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グラディウスの反転した世界  作者: 藤真 荒野
第一部
11/12

第十話 約束

 昨晩はあまり眠れなかった。

 先に八時間近く爆睡した所為もある。だが一番の原因は涼架だった。

 一晩中彼女のことを考え、結局就いたのは浅い眠りだけ。

 精神は少しも休息をしないまま、朝を迎えてしまったのだ。

 頭は痛いし目もしょぼしょぼする。コンディションは不調の極みだった。


「径くん、大丈夫……?」


 横合いから海咲が顔を覗き込んでくる。

 心配してくれるのは嬉しい。だが返す余裕もなく、俺はただ無言で頷いた。

 ポケットから懐中時計を取り出す。

 午前一〇時。もうすぐ上遠野が来るはずだ。

 少しして、フロア最奥にあるエレベーターが音を立てて開いた。

 白のタイトなロングコートを靡かせ、上遠野がこちらに歩いてくる。

 

「待たせて、すまない。早速だが、昨日の復習をする。付いて来てくれ」


 上遠野は一瞬、俺に視線を送った。だがすぐに戻しては、コートを翻し歩き始める。

 一〇八号室の前で止まり、上遠野に次いで海咲、俺の順で入って行く。

 入ってすぐ俺の目を射たのは、壁に掛けられた長大な液晶モニターだった。

 そのモニターに向かって、机と椅子が整然と並べられている。

 

「適当な所で構わないから、とにかく座ってくれ」


 上遠野に促され、モニターに最も近い最前列の中央に座る。ほんの少し迷ってから、海咲は俺の左に腰を下ろした。

 上遠野がモニターの電源を入れる。僅かな機械音と共に、起動が始まった。


「二人にはまず【戦線区画(コミュニティー)】について知ってもらう」


 起動が終了し、モニターに文字が表示される。

 上遠野がその一つを指で叩くと、画面いっぱいに地図が表れた。

 線で細かく区分けされている。どうやら、この世界を示した地図らしい。 


「今俺たちが居る世界には幾つもの【戦線区画(コミュニティー)】が存在する。当然、【上遠野旧区】もその一つだ。【戦線区画(コミュニティー)】は大きく旧区と特区の二種に分けられていて、霊鍵を持つ区を"特区(とっく)"、霊鍵を持たない区を"旧区(きゅうく)"と呼ぶ。俺の所は霊鍵を持っていないから、【上遠野旧区】と呼ぶんだ」


 そこで一旦、上遠野は言葉を切った。

 今の話からすると、【羽生特区】は鍵を持っているということになる。

 鍵を持つ。そこまで考えて、俺ははたと疑問を浮かべた。


「もう発見されている鍵があるんですか?」

「ああ。消えた一番目と八番目、そして五番目の鍵を除く全ての鍵は既に発見され、他の区で活用されている」


 涼架は確か、八つの霊鍵と言っていた。既に五つの鍵が発見されているということは、この世界に特区と称される区は五つあるということだ。

 

「まあ、鍵と言っても鍵の形をしている訳じゃない。大体は剣の形状を取ってる。おそらく、残りの鍵も同じだろう。……話を戻す。地図を見てくれ」


 上遠野が指差す先、地図の一番右下に【上遠野旧区】はあった。

 近隣の区に【泊之(はくの)旧区】とあり、その先を行くと【三洲(みしま)旧区】の文字がある。

 【羽生特区】はほぼ中央、他の区を凌ぐ大きさで地図を占領していた。

 見れば、【羽生特区】だけでなく、名前に"特区"と冠する区画は総じて広大な領域を持っている。それほど、霊鍵の持つ力は強大と言うことだ。


「上遠野さん、何も書いてない場所があるんですけど……これは?」


 海咲が首を捻る。見れば確かに、地図の所々に空白の箇所があった。


「ああ。それは共有区と呼ばれてる、『誰でも使える区画』だ。言い換えれば、『誰も使わない区画』。支配の維持にも【ライトオブジェクト】を必要とするからな。領域の拡大も場合によっては不利になることがある。誰も手を付けてない区画があるのは、そういう理由だ」


