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魔女と騎士の奇妙な関係  作者: usk
騎士と魔法の短剣
12/24

狙い




 ――七月△日

 僕はとんでもないモノに手を出してしまったらしい。

 あんな事しなければよかった。あいつの言う事なんか真に受けなければよかった。


 軽い気持ちでやったんだ。その証拠に皆ほんの少しかすっただけじゃないか。それが、こんな事になるなんて……。


 神様、もしいるのなら僕の罪を許して欲しい。僕は後悔している。反省もしている。必要なら懺悔だってする。だから、どうか僕をあいつから守ってほしい。


 僕はただただ、あいつが恐ろしい。あのマジシャンが恐ろしい。


 今も後ろにあいつの視線を感じる。いや、横からも、頭上からも、正面からも、四方八方から見られている。あいつは、あいつは人間じゃない。


 恐い、恐い、恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐いこわいこわいこわいこわいこわい……………………――容疑者、田中俊夫の日記より、抜粋。



          *



 県警からの連絡を受け、僕達はそのままの足で容疑者のいる土浦警察署を訪れていた。

 壁にかけられた時計をチラリと見る。時刻はもうすぐ午前零時になろうとしていた。長い一日だと思った。無意識に深呼吸する。取調室からは未だ容疑者の叫び声が続いていた。

 まだまだ帰れそうにない。



 警察署につくと、先ほど病院で見かけた捜査員の一人が出迎えてくれた。

「何度も申し訳ありません。ご足労様です」

 と、捜査員は頭を下げ、簡単に状況を説明してくれた。

 曰く、つい先ほど、丁度捜査員が病院から引き上げるのと同じ頃に、容疑者自らが出頭してきたらしい。本人確認も済み、田中俊夫本人であることは間違いないようだった。


「ただ……」と、捜査員は取調室に案内する道すがら、表情を曇らせた。

「どうにも支離滅裂な事を言うばかりで、取り調べどころじゃないんですよ」


 取調室の前に来ると、室内から漏れ出る声に全員が足を止めた。

 男が甲高い声で何かを喚いている。扉の外からでも容疑者の様子が尋常ではない事が手に取るように分かった。


「なんて言ってるんだ?」と、先輩が耳を傾ける。


 男の声は防音効果のある扉を隔ててなお、鮮明に聞きとる事が出来た。


『助けてくれ』『恐い』『見られている』多少間に別の言葉もはさんではいるが、要約すると男はこの三つの単語を繰り返していた。


「取り調べに入ってからずっとあの調子です。ひどく怯えているようで、質問にも答えようとはしません」

 案内してくれた捜査員は、そう言って首を振った。


「あの……凶器は見つかりましたか?」

 僕がそう訊ねると、捜査員は一層顔を曇らせ、俯き加減に首を振った。


 正直、僕にとっては犯人が誰であろうと関係無かった。全ての犯行は人が引き起こしたものではあるが、言いかえればマンイーターという魔法の道具が引き起こした事件とも言える。マンイーターさえ見つかれば、次の事件は起こらないし、被害者を助けることもできる。

 容疑者を捕まえても仕方ないのだ。全ての元凶はマンイーターが握っている。




      * 狙い *




「さて、どうする?」

 腕を組み、唸り気味に先輩は班のみんなに意見を求めた。先輩が背にしている取調室からは容疑者の喚き声が絶え間なく続き、僕達の間に異様な雰囲気を漂わせている。その異様さが、みんなをますます混乱させていた。


「葛城の言った事を考えれば、凶器が見つからない以上、事件は終わったとは言えませんね」

 宮内は顎に手をやりながら思案顔になった。

「もうすぐ満月でしょ? 今日事件が起こった事も考えると、凶器は別の人間が持ってると考えた方がよさそうね」

「ってことは、まだまだ犯行は続くってことだな」

 そう言って先輩は頭をガリガリと掻いた。面倒くせぇな、と呟く。


「何か手掛かりがあると良いんですけど……」


 僕がそう言うと、思い出したように宮内が目を開き、独り言のように「日記」と呟いた。

「確か、容疑者の家から押収したものの中に日記があるって言ってましたよね」

 宮内が案内してくれた捜査員に訊ねる。


「ええ、ありますよ」

「見せていただく事は出来ますか?」

「もちろんです。コチラへどうぞ」


 捜査員の案内で通された狭い捜査室には数人の捜査員の姿があった。病院で見かけた顔も見受けられる。室内に入ると一瞬睨むような視線を向けたが、すぐに顔をそらされた。さっきの事もそうだが、どうやら県警の連中には僕達SCSは、あまり良く思われていないらしい。


