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吸血鬼は如何なる夢をみるのか  作者: しゅうぉん
第1章 事故と転生と
3/12

不死の王と彼女の決意

 暗い森のなかをひとつの影が走る。走る、というよりは太い木の枝などを伝って飛び回る、といった方がいいだろうか。

 倒木を飛び越え、枝を伝い、蔓を掴みながら次から次へと障害物を乗り越え進んでいく。

 速度はかなり速く、暗い森のなかということもあって人影であること以外わからないほどだ。まるでアニメの忍者の如く軽々と進んでいく。

 50mほど先に目的の建物を発見して速度を落とす。一際太い枝に飛び乗って停止、ポツリとつぶやいた。


「あれか…」


 ほぼ全壊したそれは、建物と呼ぶには些か語弊があるが、残った一階部分の面積から察するに十分に大きな建物であったと思える。

 傍らには小川が流れ、静かな森にそのせせらぎを微かに響かせる。

 影は枝から音もなく地面へと降り立つ。その技術は弛まぬ努力と研鑽の末に身に付けたものだ。そのまま建物跡へと近づく。僅かに月光が差し込み影を照らし出す。

 影は女性であった。頭から爪先に至るまで黒装束に身を包み顔も見えないが、低身長で細身のシルエットは女性であるとわかる。後頭部から伸びる見事な銀髪は一つにまとめられ、月の光に艶を見せる。

 背中には艶のない黒拵えの小剣を携え、寄らば斬る、と言わんばかりにその存在をアピールしている。


 女は特に警戒もせず歩いている。事前に派遣した斥候からは『敵性反応なし』の報告を受けているからだ。その斥候もすでに離れ、屋敷跡の周囲にて警戒を続けている。


「中央階段…その下だったな」


 崩れた壁に足をかけ、一気に中へと入り込む。

 目的の場所はすぐ目の前にあった。

 三段ほど残った階段は、かつての豪華さと堅牢さを物語るが、今となってはただのオブジェにすぎない。

 その裏側、階段下の瓦礫を取り除くと入り口のような両開きの扉が現れた。

 片手に小剣を構え、取っ手に手をかけ引いてみる。扉は音もたてずその口を開け、黒々とした暗い地下へ続く階段が現れる。

 整った眉の間に左の人差し指をあてて呪文を唱える。


「…《暗視イメージ・インテンシファイア》」


 略式詠唱によって魔法が発動する。すると真っ暗だった地下への階段は昼間のように明るく見えるようになった。可視光線のない場所でも見えるようになる魔法である。

 大きく深呼吸してゆっくりと階段を下りていく。地上階の崩れ方からいって地下にもどれ程のダメージがあるかわからないからだ。

 そして、この先にいる危険極まりないモノ〈不死の王〉を呼び覚ますとも知れないからだ。


 五年前、人間がこの屋敷を襲撃した。ここに存在した〈不死の王〉を討伐するためであったと推測される。番犬がわりに配置された魔獣は殺され、従者も天へと還され、屋敷の主は封印されたと情報が入っている。

 実行したのは当時の勇者一行ではないかと思われたが、同時期に前魔王と相討ちになっているため別の何者かであるようだ。

 しかし、〈不死の王〉ともなればその存在は魔王に匹敵する。かつての魔王との一騎討ちはお伽噺にもなっているほどだ。ゆうに500年も昔の話ではあるが、その戦いは凄まじく、地形を変えるほどであったという。

 結果は両者痛み分けとなり、互いに不干渉を決め込み身体を癒した、とある。歴代の魔王はそれを踏襲してか、〈不死の王〉への不干渉を徹底したとも言われるが、当時の事を記憶している者などエルフの最長老くらいのものだろう。本当の話かどうかすら眉唾物である。

 ともなれば、勇者か、それ同等の力を持った存在でなければ封印などできるはずもない。

 なにせ〈不死の王〉には弱点が存在せず、神が直接手出ししなければ葬ることなど叶わないとすら言われているのだから。


(まったく…とんでもない話だ)

 彼女はため息混じりに思う。しかも、そのとんでもないモノが封印されている場所へ調査に駆り出されたのだ。

 現魔王、魔王とは名ばかりのあのクソガキによってである。


 アルツブルグ地方は魔族の領地の西側に、海ひとつ隔てた大陸に存在する。比較的温暖で、肥沃な土地である。

 今まで魔族が、魔王がこの地に攻め入らなかったのは前述の事があったからだろう。貴重な戦力を毛ほどの傷をつけることもなく灰にされてはかなわない。

 だが、現魔王は〈不死の王〉が封印されたと聞き及ぶや否や、アルツブルグ地方、とりわけ〈不死の王〉の不在を確認するよう側近の一人である彼女に命じた。さすがにいきなり攻めいる気にはならなかったようだ。

 だが、派遣される方の身にもなってほしい。封印されているとはいえ、歴代の魔王ですら忌避した存在を目で見て調べてこいなどとは狂気の沙汰である。


「これが終わったら転職しよう…」


 ここに至るまでに彼女は辞めることを決意していた。

 魔王を守護することを第一任務とする側近としては甚だ迷惑な事である。

 そう、彼女は魔族であり、末席とはいえ魔王の側近なのだ。

 魔王率いる魔族の軍勢を蹴散らして、魔王の命を狙ってくる勇者を倒せと言うのならば喜んで戦おう。そのために鍛えてきたし、そこらの上級魔族にも遅れはとらないと自負している。

