてな……近隣住人に被害を及ばないようにするのが精いっぱいだったらしい」
「ノヴくん。辛いだろうけど……」
……分かってますよ。先生。
僕は、正面扉に手をかけて押す。
ギギギと、嫌な音を立てて、金属製のその扉は開く。
もうすっかり、廃墟のようだ。
……心が折れそうになる。
それでも、僕は歩みを進める。
かつて、僕の屋敷だった建物へと、足を踏み入れる。
すでに消火活動を終えたからか、クロッドさんの葬式へと足を運んだからか、どうやら消火士はすでにここには居ないようだ。
犯人が隠れるには好都合かもしれない。
いや、そもそも外部からの犯行ならば、すでに街の外へ逃げている線が濃厚だけど。
……どうか、犯人が現れませんように。
「とりあえず、屋敷の中を一通り回ってみましょうか」
先生の言葉にうなずき、僕を先頭に進む。
内装は予想通り。あちこちが黒焦げていて、かつての面影がかろうじて分かる程度。床には大量の消火水が浸水していて、くるぶしまで届く程だった。
そして、玄関からすぐ見える部屋。居間に入って、僕の視界に飛び込んだのは、
4本の傷。爪痕だった。
「………ビンゴだな」
カナタが緊張した面持ちで言う
【火獣】の能力による放火。その証拠とも言えるだろう。
さらに、各部屋を回ってみたところ、同様の爪跡が至るところに見えた。
客室。大浴場。両親の部屋。使用人の部屋。僕の部屋。
火災の損傷もどこも同じで、一か所から燃え広がったという感じではなさそうだった。
「……ひどいことするわ」
屋敷の中をくまなく暴れ回ったような様子を察して、先生が苦い顔をする。
僕は……歯を食いしばる。
何の恨みがあってこんなことをしたのか?
ここまでする必要があったのか?
多くの疑問と、それに伴う怒りと悲しみ。
……暴力は嫌いだけでも、それでも。
クロッドさんを殺し、僕の家を放火したこの犯人だけは、僕の手でぶっとばしたい。
そう思った。
「……! 待て!」
僕が心乱されている時、突然、後ろにいたカナタが先頭に立ち、僕の歩みを止める。
そこは大広間。僕の誕生会があった場所。そこに通じる扉の前だった。
よく耳を澄ますと、僕も気づいた。
……何かの、咀嚼音が聞こえる。
ガスガツ、ムシャムシャという、獣じみた音だった。
カナタはゆっくりと、部屋の中を覗きこむ。僕達も、それに倣う。
視界に飛び込んだのは、一匹の獣。
大広間の中央。人間大程の獣属がそこに居た。
その獣は、なぜか炭化した絨毯をむしゃぼり食っているようだった。
体毛が赤い所から、《赤の間型》であることは間違いないだろう。
【火獣】の《章》に最も執着する《獣属》だ。
(「……あいつが……犯人か……!?」)
小声ながら、しかし語気は強く、僕はヤツを睨みつける。
(「……どうする? 気づかれない内に仕留めようか?」)
と、先生は弓矢を構え始めた。
……意外と好戦的だ。
(「結論づけるのはまだ早いですよ。まずは対話できるかどうか確かめましょう。一応、武器はいつでも取り出せるようにしてください」)
カナタは小声でそう言うと、ひとつ唾を飲み込み、覚悟を決めて大広間へと足を踏み入れた。
「誰だ!!」
一喝。強気に出て先手を取る。僕らはカナタの後に続く。
……さっきから、カナタ、男らしすぎる。
対して、《獣属》はゆっくりとこちらに振り返り、その姿を明らかにした。
異常に発達した後ろ脚。それに対し前足は短い。鼻先が細く、先は潰れて鼻穴が見えている。
何よりも驚くことに、その《獣属》は二足で立っていた。
みたことのない、異形の生物だった。《人属》領域外から来たモノだろう。
<……まるでカンガルーだな。いや、顔だけみりゃ豚か……>
カンガルー? 豚?
