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魔女と騎士の奇妙な関係  作者: usk
魔女と恋心
23/24

命がけの恋人



 実戦訓練を翌日に控えると個人特訓の量も追い込みへと入った。


 先輩を相手にした格闘訓練から始まり、


 尾上の指導の元射撃訓練を行い、


 休憩を挟むことなく宮内も参加しての屋内戦を想定した突入訓練と続き、


 最後に体力づくりと称して十五キロの荷物を背負って十キロのマラソンをさせられて、ゴールする事には足に力が入らなくなりヘロヘロになりながらやっとの思いでゴールした。


 途中何度も僕は死ぬかもしれないと思った。いや、僕は先輩たちに殺されるんだと思ったと言った方が正しいか。死に対して諦めの境地に立ったのは初めての経験だった。



 全ての特訓を終える頃には就業時間も終わり、仕事の無い隊員は終業のチャイムと共に一斉に帰り、シャワーで汗を流していた僕が重い足を引きずるようにしてようやく対策室にたどり着いた頃には室内にはほとんど人の姿が無かった。


「じゃぁな葛城、お疲れ」

 僕と同じだけの運動量をこなしながら、疲れなど一切見せずに先輩が涼しい顔で肩を叩く。この人は化け物なんだろうかと本気で思った。


 先輩が帰ると人のいなくなった室内はしんと静まり返った。最近は大勢の隊員で常に賑わっていたので、静かになると途端に寂しくなる。

 僕は急いで荷物をまとめると、不意にこみ上げた寂しさから逃げる様に対策室を後にした。


「葛城」と呼ばれたのは本部を出て敷地内にある駐車場に向かう途中だった。声のした方を見ると、自分の車のボンネットに腰かけた白井が手を振っていた。


「遅かったな……って、大丈夫か?」

 疲労困憊の僕の様子を見て白井が心配そうに訊ねる。一体誰のせいでこうなってると思ってるんだ、と言ってやりたかったが、全てが白井のせいと言うわけでもないので止めておく事にした。代わりに「何か用か?」と言葉に棘を含ませる。


「ああ、帰る前にお前に話したい事があってさ」

 白井は少し言いにくそうに頭を掻きながら言った。

「ちょっと付き合えよ」




          * 命がけの恋人 *




「はぁ?」


 半ば無理やりに白井につれて来られたコーヒーショップで、僕は自分の耳に入った言葉が信じられずに素っ頓狂な声を出した。回りの視線が集まり慌てて肩をすくめる。


「お前、今なんて言った?」

「だから……魔女なんだよ、彼女が」


 やはり言いにくいのか白井は顔を近づけて手で口元を隠しながら声を小さくした。


「俺も初めは知らなかったんだ。通いのキャバクラで働いてた女の子でさ、俺の事が好きだっていうから、可愛いし、俺も悪い気はしなくて軽い気持ちで付き合う事になったんだ。まさか魔女だなんて誰が思うよ? 普通思わないだろ、キャバクラ嬢だぜ? 普通魔女って言ったら派遣会社を通して働くのが一般的だろ」


 白井の言うとおり、魔女が仕事をするには魔女マリアの経営する派遣会社に登録して仕事をもらうのが一般的だ。世界中を見ても現在魔女だけで形成されたコミュニティはほとんど無く、人間社会で働く為には派遣会社に登録しているというステイタスが必要になってくるのだ。でなければ自分が魔女である事を隠して働くしかない。……と、まぁこれは宮内の受け売りだが。


「やっぱまずいよなぁ……SCSの隊員が魔女と付き合ってるなんて」


 零すように呟いた白井の独り言にドキリと心臓が鳴った。僕も人の事は言えないな、と首をすくめる。


「なぁ、葛城。俺どうしたらいいと思う?」

「そんなことより、こないだから俺にかけて来る電話は一体何だ? アレのせいで俺がどれだけ苦しんでると思ってるんだよ」


 テーブルに肘をつき、ため息を吐く。丁度そのタイミングで注文したコーヒーが届き、店員の白い目と視線が交差したので、僕は咳払いをしつつ背筋を伸ばした。


「一回目の電話の時、お前の絶叫を聞いて俺はお前が死んだんじゃないかと思ったんだぞ」

 と、指を向けると、白井はバツが悪そうに笑った。


「あれは……丁度彼女に魔女だという事を打ち明けられた日で、俺気が動転してたんだよな。訳わかんなくなって彼女から隠れててさ、あれは恐いな。自分が隠れてる所を魔女に見つかるってのは」

「で、あの絶叫かよ。んじゃ昨日のは?」

「昨日は、ちゃんとお前に相談しようと思ってさ、電話したんだけど……」


 そこまで言って白井は急にもったいつけるでもなく言葉を切った。下を向き、言いにくそうに鼻頭を掻く。


 白井の態度が妙にイラついた。嫌に癇に障る態度だった。

「なんだよ」と、続きを促すと白井は小声で何かを呟いたが、あまりに小さくて聞こえない。仕方なく「何だって?」と訊き返す。


「だから、お……襲われてたんだよ。その、別の意味で」


 恥ずかしそうに顔を赤くする白井を、僕は思わず殴りたくなった。結局のろけかよ、と頭の中で突っ込む。

 自分がこんなに苛々してるのは「嫉妬か?」と一瞬頭を過るが、「違う」と自分に言い聞かせる。いつも人を見下したような態度をしてるくせに、こんな時にもじもじするこいつの態度が気に入らないんだ。


