第1話その9
二葉が目覚めたのは、それから3日後のことだった。
しかも、それは美鈴と暮らしているマンションではなく、研究所の実験室だった。
二葉が真っ先に目にしたのは、セシリアの隣に置かれた、二つ目の冷凍催眠カプセルだった。
「・・・!」
二葉の悲鳴は、声にならなかった。美鈴は、そんな二葉に言った。
「あなたの使命よ。次も、しっかりおやりなさい。」
二つのカプセルの間で泣き崩れる二葉を置き去りにし、美鈴は部屋を出た。
外には、兄、基が立っていた。
「今回の子は、自ら死を望んでいた。それに、あのまま生きていてもつらいことになったはずだ。そういう子を救ったのだと、二葉に言ってやったらどうだ?」
美鈴は、首を振った。
「いいえ。それは偶然だっただけのこと。私たちの研究所は、自殺志願者の駆け込み寺ではないわ。二葉には、今回のことで、覚悟を決めてもらわねば。二葉の行動が、人一人の命を研究所に捧げさせたのだということを実感してもらうのよ。」
「二葉には、『人を救うことにもなる』と思わせたほうが効果的じゃないのか?」
「そんな偽善では、すぐにボロがでるわ。二葉は、まだまだ甘ちゃんよ。もっと冷酷に、冷徹になってもらわないと、到底使命など果たせない。」
「・・・そこまでする必要があるのか。」
「あるわ。自分が研究所の道具で、何をしなければならないのか、そして、それが出来ないなら、道具は捨てられる運命にあるのだということを、もっと思い知らせてやらないと。」
「まあ、今回はとりあえず成功したんだ。それは、認めてやれ。」
「成功?違うわ。あの子は逆らっていた。今回のことは・・・私にとっては運がよかったということ。あの少女にとってはこれが・・・運命だっただけ。二葉は仲介役以下よ。」
「それで十分じゃないか。二葉が直接手を下す必要はないのだから。」
美鈴は、基を冷たく諌めた。
「・・・お兄様。二葉は研究所のために作られた道具なのよ?しかも、IQ130しかない、出来損ないなのよ?私たちに危険が及ぶ時には真っ先に犠牲になってもらうだけの価値しかないの。そのことを、いい加減に自覚なさって。ご自分の遺伝子を継いでいるからといって、下手な感傷を持たないでちょうだい。」
「二葉はまだ13歳だ。そこまで追い詰めるのは、酷だろう?」
「酷?道具に同情は無用よ。二葉は人間ではない、道具なんだから。」
美鈴は、くいっと顎を上げ、遥か遠くを見つめた。
「・・・運命に感謝するわ。望んで手に入るものではない、貴重な症例を手に入れることができたんだもの。あの少女の体内には実の父親との間の子がいて、その遺伝子分析ができたのだもの。あとは、きれいになったあの子が50年後に目覚めるのを待つのよ。」
基の部屋のテレビには、南織の父で俳優の、門田真治が映っていた。
娘が突然行方不明になってしまい、その消息を知りたいと、涙を流して訴えていた。
それを見た美鈴は、鼻先で嘲った。
「くだらない男。自分の娘に乱暴して妊娠させたって事、マスコミにリークしてやりたいくらいよ。」
「・・・美鈴にも、正義があるんだな。」
「違うわ。ただムカつくの。・・・それだけよ。」
美鈴はそのまま、基の顔を見ることなく、部屋から立ち去った。
南織は3年後、カプセルの中で朽ち果てる。