さすがの僕も《上界》の動物までは全て知ってるわけではないので疑問符だったが、どうやらオレにとっては見慣れた動物らしい。
シャクだけど……その《獣属》を仮に『ブタガル』と名付けよう。
ブタガルはこちらの存在に気付いたものの、さほど慌てる様子はなく、じっと睨みつけていた。
それは余裕。どうやらレベルの高そうなヤツらしい。
「……この屋敷を燃やしたのは………クロッドさんを殺したのはおまえか!」
単刀直入に、カナタは問いかける。
少し遅れて、ブタガルは口を開いた。
「………ヒトゾク……ヒ……ケモノ……シルシ……ウバッタ……」
どうやら知能が劣っていてたどたどしい言葉ながら、かろうじて意味は伝わった。
ヤツは、【火獣】の《章》を《人属》に奪われたことを知っている。
そして今気づいた。
あの二足歩行ならば、剣を手に持つことも可能。
あの大きさならば、宿舎に忍び込むことも可能。
もし、容疑を《獣属》から外すため、わざと剣を使ったとしたら。
言葉を話す知能を持つならば、それも可能かもしれない。
ブタガルは、表情筋の変わらない面持ちで、ただ睨み付けている。
「答えろ! おまえがクロッドさんを殺したのか!?」
カナタの語気が荒くなる。
すると、ブタガルは前傾姿勢をとった。
「……ヒトゾク……ヒトゾク……ヒトゾクメ………!!」
っ……やばいっ!!
「ニクイ!!」
怒りのまま、ブタガルは突進してくる。
恐怖に身がこわばる中。
一本の軌跡が僕の横を通り過ぎた。
「!? ギャウ!?」
直後。ブタガルがひるみ、その場でよろめいた。
一本の矢が、肩に突き刺さっていた。
「……あなたたち。下がっていなさい」
そう言って歩み出たのは、弓をたがえた秋月先生だった。
戦闘経験が豊富だというのは本当らしい。距離は10メートル以上離れているのに、正確に矢を当てて見せたのだから。
先生は次の矢を装填している。僕らは大人しく先生の後ろに下がった。
「……グウウウ……」
ブタガルは目を光らせて、警戒ながら睨む。
「……言葉が通じるなら、答えて頂戴。【火獣】の《章》を奪ったのはーー」
と、先生が改めて会話を試みようとしたが
「ガウウウ!!」
すでにブタガルは一匹の獣のようで、問答無用に先生へと襲い掛かる。
「どうやら、もう話が通じる相手ではなさそうね」
そう言って、先生が弓を引き、構える。
そして放つ。
「緑ノ擲術……弓技。《旋軌》」
先生の矢の周りにひとつのつむじ風が巻き起こったと思った瞬間。放たれる矢。
その矢は風によって高速回転しながら目標に向かって突き進む。
先刻の矢とは段違いに速い。よけられる速さではない。
しかし
ブタガルは攻撃を予測したのか、その発達した後ろ脚によって跳躍。空中へと回避した。
外した《旋軌》が後ろの石壁に深く突き刺さる。
ブタガルは回避と同時に先生へとの距離を一気に詰めるべく、空中から襲い掛かる。
「くっ……!」
先生はすかさず横へと逃げる。足に風を纏わせて走力を上げる術も忘れない。
ひとつ遅れて、ブタガルの空中攻撃。先生が居た空間に、ブタガルの強烈な足蹴りが放たれ、石床にくっきりと足跡が残された。
飛び散る石片。再び対峙するブタガルと先生。
二足歩行ながら、ブタガルの戦い方は《人属》と似ているものの、そのパワーとスピードは《人属》のそれではない。咄嗟の弓矢攻撃を避けた所からも、ただの《獣属》ではないことを伺えた。
<やるじゃねぇか。あのケダモノヤロー。戦闘訓練にゃちょうどいいかもな>
というオレの評価。強敵ではないものの、見下すほどではないという所らしい。
だが、油断はできない。
まだヤツは、『火』を見せてはいない。
「……本気になる前に、一気にケリつけるわよ……!」
先生もそれを察していたようで、再び矢を構える。
精神を集中しながら、弓を引く。
しかし、その間大人しく待っている程、ブタガルは馬鹿ではなかった。
「グァウウウ!!」
目を血走らせて、まっすぐと先生へと駆ける。
驚くべきは、その跳躍力。先刻もそうだったけど、十メートル程あった距離をひとっとびでゼロにしてしまった。
先生はたまらず、再び横跳びして回避する。
弓矢の欠点としては、距離を詰められると弱いことにある。これだけのスピードで近づけられると、大技を仕掛ける暇もないらしい。それからも、先生は矢をブタガルに向けて放とうとするも、すぐに距離を詰められて好機を失っている。
先生の顔から余裕が消える。
相性が悪い。この調子では、ブタガルに矢を当てるのは難しいだろう。
