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グラディウスの反転した世界  作者: 藤真 荒野
第一部
5/12

第四話 上遠野班

 第六級【流転人】との戦いを終え、俺たちは拠点に戻っていた。

 一階一〇九号室。机と椅子が整然と並ぶ部屋で上遠野が来るのを待っている。

 例の如く海咲と二人きりの室内で、俺は頭を垂れていた。

 理由は単純。説教を受けているのだ。


「攻撃は一回だけ。隙があるようなら、もう一回。それが作戦だったよね?」

「はい。そうです……」

「【一導破撃(レイジ・ストライク)】撃った後、径くん何回攻撃したっけ?」

「さ、三回以上です……」

「何か言うことは?」

「すいませんでした」

「……はぁ」

 

 戦闘の終盤、俺は決着をつけることに執着し、己が立てた作戦を丸っきり無視してしまった。

 海咲はそんな俺を見て、距離を取ることなく【流転人】の攻撃を牽制してくれていたらしい。

 攻撃に夢中で俺は気付かなかったが、彼女のサポートがなければ一発か二発はダメージを受けていただろう。

 全ては自分の所為。弁解の余地もなく、俺はご立腹な海咲を前に謝り続けた。


「……もういいよ。顔上げて?」


 やがて、海咲は声音柔らかくそう言った。言葉通り、地に伏せていた頭を上げる


「私は径くんが心配なだけなの。もし、一人になったらどうしようって。それが不安なの」

「海咲……」

 

 いつしか、彼女の眦には涙が浮かんでいた。抑えていたものが溢れるように、その頬に筋を描いていく。


「ごめん。次はちゃんと、守るから」

 

 制服のズボンからハンカチを取り出し、流れる涙を拭う。潤んだ彼女の瞳に、俺の姿が滲んで映る。


「作戦も。海咲のことも。だから、泣かないでくれ」

「径くん……」

 

 海咲は暫く俺の胸に顔を埋め、静かに泣き続けた。

 漸く落ち着いた頃、扉がノックされ、上遠野が顔を出した。


「準備が整った。今からメンバーを紹介するから、来てくれ」

「分かりました。今、行きます」

 

 扉が閉じられるのを見届けてから、後ろを振り返る。


「海咲。大丈夫か、その目?」

 

 彼女の目は泣いた所為で赤くなっていた。と言っても、よく見れば赤い程度で、遠くからなら普通と言えるだろう。


「ん、大丈夫。それより、メンバーってどんな人なんだろう? ちょっと不安かも」

「そうだな。でもまあ、とりあえず行こう」

 

 扉を開けて、フロアに出る。上遠野に付き、エレベーターに乗り込む。ボタンが二階で押され、軽い振動と共に上昇を始めた。


「二人とも表情が硬いぞ。もっと肩の力を抜いて、リラックスしろ。何、メンバーも堅物な奴ばかりじゃない。歳が近い奴も居るから、安心しろ」

「……分かりました」

 

 俺はぎこちなくそう返した。

 いまいち、彼の物言いは安心出来ない。結局、堅物なメンバーは居るという解釈でいいのだろうか。思いは同じらしく、俺と海咲は互いに微妙な顔を見合わせた。

 エレベーターが二階へ到達し、僅かな浮遊感を伴って停止する。出てすぐ、二〇一号室の前で上遠野は立ち止まった。


「ここにメンバーが居る。まあ、あんまり硬くなり過ぎるなよ?」

 

 上遠野が扉を開け、先に行くよう促す。少し躊躇った後、俺は意を決して部屋に踏み込んだ。続いて、海咲も入る。

 中には、一様に白のロングコートを羽織った三人の男女が居た。様々な反応と共に、好奇の目が一斉に俺たちに注がれる。


「皆、この二人が今日からメンバーに入る。じゃあ、二人共。自己紹介してくれ」

「えっと……。成瀬径司です。よろしくお願いします」

「と、凍鞍海咲です。よろしくお願いします」

 

