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第2話その5

 約束の時間になった。

 潤一は多くの新鮮な臓器と優三を、勝ち誇った表情で引き取りに来た。

 別れ際、基は優三に言った。

「ありがとう、優三。二葉のことは、あとは私が何とかする。」

「何とかなりますか?あの子は少し、平静になっただけよ。」

「わかってる。・・・二日後、御宅へ伺う。その時に、また。」

 潤一は一刻も早く臓器を捌かねばならないため、すぐに優三を助手席に押し込み、車で走り去っていった。

 部屋に戻った基を、美鈴が追ってきた。

「少し休みましょう。私達も研究員達も、この3日、殆ど眠っていないのだから。」

「・・・そうだな。」

「二葉は、どうなさるの?結局、3日ではどうにもならなかったのでしょ?」

「優三はよくやってくれたよ。・・・あとは、私の力次第だ。」

「お兄様の力?でも、お兄様の力が限界だったから、優三を頼ったのでしょ?」

「だから、別の手立てを考えた。あさって、オーナーの許可を得てくる。そしたら、美鈴にも助けてもらう。ゆっくり休んで、体力を回復させておいてくれ。」

 

 真崎潤一の邸宅は、杉並区の閑静な住宅街にある。200坪ほどの土地に芝生を敷き詰め、手入れの行き届いたイギリス風の小庭園を見ながらレンガ敷きのアプローチを抜けると、玄関に着く。基がこの家を訪れる日には、お手伝いや運転手すべてに休暇が与えられる。遠野研究所と、真崎グループとの繋がりを隠すためだ。基は地味なスーツに安っぽいブリーフケースを抱え、セールスマンを装って中に入る。長居は、しない。

 潤一は応接室で基と向かい合った。

「話というのは、何だ?」

 高飛車な物言いに、基はいったん言葉を呑み込み、そして言った。

「二葉の記憶を消す手術をさせてください。」

「・・・何?」

「二葉をより確かな刺客とするために、あの子の今までの記憶をすべて、消去したいのです。その方が刷り込みも楽です。・・・実験の一つとして、許可をしてください。」

 潤一はニヤリと笑った。

「・・・なるほど。そうしなければ、回復の見込みがないということか。」

「・・・お願いします。」

「君の手によって生まれた人工児は二葉を含めて5人いる。なのに二葉以外は皆死んでしまった。それはなぜだ?君が二葉ほど、他の子を大事にしなかったからだろう?・・君にとって二葉は研究所の実験台じゃない。君の遺伝子を継いだ、君の娘なんだよ。」

 潤一は軽侮のまなざしを基に向けた。

「所詮、君は研究者じゃない。自分の娘を優先させる、ただの雑魚だというわけだ。」

 基は奥歯を噛み締めて、屈辱に耐えた。潤一は、こういう人間だ。いや、これが人間か?

「土下座しろよ。」

「・・・!?」

「助けたいんだろ?娘を。素直にそう言えばいい。廃人同様では使い物にならないから、殺さざるを得ない。でも、それは忍びない。だから記憶を消す手術をして、生き延びさせたい。そう言えばいい。私の足元に頭を下げればいい。二葉は私の物だ。本来どうしようと、私の自由なんだ。それを、君の思い通りにしたいのなら、土下座くらい当たり前だろう?」

 それを、応接室の外で立ち聞きしていた優三は堪らず、部屋に飛び込んだ。

「やめて!」

 優三は基の前に立ちはだかった。薄い紫のフレアスカートの襞が、膝を付きかけた基の目の前に翻る。

「どうして、そんなことをさせるの?二葉の手術だって、一歩間違えば大変なことになるのよ?その危険を承知してまでやらなければならない所長の決意が、あなたにはわからないの?研究所は、あなたの物よ。研究結果も、あなたのものにすればいい。でも、所属している人間は、あなたの所有物にはできないわ!人間は、物ではないからよ!」

「やめてください、奥様。」

基は優三の腕をつかみ、自分の後ろへ追いやった。

 優三の言葉に激怒の表情を浮かべる潤一の足元に、基はすぐさま頭をつけた。

「お願いです。・・・私の娘を、助けてください。」

 潤一は優三の鋭い視線を跳ね飛ばすように右手を振り翳した。

「私を誰だと思っているんだ!思い上がるのもいい加減にしろ!」

潤一は基の後ろにいる優三の腕をつかむと、その細い身体を絨毯の上にたたきつけた。

「優三!お前は何様のつもりだ?私のために作られた人形の分際で、一体誰に口をきいてるんだ!?」

 基は額を床に押し付けたまま、動けずにいた。優三の思いやりが潤一の怒りを招いてしまったのだ。潤一は背中越しに基に言い放った。

「二葉を殺せ。これは命令だ。」

 バタン、と音をたてて閉められた扉が、基を暗闇へと閉じ込めた。

 額から汗が滲んでいる。

 優三は身体を強く打ち、起き上がれずにいる。だが、倒れたまま優三は泣いていた。

「ごめんなさい・・・。私が出てこなければよかったのに・・・。私・・バカで・・ごめんなさい・・・。」

 基はゆっくりと立ち上がると、優三の身体を起こしてやった。

「大丈夫か。」

 優三は泣いている表情も、憂いを帯びて美しい。

「私のことより、二葉が・・・。」

「優三は、もう、二葉に関わってはいけない。自分の役割を果たすことだけを考えるんだ。おとなしい、美しい真崎潤一の妻でいれば、何不自由のない優雅な暮らしができるんだから。」

 優三は、首を振った。だが、それ以上の本音は口にできなかった。盗聴器で監視されていることを意識し、これ以上潤一の機嫌を損ねたら、それこそ基の身に何が起こるかわからないと思ったからだ。

 基は、そのまま一言も言葉を発することなく、真崎邸を後にした。

 二葉を殺せというオーナーの命令を、背負って。


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