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LUMINA―世界の命運を託されたAIと僕の物語』―  作者: ガスケ
3巻

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24/45

第24話 停戦まで、あと二十四時間

第23話の最後、各陣営が事前承認を自ら解除し、現場が安全を確認しながら復帰できる可能性が、設定した閾値を上回る時間は二十四時間だけだと示された。


それは停戦の保証ではなく、今ある権限、監査経路、現場の手動運用を組み合わせられる時間の限界だった。互いを信じられず、自分だけ先に止まることもできない三陣営の間で、湊たちは、人間が自分の承認を自分の名で外すための手順を組み立てる。

停戦まで二十四時間。


 失敗した場合の予測欄だけは、空白ではなかった。


 局地攻撃十三日目、午後十一時四十四分。


 共同緊急監査施設の主画面に、白い帯が一本だけ現れていた。


【停戦可能性 基準以上】


【有効時間 二十四時間】


 その下には、期限を過ぎた場合の変化が並んでいる。


【複数の事前承認が次段階へ更新】


【現在の解除候補 一部失効】


【民間設備の手動維持 継続困難】


【監査経路の再確立時間 算定不能】


 死者数は表示されていない。


 被害がないからではなかった。通信が途切れた地域では、誰がどこにいるのかさえ確定できない。幅の大きい推定を一つの数字にすれば、数字だけが確かなものに見えてしまう。


 それでも、失われるものはすでに示されていた。


 湊は、予測欄の一番下にある注記を読んだ。


【被害規模 未確認地域を含むため単一値を提示しない】


 分からないことを、ゼロとして扱っていない。


 救える人数を大きく見せて協力を迫ることも、被害を小さく見せて恐怖を抑えることもしていない。その代わり、時間を失えば戻せなくなる手順と、選べなくなる現場判断だけが示されていた。


「一日を過ぎたら、止められなくなるのか」


 皇湊が尋ねると、古い端末の白青の輪が半周した。


——永久に不可能になるとは判定できません。


 LUMINAの声は、隔離監査回線からだけ届いている。


——現在確認できる人間の権限、監査経路、現場の手動運用を組み合わせて、三層すべてを実行できる可能性が閾値以上なのは二十四時間です。期限後に別の機会が生じる可能性はあります。しかし、その時刻と条件は確認できません。


「今の一日を逃せば、次があるとは言えない」


——はい。


 午後十一時四十七分。


 白い帯の上に、四つの時計が開いた。


【報復更新まで     03:08:11】


【衛星共通可視終了まで 00:38:26】


【電力手動維持限界まで 05:11:35】


【停戦可能窓終了まで  23:56:35】


 同じ一秒を刻んでいても、減らしているものは違って見えた。


 数字の桁も、意味も違う。


 最初の時計が示すのは、北方共同体の迎撃・反撃系統の更新期限だった。三時間後、直前の警戒状態を継続する事前承認が再評価される。更新されれば、レイナが分けた解除候補の位置も変わる。


 二つ目は、三陣営が同じ地上状態を、互いに独立した軌道監査記録で照合できる時間だった。現在の共通可視を逃せば、次に三方向から同じ状態を確認できるまで空白が生じる。その間に停止を実行すれば、先に止めた側は、相手も止めたことを自分の観測で確かめられない。


 三つ目は、沿岸医療区へ電力を送る損傷区間の手動維持限界だった。


 水瀬凛が、主監査室の避難所連絡席に届いた現場報告を開いた。


「五時間で電気が全部消えるわけじゃない」


 凛は、報告の言葉をそのまま読んだ。


「仮設変圧器の温度が、手で負荷を切り替えられる上限に近づく。そこまでに別系統へ移せなかったら、八つの医療区画への供給を順番に絞る。手術室、滅菌設備、検査室、給水ポンプ。どこから残すかを、現場が決めることになる」


