ヤサグレ聖女、はじめの一日を思う
あの日は友達のバースディプレゼントを買いに行ったんだった。そんないつもと何の違いもないなんでもない日だったのに。
とぼけた黒いクマのぬいぐるみ型ホットエコウォーマー。かわいい。小麦とラベンダーが入っていて、いい香りでクシャッとした触り心地も気持ちいいやつ。
これで決まり!と思った瞬間、気がつくと、クマといっしょに薄暗い中、チラチラと光る輪の中に一人立っていた。
「成功だ!」「我らの勝利だ!」「神に感謝を!」と叫ぶ声。何、怖い。意味がわからず、身体が固まる。
目の前に白いローブを着た白いヒゲの偉そうな魔法使いっぽいおじいさんが跪いた。
「聖女様、ようやっと…ようやっと、お会いできた。我ら、ずっとずっと……それこそ一日千秋の思いでお待ち申し上げておりました」
う〜ん、臨場感溢れてる夢、久しぶりだ。昔、映画見た後に恐竜と戦う夢を見て、いろいろと生存方法を考えて、起きたらめっちゃ疲れてたんだった。夢でいろいろ思考を巡らすのって、疲れるんだよね〜。最近、異世界モノ読んでたからなぁ。
「えーと、こんばんは。あなたはどなた?」
とりあえず、話しかけてみる。
「神官長のイニアス・テーフレンでございます。聖女様におかれましては、我が世界の救済のため、召喚にお答えいただき、心からの感謝を申し上げます…!」
「おう。テンプレだな」
「テンプレとは?恐れながら、過分にして、聖女さまのお言葉を理解する力がございませぬ」
「んー、よくある設定ってことですよ。で、なんで、聖女を呼び出したの?」
「瘴気が。まだ兆しではありますが、なんとしても聖女様にお力を貸していただきたく」
「瘴気?そういう設定かぁ。あの…聖女じゃないかもしれませんけど?」
「あなたさまが聖女さまであることはまちがいございません!聖なる方。貴方様のお力で浄化いただくことしか道はないのでございます」
「この世界に聖女はいないの?」
「おりませぬ」
ふむ。元ネタ、何かなぁ。いろいろあるからなぁ。
「瘴気ね、大変なんですね。えーと、とりあえず、一旦帰してくれますか?」
「出来ませぬ」
「出来ませぬ?」
「はい。神殿で大事に守り続けている聖典にある通りに聖女召喚の儀を行いました。聖女は瘴気、魔を払い、世を浄化した後に聖女さまの行く末をご自身でお決めになるとの言い伝えでございます」
「うわ、ありがち。なんか夢でもやだなぁ」
「夢ではございませぬ!」
うわ。どした?急に大きな声を出すからびっくりしたー。
「夢ではございませぬ……。聖女様、急な召喚で夢と思われるお気持ちもわかります。でも、申し訳ございません!……夢ではございませぬ……」
え、なんか、ごめん。泣いちゃった?あ、大丈夫。うるっとしてるだけだ。
「と、とりあえず、この魔法陣から降りましょうか!」
「……ってこと、ありましたねぇ。あの時は泣いちゃったかと思いましたよ」
「あの時から、神子さまは肝の座った方でしたねぇ。あの後、拉致じゃん、と言われた時はおっしゃるとおりと二の句が告げませなんだ」
「今は茶飲み友達ですからねぇ」
二人でしみじみする。
いつの間にか、定期的に神官長のおじいちゃんとお茶することが習慣になっている。聖女の名前を呼ぶのは恐れ多いということで周りの人がわたしを「聖女さま」と呼ぶ中、このおじいちゃんは「神子さま」と呼ぶ。ミコさまという響きはちょっとあだ名で呼んでくれるみたいで、これはこれで気に入っている。
あの時は、浄化完遂でちゃんと召喚された時間に戻って元の世界に戻れるという神殿の説明をキレながら聞いた。瘴気を根絶しないと元のところに戻れないとか、ほんと、ふざけんなよ、ですよ。
正直、本当の事を言っているかなんてわからない、と思ったけど、自分の精神衛生のために信じることにした。ここの状況もわからないし、まずは様子見。でも舐められないようにしないとね、と思って、いろいろ交渉したのはいい思い出だ。相手方はどうだかわからないけど。当たり前だけど、王家まで巻き込んだからな。異世界モノ読んでおいてよかったと思ったよ。初見と既知の違いは大きい。