 二人並んでぺこりとお辞儀する。小さな喝采が起き、俺たちを包んだ。

 たっぷり一〇秒近く下げた後、漸く頭を上げた。


「二人共この世界には不慣れだ。俺からもよろしく頼む。それじゃ、南桐さんから自己紹介してくれ」


 俺から見て一番右端、黒髪を刈り上げた、ヤクザのような風貌の男が声を上げる。


「俺は南桐(なぎり)(おさむ)。武器は槍で前衛担当。よろしく」

 

 思うより、声は低くなかった。年は三〇代後半ほどか。声音は柔らかく、顔をふにゃりと緩めて笑いかけてくる。風貌とは違い、優しそうだ。

 次いで、隣に立つ女が声を発する。


「えーっと、私は長日部(おさかべ)瑛莉(えり)。武器はハンマーで前衛やってます。この世界のこと色々教えてあげるから、何でも聞いてね」

 

 背まで伸びるウェーブが掛かったオレンジの髪が、言葉と一緒に跳ねる。二〇歳前後だろうか。活発そうな顔立ちいっぱいに好奇心を受かべ、俺たちに微笑む。


「む、宗像(むなかた)李緒(いお)って言います 。武器はアサルトライフルで後衛担当してます。あの……よろしくお願いします」

 

 最後は他の二人より背の低い、大人しそうな少女だった。俺たちと同じく一〇代だろう。海咲よりは明るめの茶髪を、後ろで一つ結びにしていた。


「以上の三名、俺を含めて四人が上遠野班。……まあ、この一班しかないんだが、この四人が【上遠野旧区】にいる全団員だ」


 全部で四人。その数字が多いのか少ないのか俺に分からないが、今はここに落ち着くしかない。俺たちは揃ってもう一度、深深と頭を下げた。

 全員の自己紹介が終わると、上遠野に言われ、俺たちは自室で休むこととなった。

 同じ二階の、二〇七と二〇八号室。そこを自由に使っていいと言われた。

 正直言って、戦いの疲労も出ていたので、俺としては非常にありがたい。

 本格的な活動は明日から、午前八時に一階の一〇六号室に集合。風呂は一〇四号室、飲食物が欲しい場合は一〇五号室、それぞれ自由に使用可。

 それだけ言って、上遠野は一階へと降りていった。

 渡された懐中時計は、驚くことにこの世界用に作ったらしい。

 疲れが溜まっていた俺たちは、少しの言葉を交わした後、各々の自室へ戻った。

 二〇八号室。数字を確認し、俺は部屋に入った。

 ワンルームの簡素な作りで、あるのはベッドと小さな棚。机と椅子のセットにトイレといった具合。

 それでも、この世界にこれだけの部屋が用意出来るのは素直に凄いと思った。

 反転した世界などという、分からない世界。

 電気が通っていたり、武器や防具が発達していること。一〇年という歳月が如何に長いかを、俺は改めて実感した。

 ベッド縁まで歩いていき、ゆっくりと腰を下ろす。

 武器も防具も上遠野に一旦返していた。従って、今の俺は何も持っていない。

 あるのは着ている制服だけ。紺の上下に白のワイシャツ、少し緩く締めた青のストライプネクタイに黄色のスニーカー。

 俺はブレザーを脱ぎ、ネクタイも外し、ワイシャツのボタンを第二まで開けた。

 ぼんやりと、何をするでもなく宙を見つめる。一体、いつになったら戻れるのだろうか。前回涼架と話した時は、割とすぐに戻れた気がする。

 だが、今回は長い。海咲と一緒に転移し、上遠野に助けられ、【流転人】を倒してから、もうかなり経っているはずだ。

 それにも関わらず、一向に戻る気配はない。

 一度、上遠野に聞いてみようか。そう思い、俺は部屋を出た。

 どこに居るかは分からない。とりあえず、一階に降りてみる。

 フロアの中央まで歩き、左右を見渡す。

 ――人影。だが、それは上遠野ではなかった。


「あれ? 君は確か…………、成瀬くん! どうしたの?」

 

