魔女の一日 -お誘い編-
次章の組み立てに時間がかかっているので
おまけを間に挟みます。
あくまでおまけなので本編とは関係ありません、よ。たぶん(^^)
わたくしが強引に押し掛けるかたちで葛城様のお部屋にお世話になる事になって一カ月が経ちました。初めこそ、葛城様もさすがに嫌な顔をなさいましたが、最近はたまにわたくしに笑顔をくれたりもします。
雅槻の起こした事件にはわたくしも多少心を痛めましたが、あの事件以降、葛城様との距離が縮まった気がするので、その点だけは、雅槻に感謝です。
葛城様は、わたくしの作った料理を、いつもおいしそうに食べてくださいます。わたくしはその顔が見たくて、今日も張り切ってしまうのです。
「楽しそうですね。リサ様」
気がつくと、いつの間にかミサが背後に立っていて驚きました。ミサは所用があって魔女協会の本部があるイギリスに出航する準備で忙しいと思い、油断していたわたくしは、うかつにも鼻歌を歌っていたので、少々恥ずかしくなりました。
「そ、そんなことありません。わたくしは、い、いつも通りです」
「リサ様。動揺が隠し切れていません」
――もう……。
ミサはいつもこうです。
わたくしが葛城様の為にお食事を作って差し上げる事が、ミサは気に入らないようなのです。いつも葛城様がお食事をする際、決まってミサは睨むように葛城様を見ます。一体葛城様の何がそんなに気に入らないのでしょう?
「本来ならば、リサ様がこんな事をなさる必要は無いはずです。良くお考えください。葛城はただの騎士なのですよ。あいつがリサ様にかしずくならまだしも、なぜリサ様があいつの為に料理などするのです」
「あら、わたくしは好きでやっているのですよ」
「そういう事ではありません。立場の問題です。リサ様にはもっと大魔女としての自覚が必要なのです」
――自覚、ねぇ。
ミサは事あるごとに「自覚を持て」といいます。先代のリサの力を受け継いだのだから、リサの名に恥じる事のないよう、堂々としていなさい、と。
でも、わたくしは自分を変えるつもりはありませんでした。偉大な魔女の力を受け継いだとしても、わたくしはわたくし。お料理だってするし、お掃除だってします。
「大体、葛城がいけないんだ。あいつは騎士としての自覚が足りな過ぎる。仕事を辞める気も無いようだし、第一リサ様を呼び捨てにするなど……」
チラリと時計を見ると、もうそろそろ葛城様が帰っていらっしゃる頃だったので、ミサがぶつぶつと独り言を始めたのをいい事に、わたくしはお食事の支度に戻る事にしました。もうすぐ葛城様の好きな肉じゃがが出来上がる頃ですし。
――美味しく出来たら、葛城様はまたわたくしの事を『アリサ』と呼んで下さるかしら。
『ん、うまい。ホントに料理が上手だなぁ、アリサは』
葛城様がわたくしの事を『アリサ』と呼んで下さるたびに、わたくしは飛び上がるほど嬉しくなります。今、わたくしを『アリサ』と呼んで下さるのは葛城様だけ。……でも、それでもいいのです。『アリサ』は葛城様だけの特別な呼び名。葛城様の口からだけ発せられるわたくしの本当の名前。
「……リサ様。お顔が赤くなられてますが?」
――あらいけない。わたくしったら変な事を妄想して赤くなってしまっていたのね。
「なんでもありません」ミサには今の妄想は絶対に言えない。
「リサ様」ミサは突然かしこまって跪くと、真剣な表情でわたくしを見ました。
「大変心苦しいのですが、わたしは行かなくてはなりません。どうかリサ様におかれましては、ご自分を大切になさるよう、切に願います。くれぐれも、くれぐれも葛城にはご用心を」
――ミサは一体何を心配してるのかしら?
わたくしにはミサの言葉の真意は分かりかねましたが、一応「はい」と答えておきました。ここで聞き返したりすると、またミサがうるさくなると思ったからです。
ミサは最後まで心配そうにしていましたが、飛行機の時間に遅れるわけにもいかず、渋々といった感じでようやくイギリスへと向かいました。これでようやくうるさいミサがいなくなったわたくしは、葛城様のご帰宅を心待ちにしながらお食事の支度に戻りました。
「あれ? ミサは?」
葛城様は普段より少し遅れてご帰宅なさいました。ただいま、と玄関を開けると、第一声にそう訊ねるので、所用があって出かけたと申しました。
普段よりも遅かったからでしょうか、葛城様はひどくお腹がすいているようでしたので、すぐに夕食を取る事にしました。
他のおかずよりも若干多めによそった自信作の肉じゃがをテーブルにのせ、お箸を渡すと、葛城様は「いただきます」と手を合わせました。
わたくしはドキドキしながらその時を待ちます。いつも、葛城様が一番初めに何かを口にするまでわたくしは緊張のあまり、じっとその様子を見てしまいます。
はたして、葛城様は一番の自信作の肉じゃがを口に入れると、良く味わった後「うまい」とおっしゃいました。
その一言でわたくしの心は満たされてしまいます。葛城様の為に心をこめて作った料理を、葛城様がおいしいと言って食べてくれる。こんな幸せは他にありません。
「アリサはホントに料理がうまいな」
「………………」
わたくしは自分の耳に届いた言葉を信じられず、少しの間呼吸すら忘れて固まってしまいました。だって今のセリフ、先ほどわたくしがしていた妄想と一言一句同じだったのですもの。
「い、今何とおっしゃいました?」
「え? いや、アリサは料理がうまいなって……」
――また、アリサと呼んでくれた。