 概して旧区の領域が狭いのも、同じ理由だろう。

 だが逆に考えれば、広大な領域を維持出来ているということは、それを行えるだけの【ライトオブジェクト】がある、若しくは補充が可能ということだ。

 知れば知るほど、特区に脅威を感じてしまう。

 上遠野ほどの人物が旧区に居るのなら、一体特区にはどれほどの強者が居るのだろうか。


「二人にはチェックポイントを通じ見てもらったと思うが、俺の区は東方に古い建造物、北方に砂原、西方に岩石といった地形で為されている。地形は日々(ささ)やかながらも変化を続けている。……と言っても、本当に"ささやか"な変化だから、『地形は毎日少しずつ変わっている』程度で心に留めておいてくれ」


 探索任務時の記憶と照らし合わせながら、俺は【上遠野旧区】の地図に見入った。

 話に上がらなかった南方と中央は、それぞれ拠点と森林地帯と書いてある。森林地帯はおそらく、俺たちが第五級【流転人】と遭遇し、その後第六級【流転人】と対峙した辺りだろう。

 地図を隅から隅まで食い入るように眺め、頭に叩き込む。地図自体は小型機器を見ればすぐに分かるが、いざという時に備え覚えておくに超したことはない。

 

「【戦線区画(コミュニティー)】については以上だ。何か質問はあるか?」


 とりあえず、今の所は思い当たらない。俺も海咲も、揃って首を縦に振った。


「なら、次に行く。次は【流転人】ついて説明する」


 モニターに新たな画面が表示される。

 首のない、人間によく似た形姿。【流転人】だ。見るのはもう三度目になる。


「等級による形貌の差異はただ一つ、纏う光の色と強さだ」

 

 新たに四枚の写真がモニターに映る。

 その全てが【流転人】を写しているが、四枚とも明らかな違いがあった。

 まず気付いたのが、纏う光の彩り。

 六級と五級は薄い青なのに対し、四級は緑、三級は黄色といった具合で色が異なっている。

 だが二級以降は空欄のまま、文字だけがあった。


「残念なことに、俺はまだ三級までしかこの目で見た事がない。特区位になれば二級以上を見る機会はあると思うが……」


 上遠野が遠い目をする。その表情が僅かに曇った。

 隣で不思議そうな海咲に目で尋ねられるが、俺は微妙な顔で見つめ返すことしか出来ない。

 涼架絡みなのは確かだろうが、俺とて彼らの過去を知る訳ではないのだ。

 昨晩話してくれたことも、起きたことの一部に過ぎない。

 俺たちの様子を察してか、上遠野は仕切り直すように咳払いした。


「……【流転人】は幸い、高度な知能は持ち合わせていない。視覚、聴覚、嗅覚はそれぞれ人間並みには働くようだが、行動は非常に単純だ。攻撃手段は腕を巨大化させたり、鉤爪を生やして振るう程度。加えて、直撃さえ避ければさほどのダメージは受けない。移動速度は遅めで、目で動きを追うことも難しくない。……というのは、四級以下に言えることだ。三級以上はこうはいかない。まあ、そういう等級ごとの差異は実戦で感じてもらう方が早い。という訳で一度拠点から出て実戦を行う……予定だったんだがな」


 言いながら、上遠野の顔がどんどん窮したように歪んでいく。

 俺と海咲が視線だけで問うと、【流転人】が居ないんだ、そう彼は溢した。


「【流転人】の巣窟そのものはあっても、中は空ろで居た痕跡だけが残っている。……ああ、巣窟はこんな感じで区内に在る」

 

 モニターに幾枚かの写真が表示される。

 どれも洞窟のような見た目だった。人間が作るような高度なものではない。【流転人】の知能の低さが窺えた。

 

