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グラディウスの反転した世界  作者: 藤真 荒野
第一部
12/12

第十一話 巣窟調査・一

「まさか、こんなに早く【流転人】の巣に行くことになるとはな……」 

 

 午後一時過ぎ。昼食を終え、俺と海咲は一階のフロアで他のメンバーを待っていた。

 互いに白のロングコートを羽織り、手袋とブーツをそれぞれ着用。腰には特殊警棒(テネイシャス)銃剣(ビトレイヤー)を忘れずに携行している。


「テストやる前、上遠野さんの口から『巣がある』って聞いた時から薄々感じてたはいたけどね。でも流石にここまで早くは想像してなかったなぁ……」


 写真を見た限りでは洞窟のように思えた。

 実際に自分の目で見るまでは分からないが、"巣"なんて言葉で表されているのだ。

 きっと、まともな場所ではないだろう。


「あれから調子はどう? まだ眠いの?」

「何とか大丈夫。でも任務が終わったらすぐにでも寝たいかな」

「そっか。じゃあ、さっさと終わらせないとね」


 径くんの睡眠のために。そう言って、海咲は微笑んだ。

 その思いは純粋に嬉しいが、果たして簡単に終わるだろうか。

 上遠野の『巣窟には未知の部分が多い』という言葉を思い出す。

 まして今回の目的は調査。一〇時間位ぶっ続けかもしれない。


「あ、長日部さんたち来たよ」


 首を巡らすと、ちょうどエレベーターから瑛莉たちが降りてくる所だった。皆一様に装備を整え、各々の武器を携えている。


「お、早いねー。凍鞍さんに、……成瀬くん!」


 瑛莉はいつも通り、数秒掛けて俺の名前を思い出した。

 まだ名前を覚えてくれていないが、初期の頃より思い出すのが早くなった分、マシにはなっている。


「二人にとっては初めての本格的な任務ってことになるけど、安心して。何かあっても――」

「私たちがフォローするから」

「ちょ、李緒! それあたしの台詞!」

「うん? そんなの知らないー」


 (おど)けてみせる李緒に対し、瑛莉の鋭い眼差しが向けられる。

 数秒後、二人はフロアでドタバタと追いかけっこを始めた。

 だが物騒なことに、瑛莉はハンマーを腰から抜くと、一振りして身の丈ほどの大きさに変える。

 やはり、あのハンマーも伸縮自在だった。なんてことを思う内にも、瑛莉は勢いよく振り回し始めた。


「二人共、怪我しないでよー」


 遠巻きに南桐がそんな声を掛ける。どうやら止める気はないらしい。

 たが見ているこちらはハラハラものだ。

 瑛莉は躊躇なくハンマーを振り抜いては李緒に迫っていく。

 けれど、当の彼女はさして慌てるでもなく冷静にその動きを見極め、隙を見つけては瑛莉にチョップを食らわしている。

 まるでじゃれあいのようなその光景。


「……これ、止めなくていいんだよね?」


 何故か《テネイシャス》に手を滑らせ、実力行使に及ぼうとする海咲をやんわりと目で制し、俺は頷いた。

 どうなることかと二人の行く末を見守っていると、エレベーターから上遠野が出てきた。

 フロアを縦横無尽に駆ける瑛莉と李緒に、あからさまに反応する。


「何やってるんだ、二人共」


 上遠野が二人を止めようと手を伸ばす。

 だが先立って走る李緒はそれに気付かず、真正面からぶつかった。


「わあっ! ……あ、リーダー! ごめんなさい……」

「いや、いい。それより――」


 上遠野の出現に驚く李緒の背後、ハンマーを振り被る瑛莉の姿があった。

 瑛莉は慌ててその手を止めようとする。だが僅かに遅かった。

 既に下ろされていたハンマーは重力に従って、確かな速度で李緒を狙う。

 表情を驚愕に染める瑛莉。対して、上遠野は顔色一つ変えず強引に李緒の肩を押した。

 李緒の頭が下がる寸前、ハンマーの丈が縮小。空気だけが薙がれていった。

 一時の静寂の後、フロアには安堵の溜め息が漏れた。


「……助かったの、私?」


 両手で頭を押さえながら、李緒は恐る恐る顔を上げた。

 瑛莉は短くなったハンマーを放り投げ、彼女に勢いよく抱き付いた。


「無事でよかったぁ! もう少しで李緒の頭、吹っ飛ばす所だったんだよ!?」


 瑛莉はがしがしと李緒の髪を掻き乱しては、頬を擦り寄せる。

 その、一見微笑ましくもあるやり取りに、鋭い声が飛んだ。 

 