 風呂に入ろうとしていたのだろう。

 両手にタオルやら着替えを持った瑛莉が、目を丸くしてこちらに寄って来る。


「え、えっと……上遠野さんに話したいことがあって」

(あきら)くんに? そっかぁ、残念だけど無理だね。もう出ちゃったし」

「出ちゃった?」

「そう。外に、【流転人】を狩りにね」

「……一人で行ったんですか?」

「うん。って言っても、いつものことだから大丈夫。あの人、勝手に行っちゃうんだ。でも、怪我をして戻ったこととか一度もないんだよね」

「そう、なんですか……」

 

 聞きながら、俺は先日の戦いを思い出していた。

 隙もなく、無駄もない洗練された動き。確実に急所に叩き込むその手腕。

 団員が信頼するのも、何となく分かる気がした。


「で、玲くんに話ってどんなの? あたしでよければ、聞くよ?」

 

 ほんの少し逡巡する。だが、別に瑛莉に隠すような話ではない。


「この世界から元の世界に戻るまで、時間ってどれくらい空くものなんですか?」

 

 なるべく簡潔に、俺は言った。けれど、瑛莉に反応はない。そればかりか、呆けたように口をぽかんと開けている。


「いや、あの……。前に戻った時より、結構空いてるんで、その……」

「成瀬くん、相当お疲れみたいだね」

「え……?」

 

 真剣な面持ち。瑛莉の真っ直ぐな眼差しに、何も言えなくなる。


「一度この世界に来ちゃったら、二度と戻ることは出来ないの。反転した【グラディウス】。それを元に戻すまでは」

「え、そんなはず……っ」

「戸惑うのはあたしも分かる。だけど、それは事実。難しいかもしれないけど、……受け止めて」

 

 『一度確かに戻ったことがある』。その言葉を、俺は継げなかった。

 瑛莉が複雑な表情で俺の肩を叩き、おやすみと言って去る。

 その背を茫然と眺めながら、涼架の言葉を反芻した。

 戻れる。けど、すぐ戻ってくる。それは、あの一度きりのことを言っていたのか。

 再び戻ってきた今、俺はもう二度と元の世界に帰れないのか。

 考えても考えても、俺には何も分からなかった。

 はたと海咲のことを思う。

 彼女はどうなのだろう。まだ一度も戻っていない。だが俺とは違い、すぐには戻っていない。

 そもそも、戻るのかどうかも不明だ。瑛莉は一度なら戻る、なんてことも言っていない。


「どういうことなんだ……」

 

 俺はとりあえず、部屋に戻ることにした。

 考えていても答えは出ない。明日、上遠野にも尋ねる必要がある。

 エレベーターを降り、二〇七号室の前で立ち止まる。ノックしようと手を上げ、同時に扉が開いた。


「わあっ! ……って径くん! どうしたの、びっくりしたぁ」

「ご、ごめん! 驚かすつもりじゃなかったんだ」

 

 不思議そうな彼女の顔。無事でいることに安堵を覚えた。


「ただ、少し様子が気になって。何ともないなら、それでいいんだ。邪魔したな」

「待って。私今からお風呂行こうと思うんだけど、径くんも一緒にどうかな?」

「お風呂……」

「何でもいいから、何かしてたくて。……一度あったかいお湯に浸かったら、もう少し落ち着くかなって」


 そう言って、海咲が顔を俯かせる。如何にも冷たそうな手が、僅かに震えを見せていた。


「いいよ。俺も行く」

 

 俺の言葉に海咲は顔を綻ばせた。エレベーターに乗り、一階まで下りる。

 その間、俺たちは他愛もない話に興じた。

 着替えはどうするのか、シャンプーやボディソープはあるのか。

 海咲が一方的に喋り、俺はその都度相槌を打つ。そんなことの繰り返し。

 けれど、そうでもしていないとすぐに震え始める、その華奢な身体。

 風呂で男女に分かれるまで、俺は少し先を歩く小さい背をいつまでも見つめていた。



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