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魔女と騎士の奇妙な関係  作者: usk
魔女と騎士
2/24

魔女リサ



 魔女、と聞いてお前はどんな姿を想像するだろうか。恐らくは真っ黒なローブにチューリップハット、それに箒を携えた鷲鼻の老女、と言ったところか。それはおとぎ話に登場する魔女が大体こんな感じだったからだろう。そして大体が悪い魔女で、彼女らは人々にいたずらをしたり、時には人々を恐怖に陥れたりする。だから容姿を悪く描かれるのだ。


 では現実の魔女はどうか? 実際におとぎ話の魔女のように、一目でそれと分かるような格好をしているのかと訊かれれば、答えはNOだ。彼ら(彼女ら)は普段、我々と同じように生活をしているし、年齢も性別もバラバラだ。一目で分かるような格好をしてくれれば、我々もそれほど苦労はしない。


 現実に魔女を公式な存在として認めたのは、今から二十二年前。世に言う「魔女戦争」を引き起こす引き金となった魔女、リサが初めてだった。


 二十一世紀最大の災厄として有名なリサが、何を思って表舞台にその姿を現したのかは分からない。が、彼女の登場により、魔法と呼ばれるものを突きつけられた人々は驚愕した。得体のしれない力を持つ者として人々はリサに恐怖を感じた。それも当然だろう。人間は理解を超えたモノを受け入れられる余裕なんてないのだから。そして、不幸な事に魔女リサは恐れられるだけの力があった。


 彼女が手をかざすとただの石ころはたちどころに金に変わり、

 彼女が呪文を唱えると、目の前で動物がその姿を変えた。


 彼女が見せる魔法をメディアはこぞって取り上げ、その姿は全国に放送された。

 彼女の力を、ある人間は「インチキだ」と罵り、ある人間は崇め奉り、ある人間は科学的に解明しようと調査した。彼女を取り巻く世間の流れはやがて大きな波となり、それは世界を巻き込む暴動へと発展した。


 世界中に広がった暴動は、それまで世間から身を隠し、ひっそりと生きてきた魔女たちをあぶり出すことになる。それはまさに現代によみがえった魔女狩りだった。

 自分の身近に魔女がいると言う事実は集団パニックを引き起こし、人々は暴力による解決へと乗り出す。あぶり出された魔女たちは神の名のもとに次々と処刑され、積み上がった魔女の死体は社会問題になったほどだ。


 この異常事態に、それまで好意的だった魔女リサが突如反乱を起こした。魔女戦争の勃発だ。そして世界は魔女の恐ろしさを知る事になる。

 彼女の力は恐ろしいほどに強大だった。魔女戦争勃発から終戦まで、わずか一年の間に、彼女の力によって滅ぼされた都市は二桁に上り、死者の数は数千万を超えた。たった一人の魔女になすすべなく世界は蹂躙されたのだ。


 魔女戦争とは名ばかりの一方的な蹂躙は、リサの力が尽きるまで続き、やがて自滅する形で力尽きた彼女を、人々は恐いモノに蓋をするように厳重に封印し、地下奥深くに埋めた。そして二度とこんなことの起きないよう、早急に魔女対策が講じられる事になる。


 すなわち、現代における魔女法の制定。そしてそれを取り締まる機関の設立。

 それが我々、特殊犯罪対策室(Special Crime Steps)通称SCSである。


 我々の目的は、魔女による犯罪を取り締まり、先の災厄を二度と繰り返さないように魔女たちを監視し、場合によっては身柄を拘束、もしくは直ちに排除する事である。


「……って、おい、葛城! 聞いてんのか」

「……はい?」




         * 魔女リサ *




 室長の愛のげんこつで僕は心地よい眠りから覚めた。

 初現場の翌日。初出動でいきなり魔女に拘束されるという失態を犯した僕は、室長から再教育という形で講習を受けていた。


「俺のありがたい話の最中に寝るとはいい度胸だな、葛城」

「いえ! き、聴いてました、寝てないですよ」嘘です。寝てました。バッチリ。

「バカモン!」


 狭い会議室に室長の怒鳴り声が響いた。

 朝からの訓練と称した鬼のしごきを四時間も耐えて疲労がマックスの上、延々二時間も講習を受ければ眠くなってしまうのは仕方ないじゃないか、と訴えたかったが、鬼の形相で睨みつける室長の前ではそんな事は口が裂けても言えるわけがない。


「全く……戦闘でもない現場で魔女に拘束されるなんて、俺は初めて聞いたぞ」

 室長は表情を緩め、大きなため息を吐いた。

「申し訳ありません」

「ん、まぁ命があっただけましだな。なにせ相手はあの、リサだからな」


 リサの名前で僕の頭に前日の出来事が蘇る。あの時、いなくなった僕を探しに来てくれた先輩に、正直に「リサに囚われていた」なんて言わなければ、こんなことにはならなかったのかなぁ、なんて考えてしまう。



              *



「きし?」

 僕が聞き返すと、同じ高さにあるリサの目が少しだけ輝いた。

「ええ、わたくしを守る騎士になっていただきたいのです」


 騎士? 棋士?