「巣窟自体はそれほど大きくはない。内部構造も単純。だが途中で必ず深い縦穴が何層も掘られていて、未だ最奥には辿り着けてない。全容解明どころか、未知の部分が多いというのが、巣窟に関する現状だ」


 こういうのは人数の多い特区が率先して解明を行ってくれればいいんだが。上遠野が半ば苛立ったようにぼやいた。

 次いで、モニターに地図が表示される。【上遠野旧区】を表すそれの、北端と東端に赤い印が点滅していた。


「この印の場所が、現況で把握している巣窟の場所だ。出現する等級は第四級以下までが確認されている。だが近頃は第五級以下しか姿を見せない。加えて、見せる数も精々が三体か四体。これでは十分な【ライトオブジェクト】も確保出来ない。それでだ」


 上遠野が言葉を切る。

 漂う、不穏な空気。こんな感じ、前にも覚えがある。妙な肌寒さを感じ、俺は思わず身震いした。


「二人には先立って、本格的な任務に当たってもらう。…………何だ、その顔は?」


 俺と海咲は同時に顔を見合わせた。

 本格的な任務。しかも二人で。似たような状況に、最近置かれた覚えがある。

 暫く経ってやっと、上遠野はその意味に気付いた。


「……ああ。何、別に心配はいらない。サポートに誰かを付けさせる。二人だけで行かせることはしない。そこは安心してくれ。それに、任務と言っても巣窟の調査をするだけだ」


 その言葉に、俺たちは揃って息を()いた。掻いていた冷や汗が漸く止まる。

 また『二人でやれ』等と言われたら、どうしようかと思った。

 前例があるだけに、妙に気を張ってしまう。


「一二時に一〇六号室に集まってくれ。昼食を摂ったら、任務を開始する。それまでは各自、自由にしてくれて構わない。以上だ」


 モニターの電源を切り、上遠野は部屋を出た。

 残された室内で、俺と海咲はどちらからともなく口を開いた。


「本格的な任務、か。サポートが付くって言ってたけど、不安だな……」

「大丈夫だよ。危なくなったら、俺が守るから」

「……本当?」

「ああ。約束する」


 暫し、俺たちは見つめ合った。

 今までの戦いぶりを見る限り、海咲には割と勇猛な気質がある。

 それに比べ俺は、我を忘れるわビビるわで散々だ。下手に動けば、却って邪魔になるかもしれない。

 けれど、いざという時は前に立って海咲を守りたい。

 そのために【戦線区画(コミュニティー)】に入り、『力』を得たのだから。


「……じゃあ、その時はよろしくね、径くん」

「任せてくれ」


 俺の深い頷きに、海咲は頬を緩めた。

 言葉だけだとしても、今は安心させられるだけで充分だ。 


「私、一旦部屋に戻るけど、径くんはどうするの?」

「ああ……俺はちょっと外出てる。部屋に戻ったら絶対寝ちゃうし」


 喋りながら、俺は大きな欠伸をした。

 先の話の途中、一度も欠伸を溢さなかったことを自分でも褒めたい。

 それ位、眠気はピークに達していた。このまま昼食など摂れば、確実に眠ってしまう。

 一度外気に触れ、どうにかして頭を切り替えたい。折好く、この世界の空気は冷たい。


「やっぱり、寝不足だったんだ。道理で顔色が悪いと思ったよ」

「え、俺そんな顔してるのか?」

 

