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君と君  作者: 速水 零
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一章 前篇 私Side

 前篇  私Side


 私は重い病気にかかっている。病名なんて知っていても意味はない。ただ、危機感が増えるだけだ。情報がない恐怖よりも豊富故の恐怖、私は前者を受け入れた。

 知りうるこの病気の情報は数少ない。

 当たり前だ。そうなるように医師にそう頼んだのだから。

 この病気は未だに治し方が見つかっていないものらしく、かかる人の数は少ないがかかった人は例外なく死に至るらしい。

 延命のためには無菌室に入ることが絶対条件だということはわかっているらしく、今は密室の無菌室に閉じこもっている。

 ここに入ってもう何か月も経つ。

 そろそろ退屈だ。

 ただ寝て、起きて、おいしくもないご飯を食べて、また寝る。

 私の生活は文字どうり“生きるための活動”になってしまっている。

 十代で元は快活な少女だった私には辛い話だ。

 どうしてこうなったのか。そんな疑問だけが頭の中で反響していく。

 日にちの間隔が抜けてしまい、数カ月前と曖昧な表現しかできないが、私は高熱にかかった。

 ただの高熱なら何度か経験していたのだが、今回のは“痛い高熱”だった。

 高熱で痛みを覚えるのはよくある話だし、私自身経験済みなんだが、これは次元が違った。

 但し、次元が違う痛みというわけでもない。

 不可解極まりない状態だったので、私は市で一番大きい総合病院に行ってみてもらうことにした。

 医師はかなりの名医らしく私の病気はすぐにわかり、すぐさま無菌室に入れられこの暮らしになった。

 言葉で表すとたったそれだけの出来事だ。

 

 私は他人とはもう触れ合えないらしい。

 無菌室に入るぐらいだ。そんなことは当然だと、病気から逃避していた思考は悟っていた。

 触れ合えはしないが、面会なら可能らしい。

 ――大きなガラスを隔ててさえいれば。

 外の声は少ししか聞こえないために通信機が設けられている。

 現在100%死亡する病気にかかったと知った私の学校のクラスメイトや親しい先輩や後輩は良く見舞いに来てくれていた。

 勿論、その頻度は徐々に落ちていき、今は一日に二人会えればいい方になってきている。

 一日に二人だ。一日誰も会わない日がある――ではない。

 一人だけは私に会いに来てくれる人がいる。毎日だ。

 親しい友人でも親しい先輩、後輩でもない。また、初対面でもない。

 単なるクラスメイト、私の彼に関して知っている情報はそれだけだ。

 名前は知らない。ただ、クラスメイトだと彼から申告があっただけで、私は彼がクラスメイトだという話を受け入れているだけで真偽はわからない。

 別に私にはそれでもよかった。

 むしろそっちの方が気が楽だった。名前を聞かないのもただ知っていても意味がないという面と、彼からの要望があってのことだ。

 何故か彼は私の気持ちが何となくわかるらしい。

 心が読める、そういう感じではない。

 本当にこうして欲しい、そういうことを理解してくれていた。

 名前を言わない、ただのクラスメイト、そんな申告がなによりの証拠ともいえる。

 理由は聞かなかった。いや、聞く気がない方が正確か。

 私はこんな生活になってから色々なことに無頓着になっている気がする。

 私の世界はもう閉鎖されたのだから、別世界の事を知っても意味がない。

 今日も彼は来てくれるのだろうか?

 密かに彼が来てくれるのを待っていることに今の私は気が付いていない。

 気が付いても『そんなわけない』と否定するだろう。

 心の奥底では待っているのに。


 彼がいつも来るのは午後六時と決まっていた。そこに意味はないらしい。

 ほら、現在午後六時、

 ―――――――――彼が来た。

 彼の顔は十段階評価をするとしたら六、七、ぎりぎり八には手が届かないという【まあまあいい男】という感じだった。……自分の目が狂っていなければの話だが、狂っていても私にはそれがすべてだし、どうでもいい。

