表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラディウスの反転した世界  作者: 藤真 荒野
第一部
6/12

第五話 初任務・一

 午前七時五〇分。俺は凄まじい振動で叩き起こされた。

 原因は上遠野に貰った懐中時計。この世界に合わされた銀色の時計が、八時を示した途端激しくバイブしたのだ。一種の目覚まし機能なのだろうが、音よりもある意味心臓に悪い。

 

 俺は欠伸を溢して、大きく伸びをした。この世界で初めて一夜を過ごしたが、疲労と重なって割と眠れた気がする。

 少し寝不足気味な頭を振り、ベッドを降りた。寝衣から、制服に着替える。

 この寝衣は、昨晩海咲と風呂に入った際に見つけたものだ。自由に使っていい上、設置された洗濯機で洗うことも出来る。勿論、下着やタオル等も洗っていい。

 その他にも歯磨きセットや風呂セット等、まるでホテルのように様々な物を貸し出してくれていた。着の身着のままな俺たちにとって、これほどありがたいことはない。ただ一つ不満があるとすれば、下着を含め服が一着しかない点だろうか。

 

 ワイシャツとズボンという恰好になり、洗面所に入る。顔を洗い、寝癖を直そうと鏡を見た。

 短めの黒髪に、同色の瞳。小顔な上、いまいち少年っぽさが抜けない顔付きは、何度見ても自分の顔ながらげんなりとする。水で強引に寝癖を押さえ、洗面所を出た。

 懐中時計を見れば、もう五七分を差していた。慌てて部屋を出ようとし、ふとベッドを見る。

 目線の先、ベッド上で放られた青のストライプネクタイが目に入った。


「……一応、締めるか」

 

 何となく必要な気がして、俺はネクタイを締めた。洗面所でもう一度身なりを確認し、部屋を出る。

 扉を閉めるが、鍵の掛かる気配はない。上遠野からルームキーの類は受け取っていないため、施錠出来ないのだ。

 二〇七号室に寄り、ノックする。反応はない。海咲は既に行っているようだ。

 一階へ降り、一〇六号室に入る。


「あ、…………成瀬くん、おはよう!」

「お、おはようございます。長日部さん」

 

 声を掛けてきたのは瑛莉だった。昨日とは違い、チュニックにレギンスといったラフな恰好をしている。まだ、すぐに名前が出るほど覚えられてはいないらしい。

 食堂と思しき空間には、俺を除いて四人が居た。

 エプロン姿で料理をする南桐と、同じくエプロン姿の海咲。料理を運ぶ、瑛莉と李緒。


「あれ? 上遠野さん……」

 

 部屋のどこを見ても、彼の姿はなかった。まさか、朝から【流転人】狩りをしているのか。


「どうしたんですか?」

 

 きょろきょろと周囲を見る俺に、李緒が小首を傾げながら尋ねた。彼女も瑛莉同様に、チュニックワンピースという楽な恰好だ。


「上遠野さんが居ないから、どうしたのかなって」

「リーダーなら、まだ寝てると思う」

「寝てる? ……そっか、昨日遅くに【流転人】と戦ってたんだよな。俺たちにも色々してくれたし。疲労だって溜まるか」

 

 俺は申し訳ない気持ちと共にそう言った。けれど、李緒は変わらず首を傾げたまま、俺の顔を覗き込む。


「それもあるけど、単純に朝が弱いの」

「そうなのか。意外。強そうに見えるけど」

「ふふっ、それは私も思った。でも、あと一時間したら起きてくると思うから。先に食べよう?」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、李緒は準備へと戻って行った。大人しそうな外見の一方で、話しやすい印象だ。年齢も近そうだし、もっと話してみたい。

 テーブルを見れば、既に幾つかの料理が並んでいた。

 どれも【ライトオブジェクト】で作ったとは思えないほど、美味しそうに見える。

 海咲に呼ばれ、出来あがった料理を運んで行く。その間にも、何とも言えない良い香りに包まれ、思わず涎が出そうになる。

 料理が全て並び、海咲の隣に腰掛けた。全員が着席したのを確認し、瑛莉が口を開く。


「じゃあ、皆さん。手を合わせて。せーのっ」


 ――いただきます。五人揃って声を上げ、朝食が始まった。


 ◇◆◇


 李緒の言う通り、上遠野が起床したのは九時を回ってからだった。

 彼が遅めの朝食を摂る間、装備を纏った瑛莉たちが次々と拠点を出て行く。

 結局、一〇時を過ぎてから仕事は始まった。


「……すまない。今日は早く起きるつもりだったんだが。その……朝には、弱くてだな……」

 

