後編。天然幼馴染とお姉ちゃん幼馴染と、そしておかしな相棒と。
ドーンが、今度は連続して鳴り出した。
「さっきから気になってたんだけど」
今さっきのがっくりはどこへやら、さやは普通に切り出して来た。早足で非常階段を下りながら、俺はどうしたと振り向かず聞き返す。
後ろ向いたらあぶないしな。
「このドーンドーンって、花火?」
「あ! ほ! か! あの兎とたぶん地球外生物課って連中が闘ってる音だ!」
「えっ?」
トトンっと階段が細かく踏まれた音、よっぽど驚いたらしい。
「なんでそんなことするの? うさちゃんかわいそうだよ」
「だ! か! ら! あれはどう見てもただの兎じゃねえだろ!」
やばい、ドン ドンが近づいて来たっ! あれ、兎の足音だったのかっ!
「走れるか?」
「え、えーっと。難しいかな、上りはよかったけど、下りは怖い」
「なら、せめて早歩きで降りろ。奴が、兎が来る! 勿論刀を納めてな」
「ナニユエ拙者ヲ納刀セヨト?」
「もしさやがこけた時、俺がぶった斬られたら問題だろ?」
合点、そう言って敗道否定は自ら納刀した。
必死で、しかし細心の注意で階段を駆け下りる。明らかになにかが崩されたような音がしたけど、上の方だから気にしない。
「休まず走れ!」
「うんっ!」
ようやく危険な状況だと認識できたらしい。声に焦りが生まれた。
「やべ、なんか破片が降って来たぞ」
「なんか、下の方でドカーンって、すごい音がしたよ?」
「とりあえず、このビルが爆破されたわけじゃなさそうだな。後半分、いけるか?」
「うん、大丈夫」
「むりすんなよ」
「休むなって言ったの、君のくせに」
声がからかってるな。疲労の色も乗ってるけど。
「うわっっ?!」
ふみ……はずしたらしいっ! グギャーを手放してしまった。
ゴロゴロゴロ、階段を転がり降りて行く俺。ガシャリと派手な音。
ようやく、踊り場に辿りついた。
「い……てぇ。なぁ」
「バカモノ、俺ノ体ニハ気ヲ使エト言ッタハズダゾ」
「あの、状況で。お前を持ったまま、なんて。むりだった」
「体ヲ乗ッ取ラズ、エネルギー節約ヲシタノガ仇ニナッタナ」
「大丈夫っ?!」
「う、あ、いやぁ。意識は、あるけど、体中、痛くてな」
「平気? ねえ? 生きてる? 死んでる?」
「だから体中いてえっつってんだろうが! ペシペシ叩くんじゃねえっ! 後叫ばせんなっ!」
「えっ、あっ! ごめんなさいっ!」
「聞こえてなかったのかよ。まったく」
苦笑するのも痛え。
ドン、その音に合わせてビルが揺れる。これまではそんなことはなかった。
……こりゃ。丸まってる場合じゃ、なさそうだ。
「おい殺人機会。今俺の体、乗っ取れないのか?」
「問題無イ、ガ オ前ノ体ガ悲鳴ヲ上ゲルゾ」
「死ぬよかましだ。頼む」
「了解シタ」
俺の体は、たしかに意志とは関係なくゆらりと動く。
「大丈夫なのっ!?」
立ち上がった俺に、さやが驚いた声を揚げている。
「話し、聞いてたか?」
た、たしかにっ。体中がミシミシ言ってる感じがする。
「覚悟シロ、走ルゾ」
「わかった」
ドン グラグラ、ドン グラグラ。そんな不安定な足場の中で、俺とさやは走る。残り三フロア分を駆け抜ける。
「ぐ、あああああ!」
全身を打ち付ける痛みに悶絶の声を揚げることしかできない。でも、あのまま丸まってたら確実にアウト・オブ・この世だ。
死ななきゃ安い、よく言ったものであるっ! でもやっぱいてえっっ!
「地上ヘ到達シタガ、マダ安全デハ無イ。体、動カスゾ」
「ああ。頼む」
息も絶え絶えグギャーに答える。そこで、
「おぎゃー!」
後ろから凄まじい力で締め付けられたっ!
