これ、なんてギャルゲーですか?
「んじゃ、気を付けて」
「おおぉぉぉ…俺のケーキ…」
「重いんだよ、自分で歩けって!」
信隆と悠祐がケーキに後ろ髪引かれる賢二を引きずり離れていく。
結局、間宮さんのお願いしますの一言で、僕は一緒に帰ることになった。
彼女はちょっとうつむき加減で僕の隣に立っている。ナニコレ変なフラグ立ってるんじゃないの?いくらラノベ好きな僕でもこんな妄想出来ないよ?
とはいえ立ち止まっていても仕方ない。彼女の方に向き直る。
「じゃ、じゃぁ行こっか。遅くなるのもまずいだろうし」
「あ、はい」
凄まじくギクシャクしながら歩きだす。うわー、めっちゃ緊張してるのバレバレだよ!恥ずかしー!
「荷物、ごめんなさい…重いですよね?」
「いいからいいから。こういうのは男が持つのが普通でしょ」
申し訳なさそうにしてる間宮さん。さすがに重い荷物持たせて歩かせるのはありえないでしょ、男として!
見た目の通り結構な重量だぞ…ケーキの材料らしいけど、どんだけ作るんだろう?まぁ僕の口には入らないだろうけどね!悔しくなんてないよ?
間宮さんは僕の真横、左側をてくてくついてくる。身長も僕とほとんど変わらないため、歩く速度もちょうどいいみたいだ。くっ…本当なら遅れる彼女を待ったり速度合わせたりするんだろうけど…。
歩きながら部活や悠祐の話、昨日見た人気ドラマの内容など取り留めもなく話ながら歩いている。まさか女の子と二人きりで会話しながら家路につくことになろうとは…。
「あ、あの」
20分ほ歩いた頃だろうか、不意に黙りこんでいた彼女が口を開く。
「ん、ごめん、歩くの速かった?」
「いえ、そうじゃなくて、そのぅ…」
そう言って口ごもる。何だろう?何か言いにくいことでも…まさかちょっと離れて欲しいとか?汗くさかったかな?賢二の汗の臭いだったら明日はアイツをしばきたおす。確定事項だ。
などと考えていたら彼女が立ち止まった。足元を見ながら、うん、大丈夫、とか呟いてる。
閑散とした夕暮れの住宅街。人も見当たらず、ここには僕たち以外存在しないような錯覚に陥る。
「あの…緒川センパイは…そのぅ…」
モジモジしている彼女。え、何この流れ。落ち着きかけてた心臓がまた強く、早く脈打つ。
彼女の声と自分の心臓の音以外何も聞こえない。風の音も、カラスの鳴き声も、道路を走る車の走行音さえも。
「か、彼女さんとか…います…か?」
ちょっと上目遣いに僕を見る彼女。眉尻が下がり、口元をきゅっとつぐんで両手を胸の前で握っている。
「い、いや、いないよ?」
「ホントですか!?」
パッと表情を輝かせて僕を見る。なんていうギャルゲーですかこれは。パターン的には告は…いやいやいや、気のせいだよきっと。ねぇ?
「う、うん。ほら、僕って見た目がこんなんだからさ、彼女なんていた事ないんだよ」
コンプレックスの塊である自分の顔を指差して答える。誰からでも女の子みたいだとは言われる。それは〈男〉として見てくれていないということで…悔しくて恥ずかしいものなのだ。
親友とも言えるあいつらだって身長のことで弄ってきても顔にだけは絡んでこない。かつてそれが原因で不登校になった時期があったからだ。あいつらのお陰で何とか回復したものの、未だに僕の心の奥底に居座っている。
女々しいとは思うけど、実際怖くて学校にいけなかった。男どころか人間としての見てくれないんじゃないか?なんて考えたりもした。
親友とも言えるあいつらが、親がびっくりするくらい文字通り体をはって僕を引き上げてくれなければ、僕は本格的に引きこもりになっていただろう。感謝してもしきれない。
「え、どこか変なんですか?」
そんなことなんて知るはずもなく、頭の上に疑問符を浮かべて僕の顔を覗きこんでくる彼女。
え、あ、その、そんな見つめないでください…。
「変って言うか…その…」
「私は綺麗だし素敵だと思いますよ?」
手を後ろで組んで笑いかけてくる彼女。
「センパイはセンパイです。それだけじゃないのも知ってるし…少なくとも私にとっては…」
自分で言った言葉に恥ずかしさを覚えたのか、顔を真っ赤にしてしゃがみこんでしまった。後半は聞き取れないくらい小さい声だった。ちくしょう、かわいいじゃないか!
「…あ、ありがとう」
顔を背けることで気恥ずかしさを誤魔化す。
視界の外で立ち上がる気配がしたので振り返る。
仄かに頬を染めた間宮さんはやっぱり綺麗だ。僕の後ろから差す夕日に感謝しよう。
彼女は真っ直ぐに僕の瞳を見ている。その表情は真剣そのものだ。
「センパイ…私…」
あわわ、この流れは…!ホント、なんてギャルゲーだよ!
「…私、センパイの事が好――――」
彼女の声は僕の真正面、彼女の背後から響くガラスが割れるような破壊音に掻き消された。
彼女の背後から、フロント部分がぐちゃぐちゃになったダンプカーがこっちに向かってきていた。
すべてがスローに見えた。自分の動きが速くなっているんじゃなくて、思考だけ早くなるって言うやつだ。
逃げなきゃ!
そう思うが早く、荷物とバッグを手放し間宮さんの肩口を掴む。彼女はまだ振り向いてすらいない。
左は…だめだ、民家がある!
彼女を右に引っ張り、さらに背中を押すようにして右へ逃げる。
間に合う!まだ助かる!
そう思った瞬間、ついっと左足を掴まれた。正確には掴まれたような気がした。
目だけ向けると、通学用に購入した自分のエナメルバッグの肩紐が左足首に引っ掛かっていた。
マジかよ!と思うまもなく、非力ながらも僕は彼女を突飛ばしていた。
もうダンプは目の前、壁に車体を擦り付けながら僕を押し潰さんと迫っている。間宮さんは何とかぶつからずに済みそうだ。良かった、彼女だけでも助かればいい。
最後まで聞きたかったけど、僕に向けられた好意は嘘じゃない…思い込みじゃなくてそう思えた、そう感じた。
やりたかったことかも一杯あるけど、もう無理だ。みんな、ごめん。あれ、これが走馬灯ってやt
その瞬間、身体の左側からとてつもない衝撃と、堪えられないような激痛が走り、身体中の骨が、内臓がつぶれる音がした。すぐさま全身の感覚が無くなり、衝撃でブレた視界が真っ暗になった。
なにも見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。
そして、意識は黒々とした暗闇へと落ちていく。
緒川真樹は死んだのだ。