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グラディウスの反転した世界  作者: 藤真 荒野
第一部
10/12

第九話 裏切り者

「任務は成功だ。二人共、よくやったな」


 任務開始から一時間五九分四七秒後。俺たちは再び拠点へと戻って来ていた。

 一〇分近くも全力疾走を続けた俺たちは、満足顔で頷く上遠野の言葉にも反応出来ず、ただ呼吸を繰り返した。俺は大の字に寝転び、海咲は柱に寄り掛かり、それぞれ息が整うのを待つ。


「にしても、よくクリアしたな。俺の予想だと、あと一時間は掛かる予定だったんだが」


 肩で大きく息する俺たちを、上遠野は本当に嬉しそうな顔で眺める。どうやら期待に沿えたらしいが、今は反応出来る余裕はなかった。


「とにかく、今日はゆっくり休め。休んで、きちんと体力と気力を回復すること。いいな?」

 

 俺たちは揃って首を縦に振った。今はただ、何も考えず休みたい。


「明日は今日の任務内容を復習しながら、この世界について教える。朝の一〇時に一階のロビーに集まってくれ。では、解散」

 

 そう言って、上遠野は去って行った。その背を見送った後、海咲の方を見やる。柱に背を凭れたまま、今にも眠りそうな目をしていた。


「径くん。私、眠い……」

「俺も。さっさと部屋に戻ろう」


 互いを支えるようにしてエレベーターに乗り込む。三階までの上昇さえ、もどかしく感じる。廊下に出るや一直線に部屋を目指し、軽く挨拶して分かれた。

 小型機器の画面を操作し、『施錠/解錠』の文字を押す。現れた画面を鍵穴部分に翳すと、小気味好い音と共に鍵が開いた。

 部屋に入り、電気も付けずにベッドに直行。勢いよくダイブした。久々の休憩に、一気に眠気が襲い掛かってくる。もう当分起き上がりたくない。

 限界まで酷使された両脚が、疲労を訴えるように痛みを発する。

 目がゆっくりと、されど強制的に閉じられていく。

 抗えない睡魔に意識を落とす寸前、俺はふと思考の隅で涼架の言葉を思い出していた。


 ◇◆◇


 どの位の間、眠っていたのだろう。気付けば、俺は自分の部屋で寝ていた。

 そもそも、どうやって部屋まで来たのかすら覚えていない。

 ぼんやりとする頭を軽く振って、小型機器を目前に寄せる。

 時刻は午後八時。任務が終わったのは午後一二時過ぎ。あれから八時間近くも経っていた。俺は余程疲れていたらしい。

 蓄積していた疲労は、爆睡したおかげでかなり取れている。

 今から任務に行くと言われたら流石に困るが、明日任務に行くのには問題ない。

 そこまで考えて、俺はコートを羽織ったままであることに気付いた。

 慌てて脱ぎ、次いでインナーも脱ぐ。掻いた汗はすっかり乾いており、若干ひんやりとしていた。

 タオルで身体を拭き、ワイシャツに着替える。ズボンも同様に替え、洗面所で顔を洗う。

 冷水の刺激で、漸く意識が鮮明になった。上遠野に聞かなければならないことがあったのを思い出す。もう一度ベッドに戻り、小型機器を拾う。

 上遠野に連絡しようとして、一通のメールが来ているのに気付く。その部分を指で押すと、画面いっぱいにメールが表示された。驚くことに、差し出し人は上遠野だった。


『お前に聞きたいことがある。起きたらでいい、俺に連絡して欲しい』


 俺はすぐに通信を入れた。一回のコール音で上遠野は出た。


「成瀬か」

「すいません、今起きました」