その事が嬉しくて、余韻を楽しんでいると、不思議に思ったのか、葛城様は訝しげに「どうした?」と首をかしげました。
でも、言いません。言ってしまったらこの喜びが無くなってしまうかもしれないから。
「なんでもありません」と言うと、葛城様は不思議そうに眉をひそめました。
「お代わりもありますから、遠慮なさらずに召し上がってくださいませ」
お食事が終わると、決まって葛城様は少しの間ソファでおくつろぎになります。
その間に、わたくしは食器のお片付け、お風呂のご用意と大わらわです。一度、わたくしを不憫に思ったのか、葛城様が「何か手伝うよ」と申し出てくださいましたが、わたくしは丁重にお断りしました。
お仕事でお疲れの葛城様には、せめて家にいる間はくつろいでいて欲しいから。わたくしの忙しさなど、葛城様に比べたらなんでもありません。
「ふぅ。良い湯だった」
八月の暑い盛り、お風呂上がりの葛城様は素肌にタオルを首から下げ、たくましい上半身があらわになっているのでわたくしは目のやりどころに困ってしまいます。
いつもはお疲れの葛城様は、お風呂上がりにすぐに横になってそのまま眠ってしまうのですが、今日はソファに腰を下ろすとわたくしを呼びました。
「アリサは、確かもう二十歳を超えてたよね?」
と、突然訊ねるので、わたくしは素直に「はい」と答えました。
すると、葛城様はおもむろに立ち上がり、お台所に向かうので、その姿を黙って見送っていると、冷蔵庫から缶ビールを二本取り、一つをわたくしに差し出しました。
「明日休みだからさ。たまには一杯飲もうかと思うんだけど、よかったら付き合ってくれないか?」
葛城様は照れ臭そうに、遠慮がちにおっしゃいました。もちろん断るつもりはありません。だって葛城様が誘ってくれるなんて初めてだったから。
「ん~……んまい」
葛城様は缶を開けると、一息に喉を鳴らして美味しそうに飲みます。わたくしはと言うと、お誘いをお受けしたものの、正直お酒はあまり得意ではないので、少しずつ口に運び、一口ごとに魔力を消費してアルコールを分解しながらゆっくりいただきました。
葛城様と楽しくお酒を頂けるなんて、わたくしにとっては夢のような時間でした。今日はミサがいなくて本当に良かったと思いました。きっとミサがいたら葛城様はミサに遠慮して誘ってはくれなかったでしょうから。
「あの……葛城様?」
「ん? なんだい?」
今日こそ言おうと決意しました。葛城様より、呼び方を変えて欲しいとの申し出があってから、わたくしは幾度となく試みてはいたのですが、勇気が無くて言いだせなかったのです。
でも、今日はいけると思いました。葛城様と二人きりでお酒をいただけている今なら、きっと自然に言えるはずです。
わたくしは勇気を振り絞って大きく息を吸い込みました。「あの! し、し……」頑張れわたくし! 「し、……仕事の方は、いかがですか?」ダメでした。
「ああ、仕事は、まあ順調だよ」
と、葛城様はわたくしの不躾な質問にも柔らかく微笑んでくださいます。
このままではダメだと思い、わたくしは一息に缶ビールを飲み込み、勢いをつけて口を開く事にしました。
「あの! し、慎太郎さん」
と、大きな声でお呼びすると、葛城様は少し驚いたお顔をしてわたくしをじっと見つめました。
「……と、お呼びしてもよろしいでしょうか?」
わたくしは恐る恐る訊ねます。すると葛城様はにっこりとほほ笑んで「もちろん」と仰ってくださいました。
そのお顔を見て、わたくしは安心し、そしてやはり飛び上がるほど嬉しくなりました。だって、今わたくしに向けられる笑顔が、今までのどの笑顔よりも素敵だったんですもの。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、ビールを三本ほど召し上がって、慎太郎さんはそのまま静かに眠ってしまいました。
裸のままでは風邪をひいてしまいそうでしたので、恥ずかしながら毛布をかけて差し上げると、慎太郎さんは小さく「ありがとう」と仰って下さいました。起きていたのでしょうか? それとも寝言だったのでしょうか? 確かめようかとも思いましたが、わたくしも久しぶりのお酒に、アルコールの分解が追い付かず、少し酔ってしまっていたので出来ませんでした。
その後、お風呂を頂き、わたくしは申し訳なく思いながら、ベッドに入りました。慎太郎さんさえ良かったら、今日だけはミサもいない事ですし一緒に眠っても良かったのですけど、起こすのも申し訳なかったのでやめてしまいました。
……いいえ、自分に勇気が無かっただけです。だって、慎太郎さんと一緒のお布団で眠るなんて、想像するだけで心臓が張裂けそうだったんですもの。
翌日、わたくしは慎太郎さんの大きな声で目を覚ましました。どうしたのかと思い、飛び起きると、ミサの電撃を受けて慎太郎さんが黒焦げになっていました。時計を見ると、まだ明け方の五時を少し過ぎたところでした。
どうしてミサがこんなに早く帰ってきたのか、そしてどうして慎太郎さんが電撃を受けているのか、わたくしには分かりませんでした。
――せっかくもう少し楽しい時間が過ごせると思っていたのに……。
わたくしは心配そうに駆け寄るミサを少しだけ睨みました。
「リサ様、ご無事ですか? だからあれほどご自身を大切になさってくださいと申しましたのに」
「……ミサのバカ……」
「は?」
アリサ目線で書くと全てが敬語に……(^^)




