Ⅻ 潜入
Ⅻ
太陽が昇り、人々が活気づき始める時刻。
僕は、先生とカナタと共に中央通りを歩いていた。
堂々と。隠れもせず。
「ほらな? 案外気づかれないもんだろ?」
にやけながら言うカナタ。
……あのさぁ……
確かに、変装はひとつの手だし、僕も渋々賛成したけどさ……
「……なんで『女装』なわけ?」
ぼそりと、つぶやく。
そう。僕の今の姿は、ロングスカートをひらつかせる町娘風衣装。赤色のロングヘアーウィッグをかぶり、ぱっと見女の子にしか見えないようになっている。
いくら僕が中性的な顔立ちだからって、これはないんじゃない?
オレが起きてたら、絶対うるさかっただろうなぁ。
「あんまり喋るなよ。男だとばれちまうからな」
「すごく似合ってるわよ。ノヴくん」
と、この変装衣装をどこかから引っ張り出してきた先生が言う。
なんでも、この変装は先生が普段から使用しているものらしい。
というのも、先生の被転生者。つまり、元の体の持ち主。ヴィルーラ・リンカーコルトは、この街近辺一帯に知れ渡っている悪女で、詐欺や恐喝の常習犯だったらしい。転生されたことを知らない人が彼女を見たら、未だに震え上がってしまう程に、彼女の悪名は知れ渡ってしまっている。
故に、地元から離れた場所に出かける際は、必ず変装して行くのだとか。ヴィルーラが絶対に着ないであろう町娘衣装(彼女は露出の多い服を好んだ)と髪色を変えれば、大抵の人は気づかないらしい。
確か、先生が転生したのが大体2年前位だっけかな?街一番の悪女が転生されて、みんな不謹慎ながら喜んでたっけ。先生本人が一番気に病んでたらしいけど。
ただ、そんな悪女を気遣うような優しい秋月先生……
さっき、女装する僕を見て、一瞬にんまり笑っていたのは……僕の気のせいですよね?
「サイズがぴったりで良かったわぁ……ほんと。カメラがあったら撮っておきたい位よ」
朗らかな笑顔でおっしゃる先生
すっかり楽しんでますね!?
なんかさっきから僕……遊ばれてる?
「よし。無事着いたな」
とカナタ。羞恥心と懐疑心に悶々としていた間。いつのまにか、目的地の警士宿舎に到着していた。
鉄製の格子門が、僕達の前に立ちはだかる。
「さて……問題はここからどうするかね」
と、中をうかがいながら言う先生。
当然のごとく。中は厳戒態勢。何人もの警士が目を光らせ、誰も立ち入らせないようになっていた。
これでは、変装したって意味が無い。
……え? またそういうオチ?
と思いきや。
「俺に考えがあります」
カナタが一本のスティックを取り出して言う。
スティック。魔術補助杖だ。
まさか、闇魔術でどうにかしよういうことか?
すると、カナタは目を閉じて、意識を集中し始める。
スティックの先から、黒色の光が灯り始めて……
「重黒ノ魔術。《転幻陰》」
呟くと同時、黒いオーラのようなものが杖の先から球状に拡散する。
ただし、それは一瞬の出来事で、周りを見渡しても特に変化は無い。
「? 一体何したんだ?」
「まあ見てな」
僕の疑問にそう返すと、杖を構えた状態で、カナタは鉄格子に手をかける。
そして当然のごとく、敷地内へと侵入した。
「!? お、おい!!」
慌てて止めようと駆け寄る。
しかし、
目の前を何人もの警士が居るにも関わらず、真正面からの堂々とした侵入に気付いた者は、誰も居なかった。
「? どうなってるの?」
後から続く先生も訝し気な顔だ。
「俺達周辺の視覚記憶をリアルタイムで警士の姿と切り替えさせています。……ようするに、カモフラージュ魔術です」
と、涼し気な顔で言うカナタ。
なるほど。つまり今、周りのヤツは僕達の事が警士に見えているということか?
黒の間素術は記憶を司るということは分かるけど、リアルタイムで記憶の改竄をすることで、そんなことができるのか……さすがカナタさん。
……ん?ちょっと待て。
「おい。それ、最初からやっていれば、僕が女装する必要なかったんじゃ……」
「さぁて! 先を急ぐぞ!」
「おい! 何ごまかしてんだ!?」
やっぱり僕、遊ばれてるなチクショウ!