……誰かが、隙を作らない限り。
「……このままじゃ、ジリ貧だ」
カナタが、ぼそりと呟く。
先生が自身にかけている速力強化の術。《疾躰》だって、いつまでも持つわけじゃない。集中力や体力に当然限界は来る。
術が切れたら最後。あの鋭いキックや爪の餌食になるのは必至だろう。
だからと言って、僕達にできることは……
その時、先生は何度目になるかも分からないブタガルの突進を受けているところだった。
それもまた同じように、横っ飛びに回避しようとする。
しかし、ブタガルにも学習能力はあったらしい。
回避しようとした先。ブタガルは口から火を吐き、その退路を防いだのだ。
「っ……!?」
思わず、ひるむ先生。
ブタガルが口から放った火はその身の3倍はあろうかという大きさで、人ひとりを丸焦げにするには十分な火力。
間一髪。先生は火の中に突っ込むことを避けることに成功したものの。
待っていたのは、ブタガルの鋭い爪による切裂き攻撃。
すでに、ブタガルと先生の距離は2メートルと迫っていた。
瞬間。僕は顔を青ざめた。
先生が真っ二つに切り裂かれる光景を幻視した……訳ではない。
なぜなら、先生とブタガルの間に。
彼が……カナタが割って入ってきたからだ。
「!? カナタ!?」
じっとしていられなかったんだろう。いつのまにか、カナタは先生の下へと走り出していた。
そして、先生の盾になろうとしている。
だけどそれは……それは、自殺行為だ……!
僕が幻視したのは、カナタが真っ二つに切り裂かれる光景。
もう……ダメだ……!!
しかし。
その一瞬。僕は何が起こったのか分からなかった。
まるで奇跡だ。
ブタガルが先生を切裂こうとした爪。
その標的が、カナタに切り替わった、その鋭い爪は。
カナタの目の前で、勢いよく弾かれた。
「!?……グウゥウ!?」
ブタガルも、僕でさえ、何が起こったのか分からなかった。
まるで、カナタの目の前に見えない壁ができたかのように、ブタガルの爪攻撃が真後ろに弾かれて、その衝撃で体が後ろにのけぞっていた。
一同は、困惑する。
先生を除いて。
「……ありがとう。カナタくん」
先生は、ブタガルの隙を逃すまいと、空高く舞い上がる。
《疾躰》による、3メートル超えの大ジャンプ。
目の前のカナタを飛び越え、隙だらけとなったブタガルの真上へと移動する。
そして、やっとのことで、放たれた。
「重緑ノ擲術。《追迅閃》!」
瞬間。
弓から一直線に放たれた矢は、一変何の変哲もない矢。
しかし、それは一瞬だけのこと。
矢の後方。空気を切り裂くことでできた気流の渦から、数本の『風の矢』が生まれていた。
さらにその後方、その後方から……先頭の本物の矢に続くように、空気の歪みによって肉眼でも見える架空の矢が発生し、ブタガルへと襲い掛かる。
避ける術はない。
まず、先頭の矢がブタガルの無防備となった腹へ。
続いて、何本もの矢が雨のように降り注ぐ。
矢。矢。血。矢。石。矢。矢。血。風。矢。血。石。矢。
空気を切り裂く破裂音。床石を砕く音。ブタガルの絶叫。飛び散る鮮血。
十秒程の時間だったろうか。まるで何人もの弓技士が一斉に矢を放ったかのような光景。
後に残されたのは、床に沈む血だらけのブタガルと、悠々と立ちずさむ先生の姿だった。
「せ……先生っ!!」
僕は先生に駆け寄る。
すると、先生はフラリと態勢を崩しかけていて、僕が肩を持つ形でそれを支えた。
「だ、大丈夫ですか!?」
カナタも心配そうに駆け寄ってきた。
「……大丈夫。久しぶりにはりきっちゃって……少し疲れただけ……」
そう言うと、すでに足に力が入らないようで、腰を下ろす先生。僕も先生の横に腰掛ける。
一息ついた先生を見て、僕とカナタもホッと一安心。
「じゃあ、俺はこの《獣属》を縛っておきます。まだ息があるようですし、暴れられたら大変ですから」
と、カナタはあらかじめ持ってきた縛り縄を取り出すと、ブタガルの足や手を縛り始めた。
あれだけの攻撃でまだ生きているなんて……さすが《獣属》だけあってタフだ。
そこで
<……さっき。あのソバカス野郎を守った光の壁みてーなやつ。ありゃなんだ?>
オレが疑問を口にする。
カナタが先生をかばおうと飛び出して、攻撃が当たる瞬間に弾かれた現象。
それに対し、僕はひとつの心当たりがある。
「そうだ! 先生っ!! もしかして、あれが先生の『異能』なんですか!?」
転生者のみが持つという『異能』
僕を含め、学校に居る人間は先生のその能力を知らない。
あれは、《風の間素術》という類ではない。全くの別モノに感じた。
