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1 変人集まる




 私からの恨めしい視線を背中で受けながら歩く、自称、裸の人と書いて『ラジン』と呼ぶらしい私の召喚主。

 十六の私よりもちょっとだけ大人の、若者の素性はまったくもって不明です。

 性格も変人だというところしか掴みどころがありません。


 そんな彼は、仮面舞踏会なんて予定はないはずなのに、目元や額を覆う羽根を広げた蝶の白い仮面を被ります。


「たぶん、あれは……こっちの物なのかな?」


 と思うけど、その他はこの世界に相応しくない物を、こちら側の住人であるはずのラジンは身に纏います。


 腰に履く青い海水パンツには覚えのあるスポーツブランドのロゴがあるし、ビーチサンダルもここではまずお目にかかれない科学繊維の素材が使われています。

 明らかな”私の世界の物”です。

 こういった物を、異世界変人ラジンは当たり前のように所持しています。


 ちなみに、何も着ていない状態で召喚されてしまった私の着るメイドさんの衣装が、こっち製なのかあっち製なのかははっきりしません。

 もちろん下着関係は、私がこっちで真っ先に調達しましたよ。


 さーて、さてさてなのです。

 それでは気になるラジンの持つ異世界物の謎……の答えは、極々簡単です。

 私を召喚したように、魔法陣使った召喚を利用して、異世界の物を通販みたく取り寄せている模様です。


 まさか、甘んじても損はさせないで有名な大手ネット通販のアマソンさんで並ぶ、商品の気持ちを味わうとは思いませんでした。

 送られる先を選べない商品たちって、不憫ですよね。

 エリーはとっても不憫です。


 それでね、憐れな私なりにラジンには商品わたし返却クーリングオフするよう要求しました。

 その甲斐あって、結果帰れる朗報を聞けました、聞けましたけれど。


「あふうー。こんな生活があと11ヶ月も続くのかあ……」


 ため息です。

 私の故郷へと繋ぐ魔法陣ゲートを展開するのには、時間にして一年の充電期間が入り用らしいのです。


 つまりですね、帰還するためには”期間”が必要というわけなのですっ。

 えへへ、少し上手じょうずなこと言えた気がするエリーです。


「――ぶぺ」


 人の壁に鼻づらをぶつけてしまいました。

 前には佇む肌がむき出しの肩。


 ラジンの影から顔をのぞかせると、いつの間にか町の水汲み場らしい場所に私たちは歩いてきていたようです。

 各路地の集まるような広場の真ん中には井戸があります。


 そうしてすぐさま、示し合わせていたかのように彼らがその姿を現しました。

 ラジンの背中越しから見る先。こっちに悠然と寄って来るのは、二人の男性。

 右の影からはラジンの友人で紹介されると納得な、ミギマガリさん――ボディビルダーさんのようなすんごい筋肉質の、三十歳くらいに見える大柄な人でして、


「先程の脱衣執行、見させてもらったぞ。うぬわざも娘の下穿きを残すか。未だ裸道らどうの極みには至っておらぬようであるな」


 野太い声を出す短髪の四角い顔は、ややゴツめです。

 さらに、ここからが非常に大事な部分なので、心して聞いて欲しいのでけれど、この方、青々とした大きな緑葉が一枚股間を覆うだけで、ほぼ裸な――九分九裸くぶくら状態なのです。


 はい、だから違う意味で怖いですよね、そして目のやり場に困りますよね。

 それとミギマガリさんの『ミギマガリ』はアダ名みたい。

 皆がそう呼ぶだけで、ミギマガリさん本人は、裸道を極めるまで名はいらぬ、とかで名も無き変人、もとい武人さんを演じていらっしゃいます。


「――はう」


 と、私ビクッと身体を震わせます。

 視線を上げたら、ミギマガリさんと目があってしまい、ど、動揺です。

 違いますからね、違うんですからねっ。私は葉っぱを観察していただけですからっ。

 この前ラジンが、そこにある葉っぱが世界樹の葉とかなんとか言ってたから、それで気になって――


「ミギマガリ。常人が裸道を受け入れるには段階が必要だ。冷たい泉へ浸かるには徐々に体を慣らす必要があると聞く。新しき世界へ飛び込むのだ。俺はあえて残している」


 一人顔が熱い私の隣で腕を組み胸を張るラジンからは、ドヤ、もしくはキリ、のような擬音が聞こえてくるようでした。

 そんな半裸とかなり全裸の人が真面目な顔をして会話するそこへ、更なる異質者が加わります。

 左の影からクネクネやってきたのは、ラジンと同じか、一つ二つ年上っぽい男で。

 

