3 新たな人
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実況すると、エリーは走っています。
先行く仮面海パン男子とお尻丸出しの葉っぱ男子の後を追って走っています。全力疾走です。
加えて、喉が痛い。
「きゃああああ、きゃー、うわぎゃああああああ」
いろいろ痛いですが、それでも乙女の悲鳴が鳴り止むことはありません。
だって、後ろからドドドドのダダダ、おまけにブランブラン――こほん。もう騎士らしくない裸体さん達が迫ってくるのですからっ。
「待ってえええ。速いいいい、速いいいい。私を置いてかないでええええ」
進行方向、海パンと葉っぱの背中が小さくなってゆきます。
血も涙もない鬼畜野郎どもです。
「鬼、悪魔、変態いいいい、きゃあああ、きゃああー」
湧き起こる憤怒と迫りくる恐怖を糧にエリーはひたすら追いかけっこです。
くどいですけれど、とにかく走りました。
そのような覚えしかないのです。
そうして虚ろながらに度重なる待ち伏せと追随をがむしゃらにこなし、幾度か階段を駆け登ったところでラジン達の姿が消えます。
とある一室へ潜り込んだ様子で、私も遅れながらにそこへ駆け込みます。
更に間髪入れずにバン、と勢い良く扉を締めましたら、手を添え念じます。
「ロックっ、ロックっ、扉、ロおおおっク」
はい、これで誰もこの部屋にはちょっとやそっとじゃ侵入できません。
エリーはスキールで扉に鍵を掛けました。
裸で追いかけてくる騎士さん達、その脅威から身を守る事に成功した瞬間です。
「たはあ~」
肺の奥から漏れ吐き出るため息。
全然心休まらないですが、一息ついてくるり。
ここはパールホワイトを基調とした広く豪奢なお部屋でした。
お花の香りが混ざるお上品な空間にはお高そうな絨毯が敷かれており、その上に不釣り合いな格好のラジンとミギマガリさんが――と、はて? 何やら天井を仰ぎ見ています。
「どうかしたんですか?」
言いつつ、二人が見上げる先を追ってみます。
綺羅びやかなシャンデリアの横。
高い天井から汚い茶色い物体が吊り下がっていました。
真上ではタイツさんが自らを縄で縛り、逆さで吊り下がっていました。
「何をキモい遊びをしているんですか」
私の冷たく刺すような投げ掛けには反応がありません。
「ま、いっか」
変態さんの行動原理なんてエリーには理解できなくて当然ですから、ここは一つ放置ですね。
さて。
す、と視線を戻しお部屋の様子をうかがうことに……うかがおうとしたら、上から下へ鼻先を何かが通過。
足元の絨毯を見るとジェル状の生き物。
ビクっと身を震わせていた私は、ゾワゾワと背筋が寒くなります。
容積だと十リットルくらいの半透明のだら~んとした塊。
俗に言うスライムで、今対峙しているこやつは衣類を溶かす(食べる?)いかがわしいスライム。
飼い主はタイツさんで、タイツさんの腰にある壺で飼われているいかがキモいスライム。
――罠か、罠だったんだな。こんのお、キノコタイツ野郎っ。
キッ、と天井を睨み奥歯を噛み締めてから、私は正面の敵と臨戦態勢に移行です!
飛びかかられたら最後、相性なのか、エリーのロックスキールでもスライムの溶かし攻撃は防げません。
「このフリフリで可愛いメイド服を、溶かさせてなるものか」
私は大いなる決意を胸に、対いかがスライム戦のリーサル・ウェポン発動準備に取り掛かります。
胸の前で両手を合わせ、念じます。
そして合わせた手を開き唱えます。
そう、魔法を唱えるのです。
「ファイヤーボールッ」
開かれた両手の間の虚空で生み出される炎の球体。
ヒヨコレベルの初々しい魔法使いのエリーでは、ピンポン玉くらいのファイヤーなボールですけれどもこれで十分。
スライムは極度の火嫌いなので、案の定”そんなに速く動けるんかーい”と突っ込みたくなるような勢いで部屋の隅へと退散してゆきました。
「ぬふふ、あの頃の私とは違うのだよ、あの頃とは。恐れ入ったか」
エリーの圧勝です。えっへん。
そんな鼻高々している折でした。
「鋼鉄の乙女よ、何をやっているっ」
「へ? 何って、キモいタイツさんのいかがわしいスライムを追い払っていましたけれど」
そんなに鋭く指摘されるようなことはしていないのになあ……との面持ちでミギマガリさんへ向き直った時でした。
なんでしょう、どうなんでしょう。現場の状況と言えばいいのでしょうか。
ラジンとミギマガリさんは既に”何か”と格闘していた様子があって、その”何か”が私へ襲いかかろうとしている。
それでその”何か”が、エリーの見立てでは絨毯の上を這って来るヘビのように見えたのですけれど。
「ロープ!? ヘビのような動きのロープ!???」
シュルシュルシュルシュルと軽快な速さでこっちへ近づいてきます。
是非を問うまでもなく、きっとヤバいです。
右、左、いいや右、それともやっぱり左!?