 上遠野には珍しく、歯切れの悪い物言いをした。余程、朝が弱いことを気にしているらしい。

 仕切り直すように咳払いし、俺たちを真っ直ぐ見据えた。


「少々遅れてしまったが、早速二人には初任務に就いてもらう。いいか?」

 

 俺は一瞬、頷くのを躊躇った。

 任務より前に、彼には聞きたいことがある。この世界に『戻る』という事象があるのかどうか。それを確認しておきたい。

 けれど、今それを聞ける雰囲気ではなかった。海咲の目もある。彼女には黙っている以上、後に回すしかない。

 海咲に次いで、俺も頷いた。


「よし。じゃあ、上で装備を整えようか」

 

 上遠野に続き、エレベーターに乗り込む。三階へ上がり、数多の装備が保管された三〇三号室に入る。


「昨日、ここに並べていたのは全部練習用だったんだ。でも今回は違う。全部、正真正銘の本物だ」

 

 そう言って上遠野は机の上から、昨日俺が選んだのと同じ銃剣を手に取った。その外見はさして、練習用と変わりなく見える。


「成瀬は銃剣のままでいいか? 変更するなら、今の内だが」

「いえ。そのままで大丈夫です」

「そうか。なら、【専属化】を行う」

 

 手に持った銃剣を一度置き、上遠野は腰のポーチを弄った。そこから、三方四面体の形をした一つの粒を取り出す。

 淡い空色に眩くそれに、俺の目は釘付けになった。隣で海咲も同じように、息を飲む。


「何だ、二人とも【ライトオブジェクト】は初めて見るのか?」

 

 俺たちは揃って首を縦に振った。その輝きは到底、あの【流転人】の体内から出たとは思えない。海咲の口から、「綺麗」とこぼれる。


「今からもっと面白いことするぞ。この【ライトオブジェクト】を使って、武器を使用者専属のものにするんだ」


 上遠野が、摘んだ光の粒をゆっくりと銃剣に触れさせる。

 途端、銃身が峻烈に発光。音もなく、粒がその銃身に沈んでいった。その間、僅か五秒ほど。

 再び銃剣を見た時、既にその形は変貌していた。

 まず、紺色の銃身が六センチ前後伸びている。走る黄色のラインは一緒ながら、各所に発光部があり、薄い青を灯している。全体に光沢が浮かび、玩具感のない、本物の質を感じさせた。


「まだ、【専属化】は終わってないぞ」

 

 上遠野はまたもポーチを探り、一枚のカードを取り出した。

 それを、すっかり形の変わった銃剣に軽く当てる。一時、光が瞬く。

 すると、銃弾の残量を示すゲージの下に文字が刻まれた。


「……《ビトレイヤー》。この銃剣はそういう銘のようだ」

 

 上遠野の手から銃剣が渡される。

 ずっしりと手に感じる重み。【専属化】の影響か、結構重い。

 今度は海咲の番だった。彼女もそのまま、二本の特殊警棒を選ぶ。

 先ほどと同じ過程で警棒も【専属化】される。

 銘は《テネイシャス》。銃剣とは異なり、外面的な変化は見られない。


「見た目では分からないと思うが、実際に使ってみれば分かる」

  

 上遠野に言われ、海咲は思いっきり警棒を振り下ろした。


「わあっ! は、速い……」

 

 恐るべき速度だった。振り下ろしの半ばで展開したような、そんな錯覚さえ覚えるほどだ。加えて、銃剣の時と同様に、シャフトの部分が伸びている。


「展開速度もさることながら、突きや殴打の威力も上がっている。その上、頑丈だ。【流転人】相手に十分戦えるだろう」

 

