1日で終わる異世界転移。
夏休みが明けた。
山のように出した生徒への宿題が、山のように返ってくる。当然、俺たち教師には、山のような採点作業が待っている。通常業務もあるのにだ。
「帰りてえ……」
午後5時をまわって2時間、普通に7時って思える頭がない。終わらない赤マル赤マル赤マル赤マル……あ、これバツだ……
机の上にはポカリと誰かのお土産の落花生モナカ。口内の水分が激減するから今は食えない。
椅子のうしろの通路には自由工作の入った段ボール。ピタゴラなスイッチぽい牛乳パックめちゃ多い。
この時期の担任の机廻りは皆、こうだ。
「大和先生、お先します〜……」
向かいの机で、俺と同じく無限赤マル地獄をこなしていた4年3組担任の天野先生が疲れた顔でぺこりとする。
美人なのに、今は生気を吸われた切り干し大根みたいな顔だ。……さすがにそれは干からびすぎか。
「天野先生、終わったんですか……?」
「いえ……日を跨ぐの確実なんで、また後日……」
「そうですよね……期限とかないし、3日後でも10日後でも一緒ですよね〜……」
「そうですよ、早ければ褒められるわけでもないし……大和先生も無理せずに……」
そう言って天野先生が職員室を出た、直後だった。
俺の椅子を中心に、足元に幾何学模様が拡がり、光と共に奈落の底へ堕ちたのは……。
俺は、床に転がった状態で目を覚ました。ひんやりした床が気持ちいい……
いや、俺、倒れたのか?
がば、と起き上がるが、体調の不快はない。
ふと影を感じて振り向けば、無惨に潰れたピタゴラの箱たちが、椅子の下敷きになっていた……。
「――勇者召喚、成功いたしましてござります」
隣で、しわがれた男の声がした。冬でもないのに目深にロングコートのフード被ってる。学年主任の先生ではなさげだ。
おお……という、大勢のどよめきに包まれる。歓迎とも興味津々とも取れる声色だった。
俺は、体育館にでもいたんだったか? でもずいぶん天井や壁が装飾されてるように見える。さながら、シンデレラなんかに出てくる城のような。
「よくぞ参った。異世界の勇者よ」
「は……?」
なんか5段くらい上のステージにいる王様みたいなおっさんが、舞台俳優じみたこと言ってる。誰に?
俺にだ。
ここが体育館でも職員室でも、日常風景でもないことを、見回して知った。全員、ドレスやら燕尾服やら夢の国っぽいコスプレしてる。
「我らは貴殿を歓迎する。私はこのチングリス王国の王である」
「はあ」
お楽しみ会の親御さんたちによる寸劇にしてはクオリティ高い。
……いや、待て。誰かが夏休みの絵日記に書いてたな、こんなの。
『ぽくわ、兄さんといっしょに、ゲームのフォーウィザードストーリーを完クリしました。たのしかったです。チングリス王国がへいわになって、よかったです』
そうだ、俺のクラス、3年3組のいなば君の絵日記にあった名前だ、チングリス王国。
そんで俺が『作文に完クリという言葉を使うのはやめようね』と赤ペンコメントしたんだ。
え、ここ、その世界ってこと?
「宰相、説明を」
「はっ」
混乱気味の俺を見かねて、王様が段の下に控えたシゴデキっぽいおっさんに指示を出す。
あ、ゲームのチュートリアルぽいこと始まりそう。
「我がチングリス王国は、隣国ニュフラテス王国との長い戦争のさなかにあります。状況は一進一退、民は苦しみ、村はいくつも滅び……いつ果てるとも知れぬ戦いです。
そこで、聡明にして偉大な我が王は、いにしえの勇者召喚の儀式に望みを託しました。異界より優れた魔力を持つ勇者を召喚し、この戦争に終止符を打たんと。
貴殿こそ、約束の地より現れた、映えある第1の勇者なのでございます」
……人を持ち上げてくるけど、要するに自国の兵士をもう減らすの嫌だから、強いやつ呼んで丸投げしようってことじゃねえのか?
「お願いします、勇者さま! 貴方さまが私たちの希望なのです!」
可愛いけど頭弱そうな姫キタ。
潤んだピンクの瞳と谷間を強調したドレス……は、まだいいとして。
その指輪とネックレスの豪華さはどうよ。王様もよく見れば、駄菓子屋のジュエルキャンディーみたいな指輪いくつもはめてる。
民は苦しんでるって今言ったよな? その指輪ひとつ分の金あれば、どんだけ食料買えるんだ?