「それは構わない。メール読んだだろう? お前に聞きたいことがある。今から俺の部屋に来てくれないか?」

「分かりました。すぐ行きます」

「二階の二〇五号室に居る。頼むぞ」


 通信が切れた。

 聞きたいこととは何だろうか。考えても、思い当たる節はない。

 だが、聞きたいことがあるのは俺も同じだ。上遠野から呼んでくれるのは、寧ろ好都合と言える。

 鏡で身なりを確認し、部屋を出た。

 エレベーターで二階に降り、二〇五の文字を確認してノックする。


「入ってくれ」


 上遠野の声だった。言われた通り、ドアノブを捻る。ドアは音もなく開いた。


「すまないな、こんな時間に呼び出して。どうしても、お前に聞きたいことがあったんだ」


 まあ、座ってくれ。そう言って、上遠野は据えられたベージュのソファを叩いた。

 促されるまま座ると、その反対に置かれたソファに彼も座る。

 互いに暫く見つめ合ってから、上遠野の方から口を開いた。


「長日部から聞いた。お前、元の世界に『戻る』話をしたそうだな?」

「っ……!」


 思わず反応してしまう。まさか、上遠野の方から言ってくるとは思わなかった。


「その様子だと、話は本当のようだな。……お前は戻ったのか?」

「……はい。一度だけ」


 上遠野の顔がいやに歪んだ。眉間に深く皺が刻まれる。


「いつ戻ったんだ?」

「上遠野さんに会う前です。その時はすぐに戻れたんですけど、少ししたらまたここに来てしまって」

「凍鞍も一緒に戻ったのか?」

「いえ。戻ったのは俺だけです。最初にこの世界に来たのも、俺一人だったので。海咲と二人で居る時に、一緒に飛ばされたんです」

「そうか……」


 なおも深く皺を刻んだまま、上遠野は虚空に視線を向けた。


「率直に言えば、この世界に『戻る』なんて事象は存在しない。あるなら、とっくに戻ってる。だが興味深い話だ。どうやって戻ったんだ?」


 少しばかり、返答に困る質問だった。俺とて、どういう原理で戻ったかは不明なのだ。

 だが答えない訳にもいかない。断片的に残る記憶を、俺は何とか手繰り寄せた。


「俺もよく分からないんですけど……何て言ったらいいのか、急に身体が傾いて、視界がぐるぐる回って、気が付いたら景色が変わって……って、これじゃ伝わらないですよね」

 

 言いながら、あまりにも支離滅裂な自分の説明にげんなりした。

 思っていることを上手く伝えられない。あの感覚を、どう表現すればいいのだろうか。

 一人黙考を始める俺に対し、上遠野は意外な反応を返した。


「俺も長い間ここに居るが、そんな現象は初めて聞いたな。もしかしたら、お前は本当に『戻れる』のかもしれない」


 一転して、上遠野の表情が晴れ渡った。好奇心を隠す素振りも見せず、希望に満ちた眼差しで俺を見てくる。

 思えば、それは当然の反応なのかもしれない。涼架によれば、この世界はもう一〇年も反転したままなのだ。

 

「とりあえず、成瀬はこのまま俺の所に居てくれるか? 安心しろ、安全は保障する」

「こちらこそ、お願いします」

「疲れてるのにすまなかった。もう休んでいいぞ」

「あの……。一つ、聞きたいことがあるんです」


 上遠野は目だけで続きを促した。その真摯な瞳を、俺は真っ直ぐに見据えた。


「青之宮涼架って、知ってますか?」

 

 口にした途端、急に部屋の空気が張り詰めた。

 言うべきではなかったか。今更思っても、もう遅かった。

 上遠野に表情がない。身体も、まるで石像のように固まったままだ。


「……上遠野さん?」

 