 煙草臭い部屋の一角にある、資料の山積みになった机の前に通されると、捜査員がノートを差し出した。

「これがその日記です」


 拝見します、と宮内が受け取る。比較的片付いている机を借り、ノートを広げると、みんなが身を乗り出した。僕も後ろの隙間から覗きこむ。


 日記は、今年の一月からつけていた物のようだった。一月、二月と、他愛も無い内容が淡々と続いている。仕事の内容やら、一日の出来事やら……読んでいても面白みは無く、本当にただの日記だった。


 しばらく読み進めると、三月辺りから様子が少し変わり始めた。上司と思われる相手の悪口や愚痴が徐々に増え、五月になると、ほぼ毎日が愚痴になった。


「あちゃー……この人相当ため込んでたみたいだねぇ」

 尾上が気持ち悪いモノでも見るかのように顔をしかめるのが後ろからでも分かった。


「気の弱い人間なんだろうな。直接上司に文句を言う事も出来ず、日記で愚痴る事しかできなかったんだろうよ」


 日記が六月の下旬に差し掛かると、ようやくナイフの文字を見つける事が出来た。

 この時の容疑者はナイフにアンティーク的な価値があるのではないかと期待している。まだ自分が通り魔事件を起こすとは思ってはいなかったのだろう。


「コレ……何ですかね?」

 七月のあるページに書かれた一文を指差して宮内が呟いた。指の先には『マジシャン』と書かれている。


「マジシャン、ね。何か気になるのか?」

 先輩が訊ねると、宮内は「ええ」と首肯した。


「この日記を見る限り、容疑者は内向的で、お世辞にも社交性があるとは言えません。その容疑者と、このマジシャンは初対面にも関わらず連絡先を交換しています。おかしいとは思いませんか?」


 確かに、宮内の言うとおり、このマジシャンの登場は少し不自然な気がする。まるでこの容疑者を狙って近づいてきたような感じだ。


「これ……見てください」

 と宮内が広げたページは、そこだけが異様な雰囲気に満ちていた。


 マジシャンを名乗る男にそそのかされて犯行を行った事に始まり、自分のしたことへの後悔と自責の念が書かれている。異様なのはその後だった。

 見開きのページ一枚分に渡って『恐い』という文字で埋め尽くされている。最後の方にいたってはもう文字の形をなしていないが、その事がさらに容疑者の恐怖をまざまざと物語っていた。


「これはまた……ホラー映画でも見てるようだな」


 容疑者の日記はそれ以降更新されていなかった。恐らく最後のページを書いている時点ですでにまともな思考ではなかったんだと簡単に推察できる。


「このマジシャンを名乗る男が怪しいですね」

 ノートを閉じて、宮内が僕達の方を振り返る。

「容疑者をそそのかした、ということは、少なくともこの男は容疑者の持っているナイフが何なのかを知っていたという事でしょう。と言う事は、もしかすると容疑者がナイフを拾った事も、この男が仕組んだとも考えられます」


「要は、この自称マジシャンが黒幕って訳か」

 そう言って先輩はまた腕を組んだ。


「でもさ、もしコイツが黒幕だったとしても、コイツがどんな奴か分からないんじゃ探しようが無いよね」

 と、尾上はまたつまらなそうに言った。


「そうでもありませんよ」

 みんなの顔を見渡しながら、宮内が不敵に笑った。いつも無表情なだけに、その顔はまるで悪さを企んでいるように見えた。



 そこからの宮内の行動は早かった。

 僕達の行動を睨んでいた捜査員達に、いつもの無表情で捜査状況を聞き、日記に書いてあった居酒屋の場所を聞きだすと、その足で居酒屋へと向かい、容疑者の写真を見せつつ、一緒にいたはずの男の容姿を聞きだした。


 容疑者が立ちよってから相当な時間が立っているにも関わらず、店員は二人の事を良く覚えていて、かなり有力な情報を得る事が出来た。


 聞きこみを終え、本部に戻ってくると時刻はすでに深夜二時に近づいていた。ようやく戻ってこれた居心地の良い空間にホッとため息が漏れる。いつもの机に腰掛けると、どっと疲れが押し寄せた。


