魔女の一日 - 心配編 -
おまけその2
もう少しおまけでお茶を濁してもよろしいでしょうか?
と、言うことでミサ目線で書いてみました。
その日、わたしはリサ様の事が心配でたまらなかった。
というのも、前日にマリア様から呼び出しがあり、急きょわたしが魔女協会本部のあるイギリスへと同行する事になったのだ。もちろん、わたしはリサ様にもご同行願ったが、やはり、というかなんというか、リサ様は頑として受け付けて下さらなかった。
「葛城様をお一人にしてなんて、行けません」だ、そうだ。
わたしにはなぜリサ様があれほどまでに葛城にご執心なのかが分からない。確かに、あの方に似ている事は認めるが……。それとこれとは全く話が違う。あの方に似ているとは言っても、あの方であるという確証は無いのだから。
とにかく、わたしは心配で仕方が無かった。葛城とリサ様を二人きりにするなど、オオカミの檻に放り込むようなものだ。それが本物のオオカミならまだいい。それくらいならリサ様のお体に傷一つつけることはかなわないだろうから。だが、葛城は違う。アレはオオカミどころのものではない。獣だ。いや、野獣だ。いや、ケダモノだ。
男なんて、皆自分の欲望に忠実なケダモノではないか。そんなケダモノがリサ様と一夜を共にしたらと思うとわたしは気が狂ってしまいそうだった。
――大体葛城自体が気に入らないんだ。リサ様を呼び捨てにするわ、家事全般をやらせるわで、自分は仕事を辞めるそぶりも見せず、騎士としての務めを放棄している。
やはりSCSの隊員を騎士にしたのは間違いだったのだと思わざるを得ない。リサ様のためとはいえ、少しばかり早計だったか……。
渡航の為の荷物をまとめていると、キッチンからリサ様の楽しそうな鼻歌が聴こえて、わたしはますます脱力した。
最近はなんだかリサ様の様子がおかしいのだ。
それもこれも、やむを得ず縮地の魔法を使って入院を余儀なくされた日の翌日からだ。
あの日に何があったのか、リサ様も葛城も話をはぐらかすばかりで何も教えてはくれない。まるで疎外されているようで気分が悪いが、リサ様の機嫌が良いだけに何も言えないのだ。気になるのに訊けないというのは、これほど苦しいとは思わなかった。
「楽しそうですね、リサ様」
わたしは精いっぱいの皮肉を込めて背後からそっと近づき、声をかけた。慌てふためくリサ様を見るとほんの少し心が安らぐ。従者としてはやってはいけないのだが、ほんの少しくらい意地悪をしても罰は当たるまい。
リサ様はご自分が好きで葛城の世話をしているのだと言う。だが、それでは立場があべこべではないか。その事を言うとリサ様は決まって「良いのです」とほほ笑むのだ。
この調子では言いたくは無いが小言が増えてしまっても仕方あるまい。
リサ様はご自身が世界でもトップクラスの大魔女であるという自覚が足りないのだ。そのせいで常に命を狙われているというのに、未だに一人でふらりと出掛けたりするものだからコチラとしては気が気ではない。
こないだの事件だって、リサ様が一人で葛城を探しに行ったりしなければ危険な目に合う事も無かったのに……。
――ああ、考えていたらまた葛城に腹が立ってきた。
それもこれもどれもそれも、全て葛城が悪いのだ。全ての元凶はあいつにある。あいつさえいなければ私一人でお守りできるモノを……。
突発的に襲ってきた葛城への怒りに知らずの内にわたしはぶつぶつと文句を言っていたらしい。気がつくとリサ様のお顔が赤くなっていた。何かを考えていたようだが、そこまで赤くなる事とはどのような事をお考えだったのか……。
