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魔女と騎士の奇妙な関係  作者: usk
騎士と魔法の短剣
11/24

異変




 先輩からの電話の後、リサに事情を説明して僕は急いで車に飛び乗った。着替えもしないで寝てしまった事が今日ばかりは好都合だったようだ。なかなか絶妙なタイミングの電話だった為、ほんの少し後ろ髪を引かれる思いだったけど、そんなバカな、と自分に言い聞かせて振り払った。リサは魔女だぞ、と。


 車を飛ばして駆け付けると、すでに全員が集まっていた。どうやら僕が一番最後だったらしい。体当たり気味にドアを開けて慌てて敬礼する。

「遅くなりました!」


「遅い! 召集には十分で駆け付けろ」

「申し訳ありません!」

 誰もいない対策室に先輩の声が響いた。


 普段、対策部のメンバー全員が集う室内は、それぞれの机が置いてある為意外と広い。と言っても大体の隊員がそれぞれ捜査に出ている為、室内で顔を合わせるのは朝礼の時くらいのものだが、この広い室内に長沼班の四人しかいないという状況は、今回が初めてだった。


「おし、全員そろったな。状況を説明するぞ」

 先輩は自分の机の上に腰をおろし、腕を組んだ。いつになく表情が険しい。

「ついさっき俺の携帯に、県警の捜査員から連絡が入った。今日の十九時頃、また被害者が出たらしい」

「十九時と言うと、大体三時間前ですね」宮内が時計を見ながら呟いた。

「で? 被害者は」

 尾上はいつものようにつまらなそうに口を開いたが、その表情には確かに真剣さが窺えた。


「くわしい話は聞いてねぇンだけど、二十代の女性だそうだ。今県警の連中が事情聴取してる。それが終わったら、今度は俺らの番だ」

「本当に、連続通り魔のしわざなんですか?」

 ――だって、まだ満月になってないじゃないか。


 マンイーターが最大の力を発揮するのは満月の夜だと魔女マリアは言っていた。被害者の現状も、魔女協会本部からマンイーターが盗まれていた事も、犯人がマンイーターを使って犯行を行っている事を示している。それなら満月を待たずに犯行を行うとは考えにくいんじゃないだろうか。


「まだわからねぇよ。それも含めて被害者に話を聞くしかねぇだろうが。いいから急いで病院行くぞ。葛城、車出せ」




        * 異変 *




 被害者が搬送されたつくば記念病院には、しんと静まり返った暗い駐車場に警察関係と思われる車が数台停まっており、そこだけ不穏な空気を漂わせていた。

 僕達が病院に到着すると、丁度捜査員が数人病院から出て来るところだった。救急入口に車を横付けして僕達は車を降りた。


「被害者の状況は?」と開口一番、先輩が訊ねた。

 すると、捜査員の一人が、静かに首を振る。

 柔和な顔つきの捜査員は、ズボンのポケットに手を入れたまま、肩を落としているように見えた。白髪の目立つ頭に細身の体が、哀愁を漂わせている。


「わざわざ来てもらって済まないが、被害者はすでに意識不明だそうだ」

 そう言った捜査員の声はか細く、落胆している事がありありと分かった。

「どういう事だ? 重症なのか?」

「いや、今までと同じように傷は大したことは無いそうだ。病院に運ばれた時には意識もはっきりしていて、別段取り乱した様子も無かったそうだが、ほんのついさっき、容体が急変したらしい」


 ――おかしいな。

 マンイーターで斬られたとしても、今までは意識を失うまで個人差はあっても最低でも数日はかかっていた。ましてや今はまだ満月でもないのだから、マンイーターは最大の力を発揮していないはずだ。意識を奪うには早すぎる。


「全く……この事件は訳がわからないよ」と、白髪の捜査員が零すように呟いた。周りの捜査員も困惑した表情で立ちすくんでいる。

「被害者の中にはかすり傷程度の人もいるってのに、みんなこん睡状態に陥ってしまう。調べても毒物反応は無し。じゃあ一体どうして被害者は意識不明になっちまうんだ? 目撃証言もなく、被害者から話を聞く事も出来ないから捜査も進展しない。一体どうなってるんだか……」