 ――戦える。その言葉に、俺は打ち震えた。

 漸くだ。漸く、【流転人】と戦うのに必要な『力』を手に入れた。

 これで、海咲を守ることが出来る。


「次は防具だ。昨日とは違い、渡すのはコートだけじゃない。こっちに来てくれ」

 

 各々に武器を持ち、俺たちは上遠野を追う。そこにはコートの他、手袋やブーツが置かれていた。


「防御の面で言えば【ライトオブジェクト】で作られたこのコートだけで事足りる。だが補助として、俺の班では手袋とブーツも着用してもらう。手袋は武器を落とすのを予防するため、ブーツは敏捷力上昇のためだ」

 

 黒の指抜き手袋と同じく黒のブーツ、そしてお馴染みの白いコートが渡される。


「凍鞍はこれを着てくれ。新調したやつだから、合うと思うんだが」


 海咲が上遠野から受け取ったコートを羽織る。すると、まるできちんとサイズを測ったように体にフィットした。


「あ、ぴったり!」

 

 海咲が感嘆の声を上げた。それを見て、上遠野が満足顔で頷く。


「【ライトオブジェクト】のストックが切れてた上、急いで作ったからどうかと思ったんだが。合ってるならよかった」


 その言葉に、俺は昨晩のことを思い出した。

 瑛莉によれば、上遠野は一人で【流転人】狩りに出ていたらしい。もしかして、このためにわざわざ行ってくれたのだろうか。


「すいません。手間を掛けさせてしまって」

「気にしなくていい。お前はもう俺たちの仲間なんだからな」


 ありがとうございます。そう言って海咲は深深と頭を下げた。

 上遠野は一瞬面映ゆそうな顔をして、話を再開した。


「コートの中に着る服は自由で構わない。防御力には関係ないからな。欲しいなら、俺に言ってくれれば共通の物を貸し出すが。どうする?」

 

 そうなると事実上、俺たちはワイシャツの上からコートを羽織ることになる。

 それでは聊か不恰好だ。俺たちは共に上下を、俺は白のインナーにグレーのズボン、海咲は白のインナーに紺色の膝丈上スカートをそれぞれ借りた。


「装備はこれで一通り整ったな。じゃあ、最後にこいつを渡す」

 

 上遠野が手にしたのは、【専属化】の際に使用したカードだった。それを一枚ずつ受け取り、眺めてみる。銀色に塗られた表面にはこう書かれていた。


 コミュニティー:【上遠野旧区】 クラス:一般団員 ナンバー:〇〇七


 海咲のも内容はほぼ同じで、ナンバーが〇〇八になっている程度だ。


「それは二人が俺たちの仲間であることを証明するものだ。これがあれば部屋のロックも出来る。だが、くれぐれもなくさないこと。これがないと武器は起動しないし、拠点にも入れない。不便ばかりだ。仮になくした場合、再発行は可能だが……他の【戦線区画(コミュニティー)】に拾われたらお終いだ」

 

 最後の一言を、上遠野は凄ませた。

 俺は握るカードをもう一度眺め、そしてはたと気付く。

 ナンバーの欄。俺と海咲は〇〇七と〇〇八。

 おそらく団員番号を示すであろうその数字だが、【上遠野旧区】には四人しか居ない。俺たちを含めても六人。どうやっても数が合わない。

 俺は上遠野の、真剣な眼差しの裏に隠れる『何か』を見ようとした。

 もしかして、過去に二人の団員がカード関連で事件に巻き込まれたのだろうか。

 じっと彼を見つめるが、分からないまま話が再開された。


「カードを保管する物として、これを渡す。使わない時は、この機器に差し込んでおけばいい」

 

 渡されたのは、スマートフォンのような四角い小型端末だった。

 画面をタッチすると、『通信』・『施錠/解錠』等の文字が現れる。

 この世界における携帯電話と同じ、上遠野はそう説明した。これ一台で、班員との連絡や錠の管理も出来るらしい。


「この小型端末も出来ればなくして欲しくないが、カードよりはマシだ。最初のタッチで指紋認証をした。俺の班以外の者は触っても作動しない仕組みになっているからな」


 何と指紋認証まで出来るらしい。つくづく【ライトオブジェクト】の汎用性に驚かされる。


「正式にメンバーとして迎え入れるに当たり、渡すべき物は以上だ。これからは仕事の話になる」

 