まさか、とは思う。リサ様はご自身を大切になさる方だとわたしは信じている。が、あの空白の一日が気になって仕方がない。まさかとは思うが、あの日に何かあったのでは? と疑ってしまう。葛城め……よもやリサ様に手を出したのではあるまいな。
ふと時計を見ると飛行機の時間が迫っていたので、わたしは慌ててリサ様に挨拶をした。
くれぐれも葛城にご用心を、と言うと、リサ様は「はい」と答えてくださったが、ご理解いただけたかどうかは、疑問だった。
リサ様から離れることはまさに、後ろ髪を引かれる思いだったが、マリア様のご命令を反故にするわけにもいかず、渋々わたしは部屋を後にした。
「へぇ、あのリサちゃんがねぇ」
わたしが最近のリサ様のご様子を伝えると、マリア様は楽しげにそう言った。
飛行機の時間が間近に迫っていると言うのに、慌てるそぶりも無く、マリア様は世間話を続けていた。わたしが来た時点ですぐに向かわないと間に合わない時間だったのにも関わらず、だ。全く自室から動く気配がない。
「あなたから見て、慎ちゃんはどうなの? 本当にリサちゃんの探してた人だと思う?」
「わかりません」
わたしは静かに首を振る。
リサ様があの日以降、あの方をずっとお探しだった事は知っている。しかし実際わたしは直接お会いした事は無いので、正直なんとも言えないのだ。確かに葛城は似ている。似ているが確信は無い。なにせ、葛城はただの人間なのだ。
「そっかぁ。まあ、十年以上も前の記憶じゃしょうがないよねぇ」
「あの、それよりよろしいのですか? その、時間が」
わたしが腕時計を指差すと、マリア様は思い出したように「ああ」と間延びした声を出した。
「良いのよ、私の魔法で飛んでいくから、そんなに急がなくても。それよりもリサちゃんの事が気になっちゃって」
と、はしゃぐマリア様はまるで子供のようだった。
百年以上も長老会の一員として世界の魔女たちを統べてきた大魔女とは思えない性格だ。
マリア様の力にかかれば、その絶大な魔力で年齢すら思いのままだと言うのに……それとも魔力が強すぎるせいで精神年齢すら若返ってしまっているのか? と疑いたくなる。
「ミサちゃんは嫌いなのね? 慎ちゃんの事」
と、マリア様がわたしの顔を窺う。
「別に、嫌いなわけでは……」
言いかけてわたしは言葉を無くした。
――嫌いなわけではない? いや、好きではない。じゃあ嫌いなのか?
「慎ちゃんはねぇ。良い子よ。ミサちゃんはリサちゃんをとられるのが恐いのよね?」
――リサ様がとられる? わたしはそれを恐れているのか?
まさか、と首を振る。そんなわけがない。わたしはただの従者だ。リサ様にはリサ様の人生があるのだし、わたしはリサ様の幸福だけを願っていればいいのだ。わたしがどれほど願ったとしても一生リサ様の元にお仕えする事は叶わないのだから。
マリア様の一言は思いのほかわたしの胸に突き刺さったようだった。
イギリスに飛んだ後も、久しぶりに訪れた魔女協会の豪華な入口をくぐった後も、マリア様が長老会議の為執務室に消えた後も、わたしはずっと考えていた。
――わたしはなぜ葛城を毛嫌いしているのだろう?
冷静に考えれば、騎士としての務めを全うしていない事を除けば、葛城は悪い奴ではない。それは認めているつもりだ。
真偽はどうであれ、葛城と一緒にいる時のリサ様はこの上なく嬉しそうにしてらっしゃるし、そのおかげであれほど心を閉ざしておいでだったリサ様に明るさが戻ってきている事も事実だ。葛城のおかげでリサ様は諦めかけていた人生にもう一度希望を持ってくださった。
わたしは葛城に嫉妬しているのか?
わたしには出来なかった事をあいつがいとも簡単にやってしまったから?
それとも、マリア様が言うとおり、あいつにリサ様を奪われてしまうのではないかと、心の奥で感じているからか?
