第1話その1
小高い丘の上に、その学校はあった。私立星条女学院中等部。付属の幼稚舎、そして高等部が隣接する。紺のセーラー服に赤いシフォンネクタイ。校章と各自のイニシャルがデザインされたブローチが、ネクタイ留めとして胸元を飾る。
中学1年の3学期。二葉はここに転入した。
美鈴の使命を理解しながら、未だそれを一度も実行できていない。それは、二葉がすぐに学校に馴染んでしまうからだ。なるべく多くの実験台を手にするため、1学期か2学期ごとに転校を繰り返す予定だった。だが、何も理由がなく転校を繰り返すのには無理がある。そのため、一番良い理由づくりに「不登校」になるよう命ぜられていた。何となく休みがちになり、やがて登校しなくなり、周りが二葉の存在を忘れた頃、二葉が探し当てた実験台のターゲットを美鈴が拉致するという算段だった。ところが、二葉は気をつけていても、どうしても友人ができ、親しくなってしまい、「不登校」とは無縁の状態になってしまうのである。業を煮やした美鈴は、盤若の面のような形相で二葉を脅した。
「今度失敗したら、優秀だろうとなかろうと、あんたが一番親しくなった子をさらって実験台にしてやる。・・・セシリアのようにね。」
二葉は唇を噛み締め、自分の使命を今一度、心に刻み付けた。
セシリアを目覚めさせるために、美鈴は20人の生け贄を要求している。研究所が欲しているのは、18歳までの若い遺伝子と肉体だった。よって、二葉が高校生で通じる20歳までに毎学期転校を繰り返して一人ずつターゲットを見つけるとしても、もう、失敗できないところに来ていた。
(優秀で、性格の悪いやつを見つければいいんだ。それなら、できる。)
両拳を胸の前で握りしめ、二葉は覚悟を決めた。
1年椿組、というクラスに入った。女子校は初めてだが、なんとなく喉の奥がむずがゆい。会話から、生活そのものに至るまで、何かフワフワしている。
だが、その中で一人、異質な少女がいた。
ショートカットで一重の鋭い目。中性的な魅力があり、わかりやすいくらいクラスの中で憧れの的になっている。だが、周りは皆、とりまくだけ。容易に近づけないオーラのためか。
真淵南織。
特別な友人はおらず、どちらかというと一匹狼。
南織はオーケストラ部に所属し、ステンドグラスから神秘的な光が注ぐ吹き抜けのラウンジで、毎昼、ヴァイオリンを奏でる。練習というが、その音色といい、観客の多さといい、どう見てもリサイタルのようだった。自然の光が、こんなにも人の横顔を美しく浮かび上がらせるのだということを、皆が認識せずにはいられない。
二葉は、唇を噛みながら南織を遠くから観察していた。
実験材料として、ふさわしい人物だ。
見ているだけで、幸せになる。勇気が湧いてくる。
(だめよ。彼女は、今の世に必要な人よ。第2のセシリアにはできない。)
二葉は視線を落とし、南織のヴァイオリンの音色に背を向けた。
(別のを探そう。優秀でも、性格が悪くて、周りに害をもたらす、そんな人を。)