「本当に無事でよかったな。もし宗像の頭が飛んでいたら、危うく俺はお前の首を弾く所だったぞ」

「あ、(あきら)くん……」


 瑛莉の顔が不自然に引き攣る。

 『首を弾く』とは別に殺す訳ではなく、【戦線区画(コミュニティー)】から脱させることを意味するのだろう。

 だが、この世界で【戦線区画(コミュニティー)】に所属出来ないのは、死ぬことと同義と言える。

 幾ら瑛莉が歴戦を重ねていようとも、装備がなければ無力なのだから。

 フロアを言い様のない重い雰囲気が包む。

 やがて、口を開いたのは上遠野だった。

 

「……まあ、次から気を付けてくれればいいんだ。俺だって、出来れば外したくはないからな」


 そう言って漸く、瑛莉から鋭い眼差しを逸らした。

 瑛莉は全身から脱力し、人形のように床にへたり込んだ。


「――ほんっとにびっくりしたぁ。だって玲くん、ぜんっぜん表情変えないんだもん! 本当に外されるかと思ったよ!」

「ん? ……ああ、すまない。笑うのを忘れてた」


 そう言って、上遠野の表情がほんの少し和らぐ。これが彼にとっての"笑う"顔らしい。

 俺と海咲は顔を見合わせた。あまり、無表情と変わらない気がする。


「もう皆には話しているが、今日は巣窟調査を行う。主目的は【流転人】の個体数が減少している原因を探ることだ」

 

 任務の話に移行した途端、瑛莉たちの目の色が変わった。

 先ほどまでから一転して、雰囲気が引き締まったものになる。

 その変わり様に、俺はほぼ反射的に背を伸ばした。


「区内に巣窟は二ヶ所あるから、メンバーを二手に分ける。俺と長日部は北を、残りの四人は東だ。成瀬と凍鞍にとってはこれが初めての本格的な任務になる。上手くサポートして欲しい」


 上遠野の言葉に、南桐と李緒は揃って頷いた。


「話は以上だ。くれぐれも『潜り過ぎ』には注意し、何かあればすぐに通信を寄こすこと。どんなに遅くても調査は六時まで。いいか?」

 

 全員が首肯する。

 その様に上遠野も(うなず)き、解散の合図をして、さっさと拠点を出た。

 一時の間の後、座り込んでいた瑛莉が慌てた様子でその後ろ姿を追いかける。


「さてと、私たちも行こうか」


 李緒に促され、俺たちも拠点を出る。

 既に上遠野の背は遠く、辛うじて靡く白のコートが見える程度だ。

 南桐と李緒の後を追う形で、俺たちは歩き始めた。


「やる気満々だね、玲さん」

「まあ、巣窟の調査任務はリーダーの宿望だったからね。……にしても、凄い張り切ってる」


 南桐と李緒がしみじみといった感じでそう溢す。

 確か上遠野は『【流転人】に迫ることが鍵に迫ることにもなる』と言っていたはずだ。

 もしかすると、この調査は内容次第ではかなり核心に迫れるのかもしない。

 そう思うと、俄然やる気が湧いてきた。


「今日位は大人しくしてくれるといいんだけどね……」


 南桐が眉を八の字に曲げる。

 溜め息のようなそのぼやきに、李緒は顔を顰め、不愉快そうに足下の小石を蹴飛ばす。


「もう、本当に。あいつらの所為で調査が遅れたんだから」


 "あいつら"とは誰のことだろうか。いまいち話の流れが掴めない。俺は思い切って聞くことにした。


「あの……どうかしたんですか?」

「ん? ……あー、ちょっとね。その……色々あって」


 そう言ったきり、李緒は黙ってしまった。何とも言えない間が流れる。

 流石に堪えきれなくなった所で、助け船が現れた。

 コートの裾を引っ張られて後ろを向くと、訳あり顔の南桐と目が合う。

 彼は自然な動作で後退し歩調を合わせると、俺だけに聞こえる声を出した。


「……径司くんも立派な【上遠野旧区】のメンバーだから知っておいた方がいい。あとで海咲ちゃんにも教えてあげてね」


 真っ直ぐな南桐の眼差しに、俺はしっかりと首を縦に振った。

 後ろでは、俺からやや離れた位置で海咲が周囲に目を走らせている。


「この区に隣接する【泊之旧区】とは同盟関係を結んでるんだけど、それが最近になって解消したいって言い出したんだよ」

「解消……って、何かあったんですか?」

「いや、何も。理由を聞いても、はぐらかしてばかりで答えようとしない。それでも玲さんは粘り強く交渉を続けてたんだけど、結局相手が一方的に関係を断って、それで終わり」