 リサの言葉の意味が分からず、頭の中で文字を変換してみるが、何の解決にもならず、僕の頭はますます混乱した。


 暗い室内に魔女リサの大きな瞳が浮かんでいる。まっすぐに僕を見つめ、怪しい光を浮かべる瞳を直視できず、思わず目をそらす。

 扉の外から人の声が聴こえた。「こんにちは」の爽やかな挨拶に対し、しゃがれた声で「俺の連れを知らんか?」と質問が返された。あのしゃがれた声は間違いなく先輩だ。

 今大声を出したら先輩は助けてくれるだろうか? いや、それよりも前に魔女リサに消されてしまうだろうか。


 考える間もなく、ドアの向こうで一言二言言葉を交わし、先輩と思われる足音が遠ざかっていく。結局何もできないまま助けを求める機会は失ってしまったが、おかげで今のところは命が助かったのかもしれないと思うと複雑だった。


「……わたくしを守ってくださいませんか?」

 しばらくドアの外に意識を集中していた僕を、思案していると勘違いしたのか、リサが心配そうな声で訊ねた。


「意味が分からないな」恐怖とは裏腹にスラスラと言葉が出て来て、僕は自分で驚いた。

「それはお前の身に危険が迫っていると言う意味か?」


「ええ。わたくしの命を奪い、わたくしの持つ力を自分のものにしようと企む魔女がいるのです」

「そんな魔女同士の争いにSCSの人間が関与できるはずないだろう。大体なぜ俺なんだ? 我々はお前達魔女を取り締まる立場の人間だ。それはお前も知ってるんだろう?」

「それは……」

 リサは顎に手をやり、少し言い淀んでから小さな声で呟いた。

「占いの、結果にあなたの名前が出たのです」


「占い?」

「ええ……ミサの、完璧な占いの結果です。あなたはわたくしの騎士になる運命なのです」


 リサは大きな瞳でまっすぐ僕を見つめ、そう言いきった。いつの間にか断言口調になっている。


「断言するなよ」

「いいえ、これは決まっている事なのです」

「人の運命を勝手に決めるなよ。俺の人生は俺が決めることだろ」


 ため息交じりにそう言うと、魔女リサは正座する格好で僕と向き合ったまま、小さく肩を落とした。身長が低いせいもあって、まるで教師に説教を食らう女子高生を思わせる。


 不思議と恐怖は無くなっていた。今自分が相対しているのが、あの「二十一世紀最大の災厄」と称された魔女リサの力を受け継いだ、正当な後継者であるにもかかわらずだ。


 人々が恐れる魔女リサがどう見ても普通の高校生、いや、普通の高校生にしては綺麗すぎるが、一般的に読者モデルとか、タレントなどをしている女の子と言われれば、「ああ、なるほど」と納得できるような、いわゆる普通の女の子だったからなのかもしれない。たった一人でいくつもの都市を破壊できるほどの力を持っているとは到底思えなかった。


「……やっぱりやめましょう。わたしの占いが間違っていたのです」


 誰もいないはずの室内に突然声が響いて、僕はギョッとした。

 気がつくと、いつの間にかリサの後ろに女が立っている。


 思わず振り返った。ドアは僕の背後にある。もちろん開いた気配は無かった。それどころか人の気配すら一切しなかったのに、女は突然現れたというよりは、まるで当たり前のようにそこにいた。


「あなたの占いに失敗はありえないわ」

 リサが背後の女を見上げる様にして口を開くと、女はうやうやしくひざまずいた。


「確かにわたしの占いが今まで間違った事はありませんでしたが、今回ばかりは間違いだったのでしょう。わたしにはこのような男がリサ様の騎士にふさわしいとは思えません」

 女は顔を上げ、リサではなく僕を睨んだ。蛇を思わせる切れ長の眼で睨まれ、心臓がドキリと鳴った。体が動かなくなる。また金縛りか、と思った。


「やめなさい、ミサ。葛城様に失礼ですよ」

 リサがたしなめるように言うと、体の硬直がとかれる。今日一日で何度金縛りにかけられるんだ、僕は。


「葛城様、ご紹介いたします。彼女はミサ。わたくしに仕えてくださる魔女ですわ」


 ミサと紹介された魔女は、跪いた状態で未だ鋭く刺すような視線を向けていた。

「……ミサ、と申します」と一言喋っただけで黙り込んでしまう。どうやら僕と話をする気は無いらしい。


 ――ミサなんて魔女リストに載ってたかな?