「ケケケ、お前らは相変わらず、裸道裸道と変な縛りを語りやがるナ。そこに女がいたら脱がす。これで十分だろ」


 こちらはのっぺりした顔以外、全身をぴっちりした茶色のタイツで覆う、長身でヒョロヒョロっとしたタイツさん。

 この人『サンカクヘッド』って通り名らしいのですけれど、私がそう呼ぶとタイツさんはニヤニヤ気色の悪い顔を向けてくるので、その呼び名は口にしないことにしています。


 もちろん名は体を表すっていうから、タイツの生地がまるっと被るタイツさんの頭の形は三角形です。

 きのこの傘のような物体が頭に乗っています。

 それが帽子なのか、髪型なのかは知らないですけど、ただ言えることは、私はこの人が苦手です。

 だって、キモいんだもん。

 形作る物が分かんなくても、まして三角形だろうと四角形だろうと関係なく、です。

 肩にはいかがわしい荒縄を携えてるし、腰にある二つの大きくて丸いツボの中には、いかがわしいスライムを飼っているし。


 というわけでして。


「サンカクヘッドよ。我が盟友ラジンならともかく、裸道のラの字も分からぬような貴様に、あれこれ言われたくはないものだな」


「そういうのがまどろっこしいんだナ。ケケケ、お前らと違って、オレは趣味に実直だと言いいたいのナ」


「しかし、サンカク。俺が性癖に導かれるように、裸道の行く末は違えど、ともに真理の脱衣を極めようとする同胞には変わりないはずだ」


 エリーの傍らでは見た目通りのなんのオチも意外性もなく、

変態さんたちが集結して、勝手に掲げる変態道をただただ語る光景が展開されていました。


 世間から『脱がし屋』と一括ひとくくりにされ称される彼ら。

 やっていることは罪もない人たちを裸にすることのみ。

 ですが、一般的な騎士団や警護団、正義感ある冒険者クラスでは彼らを捕まることができない程、彼らは無駄に身体能力や逃走技術が高く、痴漢を超えるその存在はバカバカしくも、もはや一級品の脅威としてみなされるほどに誰もが恐れるものなのです。

 だから、シーンとなる空気で貸し切りになるこの水汲み場の状況は必然だったりします。


 悲しくなるから今はもう、あまり深くは考えないようにしているけど……きっと遠くから様子をうかがっている町の人達からは、私も『脱がし屋』の一員だと思われているのでしょうね……。