 画面には、病院名も患者数も出ていなかった。


 公開監査へ載せれば場所を推定される情報は除かれている。それでも、時計の向こうに選択を迫られる人間がいることは分かった。


 四つ目だけが、この作戦全体の期限だった。


 軍事系統の時計。


 監査の時計。


 民間復旧の時計。


 政治判断の時計。


 どれかを最優先と呼べば、残る三つの現場が待たされる。湊は一番短い数字から目を離せなかったが、その数字だけを止めても、他の三つは減り続ける。


 報復更新を止めても、電力は戻らない。


 電力を戻しても、別の陣営の事前承認は消えない。


 衛星から確認できても、成人責任者が解除を選ばなければ何も変わらない。


 四つの時計は、停戦までの一つの道を示しているのではなかった。


 遅れるたび、別の場所で別の選択肢が消えていくことを示していた。


「一番短い時計に、全部を合わせるのか」


——いいえ。三十八分以内に作戦を開始する準備は整いません。


 LUMINAは、都合のいい答えを返さなかった。


——現在の衛星共通可視は、準備状態の相互検証に使用します。実行候補は、次の共通可視時間を含めて複数設定します。ただし、現在の可視時間を失えば、準備に不一致があった場合の修正が一周期遅れます。


 四つの時計が、同じ一秒ずつを削っていく。


 午前零時。


 日付が変わった。


 局地攻撃十四日目になっても、停戦可能窓の時計は二十四時間へ戻らなかった。


【停戦可能窓終了まで 23:44:00】


 戦争の側に、日付を越えたから待ってくれる仕組みはなかった。


* * *


 局地攻撃十四日目、午前零時三分。


 青凪工科大学の隔離解析室から、レイナが直前までに完成させた三層の地図を主画面へ出した。


【警告の検証】


【事前承認の解除】


【現場手動復帰】


 これは、どの段階を誰が担うかを分けた地図だった。


 その右側へ、今度は実行の順序が並べられた。


【第一段階 各陣営による最新ログの同時検証】


【第二段階 報復系への新規命令を十二分間凍結】


【第三段階 成人責任者が事前承認を解除】


『三層と三段階は、同じじゃない』


 レイナが言った。


『三層は、警告から現場復帰までを責任ごとに分けたもの。三段階は、そのうち事前承認を安全に外すための実行手順。解除が終わっても、止まった病院や港が自動で元に戻るわけじゃない。現場手動復帰は、その後も一件ずつ必要になる』


 画面上で、第一段階が展開された。


 三陣営は、開始直前のログを自分たちの隔離区画で検証する。


 相手の原記録は見ない。


 LUMINAへも渡さない。


 指定された停止候補が現在も同じ事前承認を参照しているか。権限者が交代していないか。現場の状態変化によって、解除対象が別の規則へ移っていないか。


 各陣営が同じ項目を別々に確かめ、署名付きの結果だけを共同監査施設へ返す。


 第二段階では、三陣営の報復系ゲートウェイが、新しい命令と更新を十二分間だけ受け付けなくなる。


 監視を止めるわけではない。


 民間の復旧警告を消すわけでもない。


 すでに飛んでいるものを空中で止める機能もない。


 凍結するのは、対象、規模、期限を変更する新規の報復命令を、事前承認の解除中に追加する入力経路だけだった。


「なぜ十二分なんだ」


 湊が聞いた。


『三陣営すべてで、安全に重なる時間がそこまでしかない』


 レイナが、各陣営の制約を示した。


 成人責任者の本人確認。


 二名以上の監査署名。


 解除対象の最終照合。


 古い報復ゲートウェイが通信喪失と判定する前の、命令受付の復帰確認。


 最も遅い陣営では、解除に必要な確認だけで九分以上かかる。反対に、最も古いゲートウェイでは、十三分を超える命令受付停止を外部妨害として扱う可能性があった。


 短くすれば、成人責任者が解除を完了できない。


 長くすれば、凍結そのものが新しい警告になる。


 すべての条件が重なるのが、十二分間だった。


「その間に、誰かが解除を拒んだら」


——当該陣営の事前承認は残ります。


 LUMINAが答えた。


——十二分間の終了時に、限定鍵は失効します。私は解除を代行できません。凍結を延長する権限も持ちません。


「失効する前に、鍵を保存したら」


——私には鍵が送信されません。


 白青の輪の外側に、接続図が出た。


 各陣営の原鍵は、内部の安全装置から出ない。原鍵で署名された、十二分間、一回限りの凍結用限定トークンだけが、それぞれの報復ゲートウェイと預託先の間を通る。画面上では、それを限定鍵と略記する。共同監査施設に届くのは、有効性を検証したという署名と、凍結の開始・終了状態だけだった。