 俺は沈黙に耐えかね、恐る恐る呼び掛けた。


「あいつに……会ったのか?」

「はい。この世界で一番最初に会いました」


 見る間に上遠野の表情が曇っていく。

 口では何も言わず、けれど何か言いたげな顔で俺を見る。何でもっと早くに言わなかったんだ、そんな上遠野の声が聞こえた気がした。

 やがて、感情を押し殺した声色で彼は呟いた。


「あいつとは区内で会ったのか?」

「……多分、区内じゃないと思います」


 俺の曖昧な物言いに、上遠野が眉を顰める。


「青之宮とはいつも、空と地面しかない空間で会うんです。空は夕暮れみたいに橙色に染まっていて。絶対に区内じゃない、とは言い切れないんですけど……」


 俺の言葉に、上遠野は腕を組んだ。考え込むように目を閉じ、少しの間を置いて静かに開いた。


「それは【クライネル】だな」

「【クライネル】……?」

「ああ。……青之宮がどこの区に所属しているかは知ってるか?」

「【羽生特区】って言ってました」

「その【クライネル】っていうのは、【上遠野旧区】で言えば【一導破撃(レイジ・ストライク)】みたいな高威力の"技"を指す」

「……え、【一導破撃(レイジ・ストライク)】ってここだけの技なんですか?」


 俺はてっきり全区同様の必殺技だとばかり思っていた。

 やや不満顔の上遠野と一瞬だけ目を交わす。


「ああ。俺が生み出した」

「じゃあ、【専属化】も?」

「似たようなのは他の区が先に作っていた。【専属化】はそれを改良して、セキュリティ面を強化したものだ」


 元々の技術がどれほどのものかは知らないが、改良するにもそれなりの技術力はいるだろう。

 【一導破撃(レイジ・ストライク)】といい、高い戦闘能力といい、上遠野は何者なのか。

 訝るような俺の視線を、されど彼は軽く見返すだけだった。止む無く、別の話題を口にする。


「【クライネル】って技も、【一導破撃(レイジ・ストライク)】と同じ位の威力を持つんですか?」


 俺の問いに対し、答えはやや遅れて返ってきた。

  

「同等、いやそれ以上だろうな。因みに、【クライネル】は青之宮が使う武器の銘で、技の名前じゃない。【羽生特区】はそれを【魔法(スキル)】って呼んでる。強さは一概には言えない。使用者によって効果は変わるからな。青之宮の場合は『空間を操る』って所か。わざわざ武器の銘で呼んでるのは、効果を分かり易くするためだ」


 空間を操る。その言葉を口中で反芻した。


「じゃあ、あの空間は……」

「青之宮の【クライネル】で作られた空間、ってことだろう」 

 

 ――今居る空間は自分が作ってるの。あの時の言葉はそういう意味だったらしい。


「青之宮と、何かあったんですか?」

「あいつは前に…………俺の区に居たんだ」

 

 その言葉に、俺はふとカードキーに書かれたナンバーのことを思い出した。 

 空いた、二人分のナンバー。おそらく、そのどちらかが涼架なのだろう。

 

「あいつは初期メンバーだった。南桐よりも、長日部よりも、宗像よりも。誰よりも先に出会い、……一緒に区を組んだんだ。だが……」

 

 先に続く言葉は、何となく聞いてはいけない気がした。

 重苦しい雰囲気の中、ゆっくりと上遠野の口が開かれる。

 

「――裏切った。裏切って…………羽生と組んだ」

「……それが、【羽生特区】」

「そういうことだ」


 俺は驚きを禁じえなかった。

 涼架が上遠野と区を組んでいた。しかも、初期メンバーで。

 上遠野と羽生は敵対同士と言っていたが、その原因は涼架にあったのだ。


「成瀬」

 

 突として名を呼ばれ、俺は思いがけず肩を震わせた。

 いつもよりワントーン低いその声色。直感的に、触れてはならない『何か』を感じた。


「青之宮には、関わるな。……いいか?」


 上遠野の鋭い眼差しに、気付けば頷いてしまっていた。


「すまない。でもどうか、分かって欲しい。……話は以上だ」


 そう言って、上遠野は目を伏せた。

 もう何も話す気はないらしい。俺の方も今話すべきことはない。

 上遠野に一礼し、部屋を出る。

 廊下に出たが、俺は歩くことが出来なかった。

 様々なことが胸に去来しては、どうすることも出来ずに流れていく。

 

 ――上遠野と羽生は敵対関係。径司とは戦わない。

 

 あの時、確かに涼架はそう言った。彼女が何を思ってそう言ったかは分からない。

 何故、俺とは戦わないのか。俺以外のメンバーならば容赦無く攻撃するのか。

 そうだとすれば、矛先は海咲にも向けられることになる。

 【上遠野旧区】と【羽生特区】。いつか、敵対する二つの区が交戦した時。

 涼架が海咲を攻撃するのなら、俺は彼女と戦わなければならない。

 だが一方で、涼架とは戦わないことを約束している。

 彼女だけではない。本音を言えば、他の誰とも戦いなどしたくはない。

 俺が戦うべきは人ではなく【流転人】のはずだ。


「青之宮……」

 

 今の俺には、そんな『いつか』が来ないことを、ただ祈ることしか出来なかった。



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