「うう、悲しく、そして切ない。違うよ、私は違うよ。私はお洋服着ているけど被害者なの。仕方なくここにいるの」


 虚空に、はたまた近くのお家に向かって、エリーはつぶやき訴えてみるのでした。

 そんな私の心がどんな空模様なのか――ちっとも介さないラジンの口からは、変態さんたちが集まった目的が告げられていました。


 どうやらこの辺り一帯を治めるご領主様のご令嬢さんが、今回の『脱衣』の対象者のようです。

 事の発端がなんなのか分かりませんが、ご令嬢のクレアさんの衣服を誰が先に脱がすか競うようです。

 庶民の町娘さんから貴族の貴婦人さんまで、節操がない脱がせ屋家業なのです。


「予告状はすでに届けてある。夕刻に伯爵の館前に集合。それから陽が沈むまでの間に、各自の方法で脱衣を完遂する」


「暁に紛れ、事を為すか。そのような小細工、我は必要とせぬがな」


 ぜひとも夕日に紛れて、陽が沈むとともにぼっして欲しいと願うエリーですが、身を隠すことを恥とするミギマガリさんを始め、彼らは隠れることに鈍感です。

 けれども、潜めることには敏感で、特にタイツさんは積極的にひそひそします。


「オレは相手が女なら問題ない。お前たちのような男をく趣味はないからナ。欲を言えば、綺麗で若い方がいい」


 ケケケと薄ら笑う顔がこっちをのぞくので、「い゛ー」って返してやりました。

 三人の中でも嫌悪する変態順位が、女性の完全な敵であるきのこ頭のタイツコイツさんはダントツなのです。


「サンカクヘッドの美的感覚が、どんなものかは分からない。しかし、エリザベートを可憐だと思える感覚なら、クレアは美しい貴婦人と言えるだろう」


「私はエリーです。それから、今ひとつ褒められているか貶されているのかが分かり難い基準で、私を持ち出さないで下さい」


 会話へ割って入り、ラジンへ冷たく言い放ちます。

 だって変態話に無断で私を混ぜたんだから、そこはお世辞でも、エリーのように可愛いクレアさんでいいじゃないですか。

 ぷんぷんして頬をぶう、と膨らませてやりました。

 そうしたら肌の露出が最大値の方が、むん、と鍛えられた筋肉を膨らませます。


「脱がす前から、美を語るなど笑止。人が持つ本来の美しさは脱衣の先にある」


 自信たっぷりなお声のようでした。

 けれど、向けられた相手のラジンもタイツさんも反応は薄いもので、もちろん、私も似たような態度です。

 でもしかし、しかしなのです。


 なんと言いましょうか。

 変質者に嘘偽りはない、こんな発言をしているミギマガリさんですけれど、三人の男達の中では割りと常識的な? 思考が垣間見える人です。

 あの、誤解がないように釘を刺しますよ。

 私が筋肉大好きっ子で、だから共感できるとかではないのです。


 ううんっと、芸術的観点からの肉体美とか、ナチュラリスト的傾向にあるミギマガリさんとかを踏まえると、私にも理解を示せる部分を披露してくれるのも事実だったりします。

 生まれたままの造形を綺麗なものや究極的なものと感じることは、特に間違っていませんよね。


 つまりミギマガリさんは、ともすればアーティスティック気味な変態露出狂さんなのです。


「故に、鋼鉄の乙女が可憐かどうか。その点からうぬらは見誤っておる」


「くぬわ……」


 どうして『鋼鉄の乙女』こと私の話に、と思いながら呻いてしまいます。

 『鋼鉄の乙女』(勝手に命名された)は私の特技スキールなのですが、なんだか恥ずかしいのであまり口にして欲しくないみたいな。

 そして、ミギマガリさんも、なぜ素直に私を可憐な女の子にしてくれないのでしょうか。

 別に裸で判定しなくてもいいじゃないですか。

 いい大人なんですから、デリカシーを覚えてください。思いやりを覚えてください。鋼鉄の乙女だろうと心はガラス細工のように繊細なんですから。


「確かに鉄女てつじょは誰も剥いていてないのナ。だから、ケケケ、どれだけ醜いのかわからねーナ」


「鉄女言うな、醜いのを前提にするな。それから、誰にも私の肌は見せません。特にタイツさんだけには、死んでも見せないんだからっ」


 にょろにょろする茶色いタイツに対して、自分で両腕で両肩を抱いて防御姿勢です。

 私、背はちょっと低いけど、プロポーションは平均なんだからねっ。


「ミギマガリもサンカクも、エリマキの脱衣は好きにすればいい」


「エリーです。私は好んで巻きつきませんし、巻かれません」


「今回の対象はクレア。俺の脱衣は、俺のこの手は、それ以上を求めるものでも、それ以下を求めるものでもない」


 ”この手は”でグっと拳が握られ、”でもない”でバッ、とくうを薙ぐ腕がありました。

 ラジンは最後に、遥か遠くを望む”決め”を作ります。

 この人、ちょいちょい動きが大袈裟です。

 ただでさえ目立つ変態さんなのに、これ以上何をアピールしたいのか皆目検討もつきません。


 そんなラジンではありますけれども、きっと根っこの部分はまともだろうと思うようにしています。

 希望的なものかも知れませんが、私の召喚主でもある彼が……真性の変態さんなんて耐え難いのです。




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