エピローグ
翌日、僕は土浦の魔女保護団体の施設に来ていた。
冷静になってよくよく考えてみると、魔女リサにしても、ミサにしても、タバサにしても、マリアにしても、未来を予言していたわけでも何でもなく、束になって僕を騙していたにすぎず、体よく踊らされて契約させられた事に気付いた僕の頭は、一日中怒りに満ちていた。とにかく、一言文句を言ってやらねば、気が済まなかった。
そして……出来る事なら契約を解除したかった。
ここに魔女リサがいるという根拠は無かったが、仕事終わりに車を飛ばして、勢い勇んで僕は乗り込んだ。入口で「魔女リサを出せ!」と怒鳴りこんでやろうかと思ったが、意気込んで入口を開けると、魔女ミサに出迎えられたものだから拍子抜けした。
「お待ちしておりました。リサ様がお待ちです」
と魔女ミサは頭を下げつつ、不満げな視線を隠そうとはしなかった。よほど僕がリサの騎士になった事が気に入らないらしい。僕の方こそよっぽど「好きで契約したんじゃない!」と怒鳴ってやろうかと思ったが、怒りは魔女リサに合うまで取っておく事にした。
魔女ミサに案内されて魔女リサのいる部屋に入ると、魔女リサは僕を見るなり申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
第一声に「ごめんなさい」と謝られて、気勢を狩られた僕は、怒鳴る事も出来ず、かといって不満が無いわけでもなく、憮然として立ちつくすことしかできなかった。
「葛城様を騙すような事をしてしまった事は、大変申し訳なく思っております。お叱りは十分覚悟の上です。どうぞ、叱って下さいませ」
魔女リサの殊勝な態度を真に受けて、怒りを撒き散らすなんてカッコ悪い事が男として出来るわけも無く、腹の底に力を入れて仕方なく僕は「どうして俺なんだ」と訊ねた。
「こうまでしてでも、俺じゃなきゃいけなかったのか?」
「はい。わたくしの騎士はどうしても葛城様でなければいけなかったのです」
「なぜだ? 理由を教えてくれ」
「それは、リサ様をお救いする為です」
と、僕の質問には魔女ミサが答えた。視線をミサに移す。
魔女ミサは以前のように黒いローブを羽織ってはおらず、腕を組み冷たい目を向ける姿は、やはり出来るキャリアウーマンを思わせた。身長が高いせいか、魔女リサと並んで立つと、教師のようにも見える。
「リサ様は、命を狙われているのです」
「それは聞いた。それは間違いないんだな?」
「リサ様は、生まれながらにして全ての魔女に狙われる宿命を背負っておいでなのです」
そう言うと、ミサは宙を見つめる様にして目を細めた。
「わたしはリサ様がお生まれになった時から、リサ様のお命をお守りする為、幾度となく未来を占いました。ですが、いつも結果は同じ。リサ様のお命は二十二年で終わりを告げるという、過酷なものでした」
僕はミサの話を黙って聞いていた。突拍子もない話だったが、嘘を言っているようにも、からかっているようにも見えなかった。
「……それが、つい先日の占いに、少し変わった結果が見えました。それまでの占いと違い、リサ様の最後が見えなかったのです。その代わり、葛城慎太郎。あなたの名前が見えました」
そこまで言って、ミサはあからさまな不満の眼差しを僕に向けた。その視線に、僕はほんの少したじろいだ。
「わたしは、あなたがリサ様の命をお救いする鍵になるのではないかと思い、一縷の望みをかけてあなたを調べました。……が、結果はSCSの中でも落ちこぼれ中の落ちこぼれ。とてもリサ様をお救いできるような人物とは思えなかった」
ため息交じりに首を振り、魔女ミサは口元に軽蔑の笑みを浮かべた。
ひどい言われようだが、実際あながち間違いでもない為、口は挟まないでおく。イラッとしたのはこの際我慢しておこう。
「その話を聞いて、わたくしがあなたとお会いしたいとミサにお願いしたのです。そして、葛城様を見た瞬間、確信しました。ミサの占いに間違いは無かったと」
魔女リサが目を輝かせる。まるで宝物を前にしたような無邪気な輝きだった。
「なぜ、そう思ったんだ? 俺は……ミサの言うとおり落ちこぼれだし、お前を守れるような器も、強さも、たぶん持ってないよ」
「いいえ」と、リサは首を振った。
「わたくしには分かります。葛城様はご自分の強さに気付いていないだけなのです。……わたくしはどうせ二十二歳で生涯を終える身と、騎士を任命する事には消極的でしたが、葛城様にはぜひ騎士になっていただきたいと、強く思いました。あなたならば、あるいはわたくしの運命を変えられるのではないかと思ったのです」
そこで魔女リサが背筋を伸ばし、真剣な眼差しで僕に向き直った。魔女ミサも隣に立ち、同時に頭を下げる。
「葛城様がどうしても騎士になるのが嫌だとおっしゃるなら、すぐに契約は解除いたします。……ですが、無理を承知でどうかお願い致します。わたくしを守る騎士になっていただけませんか?」
深々と頭を下げる二人を見て、僕の頭にいつものように二択が浮かぶ。
指名手配中の魔女リサに助けを求められた。どうしたらいい?
A・ 「ふざけるな!」と突っぱねる。
B・ 「……わかった」と協力するふりをして、逮捕する。
頭に浮かんだ二択に苦笑する。
僕はこれまでの選択が間違っていなかったと確信を持って言える。だからこれからも正しい選択を選べるだろうと、自分を信じている。
しばらく黙って二人を眺めた後、僕は無言で頭の中の二択を書きかえた。
A・ 「俺に任せとけ」とノリノリで引き受ける。
B・ 「仕方がないな」と、渋々引き受ける。
正直、悪い気はしていなかった。魔女とはいえ、可愛らしい女の子にここまで頼られて嫌な男はきっといないだろう。騙された事に関しては、彼女の命を守るためだ。と一応自分に言い訳をして納得させる。
そして僕はわざとらしく大きなため息をついた。
「仕方がないな」
渋々引き受けたつもりだが、表情の作り方は間違っていたかもしれない。口元がにやけていた事には後で気付いた。
序章はこれで完結です。
次話から新章開始になります。
っていうか、新章からが本編、ということになりますね。