 記憶を辿り、リストを開いてみるが、ミサと言う名前を見つけることは出来ない。リストに載っていないのか、単に僕が覚えていないだけなのかは分からないが……。


 魔女ミサは、リサに比べれば魔女然としていた。部屋が薄暗い為はっきりとは分からないが、ダークグレーのブランドスーツの上に真っ黒なローブを羽織っていて、頭にはチューリップハットではないが、つば広の、これもいかにもと言った感じの帽子が乗っている。このスタイルこそが、魔女の正式なスタイルである、と言わんばかりだ。

 帽子の陰から綺麗な金髪が首まで垂れていた。ショートボブという髪型だろうか。リサよりはだいぶ歳上のようだ。ローブと帽子が無ければ、キャリアウーマンにしか見えないな、と思った。


 ――それにしても……。

 僕は魔女に出会うのは今日が初めてだが、リサといい、ミサといい、魔女というのは美人が多いのだろうか?


「リサ様。お考え直しください」ミサはもう一度頭を下げ、リサに懇願する。「この男の顔をご覧ください。こんな弱弱しい男にリサ様の騎士など務まりません」


 ひどい言われようだな、と僕は無意識に自分の顔を触った。そんなに弱弱しい顔をしているだろうか? これでも一応、難関中の難関と言われるSCSに、一発で合格したんだけど。


「わたくしはあなたの占いを信じます。わたくしの騎士は葛城様以外あり得ません。ミサ、契約の指輪を」


 リサの毅然とした態度にこれ以上何を言っても考えを変える事ができないと察したのか、魔女ミサは苦々しい表情を浮かべ、懐から小さな指輪を取り出し、差し出した。


 指輪を受け取ったリサは、ありがとうと一言お礼を言い、僕に向き直ると手のひらにのせた指輪をよく見える様に目の前に差し出した。


「葛城様。今すぐお返事をいただこうとは思いません」と前置きをして、この指輪は、と続ける。「契約の指輪と言って、魔女が騎士を任命する時に使います。この指輪こそが、魔女と騎士を繋ぐ唯一の糸となり、契約を交わした魔女と騎士は、唯一無二の存在となるのです」


 お手を、と言われ、僕はなぜだか素直に手を差し出した。手のひらにぽとりと指輪を落とされる。気のせいか手のひらに乗った指輪はズシリと重く感じた。


「ちょ、ちょっと待て、俺は騎士になるなんて一言も言ってないぞ」

 慌てて指輪を突き返すと、手のひらでそっと押し戻された。

「指輪を渡しただけでは契約は交わされません。葛城様がわたくしと契約をなさりたい時に、その指輪を左手の薬指にはめ、左に回してください。その時に初めて契約が成立となります」


 無意識にごくりとのどが鳴る。額を一筋の汗が流れるのが分かった。

 ――僕は緊張しているのか? 大体、左手の薬指って、婚約指輪じゃあるまいし……。


「大丈夫ですよ」

 僕の不安を見透かしてか、魔女リサは優しい笑みを浮かべ、僕の手のひらに手を重ねた。

「葛城様、あなたは一週間の後、必ずわたくしと契約をなさいます。これはもう決まっている事なのです。どうか不安がらずに、その時をお待ち下さいませ」


 魔女リサの大きな瞳に漫然と感じた不安が吸い込まれるようだった。

 ああ、そうか。決まっている事なのか。と、納得しかけたとき、ドアの外から「葛城ー」と僕を呼ぶ声がして、我に帰る。

 僕が振り向くのと同時にドアが開き、先輩の驚いたような、怒ったような顔が見えた。


「お、葛城。お前こんな所に一人で何やってんだよ。随分探したぞ」

「え? いや、魔女リサが……」

「は? 魔女リサがどうしたって?」


 ハッとして振り返ると、室内には今までいたはずの魔女リサと魔女ミサの姿は無く、僕は呆然とした。今までの出来事は僕の妄想か、幻覚なのではないかと思えるほど、音も無く、まるで空気に溶け込むように二人の姿は忽然と消えてしまっていた。


「おい、まさか魔女リサがいたのか?」

 困惑する僕を見て警戒を強くした先輩が、腰に下げた銃に手をかけ、周囲を見渡す。

「この部屋か? この部屋にいたのか?」

「ええ。……いた、はずなんですけど……」


 手のひらに視線を落とす。そこにはしっかりと契約の指輪が光っていた。





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