「俺から離れるなよ。杖から半径2m以内じゃないと反応しないからな」
その言葉に従い、僕と先生は先を行くカナタに置いてかれないように追う。
……なるほど。高度な魔術なりに、条件が必要ならしい。
それに、カナタを見ると、気難しい顔をしながら杖を構えているようだ。結構、集中力が居るらしい。
もしかすると、先生の家からここまで保つのも難しい魔術なのかもしれない。
もしかしてだけど。
「で? クロッドさんの部屋ってどこだ?」
「ん? ああ。2階だよ。たしか、212号室」
「りょーかい」
視線を杖の先から外さず答えるカナタ。
よほど集中してるんだな。
僕ができるのは、カナタが階段を踏み外さないように注意する位だ。
※
やがて、目的地。クロッドさんの殺害現場へとたどり着く。
部屋の中から外まで警士や監察士が群がっていた。中には涙を流す者も居て、本当に慕われていたということが分かる。
……僕も、容疑者になっていなければ、あの中に加わっていたことだろう。
僕達は人の間を縫って、なるべく部屋の内部を見渡せるような位置まで移動した。
さすがに事件担当の警士や検察士でない限り、部屋の中まで入ることはできない。カナタのカモフラージュ魔術で特定の人物になりきれればいけるかもしれないけど、もし話しかけられたりしたら声の調子や仕草で怪しまれるだろうし、なによりそこまで高度な魔術コントロールを求めるのは酷ということくらいは、同じ《黒の間型》として理解してるつもりだ。
……つーか
「……カナタがこの事件の担当となってくれればよかったのにな」
ぼそぼそと小声で言ってみる。
カナタなら真犯人を見つけてくれると信頼してるしね。それに、僕がここまで来る必要もなかっただろう。
「まだ新米だからな。残念ながらこういう大きなヤマにはかかわらせてもらえないんだ」
と、部屋の中に居る先輩監察士であろう人達を羨ましそうに見ながら言うカナタ。
そうか……実力的には十分だと思うんだけどな。縦社会というやつか。
そこで
「……犯人は、例の転生者で間違いないんだな?」
やや遠くて聞き取りにくいが、そういう男の言葉が聞こえた。
「はい。あの時間、ノヴ・シュテインハーゲンがクロッドさんの部屋に入っていく所を……私はこの目ではっきりと見ました。間違いありません」
「時刻は0時過ぎ……状況と一致しますね」
どうやら、僕以外の目撃者らしき人から証言を聞いているみたいだが……でたらめもいいとこだ。
確かに僕はクロッドさんの部屋のドアを開けはしたが、中に入ってはいないし、その時すでにクロッドさんは死んでいたんだ。
「先日の修練場での一件からして、転生者の感情的な犯行とみていいだろう」
「寝込みを襲われては、かの英雄もひとたまりもあるまい。なんて卑劣な……」
どうしても僕を犯人に仕立て上げたいんだろうか?ろくに調査もせず、正義を語る警士がそんなんでいいのか?事件担当となった警士や検察も当たり前というような顔をしてるし……
沸々と、怒りが湧いてくる。
「安心しろ。ノブ。俺は信じているぜ」
そこで、カナタが僕の感情を察してくれたのか、そう言葉をかける。
……わずかに、安らぐ。
「………ノヴ君。現場を改めてみて、なんか気づくことはない?」
先生に言われて、再度部屋を覗きこんでみる。
しかし、特にこれと言って気づくことなんてない。
ただ、クロッドさんが床に倒れていて、床が血で真っ赤に染まっているのみ。目に見える範囲で部屋を見渡してみても、いつも通りでなんら変わった所なんてなさそうだ。
これを見て分かるのは、せいぜい犯人が剣を凶器にしてクロッドさんを殺したという当たり前の事実だろう。
……そう。凶器は剣。
「……獣属が、剣を使うとは考えにくいかもしれません」
少しの間を置いて、ひとつの考察を絞り出す。
「……確かにな。真犯人は、クロッドさんの『章』を狙う獣属と睨んでたけど、それならば、凶器としては爪や牙が考えやすいしな」
「そもそも寝込みを襲われたというのなら、部屋の真ん中で倒れていることもおかしいわね。クロッドさんは犯人と対峙していたんじゃないかしら」
「それなら、少なくとも暴れた痕跡があっていいようなものですよね」
と、二人が探偵さながら推理トークを始める。
まるで慣れていない僕はついていけない。
とゆうか、カナタはともかく、先生までノリ気なのはどういうことだろうか? 趣味なのだろうか?
