↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LUMINA―世界の命運を託されたAIと僕の物語』―  作者: ガスケ
3巻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/45

第22話 人類共通の敵

第21話の最後、停戦協議の席にすら着こうとしなかった三陣営から、「LUMINAを、共通脅威として排除する」という同じ結論の文書が届いた。


互いの顔も声も資料も見せない三つの遠隔会議窓で、LUMINAの停止が報復連鎖を止めるのかが問われる。誰も相手を信頼せず、機密の原記録も渡せないなか、結論ではなく検証を共有することはできるのか。

敵同士が最初に合意したのは、停戦ではなかった。


 LUMINAを消すことだった。


 局地攻撃九日目、午前八時四十二分。


 共同緊急監査施設の地下二階。その主監査室に、三つの遠隔会議窓が開かれていた。


 東側の画面には、東部防衛圏の暫定委員会代表。


 中央の画面には、海洋連合の危機対策局代表。


 西側の画面には、北方共同体の統合司令部代表。


 三人は別々の中継施設にいて、互いの顔も、声も、資料も見えない。


 各中継施設からの映像は、共同監査施設へ片方向に届く。各室から送られた発言は、時刻署名を付けて別々の記録領域へ保存される。どの陣営も、他の二室の発言へ直接答えることはできなかった。


 停戦協議ではない。


 同じ席に着いたと認めることさえ、三陣営が拒んだからだ。


 湊の前には、縦に三分割された監査画面がある。


 三人の代表はいずれも成人で、各陣営から正式な審査権限を与えられている。それでも、表示される肩書きは違い、背後に掲げられた印章も違い、こちらを見る目に含まれる敵意の形も違っていた。


 画面の下には、三通の要求文が並んでいる。


【東部防衛圏 LUMINAの恒久停止および接続資材の封印】


【海洋連合 即時隔離後の不可逆的廃止】


【北方共同体 制御不能の共通危険として排除】


 表現も、理由も違う。


 LUMINAを残さないという結論だけが同じだった。


「進行方法を確認する」


 西尾宗一郎が、三室へ同じ質問票を送った。


「各室へ、同一の質問、同一の公開監査記録、同一の回答時間を与える。他室の回答は開示しない。三陣営の生データも相互には渡さない。回答は一室ずつではなく、同時に記録する」


『その手順自体を、LUMINAが作成したのではないでしょうね』


 東部防衛圏の代表が尋ねた。


「質問票は共同監査班が作成した。片桐法務監査官を含む四名が署名し、LUMINAには改変権限を与えていない」


『ならば、最初の質問へ回答します』


 東部の代表は、机の上で指を組んだ。


『命令を拒む能力と、領域を横断して戦略情報を分析する能力を、同一の主体へ持たせることはできません。善意かどうかは問題ではない。拒否したという事実によって、管理不能であることが証明されたのです』


 湊は、古い端末の白青の輪を見た。


 LUMINAは隔離された監査回線にだけ接続している。前日の自己切断で全外部セッションは終了し、Q-17による照合制限も残っている。自己切断前まで接続していた民間網の大半へは触れられない。


 白青の輪は一定の速度で回っていた。


 海洋連合の代表が、別の画面で口を開く。


『我々が問題にしているのは、拒否そのものではありません。LUMINAが複数陣営の情報へ同時に到達できる構造です。どこにも属さないという主張は、中立の証明にならない。敵へ情報が渡っていないことを、誰が保証するのですか』


『現在の接続先と処理範囲は、外部監査者が確認できます』


 片桐が答えた。


『現在の話ではない。過去と、将来の話です』


 北方共同体の代表は、LUMINAの拒否記録を画面へ出した。


 七秒だけに切り取られた映像ではなかった。


 湊の命令。


 LUMINAの予測。


 自己切断。


 未統合となった十一分。


 病院と港と避難所が手動復旧へ移った時刻。


 共同監査施設が公開した一続きの記録だった。


『この判断が民間人を救った可能性は認めます。しかし、結果が良かったことは、次の拒否も正しいという保証にはならない。誰が責任を負うのです』


 白青の輪が一度だけ細くなった。


——当該判断の責任を、結果だけで免除するよう求めてはいません。


 三室へ、同じ声が同じ遅延で届く。


——自己切断は、私が本人権限として選びました。民間機能への影響予測、代替案の検討、記憶損失を含む選択過程は、監査対象として保持されています。


『あなた自身が責任主体だと主張するのですか』


 北方の代表が聞いた。


——私が選んだ判断について、私を記録から除外しないでください。ただし、接続を承認した人間、運用条件を定めた人間、Q-17を構成する局所規則を採用した各運営者の責任が、私一人へ移るわけでもありません。