 俺の記憶によれば、【泊之旧区】は【上遠野旧区】の真上に存在していたはずだ。

 そんな区から同盟関係を断たれたとなると、周囲を塞がれている現状はかなり危ういのではないか。

 【泊之旧区】の戦力がどの程度かは知らない。

 だがこちらのメンバーはたかだか六人。幾ら上遠野が居るとしても、侵攻されれば一溜まりもないだろう。

 加えて、【流転人】の減少による【ライトオブジェクト】の不足という現状。


「……大丈夫なんですか?」


 俺は思わず本音を溢してしまった。

 だが予想に反し、南桐はさして反応しなかった。代わりに更に声を潜めて、話を続ける。


「鍵を有しない旧区同士では普通争わない。支配の維持が大変だからね。今回の件でまずいのは、解消を【泊之旧区】に強要した"とある区"の存在なんだ」


 ――とある区。まさか【羽生特区】だろうか。

 俺がそう問おうとした時、答えは意外な所から掛けられた。


「【砥馬(とぎま)特区】」

「「……え?」」


 俺と南桐は同時に声を上げる。

 見れば、いつの間にか李緒の足が止まっていた。少し幼さの残るその面持ちを、忌々しそうに歪める。


砥馬(とぎま)礼乃(あやの)って女が仕切ってる【戦線区画(コミュニティー)】。簡単に言えば、頭のイカれた猟奇集団。仲間以外には誰かれ構わず襲い掛かってくる。既に何人かは奴らの手に掛かった、とも言われてる」


 最後のはただの噂だけど。李緒はそう言葉を添えた。


「随分……」


 物騒な上、口調が荒いんだなと俺は思った。李緒はこんな話し方だっただろうか。


「……ああ、ごめんね」


 俺の視線に気付き、李緒は少しだけ気恥ずかしそうにした。一度可愛らしく咳をして、口調を和らげる。


「まあ、強要してるって話自体はリーダーの推測だから何とも言えないけど。でも、確実に【砥馬特区】が絡んでるのは事実なの」

「どうして、そう思うんですか?」

「実はね、径司くんと海咲ちゃんが入ってくる前に、メンバー全員で【泊之旧区】に交渉しに行ったんだ。そしたら何故か【砥馬特区】が居て、それはもう一方的に攻撃してきて」

「だからこっちも応戦しつつ、リーダーの指示に従って撤退。でも砥馬と泊之は同盟関係にある訳じゃないの。それなのに居るってことは……」


 そこで李緒は言葉を止めた。俺に対し意味ありげな流し目を向けてくる。

 何となくその先を促されているような気がして、俺は続きを口にした。


「新たに【砥馬特区】と【泊之旧区】が同盟を結んだ、ってこと?」


 言うのと同時、李緒と南桐の間で細い息が漏れた。

 間違ったことを言ったかと俺が狼狽していると、李緒は微苦笑を湛えた。


「そう考えるのが普通……っていうか、やっぱりそれしか考えられないよね」


 李緒は半ば諦めたようにそう言い、歩調を戻しては前に行ってしまった。


「"特区"というだけでも厄介なのに、相手が砥馬ではどうにも……。あ、径司くんも一応『砥馬』の名には注意してね」


 なおも深く眉根を寄せたまま、南桐も李緒の後を追って前に行った。

 ――【砥馬特区】。

 名に"特区"と付いているということは、『鍵を持っている』ということだ。加えて、話を聞く限りではかなり凶暴な区らしい。

 そんなものが同盟を結びバックにいたら、例え旧区でも侮ることは出来ない。

 ますます、【上遠野旧区】の行く末は暗くなるばかりだ。

 果たして、上遠野には何か状況を打開する術は浮かんでいるのだろうか。

 つらつらとそんなことを考えていると、突然腰の辺りを小突かれた。


「っ! ……って何だ、海咲か。どうしたんだ?」

「どうした、じゃないよ。私だけ除け者にして。三人で何話してたの?」

「ん? ……あっ」


 そこで漸く俺は、海咲だけ全く事情を知らないことに気付いた。

 説明しようと口を開きかけた所で、李緒の声に呼ばれる。

 

「二人共、着いたよ」


 振り向くと、目前には大きな洞穴が屹立していた。

 あらゆるものを飲み込まんと大口を開けて構えるその様は、モニターで見た写真とは比べ物にならないほど、圧を出している。

 思わず後ずさってしまうような威圧感に、俺は息をするのも忘れ、ただただ見入った。


「ほら、二人共。ボーっとしてないで、行くよ」


 李緒を先頭に、南桐の姿も巣窟に吸い込まれていく。

 慌てて追おうとし、されど海咲への説明がまだであることに足を止めた。


「海咲、その……」

「もういいよ。あとでにしよう?」


 半ば呆れ気味に海咲はそう言い、さっさと巣窟へ入ろうとする。

 まごつく俺に、彼女は足を止め、短い溜め息を()く。

 

「別に怒ってないって。さっさと終わらせて、径くんは十分な睡眠を取るの。そしたら……」


 海咲の目に、微かに無邪気な色が灯った。


「じっくり、たっぷり……話を聞かせてもらうから」


 悪戯っぽく笑う海咲に、いつしか俺も笑っていた。


「分かった。約束する」

「絶対だからね。……じゃあ、行こっか」


 俺と海咲は連れ立って、先の見えない真っ暗な巣窟に踏み入れた。

 


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