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第2話その2

 2ヶ月に一度、優三は研究所に連れてこられる。研究所の作品としての成長記録をとるためだ。12歳のあの日から、一度も欠かされたことはない。

 そんな中、二葉の存在を知った。

 12歳という優三と同じ年齢で運命を決定付けられた少女が存在する。

 優三が潤一の言いなりになっているのは、養父母の平穏な暮らしのためだ。だが、二葉の養父母はもともと研究員だったことから、二葉が研究所に引き取られた直後に殺されてしまっている。そんな二葉を言いなりにさせているのが、冷凍睡眠の実験台となったセシリアという親友だという。研究所の汚いやり方は、25年前から、何も変わっていないのだ。

 ただ、ほんの少しだけ救いなのは、現所長、遠野基が二葉の父であるということである。だから二葉を、そうそう無碍に扱えないらしい。それゆえに基は、心を凍結させてしまった二葉を案じ、優三に相談したのである。

 優三は基に、「必ず正気に戻してみせる」と約束した。

「私たちの屋敷に連れて行くのはまずいでしょうから、私が研究所に残ります。」

「それはありがたいが・・・オーナーはお許しにならないでしょう。」

「医師である所長にも、美鈴さんにも治せないのは、医療だけの問題ではないからです。二葉には、愛情とか優しさとか、そういうものが絶対に必要です。それをあげられるのは、私だけです。そうでしょう?」

 基はオールバックにした頭を抱え、眼鏡の奥の眉間に深い苦痛の色を浮かべた。実際、基には手の施しようがないほど、二葉は重症だった。美鈴など、半径10m以内に近づくだけで、二葉は痙攣を起こして気絶してしまう。

 だが、優三の腕の中で安らかに眠ってしまった二葉を見た基は、もはや優三に頼るしかないと確信した。精神異常をきたした二葉では、実験材料としての元をとることができないどころか、生かしておくための余計な世話が必要になってしまう。基はその苦しい事情を潤一に訴えた。

 足を組んでタバコの煙をくゆらせながら、潤一は言った。

「殺せばいい。そんな、役立たずは。」

「・・・しかし、二葉には大金をかけています。そう簡単には・・・。」

「違うだろう?所長。君が二葉に執着するのは、君の遺伝子を継いでいる娘だからだろう?」

基は少し唇を震わせ、しかし、首を横に振った。

「いいえ。・・・二葉は、この研究所の物です。それだけです。」

「素直じゃないな。君が『自分の娘を助けたい』と懇願すれば、私の気持ちも動くかもしれないのに。」

基は宙を睨みつけ、黙った。

 すると、潤一は言った。

「じゃあ、取引をしようか。私の妻を3日間だけ貸してやる。その代わりに・・・。」

潤一はにやりとほくそ笑み、一枚の紙切れを基に差し出した。

 その紙に目を通したとたん、基の顔色が変わった。

「これは・・・!」

「これだけの臓器が必要なんだ。3日後までに。そうすれば莫大な謝礼を払ってもらえるんだよ。それで手をうとう。」

「こんな量は、無理です。」

「美鈴に頼んで、数人用立てればいい。足りなければ研究員を犠牲にしろ。それができないなら、優三は渡せない。」

「・・・・それは・・・。」

「優三の代わりが誰にも勤められないのなら、仕方ないだろう?二葉を諦めるか、他人を犠牲にするか、どちらかだ。」

「美鈴が・・二葉のために動くとは思えません。」

「動くよ、美鈴は。二葉のためにではなく、オーナーである私のために。」

 基自身に二葉を治す自信があるなら、いくらオーナーの頼みとはいえ、こんな申し出は断る。しかし、もう2週間、手は尽くしたのだ。基だって、二葉に愛情や優しさをたっぷり注ぐ必要があることぐらいわかっている。だが、基の優しさには、二葉は少しも反応しないのだ。時間をかければ変わるかと思ったが、駄目だった。基の愛情が本物でないことを、二葉は本能で感じ取っているのかもしれない。二葉が自分の娘だという事実を理解できない現実。優しくしたくても、心がそれを受け入れてくれない。二葉は、そんな基の感情をすべて知っているのだろう。

 基の手の甲にへばりついた青い血管が、びくびくと震えている。

 二葉を捨てるか。

 真崎潤一にとって、二葉はガラクタ同然なのか。基を意のままに操るための道具と思っているのか。

「さあ、どうする?私も忙しいんだ。早く返事をしてくれないか。」

 大嫌いだ。

 人の心をもてあそぶこの男が、基は昔から嫌いだった。

 潤一は43歳。基より二つ年下だ。だが、立場はいつも基より上だった。

 基は薄い紫色の唇を噛み締め、やがて、うなだれた。

「・・・わかりました。お望みの臓器を、用意します。ですから奥様を・・貸してください。」

潤一は唇の片端を持ち上げ、不敵な笑みを浮かべた。

「いいだろう。私は一度屋敷へ戻る。3日後、品物と優三を引き取りに来る。もしそのときまでに必要な分の臓器が準備できていなかった場合は、二葉を殺す。・・・じゃあ。」

 研究所の出口では、美鈴が潤一を見送りに立った。

 潤一は美鈴に、基に命じた内容をそのまま伝えた。それにはさすがの美鈴も、驚きを隠せなかった。

「3日後までにその数は・・・!それに研究員は私たちの大切な財産です。優秀な選りすぐりの逸材です。」

「殺さずに手に入れられる臓器もあるじゃないか。ある程度年をくっていてもかまわない。頼むよ。」

 美鈴は、返事ができなかった。3日後、二葉が殺されても美鈴は困らない。だが、基は違う。こんな無茶な申し出を呑むほど、二葉が大切なのだ。

(それも仕方ない・・。二葉の母親は、兄の思い人だった女の卵子なのだから。)

 潤一は美鈴の肩を軽くたたき、

「頼りにしている。」

と言い残して、去っていった。

 美鈴は暫らくその場に立ちつくし、自分がこれからやらねばならないことを頭の中でシミュレーションしていた。

 それは、過酷な3日間の訪れを覚悟するに十分な儀式だった。


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