「えっ! なんでっ? ちょっと抱き着いただけなのにっ!?」
「ぜん、しん、傷だらけ、の、相手、に、刺激、を、あたえる、な」
「あ、あのっ。ごめんなさいっ!」
慌てて離れてくれた。やれやれ、勢いだけで行動しやがるんだからなぁ。
「で、グギャー。どこに行くつもりなんだ?」
「人ノ気配ガスル。オ前モ分カッテルダロウガナ」
「ああ、誰かが。いるな」
「えええっ!? あなたたちだったのっ?!」
顔を出した童顔の人は、そんな驚きの声を上げた。
「咲香姉ちゃん、なんでこんなところに?」
この人は俺達の近所に住んでる三つ上の古川咲香。ああ、そういや例の宇宙生物撲滅課にいるんだっけか。
「近所にパラメタル星人の反応があるのは知ってたけど、まさかあなたたちがそうだったなんてね」
「パラメタル星人? なんだよそれ?」
「体、返シテモヨサソウダナ」
そう言った直後、俺の体にずっしりとした重みが生まれて、つんのめりそうになった。
「パラメタル星人。簡単に言えば、刃物が妖刀化した原因よ」
「えっ? 妖刀って宇宙人だったのっ?」
さやの声にはサヨウとくぐもった声が答えた。声の主は言うまでもない、巌流島家家宝、敗道否定だ。
「拙者達ハ地球上ノ者カラ、対地球外生命体対策トシテ派遣サレタ金属生命体ニゴザル」
「俺達ハ金属ニ寄生スルコトデ、ソノ持ち主ヲ意ノママニ操ル能力ヲ得ル事ガ出来ル。ダカラ様々ナ刃物ガ、突然自我ヲ持チ始メルト言ウ現象ガ発生シタノダ」
「そうだったのか」
「幽霊の正体見たりなんとやら、だね」
でもね、と咲香姉ちゃんは話を引き継いだ。
「彼等はそうして金属に寄生すると、それを動かすために多大な生命エネルギーを消費してしまうそうなの。人間の役に立てて幸せ、そうして憑き物が落ちたようになるのは 彼らが死んでしまったからなの。そうでしょ?」
「ソノ通リダ」
「そっか。エネルギーを無駄にしやがって、ってのはそういうことだったんだな」
もう一度グギャーはソノ通リダと答えた。
「ダカラテレパシーヲ使ウノハ、出来ルダケ避ケタイノダ」
「なるほど。で、咲香姉ちゃんがここにいるってことは、やっぱさっきから聞こえてる爆発音は?」
言ったとたん、背後のビルからものすごい轟音がして、俺は痛む体を忘れて振り返った。
目に入った光景は、ついさっきまで俺達がいたビルが、だるま落としのように崩れていく様子だった。
「そう。あの巨大兎と交戦中。だから早く逃げて」
「それがさ。今ド派手な音立てて壊れたビルから逃げる時、階段から転げ落ちちゃって……かなりきついんだ。消毒だけでもいいから、とりあえず手当がほしいです」
なんか、後ろで聞こえる。……嗚咽?
「さやちゃん。なんで泣いてるの?」
「わたしの、ひっぐ、せいだから、ぐすっ」
「あなたのせい? なにが?」
当然状況なんぞわかるわけのない咲香姉ちゃんに、俺はどうして俺達が今ここにいるのかを説明した。
「あっちゃー。かわいいものとなると見境ないからねぇさやちゃん」
重苦しい黒の手袋をした左手を額に当てて、気の毒そうな瞳を俺に向けて来る。そう、この人も俺達の幼馴染なのである。
「わかった。近くに臨時の作戦本部があるから、そこで治療しましょ」
俺の手をひいて歩き出す姉ちゃん。なんか後ろからむぅっと言う声がするがスルー。
俺は一歩進むごとにビシビシと走る突っ張ったような痛みに苛まれながら歩く。
「あぁもぉ、歩くごとにうめかないで気になってしょうがないでしょ!」
言うと姉ちゃんは、なんとその細い腕で俺をお姫様だっこしたのであるっ!?
