6 貴婦人クレア
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不本意ながら、ラジンが迎え討つマータさんを撃破してしまいました。
クレアさんがいらっしゃるらしい奥のお部屋へと移動することになった私は、海パンと仮面を装着したラジンの後をぴったり着いて行きます。
とある作戦を胸に、それはもう隙を窺うようにしてです。
そんなエリーの緊張感が、ほわ~と和みそうなるお花の良い香り。
更に、鼻腔をくすぐられたエリーは視覚も刺激されます。
美しくお上品な様式模様のお部屋は変らずなのですが、そこには一つ変わった物がありました。
なんということでしょう。お姫様ベットがおありになっているではありませんか。
エリーは興奮です。だってお姫様ベットですよ、お姫様ベッド!!
淡いピンクのカーテンが四隅にくくりつけられたイメージどおりの天蓋付きベッド。
と、思わずベッドへ熱視線を送りうるさくしてしまいましたが、肝心なのはベッドではなく、その上で腰を下ろすお嬢様の方ですよね。
お姿はまだはっきりと確認できませんけれども、ちらりと見えたドレスの裾と気配から確実にいらっしゃるようです。
可憐なお嬢様が迫る下劣な危機に怯え、握りしめる両手を胸元でぎゅーと抱いている。
エリーにはそのようなご様子が容易に予想できます。
「もう少しだけ辛抱していてくださいね。エリーがしっかりとお守りしますからね」
私の作戦はこうです。
ラジンの魔の手がクレアさんへ届く前に、私がクレアさんのお洋服をロックするのです。
幸いなことに私のスキール力はラジンのそれを上回っています。
先程の対マータさん戦で判明した、聖碧紋でスキール力パワーアップのインチキプレイが懸念材料としてあるにはあるのですけれども、どうやらあの力は頻繁に使えない仕様のようです。
ロープのぐるぐる巻きから解放されたミギマガリさんが、『やはり聖碧紋の力は大量のスキール力を消費するようであるな。しばらくは通常の脱衣しか行えまい』と、なぜか誇らしくラジンへ話していましたから、そういうことなんでしょう。
ちなみに遠巻きで腕を組んで”自分の仕事は終わった”的、オフ感丸出しのミギマガリさんは、マータさん戦で活躍できなかった負い目なのか、今回の脱衣は諦めた(ご本人的には功労者のラジンへ道を譲ってやったうんちゃら言ってます)ようです。
タイツさんは……うめき声が聞こえるあたり、先程のまま今もお仕置きを受けている最中のようです。
同門の縄師マータさんと何か因縁があるのでしょう。それがどういったものか、思考するまでもなく絵に浮かびます。
何はともあれ、今注意すべきは獲物を前に意気揚々としているだろうラジン。
その無駄に素早いラジンの目を盗み先にクレアさんへ接触できれば、新たな脱衣被害者を生むこともなく私の勝利なのです。
「シャルダン家令嬢クレア。裸人ラジンが約束を果たしに来たぞ」
歩みを止めたモデル立ちのラジンが、お姫様ベッドへ向けて言い放ちました。
ベッドまで……エリーのダッシュ力では不安が残る距離です。
今駆けるべきか、それともあと少しだけ近寄ってからにしようか――などと、判断に迷い逡巡していれば人影が現れました。
ベッドの縁に佇むは、青の色彩が重なるサラサラなロングヘアーの銀髪。清楚なドレスから顔を出す手足はの肌は陶磁器のような光る白さ。
もちろんおフェイスはノーメイクでも整いまくりで、長いまつげに綺麗なブルーアイズ、仄かな淡い紅が愛おしい頬にぶるんとした唇と文句なしです。
紛うことなき美少女。
お人形さんのような美少女。
はっ、と息を飲むか、きっと殿方ならごくりと生唾を飲んでしまうこと請け合いな美少女。
だからこそ、言わねばいけないでしょう。
「こんのお……ロリコンがああああああああっ」
エリーは吠えました。
クレアさんではなくクレアちゃんの呼び方が相応しい彼女の見た目は、小学生女子。
こんな可愛らしい女子のドレスを、ラジンを始め大人が寄ってたかって脱がそうとしていたのです!