 私服姿を見たことはなく、いつも学校の制服を着ていた。

 出会いの一言はいつも決まって、

「こんばんは、体調に変化はない?」

 ――だ。

 私もこの返事はいつも決まって、

「昨日と何も変わってないよ。いつも見舞いに来てくれてありがとう」

 ――だ。

 具合が良くなったか、ではなく変化がないか、と尋ねてくれるのはやっぱり他のあいさつの中で一番いい。

「そうか、よかった。今日は授業で――」

 彼は私が労うとまずは近況報告に入る。

 正直あまり興味をそそられるものではないが、退屈はしないのでいつも耳を傾けている。

 今日は体育の授業でクラス対抗バスケ大会という捻りのない大会をやったらしい。クラスの女子が私がいないとやっぱり負けちゃう、などと嘆いたようだ。

 必要とされていたのは素直にうれしいが、本人が直接言いに来ないところが少し腹が立つ。

 そう毎日毎日イベントは起きないので、大きな出来事はこれだけだったらしい。

 彼は社交性に富んでいるとは思えないからそれが関係するという理由も否定できないけど。

「学校、楽しいの?」

 楽しそうに語っている彼を見て、私はそう呟いた。

「もちろん。あまりクラスのみんなと楽しむって感じじゃないけど、端から見る楽しさだってあるから。それに、楽しいって思っていないと君に悲しい報告しかできないからね。楽しいって思い込むと案外楽しいものだよ」

 質問したわけじゃないが、彼は質問だと受け取ったようだ。

 彼は私の事を『君』と呼ぶ。

 だから私も彼に向ってはいつも『君』と呼ぶことにしている。

 この言葉を聞くと無理矢理楽しいと思うようにしているから楽しそうに語っていると聞き取れる。

 楽しんでいないのに楽しんでいる振りをしているのとは違う。

 あまり差がないのに悪い気がしない。

 むしろ堂々とそんなことを言ってのける彼が可笑しくて仕方がない。

「君がそう思い込んでいるのはわかったけど…無理しなくて良いんだよ。無理してまで私を励ます必要はないから」

 ……………まただ。

 弱気になった私の心は他者に当たって自我を保っている。

 逆に他者が離れていくと自覚していたとしても。それが余計自分の心を抉ると知っていても。

「いいんだ。君に楽しい話をしようとしていたら本当に楽しく感じるようになったのは事実だし、前の自分がちょっと嫌になっていたところだから」

「いくら過去だとしても自分を否定するのは良くないよ。自分を本当の意味で肯定してくれるのは自分だけなんだから。私みたいに心まで病んじゃうよ」

 私は自分の過去を客観的にしか見れなくなり、否定した。

 私にとっては過去の自分は今や他人でしかない。

 そんな意味が籠められていたが、理解してくれたのか、多分わかってくれたと思う。

 彼は私の事を真に理解している人だから。

「そんな生活をしていればそうなるのも無理はないよ。肯定されていなくたって誰からも否定されているわけじゃないでしょ。なら、問題はないんじゃない。何もかも白黒つける必要はないんだからさ」

「そうだね。君がそういうのなら……そうかも。…ねえ、どうして君は私の事をこんなに理解してくれているの?」

 今迄は聞く気がなかったが、ここまで的確な慰め方をされるとやっぱり疑問に浮かぶ。

 何もやることのない私には疑問の解消は尤もやっておきたいことになっていた。

「全てが偶然だとは言わないけど、どう答えてあげるのが良いかと考えているかというのと――君と同じ人が昔身近にいてその人からこうアドバイスされたから、っていう理由かな」

「私みたいに治らない病気で無菌室にずっといた人なの?」

 初めて聞く話だ。

 驚き以上に納得している。

 そうでなければ今までの事が説明できないと今更ながらにそう思った。

「そうだよ。偶然なことに病名まで同じ。しかもこれが二回目じゃない。もうこれで三回目だ。何百万人に一人しかかからない病気なのにこんなに身近にかかる人がいるなんて。神は死んだっていうのは本当なのかな」

 三回。確かにおかしな話だ。むしろ彼こそが病原菌じゃないかと不謹慎にもそう感じてしまう。

 一生に一度そんな人と巡り合えるだけで珍しいのにここ十数年で三回。

 神は死んだというジョーク(彼なりの)は案外的を射てそうだ。

 実在するということを前提にしたらという話だが、そこには私も彼もツッコまない。

 この前医師がいっていたのだが、この病気の感染方法は不明らしい。

 初めてこの病気にかかった人は二十年前に亡くなっているらしいので、彼が関わっているということはないだろう。

 彼はとても運がいいらしい……凶運という意味では。

「最初に私みたいな状況になったのはいつなの?」

 ちょっと日本語が変だが、通じないわけではないだろう。一日この時間ぐらいしか話さないのだからこうなるのも仕方ない。

「小学校五年生の時。あの時は僕の好きだった女の子かかっちゃった。下心を悟られたくはなかったけど、お見舞いという建前で話せるなら別にいいかと考えていたね。本当に死ぬなんて知らなかったし」