 ため息とともに捜査員は天を仰いだ。救急入口から漏れる光に照らされた横顔が疲れきっている。恐らく相当歩き回っているんだろう。細い体が、余計に細く見えるような気がした。


「ありえないですよ」捜査員の一人、比較的若い捜査員が喚くように言う。

「こんな事件、普通じゃ考えられません。これは我々の管轄じゃない。そうでしょう?」

 と、縋るような目つきで僕達を見回した。

「それは我々にも分かりません」

 宮内が冷静に答える。多くを発しない簡潔な言葉は宮内らしかった。

「何言ってるんだ! 明らかに魔法による犯罪じゃないか!」


 僕達にとってはいつもの事だが、宮内の表情を変えない喋り方は若い捜査員の逆鱗に触れてしまったらしく、突発的に激昂した捜査員は宮内に噛みついた。

「これはあんたらの専門だろうが! 合同捜査になってしばらく経つのに何も進展しないまま被害者が増えちまった。あんたらがまともに捜査してないんじゃないか?」

「我々も全力を挙げて捜査しています。ただ、情報が少ないのは我々もあなた方と変わりません」

「どうだか、俺たちが知らないような事も知ってるんだろう。なんたって、あのSCS様だからな」


「そこらへんにしときな」

 白髪の捜査員が若い捜査員をたしなめた。すいませんねぇ、と柔和な顔で謝る。

「コイツの言うとおり、分からない事だらけでね。皆苛立っているんですわ。コイツの非礼は詫びます」と、小さく頭を下げる。が、そのままの姿勢で「でもね」と言うと、ガラリと顔つきが変わった。「こりゃどう考えてもあんたらのヤマだ。俺たちよりもお前さんがたの方が、詳しいはずだろう?」


 白髪の捜査員の醸し出す迫力に、寒気が走った。柔和な顔立ちだっただけに、その変わりようは恐ろしいほどだった。


「そうだな……」先輩が頭を掻きながら、面倒くさそうに答える。

「あんたらの言うとおり、これは魔法犯罪に間違いねぇよ。そんなことはわかってる」

 そう言って、先輩も捜査員たちを鋭く睨みつける。すると先ほど激昂した若い捜査員がぶるっと体を震わすのが、少し離れた僕の位置からでも見えた。

 言われたままにしておけないのは先輩の性格だというのは分かってるけど、睨みあいじゃないんだから、と思わずにはいられない。


「ただ情報が無いと何も分からないのはこっちも同じさ。何とか協力しましょうや」

「もちろんですとも。早く犯人を捕まえなけりゃ、みんな安心して暮らせませんからな」


 両方のリーダーが眼光を光らせたまま口元だけ笑みを浮かべて合意を求めている姿は、見ている方としてはハラハラせずにはいられなかった。意地っ張りな先輩の事だから県警と敵対してしまうんじゃないかと心配になってしまう。



 本部へ戻る車内は静まり返っていた。

 皆、意気消沈している。何もできないまま被害者が増えてしまった事に心を痛めているのは誰も一緒だった。


 僕はゆっくりと車を走らせながらルームミラーに目をやった。腕を組み、不機嫌を露わにした先輩の横に、眉間にしわを寄せた思案顔の宮内が映っている。


 ――やっぱり、言わなきゃダメか……。


 新たな被害者が出始まってしまったからには、僕個人の思惑などを言っていられる場合では無くなってきた。やはり、魔女マリアに教えてもらった情報をみんなと共有しなくては、捜査にこれ以上の進展を望むのは難しい。今までの被害者も、いつ精気を吸われつくされてしまうか分からないし、もともとこの事件は時間との勝負なのだ。


