エピローグ
「そう言えばさ」
横を歩くアリサに僕は、わざとらしく今思い出した風に訊ねた。ホントはずっと訊きたかった事だったんだけど。
事件解決から数日後、僕はアリサと共に、魔女マリアの自宅を訪れた。犯人を捕まえた事の報告と、マンイーターをやむを得ず破壊した事の謝罪の為だ。
魔女マリアは、犯人を逮捕した事を告げると、まるで自分の事のように喜び、マンイーターを破壊した事を謝罪すると、「仕方ないわね」と複雑な顔をした。
「マンイーターは呪われた短剣として封印を余儀なくされた道具だもの。今の世に残っていた事が全ての元凶だったのかもしれないわ。貴重な遺産が失われた事は悲しいけれど、また今回のような事件が起こる可能性があるなら、いっそ壊してくれて良かったのかもしれないわ」
協会の方には私の方から伝えておくから。と、帰り際魔女マリアは手を振った。
最後にまた遊びましょうね慎ちゃん。と、本心とも冗談とも取れる事を言っていたが、聞かなかった事にしようと思う。
その帰り道、僕は横を歩くアリサに前から気になっていた事を訊ねてみる事にした。「そう言えばさ」と口を開くと、アリサは大きな瞳をコチラに向ける。
「あの白髪男。随分とキミに執着していたようだけど、何かあったの?」
と訊ねると、アリサはほんの一瞬顔をしかめたが、またすぐに笑顔に戻して、「そうですね」と呟いた。
「思い当たる節が無い事もありません」
「あれだけの事件を起こすほどだから、それなりの因縁みたいなものがあったんだろ?」
「因縁……ですか? いいえ。わたくしはただ、子供の頃一緒に遊んでいた時に『雅槻は弱いから嫌い』と言っただけですわ」
アリサは少しだけ思案して、さらりと言った。
「それだけ?」
「それ以降何度か魔法合戦をしてわたくしが全勝しましたわ」
得意げな顔を見せるアリサを見て、僕は「それだ」と思わずにいられなかった。好きな女の子に負け続けた子供の頃のトラウマが忘れられなかったのだと、僕は少しだけ白髪男に同情した。
「雅槻は、道を間違ったのです」
おもむろに真剣な表情でアリサはそう呟いた。
「自分の産まれ持った力量を超えた力を得ようなどと夢さえ見なければ、あんな罪を犯すことも無かったでしょうに」
唇をギュッと結んでアリサは悔しさを滲ませた。
アリサのその表情は同じ魔女が起こした犯罪を悔いているように思えた。それとも子供の頃の知り合いが変わってしまったことへの寂寞だろうか。
「それは違うと思うな」
僕は前を向いたまま答える。
「白髪男が今回の事件を起こしたのはあいつ自身の野心のためさ。そりゃ、子供の頃のトラウマやら、何やら色々思う所があったのかもしれない。その点に同情の余地が無いとは言い切れない。でもね」
と、アリサの顔を見やる。アリサは真面目な顔で見返した。
「自分の道は自分で選ぶものだ。それは人間も魔女も同じだろう? アリサなら、たとえ今回の白髪男の立場にあったとしても同じ道は選ばなかっただろう。あの道を選んだのはひとえにあいつの弱さが引き起こした事だ。その事をアリサが悔やむ必要は無いよ」
それにあいつはキミの事を性奴隷にしようとしたんだぜ、とわざとらしく怒ってみせると、アリサは思い出したように頬を赤くした。
「昔の知り合いが変わってしまう事は悲しい事かもしれない。でもさ、誰だって生きてれば変わっていくものだろ? だったらせめていい方に変わっていく為に笑っていなきゃね」
そう言うと、アリサは頬を赤くしたまま俯き加減に笑みを見せた。
「葛城様……」
「あ、その呼び方は禁止したよね」
「あ、すみません」
「いいよ。呼び方はゆっくり変えればいいから」
*
――八月×日
とうとうこの日が来た。もう逃げられない。
奴の視線をそこかしこから感じる。いや、もうすでに視線というよりは気配に近いのかもしれない。息遣いすら首元に感じるほどだ。
もう僕は覚悟した。いっそ早く殺して欲しいとさえ願っている。
こんな恐怖をこれ以上味わうくらいなら、いっそ……。
――囚人番号**** 田中俊夫の日記より。尚、この日記を発見した時にはすでに田中俊夫は獄中死しており、現在死因を調査中――
第二章はこれで完結です。
この先につながる伏線をもっとうまく入れられれば良かったんですけど……
まだまだ力不足を痛感するばかりです。
第三章は現在準備中です。少しの間お待ちください。




