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グラディウスの反転した世界  作者: 藤真 荒野
第一部
1/12

プロローグ

 目前に佇む、夕暮れ迫る橙色の空。その空にたゆたう雲は一つとしてなく、ただ漠然と広がるばかり。

 俺は無意識に、左手に嵌めた腕時計に目を向けた。午前八時。時計は確かに、その時を刻んでいる。

 それにも関わらず、頭上の空は日暮れに染まっていた。

 明らかに何かがおかしい。俺はその何かを求めるように、視線を彷徨わせた。

 右、左、上、下。

 だがそこには何もない。何もあってくれない。あるのは空と地面だけ。

 まるで天地と俺だけが異次元に飛ばされたが如く、空間に物と呼べるものは何一つ無かった。

 ――何もない。

 その事実が、徐々に輪郭を伴っては焦りを生み始める。

 もう一度視線を漂わせた先、少女が立っていた。


「あれは……?」

 

 肩先で揃えられた艶やかな夜色の髪を風に靡かせながら、一人漫然と空を見上げている。

 探していたはずの人影。

 けれど、その背は人を寄せ付けない雰囲気を纏っており、一瞬声を掛けるのが躊躇われた。

 だが他に頼れそうな人は居ない。俺は話し掛けることにした。


「あの……」

 

 囁きにも近いその声は、少女には届かなかったらしい。息を整え、もう一度呼び掛けてみる。


「あの……っ」

 

 少女が振り向いた。不思議そうに俺を見ている。


「ここがどこか、知ってる……?」

「……知らない」

 

 少女は素っ気無くそう言った。俺を見据える瞳は淡白で、整った顔立ちと相俟って、何を考えているのかよく分からない。ただ同時に、無表情とは違うものも感じた。


「そっか……」

 

 肩の力を抜き、やや脱力した。暫く、無言で見つめ合う。再び口を開いたのは、少女の方だった。


「あなた、名前は?」

「俺は、成瀬(なるせ)径司(けいじ)。……君は?」

青之宮(あおのみや)涼架(すずか)

 

 青之宮。珍しい名字だと思った。


「君はここで何をしてるんだ?」

「戦ってる」

「……何と?」

 

 俺は敢えて会話に乗った。心中では戦うという言葉に疑問を抱いていたが、正直に言ってしまうとこの少女は黙ってしまう気がする。今は何より、情報が欲しい。頼みの綱は彼女しか居ないのだ。


「敵」

 

 何とも大雑把な返しだった。誰も味方と戦う者など居ない。

 俺をからかっているのか。

 だが涼架の顔を窺っても、嘘の気は感じられなかった。 


「どんな奴?」

「径司みたいな形をしてる」

「え……?」

 

 俺は思わず声を上げた。自分の名前が出たことに、一瞬怯む。


「大丈夫。私にも似てるから」


 そんな俺の様子を見てか、涼架は言葉を足した。

 

「それって……人間ってこと?」

「そう」

 

 涼架は事も無げに言った。人間相手に戦っている。そのことをさも当然のように肯定した。


「……何で?」

「そうしないと戻れないから」

 

 ――戻れない。

 その言葉が胸に重くのしかかってくる。

 気付けば、俺は震えていた。手足の先が痺れ、感覚が鈍くなっていく。

 不意に涼架がこちらを見据えた。真摯な眼差し。無に沈んでいた瞳が仄かな色を灯す。


「あなたは、径司は……戦ってくれる?」

「……、」


 俺は答えることが出来なかった。

 自分もこの世界に居る以上、戦う必要があるのかもしれない。けれど、そう簡単に人間と戦うことには頷けなかった。

 落胆したように、涼架の目に浮かぶ色が僅かに薄まった。


「私と、この世界で戦って欲しい」

 

 なおも涼架は言葉を続けた。今度は問いではなくお願い。その真剣な目付きに、俺の口は自然と開いていた。


「戦わないと、戻れないのか?」

「径司は戻れる。けど、またここに戻ってくる。その繰り返し」

「……そうか」


 どうやら、俺には選択肢なんてないらしい。戦わなければ繰り返される。ただそれだけ。

 

「戦う気になってくれた……かな?」

「その前に一つ、いいか?」

「何?」

「やっぱり、知ってるんじゃないのか? この世界のこと」

 

 ここまで色々語っているのだ。何も知らない訳はない。俺はほんの少しだけ語気を強めて言った。


「ここは……反転した世界」

 

 やがて、涼架は静かに呟いた。その意味を計りかね、俺は無言を返す。少しの間を置いて、涼架は再び口を開いた。


「――【グラディウス】の反転した世界」



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