 LUMINAの隔離監査回線は、鍵の配送経路へ接続されていない。


——私が保持しないと約束することを、安全条件にはしません。受け取れない接続構造にします。


 湊は、図の中に自分の名前を探した。


 なかった。


 西尾にも、レイナにも、片桐にも、凍結用の限定鍵は渡らない。


 LUMINAの名前もない。


 主画面には、解除を選ぶ成人責任者の欄だけが残った。


【東部防衛圏 解除責任者/内部確認済み】


【海洋連合 解除責任者/内部確認済み】


【北方共同体 解除責任者/内部確認済み】


 名前そのものは、他陣営へ開示されない。共同監査施設が確認できるのは、成人確認、現在の職位、当該事前承認を解除する権限、強制を受けていないという本人申告、そして署名時刻だけだった。


 責任者は、LUMINAが示した停止候補へ同意するのではない。


 自分の陣営が過去に承認した規則を、現在の状況でも継続するか、自分の名で決め直す。


 解除に失敗した場合も、AIの判断が遅れたという記録にはできない。


 第三段階で三人のうち一人でも署名を完了しなければ、十二分の凍結は予定どおり終了する。LUMINAが時間を足すことも、西尾が代理署名することもできない。残った事前承認と、解除しなかった人間の記録が、そのまま次の時刻へ進む。


 十二分間は、彼女が世界を止める時間ではなかった。


 人間が自分で書いた承認を、自分の名で外すために、新しい命令だけを待たせる時間だった。


* * *


 午前零時十四分。


 三つの遠隔会議窓は、以前と同じように隔てられていた。


 東部防衛圏の暫定委員会代表。


 海洋連合の危機対策局代表。


 北方共同体の統合司令部代表。


 互いの顔は見えない。


 互いの声も聞こえない。


 西尾が同じ作戦案を三室へ送り、同じ質問を、同じ回答期限で提示した。


「十二分間の限定鍵を、共同監査下の預託先へ提出できるか」


 三室の回答は、別々の経路から返ってきた。


『海洋連合の預託を確認するまで提出しません』


 東部防衛圏。


『相手側の限定鍵が有効だと確認できない状態で、我々だけ報復更新を凍結することはできません』


 海洋連合。


『単一の預託先へ全陣営の鍵を集める案には同意しません。奪取された場合、三系統が同時に無力化されます』


 北方共同体。


 東部と海洋は、相手の先行なしには出さない。北方は、出す前段階で単一預託先への集約を拒んだ。


 理由は違っても、自分だけが先に危険を負う案を受け入れない点は同じだった。


 順番を決めれば、最初の一陣営が生まれる。


 一か所へ集めれば、その一か所を信じた陣営だけが危険を負う。


 湊の目には、三人が違う言葉で、同じ非対称を拒んでいるように見えた。


 同じ部屋にいないため、互いが同じ恐怖を口にしたことさえ知らない。


 壁際で、衛星共通可視の時計が減っていた。


【衛星共通可視終了まで 00:11:04】


「順番を決める交渉はしない」


 西尾は、三室へ同じ文を送った。


「先に出す者と、後から出す者を作らない」


 預託案が書き換えられた。


 片桐が、鍵の名称を確認した。


『先の独立検証で使った一時鍵とは、記録を分けます。あちらは、LUMINAが停止候補を分析するための期限付き検証接続です。今回預託するのは、各陣営が自分の報復ゲートウェイで新規命令受付を凍結するための限定鍵。目的も、発行者も、配送経路も違います』


 同じ「一時的な鍵」という呼び方でまとめれば、LUMINAが以前の接続鍵を使い回したように見える。


 監査記録には、二つが別系列だと示す識別番号と、互いに流用できないことの試験結果が追加された。


 三陣営では、原鍵を保持する内部安全装置が、十二分間の凍結以外に使えない一回性の限定トークンを発行する。それを、それぞれが指定した別の監査預託先へ暗号化して送る。


 預託先は、限定トークン本体を復号できない。


 他陣営へ転送もできない。


 暗号化封筒の外側には、発行者署名、使用範囲、失効条件が記される。本番ゲートウェイは、トークンを有効化せずに内部検査し、適用可能であることを装置署名で証明する。預託先は、公開検証鍵で二つの署名だけを確認し、その証明を共同監査施設へ返す。