もしそうだとしたら、それはただの逆恨みではないか。そんなことで嫌われていては、葛城も浮かばれまい。わたしは、素直にあいつの事を認めなければいけないのかもしれない。
しばらくの間自分の心と向き合っていると、広いロビーに鐘の音が鳴り響いた。魔女協会の屋上に取り付けられた鐘楼が最後の時報を告げている。無意識に時計を見るとアンティークの置時計は金の装飾の施された針を丁度九十度に曲げていた。
――二十一時か。
わたしは目を閉じ、呼吸に意識を集中する。リサ様がお生まれになってからの日課である、占いの時間だった。
二十年、毎日欠かさず行ってきたこの占いは、いつだってわたしに残酷な未来を告げるものだった。しかし、葛城の名前が結果に表れてから以降、少しずつその結果に変化が生じている。これも、葛城のおかげと言えなくもない。
意識をゆっくりと落としていくと、ある一点を境に瞬く間に意識が体から離れ、わたしは少しだけ未来に触れる事が出来る。それは、漠然としたイメージであったり、音であったり、匂いであったりするわけだが、たまに、はっきりと場面が見える時がある。
今回の占いがそうだった。
落ち込んだ意識は未来へは飛ばず、現在の遠く離れた日本へと飛び、眼前にベッドでおやすみになっているリサ様の姿が見えた。
その瞬間、わたしの心配は現実となった。
心地よくおやすみになられているリサ様の横にはなぜか裸の葛城の姿が、あろうことか同じベッドで眠っているではないか。
あれほど、ご自分を大切にとご忠告差し上げたのに、リサ様の隣には裸の葛城。その場面を見せられてはわたしの怒りがピークを迎えてしまったのも仕方が無かった。
わたしは慌てて意識をコチラ側に引き寄せ、そして迷うことなく長老会以外立ち入り禁止の執務室のドアを開け、叫んだ。
「リサ様が、リサ様が危ない!」
慌てふためくわたしを長老会のお歴々は目を丸くして眺めていたが、察しの良いマリア様がゆっくりと席を立つと、それを合図に各々が口を開く。
「会議中に入るとはどういう事だ」であるとか
「最近の若いもんは礼儀がなっておらん」であるとか
「ここは貴様のような端魔女が入っていい場所ではないぞ」であるとか。
「主人の一大事に執務室に入ってくる勇気のある従者がどれだけいるかしら?」
円卓の奥に座っていたマリア様がわたしの元へとくる間に色々と飛び交った文句は、マリア様の一言で斬って落とされた。
「マリア様、わたしを日本へ飛ばしてくれませんか?」
「まぁ、それほど急ぐのかしら?」
「一刻を争う事態なのです!」
マリア様の魔法には脱帽せざるを得ない。一日に二回も縮地の魔法を使う事もさることながら、座標も正確で、わたしは一瞬の内に葛城の部屋へと戻ってきた。
怒りに震えるわたしの目の前には気持ちよさそうに眠っていらっしゃるリサ様と、その横でだらしなく眠る葛城の姿。
わたしは腹の底からわき上がる怒りを必死に抑えつけながらベッドに向かうと、葛城の首から下げられていたタオルを手に取り、思い切り引き寄せた。
「き……さま。何をしている?」
「……んあ?」
次の瞬間目の前が真っ白になり、わたしは自分が無意識に電撃の魔法を使っていた事を知った。狭い室内に葛城のカエルをつぶしたような声が響く。『アンジェリカの指輪』で守られているとは言え、起動もしていない状態でわたしの怒りマックスの電撃はさすがに効いたらしい。
黒くくすぶった煙を上げる葛城を放り投げ、リサ様の元へと駆け寄る。キョトンとするリサ様のお姿を注視するが、特に荒らされた形跡が無かったのでホッと胸をなでおろした。
「リサ様、ご無事ですか? だからあれほどご自身を大切になさってくださいと申しましたのに」
「……ミサのバカ……」
「は?」
ミサはミサなりに色々大変みたいです。
機会があればもう少し彼女を掘り下げてみようかな……(^^)




