Ⅰ 夢
I
暗い。
真っ暗で何も見えない。
それに、どこか息苦しい気さえしてくる。
ここはどこだろう?
と思ってみれば、僕の口から水泡が出ている。
そうか、ここは水の中か。
そう認識すると、光の差す方向に気付いた。
おそらくあれが水面だろう。やけに輝いて見える。
その光は、徐々に僕から遠ざかっている。
そう、僕の体が、ゆっくりと沈んでいるのだ。
沈みながら、僕はなぜか、唐突に理解した。
もう、『元の世界』には戻れないであろうことを。
◇
「お~い。ノブく~ん」
突如。
僕の意識は、僕の名を呼ぶ声によって取り戻された。
学習机の上。突っ伏していた僕の真正面に、見知った少年の顔がある。
襟足の長い黒髪とそばかす。青い瞳で僕を見据えている。
僕の親友。カナタだ。
「……ふわぁ……なんだよ、カナタ」
僕はゆっくりと背伸びをして目を覚ました。
変な夢を見たせいか、無理な体制で寝たせいか、すごく体がだるく感じる。
「なんだよじゃねーよ。月曜の朝っぱらから熟睡だったぞ。また夜更かしか?」
「ああ……昨夜、『ランディ』一気読みしちゃってさ」
「おまえも飽きないな! 一体何回目だ!?」
「うう~ん。 十回目からは数えてないな~」
そう言いながら、僕は周囲を見渡す。
いつも通りの朝の教室。クラスメイトはほぼ出揃っているようで、時計を見ると午後八時三十分前。
ホームルーム直前だ。なんだかんだ、気の利く目の前の親友は、ギリギリまで寝させてくれたらしい。
「漫画好きは分かるけど、ほどほどにしろよな。今度は起こしてやんねーぞ」
「ごめんごめん。ありがとな」
カナタは手を振って、自分の席へと戻る。
それとほぼ同時に、教室のドアが開かれる。
入ってきたのは、緑色の長髪をなびかせる、白衣の女性。
僕達の担任。秋月先生の到着だ。
[きりーつ]
[れい!]
[おはようございます!]
[ちゃくせき!]
日直の号令と共に、挨拶を送る僕達。秋月先生はにこやかに「おはようございます」と返す。
「よくできました。みなさん、あいさつがうまくなりましたねー」
眩いばかりの笑顔で僕達を褒める秋月先生。
心が洗われるようだ……このくらいの挨拶なら、小学生でもすぐにできることは置いといてね。
「さて、それでは出席をとりますね」
そう言って、出席簿を開く先生。
いつも通り、出席番号順に名前が呼びあげられる。
「えー……アーノルドくん」
「はい!」
「キャリーさん」
「はい」
「ディップくん」
「はーい」
……賢明な読者諸君は、お気づきだろうか?
決して、このクラスが特別、交換留学生が多いわけでも、ましてや外国なんてオチではない。
これから記すのは、外国よりもさらにずっと、遠い所のお話だ。
途方もない程遠くの、途方もない記録だ。
僕はふと、窓辺から外の景色を眺める。
すると、珍しいものを見つけたので、僕は思わず声をあげた。
「……あ。竜だ」
そう。遥か遠くに見える、大陸一高い山。
ヒオルオノ山の上空に、巨大な翼の生えたトカゲらしき生き物。
竜を見つけたのだ。
「へぇ~。こんなとこまで来るなんで、珍しいな」
と、ぼそりと呟く。
もうわかっただろう?
ここは、君たちの良く知る世界ではない。
人のみならず。亜人、竜、鬼やその他モンスターが生息する、『ファンタジー』な世界。
そう。ここはいわゆる『異世界』
君たちからすれば、『地獄』のような所だ。