 海咲が席を立つ。俺もならい、追う背に向けて声を掛けた。


「してない。けど、私には分かるの。……何となくだけど」


 扉の前で海咲は立ち止まった。振り返り、俺の目を見てくる。

 その真っ直ぐな眼差しに、俺はただ静かに頷いた。


「くれぐれも外で寝ちゃわないでよ? じゃあ、また後でね」


 俺の腕を軽く叩き、海咲は部屋を出て行った。

 その扉が閉まるより早く体を滑らせ、俺もフロアに出る。

 海咲の姿は既にエレベーターの中に消えていた。

 ポケットから小型機器を取り出す、指定された時間まではまだ一時間近くある。

 一〇分ほど出て、また戻ろう。そう決めて拠点を出た。

 すぐに戻れるよう、扉から数歩の所で足を止める。

 鼻で空気を吸い、口で一気に吐き出す。肺いっぱいに冷気が広がり、頭が冴え渡っていく。

 もう一度吸おうとした時、"それ"は起きた。


「――あ、やっと繋がった」


 驚く暇もなかった。吸った息を吐き忘れ、ほんの一瞬呼吸困難になる。

 突として目前に現れた一人の少女。手入れの行き届いた綺麗な夜色の髪に、表情の読めない端正な顔立ち。

 

「あ……、」


 ――青之宮。その名前を、俺は言えなかった。

 頭に過る上遠野の言葉が、ぐるぐると巡っては思考を鈍らせていく。


「どうしたの、径司?」


 涼架が小首を傾げる。その素振りとは裏腹に、顔には微笑さえ浮かんでいる。

 俺をからかっているらしい。張り付く喉を無理矢理剥がし、語気を鋭くした。


「……俺に、何の用だ?」


 いつもと違う俺の様相に、涼架は訝った。だが即座に意味を悟り、表情を晴らす。


(あきら)から聞いたんだ、自分のこと。でもそんなに警戒しなくても大丈夫だよ。径司のことは裏切らないから。……そっちが裏切らなきゃ」

「……ふざけてるのか?」

「ううん、真面目だよ。大真面目。現に自分、一度も径司に嘘言ってない」

「でも隠してただろ」


 僅かに涼架の表情が揺らいだ。彼女にとっても、それは思う所らしい。


「そのことについては謝る。だけど自分にも事情がある。……分かって欲しい」


涼架は懇願するようにそう言った。

俺に対しやけに必死なその反応は逆に疑心を抱かせるが、流石に疑り過ぎだろうか。


「お詫びに、この世界について教えてあげる。玲も知らないこと。だからさ、また自分とここで会ってくれない?」


その物言いに俺は違和感を覚えた。少し間を置いてから、言葉を返す。


「今までみたいに青之宮から来ればいいだろう?」

「そうしたいけど、拠点の中は妨害が凄くて空間を維持出来ないの。……径司が思うより難しいんだよ、この【魔法(スキル)】」


 そう言って、不貞腐れたような顔する。

 そんなもの、俺の知ったことではない。突然目の前に現れて、好き勝手言う彼女には言われたくない。


「うーんと、今日の二時……いや、明日の二時って言うべきなのかな。とにかく、その時間にここで待ってて」


 いまいち、文字面だけでは時間が分からない。文脈から察するに、明日の午前二時という解釈だろうか。 


「まだ会うなんて言ってないぞ。勝手に話を進めるなよ」


 涼架は俺の了承もなしに、あたかも会うように話を進めている。その身勝手さに自然と声に怒気が混じった。

 だが、当の涼架は俺を見ていない。そればかりか、忙しなく周囲に目をやっては顔を曇らせた。


「残念。時間切れみたい」

「おい、逃げるのかっ!」

「逃げる気はないよ。でも歪みがひどくて、空間を維持できな――」


 空間に大きく亀裂が走る。

 そこで始めて、空がまるで夕暮れではないことに気付く。

広がっていたのは澄み渡る青空。先ほどまで、俺が居た空だった。

 涼架の身体が途切れ始める。困惑する俺に向かい、少し焦ったような彼女の声が響く。

 

「約束だからね、絶対来てよ。径司――」


 それを最後に、涼架の姿は見えなくなった。

 残されたのは一方的に交わされた約束と、行き場のない感情だけ。

 明日の午前二時にこの場所で。

 まだ想像の出来ない未来に、俺はただ漫然と立ち尽くすばかりだった。 



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