反復横跳び状態の私、パパパパニックです。どっちへ回避して良いのやら反復パニックです。
立ち尽くす結果となった私は、足元から襲ってくるヘビのようなロープの格好の的。
「くっ、優柔不断の自分が恨めしい」
諦めた私へ容赦なく襲ってくるヘビなロ―プ。
ぎゅっと目と瞑ろうとしたそこへ大きな影が重なります。
影の正体は、
「まさかのミギマガリさん!?」
眼前のスローリーな光景は、エリーを庇う為、横っ飛びでダイブしてきたミギマガリさん。
そのミギマガリさんに、ヘビなロープがシュパシュパパアーとあっという間に巻き付きました。
空宙だろうとお構いなしに行われた瞬間縄縛り。
即ち――身動きを封じられたミギマガリさんは、飛んだ勢いのまま私へと突っ込むようです。はい。
「ぷぬがっ」
うう、痛い、重い、更に、
「葉っぱがああ近い、近い近い近い近い近い近いいいいいっ」
ミギマガリさんの下敷きになる私は、もぞもぞせかせかで抜け出ます。
ボサくる頭でぷは~と息を漏らします。
そんな私の視界に、何やら人差し指を突き刺し構えるラジンの姿がありました。
お部屋のカーテンというか垂れ幕というか、とにかく物陰を指しているようです。
「伯爵に雇われた用心棒といったところか。そこで身を潜めているのはわかっている。いい加減姿を現したらどうだ」
この声に応えるかのように、彼女は(ラジンが示した場所と若干違うところから)姿を現しました。
堂々と、そして靭やかな立ち姿で、スパニッシュな香りが漂うお姉様。
ウェーブがかかる艶やかな長い黒髪に、健康的な日焼けした肌を覆うタイトな黒い衣装は、抜群なプロポーションを引き立てるボンテージ風のそれ。
特異な部分は……そうですねえ、両腕に包帯みたくロープが巻きついている点でしょうか。
「天井のサンカクは、お前の仕業か」
「ええ、そうよ。ソイツは縄師の風上にも置けないクズだからね。念入りに縛り上げておいたわ」
「あっ、はい、はいっ、分かります。ほんとクズですよね。キングオブクズですよねっ」
力強いエリーの同調には、スパニッシュなお姉様からの困惑したような一瞥を賜りました。
「ケケケ……ラジン忠告しといてやる。そいつはオレ程じゃないが、同期の縄師の中でも一級品の縄使いだ。せいぜい気をつけるこったナ」
「うわ。タイツさん生きてたんだあ。反応がないただの屍のようだ、で良かったのに。なんだか残念です」
上空へ本音を投げてみました。
そんな最中も、お部屋はひしひしと用心棒らしき彼女の舞台へとして機能しています。
「脱がせ屋ラジン。妙な勘ぐりは必要ないわ。ワタシに仲間はいない――そして」
腕に巻かれていた縄がまるで縄自身が意思を持つかのように蠢き、解ける。
これはもしや……何やらお部屋にバトル的雰囲気が充満しつつあります。
「貴方が奥のクレア様のところへ辿り着くことは決してないわ。なぜならワタシが、この縄師マータ・ドールがここで貴方を縛り上げるからよ!」
縄師と名乗るマータさんの手から放たれた変幻自在に動くロープ。
今まさに戦いが始まったようです。
もちろんエリーは、断然マータさんを応援するのですよっ。