「なぁっ?!」
「えみかねえちゃんずるいっ!」
「ずるいじゃないの、あなたじゃむりでしょ この子運ぶの」
「そ……それは……」
「さ、飛ばすわよ!」
そうして走り出す姉ちゃん。
「ぐっ、がっ。ちょっ、とまってくださいっ、よけいっ、からだがっ、ひめいをっ、あげてますっ!」
「我慢して、男の子でしょ!」
「理不尽すぎだろ! ごっっ?!」
俺は、突如背骨に走った 明らかに下から打ち込まれた衝撃に耐えきれず……意識を、てばなすこt。
*****
夢を見た。
巨大兎に立ち向かう、三人の戦士の夢を。
一人はその細腕でどうやって持つんだよ、と言うほど巨大な銃を、打つたんびに吹っ飛ばされながら射撃した。
一人は時代がかった言葉を喋る刀を携え、巨大兎に無謀にも真っ向から勝負を挑んだ。
そしてもう一人は戦う前から傷だらけで、電ノコのような武器と軽口を叩き合いながら、漁夫の利を得るようにして兎の隙を突いた。
刀を持つ戦士は、もうこれうさちゃんじゃないな、なんてあたりまえのことをがっかりしたように呟いて、電ノコの戦士と共に、援護射撃でいよいよ瀕死になった超巨大兎にとどめの一閃をねじこんだ。
耳をつんざくような断末魔を揚げて、超巨大兎は凄まじい土埃を揚げて地面にあおむけに倒れ服した。
共に勝利を喜ぶ戦士たち。しかし、刃物を持つ二人の表情は複雑な物だった。
声をかけても自分の得物は、もう 二度と口を開くことはなかったから。
*****
「なあ、知ってるかさや?」
全身包帯でぐるぐる巻きで、俺は幼馴染に問いかける。
奇跡的に骨や内臓に大事はなく、暫く安静を言い渡されたため、今はエアコンの効いた自室でゴロゴロしている。
「なに?」
「朝のニュースで見たんだけどさ。なんか、今度のウチュウ生物。寿司ネタらしいぞ」
「え? 寿司って、あの……食べるお寿司?」
信じられない、そういう顔。そりゃそうだ。俺だって、見た時なに朝っぱらから公共の電波でMADムービー流してんだよ、って思ったぐらいだからな。
「ああ。マスコミが面白おかしく変な動画作って流しただけなんじゃないかって思ってるんだけどな」
「そうなの? それで、どんなの?」
その時だ。
『エビイイイイイ! エビイイイイ!』
「うおいっ!?」
さやのケータイの着信音だと気付いたのは、彼女がスマホに手を伸ばしたからだった。
「なに? 面白い音だったからダウンロードして使ってるの。で、いっしょにこれを待ち受けにしてねってお薦め画像があったから」
と言って俺にその画面を見せたさや。
「……これだよ」
出した声がロートーンでちょっと驚いた。
「え? なにが?」
「今朝テレビで言ってたウチュウ生物。まったくの無害らしいから気にするもんでもない、って言ってたけどさ」
「へぇ、これだったんだー」
さやが俺の言葉を聞いて、ニヤニヤしながらスマホの着信音の設定画面を出した。
そして。
『エビイイイイイ! エビイイイイイ! エビイイイイイ!』
エンドレスで鳴らし始めやがったのだ。
「うっとおしいからとめろ!」
絶叫したせいで、チクリと全身が痛んでうめく俺。
「あははっ、いいじゃない これ面白いんだから」
ボリュームを下げてエビループを続けるさやに、
「そおゆうことじゃねーよ音を消せっていってんだ俺は」
と三白眼で幼馴染を睨み付ける。楽しそうに笑うこいつを見て、俺は小さく溜息を吐いた。
……いいんだ。こいつとの距離感は、これでな。きっと……そうだ。
グギャー、どう思う。こんな煮え切らない俺はよ。アノ時ノ勢イハドウシタノダ、って笑うかな お前は?
……ま、勢いはつけるさ。この怪我がなおったら、それといっしょにな。
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