「で? それを俺に話してお前はどうするつもりだったんだ?」

 白井をじろりとにらみながら、僕は今度こそテーブルに肘をつき、顎を乗せる。


「いや、ホント俺もそう思うよ。お前に話してどうするんだろうな」

 と、悪びれも無く白井は笑った。ナチュラルに人を見下す態度は腹立つほどにいつも通りだ。


「でもさ」と、僕が睨んでいるにも関わらず、白井は白い歯を見せた。

「相談するならお前しかいないと思ったんだよ。こんな事友達に言っても仕方ないし、かといって先輩方には絶対言えないし……同期のお前なら話しやすいかと思ったんだ」


 白井のその言葉には少なからず驚いた。いつも僕を見下していた白井が真っ先に相談する相手として僕を選んだ事が信じられなかった。


「悪かったな、こんな事聞いてもどうしたらいいか分かんないよな。気にしないでくれ」

 一人で抱えていた悩みを話したからだろうか? 白井は清々しい顔でそう言った。


「いや、そうでもないよ」僕は無意識にそう呟いていた。


 チラリと顔を窺うと白井はコーヒーを啜って、熱さのあまり死にそうな顔をしていた。どうやら聞こえなかったらしい。


「しかし、そんな話を聞いては放っておけないよな」

「お前、逮捕するとか言うなよ」

 一瞬肩を強張らせて白井が大きく仰け反る。「言うわけないだろ」とため息交じりに言うと、「だよな」と白井も安堵のため息を漏らした。


「結局のところ、お前はどうしたいんだ?」

「ん? 何が?」

「何がじゃないだろ……このままその彼女と付き合うのか?」


 一人で話すだけ話して勝手に清々しい顔をしているので、僕は単刀直入に訊ねる事にした。白井がこのまま魔女と付き合うのなら、相談を受けた手前僕も何か考えなくてはいけない。


「そうだな……」白井は少しだけ考えた後、「なんだかんだ言って、好きなんだよな」と、はにかんだ。

「彼女に自分が魔女だって打ち明けられた時はさすがに驚いたけどさ、でも結局好きなんだよ。魔女だとか、人間だとか、関係なくさ」


 ――なんか、それ分かるかも。


 SCSの隊員として魔女を相手に命がけの仕事をしていても、いや、命がけの仕事をしているからこそ、僕達は心のよりどころとなる人を必要としている。それは家族であったり、恋人であったりするわけだが、白井の場合心のよりどころとなる恋人がたまたま魔女であっただけの事で、魔女と恋人関係にある事を咎める権利は誰にも無いのかもしれない。


「彼女の為なら俺、SCS辞めてもいいかな、とか思ってんだ」


 白井のその笑顔はとても幸せに満ちていた。それは恐らく同じ様に魔女と関わりながらも、僕とは悩みの方向が違うからこそ見せられる笑顔なのだと、僕はその時思った。


「白井、今から時間あるか?」

「ん? まぁ少しなら」

「ちょっと家に来ないか? 紹介したい人がいるんだ」



       *



「ただいま」玄関を開けて声をかける。

 本来誰もいないはずのワンルーム。そこには和食の良い香りを漂わせながらかいがいしくキッチンに立つアリサの姿と、何をしているのか解らないが、パソコンに張り付き、キーボードを叩くミサの姿があった。


 彼女らが家に来てからまだ一カ月強だというのに、自分でも驚くほどこの生活に慣れてしまっている。白井は本気で悩んでいるというのに。


「お帰りなさいませ」

 キッチンでアリサがいつものように優しく微笑む。

 いつもならその笑顔で少なからず一日の疲れも無くなるのだが、今日はその笑顔が胸に刺さった。


 本来そこにあってはいけない笑顔。

 本来指名手配犯として捕まえなければいけない魔女。


「……慎太郎さん、どうかなさいました?」

 アリサに不安げに訊ねられて僕は眉間にしわが寄っていた事に気付いた。慌てて笑顔を取りつくろう。


「いや、なんでもないよ。それより……」

 僕は玄関のドアを大きく開けて、白井を中に招き入れた。

「今日は同僚を連れて来たんだ」


 おずおずと中に入った白井は、まずアリサの顔を見て目を丸くした。目の前にいる魔女の姿を信じられず絶句する。まぁ、当然の反応だった。


「いらっしゃいませ」

 アリサが深々とお辞儀をする。それを見て部屋の奥でパソコンに向かっていたミサが怪訝な顔を見せた。


「葛城。お前何を考えている? 自ら我々との関係をバラすなど、正気とは思えん」

「いいんだよ」白井を横目で見て、僕は笑ってみせた。「いいんだ。コイツになら正直に話しても」


「葛城、あの、この人、魔女、リサ、だよな」

 白井はまるで金縛りにかけられたかのように体を硬直させ、震える指でアリサを指差した。

「ああ、そうだよ」


「初めまして、リサと申します」アリサはにこやかに挨拶をする。

「な、んで? 魔女リサ、が、ここに?」

「一緒に暮らしてるんだ。俺はアリサ……魔女リサの騎士だから」



 僕がさらりと事もなげに言うと、白井は驚きのあまり顔を青くした。


「騎士……お前が魔女リサの騎士!?」

「俺も人の事言えないんだよ白井」

「ちょっと待て、お前俺なんかよりよっぽどすげぇ状況じゃないか。あの魔女リサの騎士なんだろ?」

「逮捕する、とか言うなよ?」


 僕とアリサの顔を交互に見比べる。現状をどうにか理解しようと必死になっているのがありありと分かった。


「どうしてそいつを連れてきた? 何か理由があるんだろう?」

 部屋の奥でパソコンに向かいながらミサがぼそりと言った。そっけない態度はいつもの事だが、いつも以上にそっけない。突然連れてきた同僚を訝しんでいるようだった。


「実は、白井も魔女関係で少し悩みがあってね。お前たちも一緒に考えてくれないか?」






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