プロローグ
「おやめなさい! それ以上魔法を使うと命にかかわります!」
満月の夜空にアリサの声が響いた。
八階建てのビルの屋上には、床一面に大きな摩法陣が描かれていた。その中央に、満月を背にして一人の魔女が立っている。
大がかりな魔法を使う彼女を、僕は身動きも取れないまま、ただ見ている事しか出来なかった。
止めようと思えばすぐにでも止められる。足元に広がる魔法陣の一部を消すだけでも、詠唱中の彼女の口を塞ぐだけでも魔法は止められる。この体が動きさえすればすぐにでも。
それが彼女の命を削っていると知りながら。それでも僕は彼女の魔法を止める事が出来なかった。
彼女の意志は固かった。それは僕の体が動かない事が証明している。
左手の指輪は青い光を放ち、起動している事を示していたが、彼女のかけた金縛りを解く事は出来なかった。後に聞いた話ではさしものアンジェリカの指輪でも、強い意志でかけられた魔法を解く事は出来ないとのことだったが、この時ほど自分の無力を恨んだことは無かった。
「リサ様、こんなあたしを心配してくれてありがとうございます」
詠唱を終えた彼女がやんわりと微笑むのが、魔法陣から放たれる淡い光の中に浮かんだ。
「きっとあたしは死んでしまうのでしょうね。でも……」
彼女の目がゆっくりとその足元で目を閉じたまま動かないでいる同僚に落ちる。
「でも、あたしは幸せです」
瞬間、魔法陣から強い光が放たれ、目がくらんだ。周囲の音が魔法陣に吸い込まれ、僕の必死の叫びは自分の耳にすら届かなかった。
――どうしてこんな事になったんだ。
彼女の命の最後の輝きのような強い光を浴びながら、僕はそう思った。きっと、後悔していたのかもしれない。こうならない方法は無かったのだろうか、と。
事件の発端は二週間前に遡る。それは突然かかってきた一本の電話から始まった。
話の組み立てに時間がかかりましたが、第三章開始します。
今まで通り5000文字以内、十話くらいで完結出来ればいいなぁ、と思ってます。