「……正解よ。ノヴくん」
先生は一言。微笑み肯定する。
「使うのは……随分、久しぶりね」
<転生者の『異能』は……確か、感情がトリガーになるとか言ってやがったな。そして、転生者が望んだことが能力になると……てめぇは、何を望んだんだ?>
僕も、気になった。オレの言うことを、そのまま代弁してみる。
すると、先生は遠い目をして、どこか切なそうな表情で、語り始めた。
「……私にはね、一人の息子が居たの」
それは、先生の《上界》での思い出。
先生。秋月紅子は所帯を持っていて、5歳の息子が居たという。
夫は資産家で、家族全員が、高額な転生手術を受けていた。
ある日。先生が息子を公園で遊ばせていた時。
あまりにありふれた事故だった。
ボール遊びをしていて、それを追いかけて道路に飛び出る息子。
死界から迫る自動車。
先生は、気づき、追いかけた。
そして、自分の命をかけて、息子をかばうために飛び出したのだ。
息子を抱きしめ、自動車の盾になる形で。
しかし、その愛にあふれた行動が、必ずしも良い結果につながるとは限らない。
息子は、死んだ。
車にふきとばされた後、ぶつかった所の打ちどころが悪かったらしい。
病院に運ばれる中。朦朧とした意識の中、先生は医師による宣告を耳にした。
そして、絶望の中、先生もそこで命を落としたのだという。
「……私は、守れなかった」
一言。悲しそうにうつむく先生。
それからのことを、さらに先生は語った。
転生手術によってこの世界に転生した先生。
まず、真っ先に想ったことは、息子を探したいということだった。
息子も同じように転生手術を受けたならば、必ずこの世界に転生しているはず。
再び会いたい。そして、謝りたい。できればまた、一緒に暮らしたい。笑いあって過ごしたい。
かつての幸せを求め、先生は旅に出たという。
各地で転生した者は例外なく、その大陸の主要都市に伝達、登録されるようになっている。そこで先生は海を渡り、山を超え、この世界の三大大陸にある、人属の三大主要都市を全て訪れ、登録転生者を閲覧した。
「でも……どの都市の登録名簿にも……息子の名前は無かった」
聞くのも辛いような、深い悲しみの中にあるように、先生は言った。
実は、転生手術をした者が全て転生できるという保証はどこにもない。確かめる術さえ無いのだ。
「1年かけて旅をした結果……失望して、生きる気力もなくしかけた……そんな時よ。私のこの『異能』に気付いたのは」
そう言って、先生は自身の掌を見つめる。
語るには、実は旅をする過程で、一人の冒険仲間に出会ったのだという。
女性だったらしいが、その人も訳あって一人の転生者を探しているらしく、先生と行動を共にしたという。
きっかけは、その彼女が凶暴な《鳥属》に襲われそうになった時のこと。
先生の能力は発現した。
先刻のカナタと同じように、見えない障壁が彼女を包み込んだというのだ。
「『親しい人を守る能力』……息子を守れなかった罪悪感から、生まれた能力よ」
「親しい人を……守る……」
「ええ。私が親しいと思う人を守る、絶対防御壁を作り出すの。専門的な言葉で言うなら、《守護欲ノ心術》。私は、【運命に抗う守護盾】と呼んでいるわ」
<絶対防御ねぇ……ケケケ。大層なこった。どんなものでも守れるっていうのかよ>
オレの疑問を、僕が代弁する。
「転生者の異能 『心術』っていうんだけど、これは感情によって概念的なものに作用する能力なの。だから、私が絶対に守ると強く信じている限り、その防壁が壊れることは決して無いわ」
なるほど……転生者が重宝されるわけだ。
いうなれば、理想を創造する能力。これほど強力なものはない。
そんな情報に対して、
<ケケケ……そりゃあいい。ますます俺の能力を知りたくなってきた……!>
この男がゴキゲンにならないはずがなかった。
僕はどうでもいいのだけど。
「この能力に気付いてから、私は決めたの。息子を守れなかった分だけ、他の大切な人を守るために残りの人生を使おうって。だから、私は先生になったのよ」
そう言って、先生は僕に微笑みかける。
息子にはもう会えない。そう納得して、前向きに生きることに決めたという。
そして、転生したこの土地に帰ってきて、《上界学》の先生となったということだ。
ちなみに、仲間の人は最後に訪れた都市で探し人の居る場所が分かり、そこで別れたという。
……普段、優し気な表情を浮かべる先生に、そんな過去があったなんて……
人は見た目では分からないものだ。
……ん?ちょっと待てよ?
