第2話その3
二葉は、夢を見ている。その夢の中にはセシリアがいて、そして南織が笑っている。だが、二葉が声をかけた瞬間、二人はたちまち凍りついて動かなくなるのだ。そして二葉が指を触れた瞬間、粉々に砕け散り、その欠片が二葉の喉をつきさす。苦しみの叫びをあげるのに、それは「音」にならない。それが永遠に続く夢だ。
しかし、今日は少し違った。
叫び続けていると、遠くに金色の光が見えたのだ。
細い小さな光だが、それは二葉の喉に突き刺さった氷の欠片を溶かしてくれた。
目覚めると、そこには美しい顔があった。そして、優しい腕に包まれていることを知った。
「さあ、これをお飲みなさい。」
二葉の口にカップがあてがわれた。だが、長い間何も受け付けていなかった二葉の身体は、それを拒絶した。温かいミルクは二葉の喉を通ることなく、すべて口の端から漏れてしまった。すると優三はミルクを自分の口に含み、二葉に口移しで飲ませたのだった。効率が悪い上、二葉は咳き込んで半分は出してしまうが、それでも優三は根気強くそれを続けた。
優三にとって、二葉は25年前の自分自身だった。
どうにもならない運命をつきつけられ、翻弄されている。
優三には救いがなかったものの、潤一と結婚するまでは優しい養父母が傍にいた。だが、二葉にはそれさえない。だから、優三が肉親代わりに傍で支えたいと思った。
なぜ優三が研究所に残ることを潤一が許可したのか、優三は知らない。二葉と二人きりの静かな部屋の中で、外の様子はまったく計り知れない。だが、優三は二葉を正気に戻すことで頭が一杯だったため、気にする余裕もなかった。
その頃美鈴は、研究所の外へ出る準備をしていた。
「まず樹海をまわって、あとはホームレスをあたるわ。お兄様は手術室で待機していてちょうだい。」
基は、美鈴に言った。
「すまない。・・・美鈴にまで、無理を強いる。」
「研究所のためでしょう?別に二葉がどうなったっていいのよ。ただ私は、オーナーの命令に従うだけ。」
「気を・・・つけろ。」
「ええ。どんなに焦っても、尻尾をつかまれるような失敗はしないわ。」
基も、美鈴も、この研究所の所長の子として生まれたその日から、すべての道を決定づけられた。横暴なオーナーに、逆らおうと思ったこともある。だが、いつもオーナーは自分達の弱みにつけこみ、取引をもちかけ、高みの見物をしているのだ。
もし、これで二葉が正気に戻らなかったら。
3日後、臓器が必要量そろわなかったら。
考えても仕方のないことだ。
今は、信じるしかない。
3日後に、すべてが、無事に解決することを。