いや〜、我ながらよくやった。いたいけなOL、頑張ったよなぁ。あの時は、黒クマくうちゃんしか頼るものがいなかったもんなぁ。寄る辺ない気持ちでくうちゃんに愚痴をこぼし、時にクマ吸いをする。ラベンダーの香りに癒されたもんだった。くうちゃんにはほんとにお世話になった。くうちゃんを選んでいてほんとよかった。コスメと迷ってたんだよね。これが石鹸とかパックとかだったら乗り切れた自信ないわ。
最初の頃はこいつらみんな信用できない!いいように利用される!とか思っていた。
でも、途中でそういうのはやめた。だってさ、スパイじゃないから、周りの人を疑うのも疲れるんだよね。人の笑顔を疑う自分に疲れちゃって。
もう、人を見て、信じて、それで裏切られたらもう自分の見る目がないって思えばいいやって思って。
そうやって見る目を変えると、環境がちょっと違って見えた。
もちろん、元の世界に帰るつもりだけど、後ろ髪を引かれるくらいにこの世界も大事になってる。
まぁ、諦め悪く、元の世界とこの世界を行き来できるような方法はないの?っていって研究してもらってるけど。それくらいのわがままは許してくれ。向こうの世界の情報も随時アクセスできたら、絶対にこっちでも役にも立つからね!
そして、浄化にともなって見えてくるこの世界の理不尽さ。まぁ、どの世界もそうだけど。でも、ちょっとわたしから見るとひどい。わたしの常識が正しいとは言わない。言わないけど、ここはさー!っていうところは言うようにしている。
神官長のおじいちゃんも賛成してくれたのが、意外だった。王家との交渉の時もかなりバックアップしてくれたし。神官長なんて現在のシステムのトップじゃん。ちょっと疑りの眼差しでみていたけど、本気だった。神殿内でもいろいろとあるみたいなのよ。神官っていったって所詮人だからね。権力欲があるやつもいるし、なにせ身分が幅をきかせる社会ですからね。
神官長は聖女召喚のプロジェクトでうまく行かなかった場合に備えて、二階級特進以上の勢いで神官長になった人だった。大抜擢といえば聞こえがいいものの、失敗した時に責任をとらされるポジション。ほんと、いやらしい。だから、ある奴らから見れば棚ぼた出世そのものだったみたい。
ざまあみろ。おかげでいろいろと二人で画策できる現在があるのは神様の思し召しと思っております。
ノックが聞こえ、エクセルの声。
「聖女さま。そろそろお時間でございます」
「あ〜、残念。楽しい時間はすぐ終わっちゃう」
「本当ですな。まずは遠征の成功をお祈りしております。神子さまもご存知の実力者たちをつけますが、くれぐれもお気をつけて。こちらも神子さまに負けないように、今度お会いする際には神殿の教育計画についてご報告できればと思っております」
「はい。ありがとうございます。気をつけます。そして、いつもいいっぱなしなのに、形として下さって、ありがとうございます」
「いえいえ、”はじめに言葉ありき”、でございますよ」
「ふふふ。じゃあ、遠慮なくいわせていただきます。では、また!」
「はい、また。遠征からの無事のお戻りを祈っております」
「ありがとうございます。遠征がんばりますね〜」
バイバイと手を振って、入口で待っているエクセルの元に戻ります。
「楽しいお時間だったようで、なによりです」
「エクセルはお茶でもしましたか?」
「もちろん護衛をしておりました」
「あー、今度は三人でお茶しましょっか」
「……あの、お願いがあります」
「はい?どうぞ」
「神官長さまのように神子さまとお呼びしてもいいでしょうか」
「え、うん、別にいいけど?最近のはやり?この前もメリーさんに同じこと聞かれたよ」
「そうなんですか。先を越されましたか」
「あはは。先を越されたとかあるの?じゃ、メリーさんの勝ちね」
「……」
神子さまは相変わらずでいらっしゃる。
あの厳格な騎士どのもだいぶ変わられたな、と神官長は遠ざかっていく元気な声を聞きながら、誰にも聞こえないくらいの笑い声を漏らすのだった。