 いよいよだ。初任務、一体どんなことをするのだろうか。


「俺たち【上遠野旧区】の目標は、当然『この世界からの脱出』だ。それには【グラディウス】を探す必要がある。そこで重要なのが【流転人】の追跡だ。世界を反転させた原因だろう奴らを追うことで、【グラディウス】に迫る。いいか、俺の班で行う仕事は奴らの掃討じゃない。下手に手を出すのは禁じる。戦うのは、襲撃された場合のみだ。分かったか?」

 

 上遠野の言葉に、俺たちは反射的に頷いた。

 元の世界に戻るという目標、それにかなり近付く仕事内容。俺たちはいつしか、真剣に彼の話に聞き入っていた。


「行う任務は調査や探索が中心になる。勿論、拠点を奴らに襲撃されれば、迎撃任務に就いてもらうこともある。日頃から『戦うかもしれない』という心構えはしておいてくれ。……さて、ここまで色々話したが、本格的な任務は後日やってもらう。戦闘訓練もしてない内から、任務には出せない。そこで、今日やってもらうのがこれだ」

 

 そう言って、上遠野はポーチから一枚の紙を取り出す。そこには、『【上遠野旧区】探索任務』と書かれていた。


「二人にはまず、ここの地形を把握してもらう。ここがどんな場所で、どういった場所で戦う可能性があるのか。実際に目で見て、足で感じて欲しい。いざという時、『知らない』は命取りになるからな」

 

 上遠野の言うことは尤もだと思った。俺たちはまだ、【上遠野旧区】のことを全く知らないのだ。知らない場所で【流転人】と鉢合い、がむしゃらに逃げた先が巣だったりしたら、笑い話にもならない。


「任務と銘打ってはいるが、そんなに肩に力を入れなくていい。寧ろ、抜いてくれ。今日は単なる散歩、その程度に思ってくれ」

 

 その言葉に、俺は無意識に入れていた力を抜いた。肩が途端に軽くなる。どうやら、相当入れていたらしい。


「今日の任務のため、他の団員は既に各チェックポイントで待機してもらっている。【流転人】に襲われる心配はない。だが万が一奴らに会ったら、すぐに小型端末で団員に応援を求め、攻撃ではなく防御に徹すること。念のため、二人の位置は俺の方で把握しているから、何かあれば俺がすぐに駆け付ける」

 

 話を聞きながら、俺は朝の光景を思い出していた。

 朝食を済ませ、装備を纏い続々と拠点を出る姿。あれは全て、俺たちのためだったのだ。

 途端に申し訳ない思いが押し寄せてくる。区全体で俺たちのことを考えてくれているのだ。この任務、なるべく良い結果で終わらせたい。


「小型端末にマップを転送した。これを見て、行動してくれ。任務成功の条件はただ一つ。二時間以内に全てのチェックポイントを回り、拠点に戻って来ること。回る順番はどこからでも構わない。二人で話し合って、好きに区を探索するといい」

 

 話は以上だ。そう言って、上遠野は部屋を後にした。静かに、扉が閉められる。


「うーん……どうやって回ろう?」

 

 端末を凝視しながら、海咲は呟いた。早速、仕事モードに入っているらしい。


「一番遠い所から回るっていうのはどうかな?」

 

 同じく端末を睨み付けながら、俺は言った。

 マップ上で拠点から最も離れた場所は区の西端。そこから順に回れば、割と無駄なく回ることが出来そうだ。その上、最終地点から拠点も近い。


「いいね。そうしよう」

 

 海咲が張り切った声を上げる。彼女は妙にやる気満々だった。

 また不安が先行しているのだろう。俺はそっと彼女の左手を握った。

 瞬間、不貞腐れたような顔で俺を見る。だが同時に安心もしたらしく、ゆっくりと握り返してくれた。

 僅かの間そうした後、気持ちを切り替え、装備を互いに確認して部屋を出た。

 初の任務。制限時間は二時間で、やることは区内の探索。

 果たして、無事に終わってくれるだろうか。

 思考の片隅、半ば祈るようにそう思いながら、俺は拠点の門を潜った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