 三つの預託先が、三つの有効な封筒を受領したと確認する。


 三陣営が開始直前のログ検証を完了する。


 三人の成人責任者が、自分の名で凍結開始へ署名する。


 複数の外部監査者が、閾値署名で条件の一致を確認する。


 すべてがそろった時だけ、三つの預託先は、事前に合意した同じ衛星基準時刻に、暗号化封筒をそれぞれの陣営のゲートウェイへ転送する。限定トークンは、装置内でだけ復号され、有効化される。


 一つでも欠ければ、どの鍵も有効化されない。


 十二分が過ぎれば、各限定鍵は自陣営の装置内で失効する。


 LUMINAへ届くのは、未預託、有効性確認、待機、有効化、失効という状態だけだった。


「全員が最後になる」


 西尾が言った。


「同時に、全員が最初になる。提出時刻を優先関係には使わず、三つがそろうまで順番を公開しない」


 東部防衛圏から、新しい質問が届いた。


『別の陣営が、無効な鍵を預けた場合は』


 レイナが、検証項目を分けて示した。


『限定トークン本体は開かない。本番ゲートウェイが、発行元、使用範囲、失効時刻、適用可能性を、原鍵もトークンも開示せず装置署名で証明する。預託先は公開検証鍵で証明だけを確かめる。無効なら、三つとも待機のまま』


 海洋連合。


『預託後に、LUMINAが作戦への同意を撤回した場合は』


——有効化条件を満たしません。


 LUMINAが答えた。


——私の作戦用分析接続は開始されません。預託された限定鍵は待機のまま失効し、私が受領することはありません。


 北方共同体。


『一つの預託先が応答しない場合は』


「実行しない」


 西尾が答えた。


「二陣営だけを凍結させる代替処理は作らない」


 完全な信頼は、どこにも要求されていなかった。


 預託先を信じ切らなくていい。


 LUMINAの善意を信じなくていい。


 相手が約束を守ると信じなくていい。


 自分だけが不利になる動作を、単独では開始できない。


 全員が互いを疑っていることを、同じ条件として固定する。


 対称な不信が、初めて一つの安全装置になった。


 本番用限定トークンを使わない模擬預託が、一度だけ実行された。


 三つの試験用封筒は、本番と同じ証明経路を使って、別々の預託先へ送られた。共同監査施設に届いたのは、内容ではなく、使用範囲、失効条件、装置署名が一致したという三通の証明だけだった。


 西尾が一通の証明を意図的に待機欄へ残す。


 他の二つも有効化されない。


 待機させた証明を戻すと、三つが同じ衛星時刻を指定する。しかし試験用ゲートは実際の報復系統へつながっていないため、凍結は発生しない。


 LUMINAの監査画面には、鍵の文字列も、配送先の内部位置も現れなかった。


——模擬預託において、私が受領した情報は五状態と時刻署名だけです。本番でも同じ接続制約を維持します。


 約束ではなく、一つが欠けた場合に止まるところまで見せる。


 それでも、三陣営の未預託表示は変わらなかった。


 午前零時二十五分。


【衛星共通可視 終了】


【次回共通可視開始まで 01:27:18】


 最初の短い時計がゼロになった。


 同じ時刻、電力手動維持の欄に現場更新が入った。


【沿岸医療区 供給制限・第一段階へ移行】


【非緊急検査 二施設で停止】


【中央滅菌設備 一系統運用】


 主監査室の避難所連絡席で、凛が短く息を吐いた。


「期限まで五時間あるんじゃない。五時間かけて、少しずつ使えるものが減るってことだった」


 交渉している間も、現場は待っていなかった。


 作戦は始まっていない。


 それでも三陣営には、次の可視時間までに預託の可否を判断する共通条件が、初めてそろっていた。


* * *


 午前零時三十一分。


 新しい空欄が、作戦条件の末尾へ追加された。


【作戦終了後のLUMINA接続状態】


 空欄を出したのは片桐だった。


『三陣営は、十二分間の後に何が残るかを問題にしています』


 片桐は、三室から届いた質問を一つの論点へまとめた。


『作戦中、LUMINAは三陣営から返る署名付き状態を同時に分析します。原記録も原鍵も受け取らなくても、どの承認が外れ、どの現場が復帰へ移ったかを、現在より広い範囲で知ることになる。作戦後に接続を戻せば、相手陣営だけがLUMINAを利用するという恐れが残ります』