「あの……」

 僕はルームミラーに映る先輩に声をかけた。

「今回の事件なんですけど……」僕は意を決して口を開く。「マンイーターというナイフが使われているんだと思います」


 落ちこぼれの思いがけない発言に皆一様に同じ顔をした。驚きと困惑の表情だ。

「どういう事だ?」と先輩が訊き返す。


 僕は何とか魔女と関わっている事がばれないように言葉を探した。

「あの、俺独自にずっと調べてたんです。その……資料部の文献とか漁って。それで、その中で見つけたんです。被害者が意識を失う原因を」


「それがマンイーターっていうナイフなの?」

「はい。マンイーターは斬りつけた相手の精気を奪う魔法の短剣なんです」

「それで意識を失う訳か……」

 後部座席から宮内の呟く声が聴こえた。

「俺も資料部の文献はざっと目を通したけど、そんなものは見つからなかったな」


 ドクン、と頭の中で音がした。

 宮内の事だから資料部には行ってるとは思っていたけど、まさか全ての文献に目を通してるわけじゃないよな。と、不安になったが「それで?」と先輩が先を促してくれるので宮内の追及は回避できそうだった。

「マンイーターは月の影響を強くうけるそうです。新月の時には力を発揮せず、満月に最大の力を発揮するといった感じで」


「なるほど、だから最近事件が起きなかったのね。そう言えば満月も近いし……今回の事件が起きたのも納得だわ」

 助手席で尾上が手を叩く。うんうんと頷くのが横目に見えた。

「なるほどな。それで? そこから犯人の手掛かりなんかは分かるのか?」


 ――やっぱりそうくるよなぁ。

 と、僕は肩を落とした。さすがに僕が持っている情報をこれ以上教えることはできない。

 マンイーターが魔女協会で保管していた呪われた道具だという事はまだしも、それを何者かが盗んで使っているなんて事は魔女協会の内でもトップシークレットの情報だ。一介のSCS隊員が持っている情報にしてはいささか規模が大きすぎる。言ってしまったら一発で魔女とのつながりがバレてしまう事は明らかだった。


「すいません。それ以上の事は……」と、申し訳なく言うと、後部座席からも落胆の声が上がった。

「そうだよなぁ。葛城なんかにそれ以上の事が分かるわけねぇよなぁ」

「でも、葛城君にしては上出来じゃない?」

「そうですね。俺にも見つけられなかった情報を見つけるなんて奇跡ですよ。もし葛城の言ってる事が正しいなら、犯人は魔女と関わっている事になる。半歩前進ってところですか」


 その後、みんなから言いたい放題言われながらようやくのことで本部まで戻ってくると、車を降りる前に先輩の携帯電話がけたたましい音を立てて鳴りだした。

 車内の空気が一変するのを肌で感じた。みんなの顔が一瞬で険しくなる。先ほどの事もあるのでもしかすると、という思いを皆抱いているようだった。


「……もしもし」


 車内に先輩の声だけが響いていた。

 険しい表情のままなるべく声を押さえて通話する先輩の表情を誰もがじっと見つめていた。会話の内容を訊く事が出来ない為、先輩の一挙手一投足を見逃すまいと目を皿にする。


 短い通話の後、電話を切った先輩は、一つ深い息を吐いて、僕達の顔を見渡した。

「さっきの県警の奴らからだ」と、前置きをして先輩は携帯をポケットにしまうと一層表情を険しくした。その様子を誰もが固唾をのんで見守る。


 良い知らせなのか、悪い知らせなのか、判断しかねる顔だった。元々が飄々とした表情をしている事が多い為、険しい顔では判断がつきにくい。要するに見慣れていないのだ。


 先輩が胸ポケットから煙草を取り出す。ゆっくり火をつけ、大きく吸い込んだ。煙草の燃える音がじりじりと鳴り、深呼吸と共に車内に煙がまき散らされた。吐き出した煙はゆらゆらと車内の隅々まで行きわたる。まるで先輩の不安を露わしているかのようだった。誰かが喉を鳴らす音が聴こえた。それを合図に先輩がおもむろに口を開く。


「急な話でいまいち信じられねぇンだけど……」

 そう言ってたった一回吸い込んだだけの煙草を灰皿に押し付け、先輩は鋭い眼光をそれぞれに向けた。

「容疑者が、捕まったらしい」





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