 そんな年代の子なら仕方ないか。

 自分の過去と照らし合わせて考える。

 やっぱり、好きな子が入院していれば見舞い目的というより見舞いという名目で会話ができると思うものだ。

「じゃあ亡くなっちゃうってわかった時には後悔したの?ただ会話したいがために会いに行っていたわけだし」

「もちろん最初は後悔したよ。でも、その子が死ぬとき、彼女は僕に『いつも見舞いに来てくれてありがとう』って言ってくれたんだ。だから、下心があったとはいえ、その言葉があったから僕は立ち直れた」

「二人目の時はどうしたの?」

「二人目は自分の妹だ。勿論、妹相手に下心は湧いてないよ!やっぱり毎日通ったな~あの時も。言いたいことをズバッという奴でさ、君に話し掛ける言葉も大体は妹に言われたことなんだ。僕が思っていたのと全く違うことを言ってきて最初は戸惑った。でも、不安定な心だとそうなのかなって思えるようになったら自然と妹の気持ちも理解できるようになった」

「妹って……凄い辛かったでしょ。よく、立ち直れたね」

 自分が今一番不幸だとずっと思っていた。

 でも、そんなことはなかった。自分が死ぬなら悲しみは死ぬまでだ。親しい人なら、悲しみは死んだ後もずっと続く。

 その辛さが今の自分には想像できない。

「勿論辛かった。陰で泣こうと思っていたのに妹の前で泣いてしまうこともあった。それが妹が望むことではないとわかっていても。実際泣かないでと言われたりもした。だから、辛いのは心の底に置いておくことにした」

 何でもないように言う彼。何でもない、そんなはずはないのだが、彼の重い人生が作ったポーカーフェイスは完璧だった。

 完璧なほど苦難な道だったようだ。

「辛い話させてごめん。思い出すだけでも嫌だったよね」

「そりゃあ思い出すだけで泣きたくなるけど……それも受け入れなくちゃね」

 彼はやっぱり強い。

「強いね。私も強くなりたいな」

「強くなんてないさ。ただ、現実から逃げてるだけ」

「逃げているっていうけどそれでも私から見れば強い人だと思う」

「そうかな。意識はしたことないんだけど」

「意識しないでできているところとかが凄いんだよ。私とは大違い。同じ逃げるでも何かが違う。君と私にはこのガラスくらい分厚い壁がある」

「ならその壁を壊せばいい――とは言わない。そんな気休めの言葉を掛けたって不快なだけでしょ。人には得手不得手があるんだ。僕はこういうメンタルに強い。でも君は身体的に僕よりも強い。今はそんな身体じゃないとかいうのは抜きで考えて。隣の芝生は青く見えるっていうように誰しもが相手がすごいように見えるんだ。コインの表しか見れない。裏が存在すると知っていても」

 身体的に……か。見た目で考えればそうかもしれない。

 考えもつかなかった。

 私なりの強さ。そんなとこあるわけないとさっきの私なら言い放っていただろう。

 しかし、彼の通信機を通じで聞こえる声に、私は否定することを忘れた。


 彼が帰るのは大体八時ごろだ。

 暗い話はやめようという彼の提案に乗りそのあとは楽しく(?)談笑を続けた。

 私の前では多弁な彼はいつも帰るときに、

「また明日、六時に来るよ」

 と言ってからこの部屋を後にする。

 私も同じように、

「わかった。待ってるから」

 と返すようになっていた。

 最初と最後のやり取りは、私の生活のように決まっている事になっている。

 そういうように話してはいないが。

 今日は今迄とは違ってヘビーな日だった。

 一日は二十四時間あるのにも関わらず、私の考える一日とは彼と過ごす二時間でしかなくなった。

 虚無な時間をあと二十二時間続ける。そう思うとなんだか苦しくなってきた。

 大切な存在になっている彼。

 今、自分がここまで正常でいられる――快活の少女がほぼすべての事に無頓着になったという時点で正常ではないが、狂うといういみではこれはまだ正常だ――のは彼がいるから。

 今はまだ心の奥底。

 今はだからと言って絶対に後で気が付くとは限らない。

 気が付く前にあの世に行く可能性だってある。

 自分の力が一気に抜け、私は繰り返される“生活”の一つ、睡眠が強制的に行われ、私の意識は闇へと誘われた。


一章前篇をいきなり出してこのままいけるか心配な速水零です。

もう一つの作品である、堕ちた天使の攻略法でも同じことがあったなーと振り返るも反省の色は見せません。

まあ、次がいきなり後篇になりますけど、まだ一章なので!

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