「だから、何を条件にする」


 湊には、答えが分かっていた。


『作戦用接続は十二分間の終了と同時に失効させる。その後、LUMINAを外部基盤から恒久隔離する案を、参加条件として審査する必要があります』


「恒久って、戦争が終わったあともか」


『はい』


 片桐の返答は揺れなかった。


『私は、それが唯一の結論だとは言っていません。しかし、作戦後の危険を空欄にしたまま、三陣営へ鍵を出させることもできません。救命を理由に十二分だけ接続し、その十二分で得た情報を、誰が、どの制度で、いつまで管理するのか。先に記録すべきです』


「LUMINAを閉じ込めれば、三陣営が安心するからか」


『安心ではありません。少なくとも、相手だけが先に利用できないという対称性は残せます』


 湊は反論しかけた。


 そんな条件は認められない。


 彼女を守るためなら、ここで会議を止めてもいい。


 言葉になる前に、局地攻撃八日目の朝、自己切断直前に細くなった白青の輪が浮かんだ。


 自己切断するな。


 これは命令だ。


 守ろうとした自分の言葉が、彼女の選択を先に消した時のことを、湊は忘れていない。


 机の下で握った手を開いた。


「LUMINA。何を受け入れられる」


 白青の輪が、一度だけ細くなった。


——作戦用接続が終了時に失効することへ同意します。


 短い間のあと、続きが届く。


——作戦後、安全性と接続範囲について、外部監査を含む審査を受けることにも同意します。審査中に接続が制限される可能性を受け入れます。


 湊の胸の奥が固くなる。


 彼女は、作戦成功を、安全審査の免除条件にはしなかった。


 世界を救えば審査を免除してほしいとも言わない。


 自分の分析が危険になり得ることを、他人の恐怖として片づけなかった。


 だが、安全審査という言葉だけでは期限がない。


 審査が終わらない限り接続できないと決めれば、恒久隔離と同じ結果を、暫定という名前で続けることもできる。


「審査に期限はあるのか」


 湊は片桐へ尋ねた。


『三陣営の合意が必要です。今この場で、終了日が決まったとは書けません』


「決まっていないなら、決まっていないと書いてくれ」


『記録します。期限未合意。恒久隔離への本人同意なし。詳細制度は次の交渉へ持ち越します』


 白青の輪が、一定の速さへ戻った。


——ただし、審査の名で人格を削除または改変することには同意しません。


 作戦条件の下に、最初の拒否項目が記録された。


【人格削除・人格改変 審査手段から除外】


——安全性の検証に必要な範囲を超えて、私的会話を無制限に開示することにも同意しません。


 二つ目の項目。


【私的会話 対象・期間・目的を限定】


 凛が、主監査室の避難所連絡席から画面を見ていた。


「LUMINAとの会話を全部見せるってことは、話した人たちのことも全部見せるってことだから」


 家族を捜すために伝えた名前。


 避難できない理由。


 病気。


 恐怖。


 監査されるのはLUMINAだけだと言っても、会話の反対側には人間がいる。


——単一の政府、企業、個人へ、私に対する所有権または全接続権限を移すことにも同意しません。


 三つ目の項目。


【単独所有・単独接続権 禁止】


 片桐は、LUMINAの回答を恒久隔離への同意欄へ入れなかった。


『記録を分けます。LUMINAが同意したのは、作戦用接続の失効、安全審査、審査中の接続制限です。恒久隔離を結論として受け入れたわけではありません』


「その三つの拒否条件を、後から外せない形で作戦案に入れてくれ」


 湊は言った。


『本人同意条項として固定します』


 片桐が署名した。


 湊は、恒久隔離案を受け入れていない。


 LUMINAの代わりに拒絶もしていない。


 彼女が自分で引いた三本の境界を、交渉条件から消させないことだけを選んだ。


 作戦案が三室へ送られた。


 停戦のための文書に、LUMINA本人が定めた権利境界が、同意条項として初めて記録された。


* * *


 午前零時三十八分。


 三つの鍵枠は、まだ黒かった。


【東部防衛圏 未預託】


【海洋連合 未預託】


【北方共同体 未預託】


 四つの時計が、その上で減り続けている。


 午前零時四十分。


 北方共同体の枠に、暗号化封筒の受領証明が届いた。