「勇者どの、お名前を伺ってもよろしいか?」
宰相のおっさんが、俺の視線を引き戻す。デキる教頭先生みたいな雰囲気なんだよな、この人。
「ああ、大和タケルといいます」
「ではタケルどの、ステータスを確認なされよ」
フードの、召喚の儀式をした魔法使いっぽい爺さんにやり方を教わる。「ステータスオープン」と呟くと、空中にでっかい石板が現れた。
周囲がざわついた。
「魔力が5000、城中魔術師ムノオ様を超えているぞ!」
「使用魔法は『カマイタチ』『アイスウォール』……攻撃系だけでも10、剣技70は護衛騎士ナマクーラ様を凌ぐ。なんと素晴らしい戦力だ!」
いやいや待て待て。
なんで俺が喜んで戦場に行く流れになってんだ。こいつら、赤の他人に命預ける気満々だな。
……まあ、見た目からしてそうか。こいつらも王様ほどじゃないけど、アクセサリーギラギラだ。自分が戦場に行くわけがないと思ってる。
「……タケルどの、何か質問は」
「あ、えーと、この魔法って、どうやれば使えるんです?」
「念と言霊が揃えば使える。威力は指揮者の要領で調節できる」
あー、フォルテシモなら大きく振るとかの感じか。
この場で冷静な、ていうか味方っぽいのは、宰相のおっさんと魔法使いの爺さんだけじゃねえか。ふたりとも、外野に対して眉間のシワが深い。
と、ステージの王様が勢いよく立ち上がった。もうこいつ、教頭に仕事丸投げのタヌキ校長にしか見えない。
「勇者よ、さっそく旅立つがよい!」
だから俺は戦争に参加なんかしたくねえんだよ!
「隣国との国境までは徒歩でふた月ほどだ」
馬車で送ってもくれねえのかよ!
「いにしえの勇者の姿を見れば、敵は怯み、味方の兵士の士気はおのずと上がるであろう! ゆけ、勇者よ! 我が手足となり、幾千の同胞の屍を越え、敵の血でその手を染めよ!」
――俺の手を、血で染める?
そんなんじゃあ、ピタゴラの箱たちに顔向けできねえんだよ。
俺の手は、赤マル地獄の赤にしか染まらねえ。
「臆するな、奮い立て勇者よ! 我が王国を敵の足に踏ませてはならn……」
念と言霊、フォルテシモ。
「カマイタチ」
サッカー部顧問の俺の足から、風の刃が飛んだ。
ごとん、ごとん。
ステージ上から、王様の首が転げ落ちる。ついでに城の壁にも亀裂が走る。
「我が国勝利で終わらせろ、とは言わなかったよな?」
今、俺のこめかみには青筋が浮いていることだろう。引きつった笑みで、宰相のおっさんに確認する。
「戦に幕を引くときはなぁ、大将首取りゃあいいって桶狭間の昔から決まってんだよ。俺の仕事を中断させて、俺の生徒の力作を潰しといて、俺がキレてねえとでも思ったか?」
「…………感謝する」
低い、宰相のおっさんの謝辞が聞こえた。
一拍置いて、周囲の物見遊山なエレガンスどもの悲鳴が、広間を埋め尽くした。
即日、王の首は隣国に届けられ。
降伏、そして頭弱そうな姫が隣国の王子の側室として嫁ぐことが決まり、俺はチングリス王国の期待通り、戦争を終わらせた。
俺の無駄に高い魔力を、魔法使いの爺さんに全て譲渡する条件で、元の世界への扉が再び開かれた。
「じゃ、おいとまします」
拉致られといてする挨拶じゃねえな。まぁいいか。
宰相のおっさんが、段ボールを差し出してくる。
「何の礼もできず申し訳ない。せめて、これを」
「あ、助かります」
回復魔法で元に戻った、ピタゴラな箱たちだ。
軽すぎる箱を手に、宰相のおっさんは不思議を口にする。
「これは、貴殿の何なのだ?」
もちろん俺は、自慢げに答える。
「戦争の勝利より大事な、俺の宝物ですよ」
夏休み終わり×異世界転移。謎の組み合わせ(笑)
王様→戦で領土拡げたい系王様。王妃とは真実の愛で結ばれた人。多分体重100キロ超。
宰相さん→シゴデキ。密かに王様の死を願ってた系。国への忠臣であり、王様への忠義は……ナイショ
姫→婚約者だけでなくイケメン貴族令息たちにもぶりぶりしてる。細マッチョが好み。
魔法使いさん→宰相さんと気が合い、王様の執政を憂いてた。首は私が氷漬けにしました。
天野先生→フルネームは天野うずめ。宴会部長。
いなば君→フルネームは稲葉うさぎ君。調子ノリ。




