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第13話その2

 可愛らしい赤ん坊は、いくら見ていても飽きない。

 勉強していても15分と持たず、二葉はまたガラス越しに赤ん坊を見てしまう。

(さすが優三(奥様)の子。将来は絶対すごい美女になる。今まで見た赤ん坊と全然違うもの。)

 だが、しばらくして赤ん坊からは二葉が見えていないのだということがわかった。

 赤ん坊がじっとこちらを見ていると思って二葉が手を振ったり表情を変えたりしても、何にも反応しないからである。二人を隔てているこのガラスは、マジックガラスになっているのだろう。

 『12号。今から6時間眠ってください。』

 ある時間になると、こういうお休みコールが流れる。

 二葉が眠っている6時間は、別の研究員が監視をするのだろう。24時間完全管理なのだから、交替せざるを得ない。

 しかし、「12号」という呼び方は何とかならないのか。

 研究所の持ち物で、人工児の12号だから「12号」なのはわかる。だが、ロボットのシリアルナンバーみたいで不快だ。自分が道具で、人間ではないとわかっていても、やはり気持ちのいいものではない。

 次の日、今回研究所に来てから初めて基が部屋を訪ねてきた。

 二葉はシャープペンを持ったまま、だまって頭を下げた。

 「ご苦労だね。赤ん坊は、どうだい?」

 基の顔は穏やかで、二葉は安心した。

「今のところ、異常はありません。」

「そうか。」

 基は、二葉と向かい合うようにしてベッドに腰掛けた。

「体調は、どうだい?この間のような眩暈とか、頭痛は?」

「急に立ち上がると眩暈はしますが、すぐ直ります。」

「そうか。・・・だいぶ実験台として無理をさせているから、身体に負担をかけすぎた。今後も同じような症状は起こりうる。薬を処方してみたから、試してみてくれ。食事につけておくからね。」

「はい。」

 会話が途切れると、目のやり場に困って二葉は赤ん坊の方を見た。

 実感がなくても、「父」という存在と二人きりになって何を話せばいいかわからないし、どういう顔をすればいいのかわからない。居心地が悪くて、逃げ出したくなる。

「可愛いだろう?あの夫婦の子だからな。」

基の言葉に、二葉は頷いた。

「絶対、美人になりますよ。・・・あの子、私みたいにどこかへ預けられるんですか。」

「そのつもりだ。」

「私では、駄目でしょうか。」

「え?」

基は、思わず二葉の目を覗き込んだ。

「私も、あと1年で二十歳です。高校生をやるにも限界です。その後、この研究所に戻ってあの子を育ててはいけませんか。」

「それは無理だ。私はあの子をこの研究所から出して、普通の人間として育てたいと思っている。」

「では、私も。」

「二葉が、どうやって社会で子ども抱えて生きていくつもりだ?お前に何をして稼ぐことができる?履歴書には何て書くつもりだ?悪いが、私は二葉を社会で生きていかれるように育ててはいない。社会に出たときに違和感なく馴染めるよう、幼少期は研究所から出すが、その後は研究所の所有物として生きていく術しか与えられない。」

「・・・。」

「まあ、いつまで持つか確証はないんだ。あの赤ん坊も、君も。」

基は、歳をとって落ち窪んだ目で二葉をみつめた。

「研究試料だからね。何十年も持つ保障はどこにもない。」

「・・・じゃあ、優三(奥様)は長生きした方ですか。」

「まあ、そういうことになるね。」

「私は、別に長生きなんてしたくありません。セシリアさえ救えれば、それで終わりにしたい。」

 基は、眉をひそめて二葉を見つめた。

「生きていたくない、ということか?」

二葉は、汚れのない赤ん坊を見たまま答えた。

「私は罪人ですよ。生きる資格なんかないんです。セシリアのことさえ無ければ、今すぐ実

験台として刻まれてもかまわないんです。」

「生きててよかったと思ったこともないのか?・・・一度も?」

 二葉は、唇を震わせた。

「楽しいことも、嬉しいことも、ちゃんとありました。でも、そんなの許されない。」

「許されない?」

「たくさんの人を犠牲にした私に、楽しむ資格なんかないでしょう?」

「・・・そんな悲しいことを言うのか。」

「そうさせたのは、この研究所です!どうせこの赤ん坊だって、同じ道を辿るんです。そして毎日自分に言い聞かせる。『あきらめなさい、これが私の運命みちだから』って!」

 基は瞳を伏せ、だまったまま部屋を出た。

 遠い昔、今と同じセリフを聞いた覚えがある。

 それを言ったのが優三だったのか、美鈴だったのか、それは定かではない。

 だが、同じ瞳をしている。

 それは、そうだ。

 皆、同じ血をひいているのだから。

 優三の父に当たる元々の遺伝子は、美鈴と基の父の物だったのだから。

(世界中から選りすぐったどの遺伝子よりも、自分の遺伝子を選ぶなんてエゴイストでナルシストだった父らしい。自分よりも優れた人間なんて、信じていなかったんだからな。)

 だが、この事実を美鈴は知らない。

 今更、優三が妹だったなんて美鈴は知りたくもないだろう。

(遺伝子操作しているんだ。・・・結局、他人と同じだ。)

 基は、時々わからなくなる。

 一体、自分は何がしたいのだろう。

 やりたいと思った実験を、成功するまで繰り返す。限界が来たときには、正直、どうでもよくなっているということも、多くなってきた。

 そんな疲れや気の緩みが、事故や失敗の引き金を引くことになる。

 そしてそれは、いつも突然やってくる。

 ほんの少しの隙をついて、やってくる。


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