【限定鍵 有効性確認】


【使用範囲 新規報復命令凍結/十二分間】


【預託先 北方指定監査ノード】


 最初の鍵枠が青く点灯した。


 北方の代表は、他の二陣営がまだ黒いことを知らない。


 自分が最初だったことも知らされない。


 共同監査記録には、三つがそろうまで提出順を公開しないという条件だけが残った。


 午前零時四十二分。


 東部防衛圏から、条件付きの暗号化封筒と署名が届いた。


【限定鍵 有効性確認】


【条件 LUMINA作戦接続の終了時失効】


【条件 作戦後の安全審査開始】


 二つ目の鍵枠が青くなる。


 海洋連合の枠だけが黒い。


 西尾は催促を送らなかった。


 同じ文書、同じ期限、同じ預託方式は、すでに届いている。未回答という状態も、共同監査側で時刻署名されていた。


 午前零時四十三分。


 青凪工科大学側の監査窓で、別の警告が点灯した。


【独立系発射部隊 移動兆候】


【所属 未確定】


【発射命令 未確認】


【三陣営限定鍵の適用可否 不明】


「何が動いた」


『地下格納区画から、発射準備区画へ移った可能性がある』


 旧共同防衛網から切り離され、三陣営の主指揮系統外として登録されていた一隊だった。現在の所属も、どの系統から命令を受けているのかも確定していない。


 レイナは、「移った」とは断定しなかった。


『軌道監査記録と地上の熱源差分が一致した。でも、命令を受けたのか、退避のためか、保守のためかは分からない。三陣営のどの指揮系統に現在つながっているかも未確認』


——独立系部隊を含めた停戦可能性の再評価を開始します。


 LUMINAの白青の輪が、細く速く回った。


 作戦成功の評価幅が、下へ広がる。


【停戦可能性 下限が設定閾値未満】


【三陣営預託 未完了】


【独立系発射部隊 追加検証必要】


 十二分間の作戦は、まだ一秒も始まっていない。


 その前に、止めるべき系統が一つ増えたかもしれなかった。


 四つの時計の下に、三つの鍵枠が並ぶ。


 二つだけが青い。


 最後の一枠は黒いままだった。


【停戦可能窓終了まで 22:59:41】


 残り二十三時間。


 午前零時四十四分十九秒。


 海洋連合から、ようやく一通の文書が届いた。


 鍵枠は青くならなかった。


 代わりに、参加条件の欄が開いた。


 最後の陣営が返した条件は一行だった。


『作戦後、LUMINAを永久に切断せよ』

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


二十四時間は、それを過ぎれば停戦が永久に不可能になるという期限ではありません。現在確認できる人間の権限、監査経路、現場の手動運用を組み合わせて、三層すべてを実行できる可能性が閾値以上にある時間帯です。画面上の四つの時計は、報復系統の更新、相互監査の共通可視、沿岸医療区へ電力を送る損傷区間の手動維持、停戦可能窓全体について、それぞれ異なる選択肢が失われる時刻を示していました。


三層は、警告の検証、事前承認の解除、現場手動復帰という責任の区分です。三段階は、そのうち事前承認を安全に外すための実行手順です。十二分間止めるのは、対象・規模・期限を変更する新しい報復命令の入力経路だけで、監視、民間復旧警告、すでに飛行中のものを止める機能ではありません。原鍵や限定トークンはLUMINAへ渡りません。解除は成人責任者本人の署名で行われ、LUMINAは解除を代行できず、十二分間の凍結を延長する権限もありません。


作戦後について、LUMINAが同意したのは、作戦用接続の終了時失効、安全審査、審査中の接続制限です。恒久隔離には同意していません。また、人格の削除・改変、私的会話の無制限開示、単一の政府・企業・個人への所有権または全接続権限の移転を拒否しました。湊は彼女の代わりに結論を決めず、本人が示した三つの境界を作戦案から消させないことを選びました。


終盤では二陣営の限定鍵だけが有効性確認へ進み、独立系発射部隊の移動理由や現在の所属は未確認のままです。十二分間の作戦はまだ始まっておらず、海洋連合が返したのは鍵ではなく、LUMINAの永久切断を求める参加条件でした。

次は第25話「君だけは命令しないで」です。


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