やがて、一通り推理を終えてから
「……ここで話しててもラチがあきません。やはりここは、僕の闇魔術で現場検証するべきでしょう」
と、カナタが進言する。
すでに現場にいる監察士達は、犯人を僕だと決めつけているせいか、ろくに現場検証を進めてやいない。本当になんのために居るんだ?
「人が居なくなるまで待ちましょう。さすがに《転幻陰》と併用して、現場検証の闇魔術を使うのは難しいので」
そういうカナタの言葉に従い、僕達は一旦その場を離れることにした。
そして、近場の倉庫に隠れ、カモフラージュ魔術《転幻陰》を解く。カナタは疲れたみたいで、大きくため息をついて腰を下ろした。
倉庫は幸いにも、内側から鍵がかけられるような仕組みだったため、ありがたく使わせていただく。しばらくはここで休めるだろう。
※ ※
倉庫の中。
暇だったので、先生から《上界》のことについて詳しく聞いたり、カナタから闇魔術の手ほどきをしてもらったりと時間をつぶす。太陽が真上に差し掛かり、腹から空腹の音が鳴り出した頃。周囲から人の気配が消えた。
どうやらクロッドさんの遺体を運び始め、葬式の準備へと移行したらしい。さすがに人望高いだけあって、警士のみならず町中の人間が参列するらしい。現場に戻るなら今しかないだろう。
ただし……致命的な大問題がひとつ、倉庫の中で待機している間に起こってしまった。
<ケケケ……なかなか面白いことになってるじゃねぇか>
そう。オレが目覚めてしまったのだ。
ずっと眠ってればよかったのに……
<真犯人探しか……どんな手段を使ったかは知らねぇが、あのクロッドを殺したっつーのはタダもんじゃねぇよな。俺も興味があるぜ>
目覚めた直後は、先生&僕の策略にブチ切れてたものの、現在の状況を伝えると、コロっと態度を切り替えた。こいつ、結構チョロいぞ。
<ああそうかい。せいぜい静かにしてくれよな>
どう考えても探偵向きの性格じゃないし、こいつの出る幕は無いだろう。
そこで
「よし……これなら《転幻陰》を使うまでもないな」
倉庫の入り口から顔を覗かせ、辺りの廊下を見回しながらカナタが言う。
「急ぎましょう。いつ人が戻ってくるか分からないわ」
先生の言葉に後押しされるように、僕達は殺害現場へと戻る。
するとそこには見張りの警士が一人。さすがにもぬけの空というわけにはいかないだろう。
「……どうする? カナタ」
「俺にまかせろ」
僕の不安もよそに、カナタは堂々と部屋の前へと歩みを進めた。
「!? なんだおまえ!?」
当然、警士は警戒ながら立ちふさがる。
すると、カナタは杖を、相手の眼前に掲げて
「黒ノ魔術《暗夢》」
そう言い放つ。直後、警士の視線が虚ろとなり、呆然と立ち尽くす。
「? 何をしたの?」
駆け寄りながら、先生が訊ねる。
「少し夢を見せているだけですよ。時間はもって10分です。終わった頃には俺のことも忘れているはずです」
そう言って部屋の中へと入る。
……幻覚。それに、記憶の消去か。本当になんでもありだな。闇魔術。
まさに隠密作業に最適と言ったところか。畏怖される意味もわかるね。
<ケケケ……ぶっとばしゃいいのによ。めんどくせーことするぜ>
……おまえは黙ってろ。
「よし。ちょっと待ってろ。現場の記憶を探ってみる」
そう言うと、カナタは血のシミが着いた所を中心として、魔術紋を描き始める。
魔術紋。いわゆる、魔法陣みたいなもの。魔術の効果を高める紋様と思ってもらっていい。
さすがに手馴れているだけあって、カナタはすらすらと複雑な記号を環状に描く。僕にとってはチンプンカンプンな落書きにしか見えないけど、さすがとしかいいようがない。
やがて、直径1m程の魔術紋ができあがると、その中心に杖を立てる。
精神を集中させるカナタ。そして、術名を呟く
「……重黒ノ魔術。《隠痕創》」
すると、魔術紋を中心に、部屋一面に黒色の光が迸る。
瞬間。唐突に。
いくつかのイメージが僕達の中に飛び込んだ。
飛び散る血。
僕の顔。
振り下ろされる剣。
オレの顔。
燃え盛る炎。
警士達の顔。
そして……
「……僕の家……?」
最後に飛び込んだ強烈なイメージ。
それは、僕の家。シュテインハーゲンの屋敷だった。