第4話その9
理由もなく突然「学校へ行かなくていい」と言われた二葉は、開いた口がふさがらなかった。
一体、何が起こったというのだ?制服は捨てられ、部屋から出してさえもらえない。
抵抗したら、家から追い出される。居場所を示す発信機。内緒話を許さない盗聴器。そんな弱みを握られている二葉に、成す術はなかった。
1週間ほど後、真崎潤一は自ら学校へ赴き、校長に告げた。
「結衣は、友人が迫害を受けていることと、宿題についての悩みを担任に打ち明けましたが、体よくあしらわれてしまったんです。気の弱いあの子が、どんな気持ちで相談したかわかりますか?それが、大した問題ではないかのように扱われたんです。結衣は傷ついて、もう、学校に通えない身体になってしまいました。学校に行こうとすると、腹痛を起こしたり、熱を出したり、動けなくなるんです。・・・新学期に、別の学校へ転校させます。この学校の対応に、私共は賛同できません。」
結衣が突然登校しなくなったことが、祥子にはどうしても納得できなかった。
最後の日の別れ際、結衣は祥子を励ました。その結衣が、どうして学校に来なくなるのか?
― また、明日ね。 ―
そう言ったのは、結衣だったではないか。
結局、宿題は提出せずに終わったが、問題が解決したわけではない。
父とは相変わらず気まずいまま、まともに顔もあわせていない。
いやらしい揶揄は減りつつあるものの、クラスメイトの嫌味は相変わらず続く。
結衣はあの日、もう学校に来ない覚悟だったのだろうか。だから、あんなに嬉しい言葉を残していったのだろうか。
(でも、やっぱり、わからない。)
主を失くした、隣の席。
いつになっても、埋まることがない。
篠崎に聞いても、何もわからない。
いくら考えても、やっぱり謎だ。どうして急にこなくなってしまったのか、理解できない。その理由を、教師は何も話してくれない。
(どうしてなの?私を一人置いて、いなくなってしまうなんて・・・。)
祥子は、本当に独りになってしまった。
学校では、いつも俯いて、誰とも口をきかない。誰も、祥子に話しかけない。
(私も・・・学校、辞めちゃいたいよ。)
しかし、この学校にいる限りは学費全額免除だが、例え公立の学校に転校しても、制服やら教科書やら給食費やらでお金がかかる。結衣とは、立場が違う。
(嫌だよ。私、こんなところに一人残されるなんて。)
すべてが、つまらない。
学校にいても、家にいても、楽しいことなんて一つもない。
自分の存在理由がわからない。
(私、なんで生きてるんだろう。)
そんな疑問が、毎日脳裏をかけめぐるようになった。
駅のホームで電車を待っていると、不意に、線路に吸い込まれたくなる。
交差点で信号待ちをしていると、迫ってくる車の前に飛び込みたくなる。
暗い夜空に光る星を見ていると、そのまま瞳を閉じて倒れてしまいたくなる。
毎日が、こんなに味気なく、空しいものになるなんて。
何が、いけなかったのだろう。
何をどうすれば、こんな気持ちから脱することができるのだろう。
考えれば考えるほど、深みにはまっていく。
どんどん、出口から遠ざかっているような気がする。
(誰か、助けて。)
広い空を仰いで、祥子は高く高く手を差し伸べた。
(どうか、私を救って・・・!)
もっと激しい悲しみや過酷な運命に身を投じ、生きることに懸命になるしかないなら、こんな空しさから解放されるのではないか。半端な悲しみと半端な状況に身を置き、何かに集中することも懸命になることもない方が、かえって辛いのではないだろうか。
(何かに、打たれたい。)
どしゃ降りの雨の中、祥子は傘をささずに歩いてみた。
(もっと、激しく、痛めつけられたい。)
額から目の中に入った雨粒が、瞳を痺れさせる。だが、それくらいで祥子は満足できない。
(もっと、引き裂かれるような痛みが欲しい。どうにもならない運命が欲しい。激しい悲しみで、すべてを忘れてしまいたい。すべてを、ぐちゃぐちゃに掻き乱してしまいたい・・!)
熱でも出して、寝込みたい。
心の痛みと身体の平穏とのアンバランスが堪らない。
眠っても、目が覚めても、変わらない世界が待っている。
祥子の心が波立っているのに、周りの世界は何も変わらず落ち着いている。それが、堪らない。
何もかもが、堪らない。