「店員の話によると、容疑者と一緒にいた自称マジシャンは、年齢が大体二十代前半から後半、身長は葛城と同じくらいと言っていたから、おおよそ百七十前後。痩せ型で目の覚めるような白髪が特徴、と」

 店員の言葉を一言一句書き留めた手帳を開き、確認しながら宮内が呟いた。


「なかなか特徴のとらえやすい人物だな」

 ここに来て捜査が前進した事がよほどうれしいのか、先輩は大きく頷いた。

「こうなると葛城が言った事が生きてきますね」

「よし、この人物像に当てはまる魔女がいるか、今から全員でリストをさらうぞ」


 ――やっぱりか……。

 先輩の号令に、落胆を悟られないよう気力を振り絞って敬礼すると、僕は資料室へと向かった。


 宮内の推理通り、もしこの男がマンイーターの力を知っていたのだとすれば、魔女であると考えるのは自然の流れだった。と、いう事は必然的にリストをさらう事になるわけで……要するにこれから確実に数時間は監禁される事に決まったわけだ。


 警備部から資料室の鍵を受け取り、一人で段ボール三箱分の魔女リストを抱えて対策室に戻ると、さすがに悪いと思ったのか、それとも自分自身が長期戦を覚悟しての事なのか、先輩が「出前頼んでおいたぞ」と声をかけてきた。


 二十四時間やっているラーメンの出前だ。味はまずくは無いがうまくも無い。一日中注文できるという利点以外は、特筆すべき点のない、いたって普通のラーメンだが、先輩の奢りなので文句を言えるはずもない。まぁ、夜食を頂けるのは確かに嬉しいんだけど、それだけで穴埋めされるのもなんか納得がいかなかった。



 途中、ラーメン休憩をはさみつつ、全員でリストをさらい始めて三時間も経過すると、さすがに眠気で瞼が重くなってきた。腹が膨れた事がさらに眠気に拍車をかけている。


 固まった身体を伸ばす為に両手を高々と上げながらみんなの様子を窺うと、予想通りと言うか、真面目にリストに目を凝らしているのは僕と宮内だけで、尾上にいたっては夜食を取るとすぐに寝てしまったし、先輩はすでに飽きたのか、煙草に火をつけたまま船を漕いでいた。


 ふぅ、と一つ大きく息を吐いて残りのリストに手を伸ばす。と、隣で熱心にリストに向かっていた宮内が小さな声で「あった」と呟くのが聴こえた。


 首を伸ばして宮内に見ていたリストを覗きこむと、確かに白髪の男の写真が載っている。名前のを確認しようと目を移すと、同時にこんな時間にも関わらずポケットの中で携帯電話が鳴り、僕は思わずビクンと体を震わせた。

 突然鳴り響いた携帯の音に宮内が怪訝な顔を見せる。僕もこんな時間の電話に訝りながらも手で合図をして部屋を出た。


 静かにドアを閉め、けたたましく音を撒き散らす携帯の画面を見ると、『ミサ』の名前が点滅していた。


「……もしもし」携帯を耳に当てて不機嫌な声を出す。こんな時間にかけて来るなんてどういう神経をしてるんだ、と。

「葛城か?」

 どこにいるのか詳しくは知らないが、恐らく時差の関係だろう、ミサの声は眠気のある僕とは大違いだった。

「なんだよ。今何時だと思ってるんだ?」


「それどころではない」慌てた様子でミサは言葉をまくしたてた。「今わたしの占いの結果にリサ様の身に危機が迫っているとの暗示が出た。そこにリサ様はいるか?」


「いや……いないけど。悪い、まだ仕事中なんだ」

「バカモノ!」

 突然耳元で怒鳴られて一気に眠気が飛んだ。思わず携帯を耳から離す。


「貴様それでも騎士か! 今すぐリサ様の元へ戻れ! わたしもすぐに駆け付ける」

 怒鳴るだけ怒鳴ってミサからの電話は一方的に切れた。


 残された僕は規則的に機械音を発する携帯を片手にほんの少し立ちすくんだ。頭が状況を理解すると慌てて部屋に戻り、荷物をかっさらい急いで駐車場へと向う。背中越しに宮内が何かを言っていたが、聴こえないふりをした。


 リサが危ない! ……のかもしれない。





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