箱
目がさめると、箱の中にいた。
全身を、嫌な汗が這いずっている。
箱なのかは定かではないが頭のてっぺんと足の裏、両腕と鼻先に板のような物の感触がするのでおそらく私は箱のような物の中にいるのだろう。
横は、両腕がぴったりと身体にくっついて離すことができず、縦は足の裏が壁について頭から押しつぶされ、鼻が少しひしゃげるくらいの狭さの真っ暗な箱だった。
私は仰向けの状態で、身体を圧迫されるこの箱の中、手足の指先と両の目の球だけを動かすことができた。
何かないものだろうかとぐるぐる眼球を転がすが、しっかりと密閉された箱の中は光はおろか何があるのかさえもわからない。
近くに人がいるのではないかと大声を上げようとしたが、喉がカサカサに乾燥していてヒュー、ヒュー、というか細い息の音ばかりが私の口から漏れ出すばかりだった。
一体、私は何があってこの様な箱に詰められているのだろうか。
自分がこの箱に入る過程を何とか思い出そうとしたが、奇妙な悪夢から覚めたらここにいたぐらいしかわからなかった。
もしかしたら、私は死んでいたのかもしれない。
理由なんて些細な問題だ。死んで棺桶に詰められて、確か日本は火葬が義務付けられていなかっただろうか。
生きたまま身体を炎で舐められながら今度こそ本当に死ぬかもしれない。私は焦燥の念に駆られたが、だったら箱の外に人やら何やらの気配がするのが普通だろう。
では土葬にされたのか、それならばミミズや土竜が土の中を泳ぐ音が聞こえるはずだ。
しばらく思案していると、ほんの少し息苦しさを感じた。
箱の中の空気が薄くなってきているんだ、私は数十秒ほど考えたのちその結論が出た。
早くここからでなければ、私はなんとか体を動かそうとしたがピッタリと胴体にくっついた腕はなかなか動かすことができなかった。
それでも、少しずつ、少しずつ、ナメクジが地を這うくらいの速さでズズ、ズズ、と上の方へ腕を移動させると、漸く指先が蓋の部分に触れた。
触り心地はザラザラとしていて、木製であることがなんとなくわかった。
腕をまっすぐに伸ばしたまま、親指でガリ、と蓋を引っ掻いた。
ガリ、ガリ、これもまた気の遠くなるような作業で、しかも力がうまく入らないものだから何度も挫折しそうになった。
それでも、指を動かす時のコツを掴み、親指とギリギリ蓋に触れられる人差し指とで蓋を引っ掻き続けた。
だんだん指が痛んできた頃だった。パラ、と音がして右手で引っ掻いていた方の蓋がほんの少し欠けて光が射した。
眼球を下へ向けると、光は私の血濡れた手と腰あたりをわずかに照らしていた。
私は必死になった。息を切らしながら右手の指をめちゃくちゃに動かして蓋を引っ掻き続けた。
拳一つ分光が差し込んできたところで、無理矢理右手を外に出し、箱の端をつかんだ。
そのまま力一杯私は起き上がり、蓋を突き破る。
眩いばかりの光が私の眼球に突き刺さり、思わず瞼を閉じた。
次に目がさめると、箱の中にいた。
全身を、嫌な汗が這いずっていた。