 しかし、到底敵わないであろう化け物を調べるなど自分の仕事ではないと心底思う。

 だが、魔王の命令は如何なるものであろうと絶対である。逆らえば直々に手を下されるだろう。それならばいっそのこと実行し帰ってから正規の手続きで辞めてしまえばいい。何事もなければそれでよし、化け物が復活したら死ぬだけだ。魔王に粛清されるよりは幾分マシだろう。


 半ば諦めにも似た気持ちで彼女は歩みを進めていた。

 階段は横幅、天井の高さ共に徐々にではあるが広く、高くなっていた。高さは4m弱、幅も3m強まで広がっている。

 20mは降りただろうか、階段がなくなり平坦な床が見えた。

 最後の一段を降りた瞬間、壁の松明に火が灯る。関知式の魔法がかけられた松明だ。


「《消呪ディスペル》」


 再び眉間に指をあて暗視の魔法を解除する。

 なだらかに下方へ傾斜した通路を進む。10mほど先の突き当たりはT字路になっていて左右へ通路が延びている。

 左は木製の扉が3つ、突き当たりの壁に並んでいる。既に半壊している扉の隙間から空虚な闇を覗かせている。

 右手には、さらに10mほど先の突き当たりに豪華な両開きの扉が一つのみである。

 迷うことなく右手に進む。扉は石造りでかなり重そうだ。地上から侵入したように片側のみ開ける。

 重く引きずる音を響かせて、彼女が通れるほどの隙間は程なく出来上がった。

 この先に〈不死の王〉がいる、その確信を胸に彼女は室内へと足を踏み入れた。


**********************


 室内は概ね6m四方の部屋で、廊下と同じく魔法の松明が明かりをもたらしている。奥の壁の中央に黒い棺が立て掛けられている以外に部屋には何もない。

 この黒い棺こそ〈不死の王〉の寝所、最後の安息地のはずである。中に〈不死の王〉がいることを確認しなければここまで来た意味がない。

 棺の周囲、本体に罠がないか調べる。手を触れた瞬間に復活されては無意味ではあるが、染み付いた習慣とはなかなか抜けないものである。

 ひとしきり調べた彼女は、一つ安堵のため息をつき呪文を唱える。


「《堅鎧ストロング・アーマー》」


 身体の周囲、肌の外側に魔法による何重もの防護膜を展開する。こんなものは〈不死の王〉の前では紙も同然だろうが…要は気休めである。

 意を決して棺に手をかける。右手には黒い小剣を構えているが、なんと頼りないことか。

 棺はさほど力も要らず、静かにゆっくりと開いていく。完全に開ききったとき、棺に眠る屋敷の主が、夜の世界を統べる悪魔の王が彼女の目に映った。

 豪奢で艶やかな黒髪は足元まで届き、まるで身体を守るようにその身を覆っている。衣服は身に付けておらず、人間の20歳前後の顔立ちは整っており、瞳はしっかりと閉じられている。言われなければ女性と見紛うばかりの美貌である。

 長身で細身、血色は良く、張りのある肌は滑らかな絹のようだ。

 そして、その胸の心臓の位置、両手の掌、両足首には直径5cmはあろうかという銀色の杭が深々と刺さっている。杭には何やら文字が刻まれており、ぼんやりと赤い光を放っている。

 彼女は安堵した。どうやら封印はまだ有効であるようだ。ゆっくりと天蓋を戻していく。

 戻しきると、彼女は棺にもたれ掛かり、重力に負けて座り込んでしまった。手にも足にも力が入らない。

 一瞬で消し飛ばされるかもしれない恐怖、ただそれだけでとてつもない重圧と緊張に支配されていた彼女は、今ようやく解放されたのだ。


「はは…情けない…だが、これで帰れる…任務終了だ」


 頭部に巻いた装束を外し、棺に頭を預ける。帰ったら暇をもらおう、それだけのことはしたはずだ、と独り語ちた。


 棺に預けた額に僅かに振動が伝わる。


「!!」


 一気に扉近くまで飛び退り、小剣を構える。考えるよりも早く身体が動いていた。


「気のせい…か…?」


 次の瞬間、彼女の期待は掻き消されることになる。

 徐々に棺が開き、中身が顕になっていく。〈不死の王〉の身体は動いていない。だが天蓋は独りでに開いているのだ。

 そして完全に棺が開ききったとき、その目は開かれた。全てを血に染めんとする深紅の双眸が。

 天を睨むようにして胸を起こし始める。手足に刺さっていた銀の杭は、その役目を果たさないかのようにするりと抜け、床に乾いた音をたてて落ちていく。

 胸の杭ですら同様で、何の抵抗もないまま抜け落ちる。杭によって穿たれた穴は見る間に塞がり、元の身体へと修復された。

 途端、禍々しい圧力と強大な魔力が室内に満ちる。

 ハッと扉を見る彼女。すぐ逃げ出せるように開けたままにしていたはずの石の扉は、彼女を裏切り閉まっていた。


「あ…ああ…」


 立っていられない。棺から降り立つ存在の恐怖と魔力にあてられ、満足に動くこともできない。失禁しないだけマシと言えよう。尋常ならざる存在の前でまともでいられる方がおかしいのだ。

 彼の者は左手をゆっくり挙げ、僅かに口を開いた。


(もう、駄目だ…死ぬか…隷属させられるか…どの道希望はない…私という存在は…消える…)


 カチャリ、と手放された小剣が床に落ちる。

彼女が諦めて座り込んだとき、目の前が真っ暗になった。

 刹那、正面に立つ〈不死の王〉から声が聞こえた気がした。僅かに高い、透き通るような声だった。だが、彼女は声の内容を理解する前に、自分の意識を手放した。


「…ここ、どこ?」






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