つまり、今カナタを守ることができたのは、先生がカナタを親しい人と認識したということであって。
それってもしかして……
「カナタくんは私の大事な生徒だからね。怪我がなくて良かったわ」
作業をするカナタを見つめながら言う先生。
そっ……そーですよね!
ただの生徒なだけですよね! なぁんだ。そういう関係でも能力は発動するんだ。
決して、男と女の関係とか、そういうディープなものではないですよねっ!
<何焦ってんだおまえ?>
<うるさいっ!>
変なとこでスルドいなおまえは!
「それにしてもカナタくん。私の能力がなかったら、死んでもおかしくなかったわよ。あんな無茶はもうやめてちょうだい」
背中越しに叱咤する先生。
確かにそうだ。先生の能力を知っていたわけでもあるまいし。もしカナタが先生の生徒じゃなかったら、能力が発動すらしなかったわけだ。自殺行為に等しい。
「そうだぞカナタ。おまえがそんな感情的に動くとは……」
僕も一言言ってやろうと思ったが、そこで気づいた。
カナタの様子がおかしい。
「………カナタ?」
終始無言。
いつのまにか、作業の手を止めていた。
「……先生。ノヴ。ちょっと、こっちに来てくれ」
神妙そうに、呼びかける。
僕達は顔を見合わせると、先生の肩を持ちながらカナタの下へ近づく。
すでにブタガルの手足は縄で縛り終わった後。
その手を、カナタが指差す。
「屋敷に刻まれた獣の爪痕……何本だった?」
言われて、思い出す。
たしか、4本。
そして、やっと気づいた。
目の前に縛られている、ブタガルの爪の数。
それは、3本だった。
「そ、そんな……じゃあ、こいつが犯人じゃないって……?」
今思うと、マヌケだ。
気づくタイミングはいくらでもあったはずなのに。
もっと早く気づいていれば、この先のことも、回避できたかもしれないのに。
僕と先生はこの時、ブタガルの指を見るために顔を近づけていて、その後ろにカナタが控えていた。
そうだ……隙を突かれた。
はじめは、何が起きたか分からなかった。
小突かれた程度の、軽い衝撃。
それから、床に落ちる赤い水滴。
血だ。
ボタボタと、尋常じゃない量がこぼれている。
勿論。僕のものではない。もしそうだとしたら、こんな冷静でいられるものか。
視界を床の方から……ゆっくりと先生の方へと向ける。
「爪の数は4本……そうでしたよね。先生?」
カナタの声が聞こえる。
どこか、暗い影を落とすような声。
4本の、爪。
それが、先生の脇腹から生えるように、貫いていた。
「せっ……先生っ……!!!?」
僕が呼びかけるのと、先生の体から爪が引き抜かれるのは同時だった。
力なく崩れ落ちる先生。顔面蒼白で、呼吸が荒くなっている。
脇腹にできた4つの穴からは、とめどなく血が流れていた。
思わず、振り向く。
カナタの方を振り向く。
<ケケケ……まさか、おまえだったのかよ>
オレは、どこか嬉しそうに言う。
そこに、僕の知っているカナタの姿はなかった。
真っ赤な体毛に包まれた、巨大な腕。その爪の先から、血が垂れている。
【火獣】の腕を携えたカナタが、そこに居た。