叫んでいますがほんと絶句です!
法律とか条例とかなんとか団体さんとかから怒られるのは当然として、
「人として――、アウトっ、アウトっ、アウトおおおおお」
親指を立てた拳を、ラジンへ振りかざしてやりました。
そうしたら、無駄に澄んでいる蝶化面の奥の瞳がキョトンとした色を見せているではありませんか。
「ふむ。ロリコンでもなくアウトでもなく、俺は裸人のラジンだ」
「くぬう~」
ダンダン、と絨毯の上で地団駄を踏みます。
異世界の壁が歯痒いです。
言葉の意図が、真面目に通じないリアルさが歯痒いですっ。
「とにかく、クレアちゃんの純潔はエリーが死守しますからねっ」
憤りが爆発しそうです。しかししかし、今回のエリーは集中していますよ。
感情に流され目的を見失うことはありません。
いつもタッチの差でラジンの脱衣を許してしまっていますが、
「うらりゃりゃりゃあああ」
雄叫びを上げ、お姫様ベットに一目散のダッシュ、ダッシュっ。そしてダイブ!
ラジンが行おうとする蛮行に対する怒りは、私の脚力を跳ね上げます。
またこれ以上、ロリコンという更なる変態の業をラジンへ背負わせたくないという私の慈悲は、疾走する背中に翼を与えてくれたようです。
大きく飛び込んだエリーは、予定通り少女をキャッチして一緒にベッドインです。
「はあ、はあ、クレアちゃん、大丈夫だからね。エリーがあの変人からクレアちゃんを守ってみせるからね」
「あ、あ、貴方は!?」
まるで猛獣にでも襲われたかの如く、恐怖に慄くクレアちゃんの顔が気にはなりましたが構うことなく――、
「クレアちゃんのドレス、ロックっ、ロックっ、ロおおおっク」
勝敗が決しました。
変人共が繰り広げた今回の脱衣勝負は、エリーの初勝利で幕を閉じるのです。
してやったりの笑みをこぼしながら、腕の中のクレアちゃんへ微笑みかけます。
するとどうでしょう。
美少女クレアちゃんは嫌そう――いいえ、少し戸惑ったように顔を曇らせています。
「そりゃ~突然の事で驚きますよね。えっとですね、今あなたには変人ラジンから絶対にお洋服を奪われない、私の強力なスキールが発動しています」
「クレアに……貴方のスキール」
「はい。ドレスの着心地に変化はないと思いますけれど、確実にお洋服が剥がされることはないですから安心してください」
相手を落ち着かせるようにゆっくりと、そして堂々と伝えます。
綺麗なブルーアイズから真っ直ぐにのぞかれちゃいました。
クレアちゃんはその視線を今度はお姫様ベットの外へ向けます。
そう、いつの間にか忍び寄っていた敗北者ラジンの方へ。
「……ラジン様」
んにゅ? ラジン様……なんという違和感。
「エリロリの言うことは本当だ。今の俺ではクレアの脱衣執行はできない」
ロリーなのはクレアちゃんの方ですが――それはさておき、どうしたことでしょう。
再び戻って来たクレアちゃんのブルーアイズな視線を受け、エリーはそわそわしています。
「ラジン様の給仕さん。お願いします。貴方がクレアに施したスキールを解いて下さい」
疑うべきは私の聴覚でしょうか?
何やらクレアちゃんが、せっかくロックしたお洋服の鍵を外してくれと言って来ます。
エリーの心模様の雲行きが急激に怪しくなってまいりました。
「どうか、お願いします」
潤む青い瞳。切望する声。
懇願でした。
とりあえず私は混乱を放棄して……大きく息を吸い、口を開きます。
「なんで!?、どうしてええええええ???」
シャルダン家のご邸宅にお邪魔してから叫んだり首を傾げたりと、まったくもって忙しいエリーです。