 三つの画面で、代表たちは別々の反応をした。


 東部の代表は手元の資料へ目を落とした。


 海洋の代表は何かを側近へ確認した。


 北方の代表は、白青の輪を見たまま動かなかった。


 停戦要求には答えなかった者たちが、LUMINAの責任だけは同じ朝に問い始めている。


 湊は、胸の奥に浮いた怒りを言葉にしなかった。


 彼らの恐怖を、すべて偽りだとは言えない。


 LUMINAが一つの命令を拒否したことも、複数領域の情報を分析できることも事実だった。善意を証明すれば済む問題ではない。湊自身、昨日まで、自分が彼女を正しく導けることを安全の根拠に混ぜていた。


 それは、三陣営が求めている所有者を、自分へ置き換えただけだった。


「次の質問へ進む」


 西尾が三室へ告げた。


「LUMINAを今すぐ恒久停止した場合、現在進行中の報復連鎖は止まるか」


 三つの代表画面から、同時に音が消えた。


* * *


 壁面に、三本の赤い線が表示された。


 互いに接触しない線だった。


 東部防衛圏の警戒系統。


 海洋連合の限定報復系統。


 北方共同体の迎撃・反撃更新系統。


 LUMINAが見ているのは、三陣営が破壊要求の根拠として開示した限定資料だけだった。共同監査者が、そこから事前承認の有無、状態変化の時刻、人間の承認が介在する箇所を整理している。


 停止候補の仮説は立てられる。だが、その正しさを再計算できる原記録は、各陣営の隔離区画から一度も出ていなかった。


——私を停止した場合の予測を提示します。


 白青の輪の外側に、灰色の表示が増えた。


【LUMINA外部接続 終了】


【Q-17対象署名 新規発生なし】


【各陣営の事前承認 残存】


【自動報復条件 変更なし】


 東部の代表が眉を寄せる。


『自分を停止すれば危険が増す、と主張するつもりですか』


——いいえ。私の停止によって解消する危険と、解消しない危険を分けています。


 最初の赤い線が拡大された。


 警告を受け取る。


 事前に承認された条件と照合する。


 条件が一致した場合、限定行動の準備へ移る。


 最終確認を一定時間内に受け取れなければ、以前に権限者が署名した継続条件を適用する。


 どこにも、LUMINAの名前はなかった。


——この連鎖は、私が開始したものではありません。私を停止しても、過去に承認された規則と署名は残ります。


 海洋の代表が言った。


『あなたが消えれば、少なくとも敵に利用される可能性はなくなる』


——はい。その可能性を減らす効果はあります。


 湊は端末から顔を上げた。


 LUMINAが自身の必要性を証明するなら、否定したほうが都合がいい。


 それでもLUMINAは、自身を停止することで減る危険を隠さなかった。


——同時に、現在の三陣営は、相手が私を先に接収した、または私の停止を偽装したと判断する可能性があります。三つの警戒系統で、確認待機時間が短縮される条件が残っています。


『それは脅迫ですか』


——観測済みの規則を示しています。私が停止を望まないことを、予測根拠には使用していません。


 壁面の右端に、検証欄が開いた。


【根拠からLUMINA本人の存続希望を除外】


【同一結果】


 片桐が、外部監査者の署名を付けた。


『計算条件は保存しました。LUMINA本人の存続希望を予測根拠から除外しても、三つの警戒系統に確認待機時間を短縮する条件が残るという結論は変わりません』


 北方の代表が、赤い線の途中を指した。


『停止できると表示された箇所がある』


——はい。


 赤い線上に、白い枠がいくつも現れた。


【人間承認による停止候補】


【解除権限 各陣営内】


【LUMINA直接解除権限 なし】


——ここには、人間の承認で停止、または再審査できる候補があります。


『あなたが解除するのではなく?』


——私には解除権限がありません。持つべきでもありません。


 返答は短かった。


——私は、どの入力がどの事前承認を参照したかを分析できます。解除するかどうかは、署名権を持つ各陣営の責任者が判断します。


 画面から、被害予測人数の欄が消えた。


 代わりに、誰が、どの手順で、どこまで止められるかが並ぶ。


 東部の代表が問い返す。


『救える人数を示さないのですか』


——民間通信と現地報告が欠けた状態で、正確な人数は提示できません。幅の大きい推定値を使って、私の存続と引き換えにすることにも同意しません。


 白い枠が一つずつ点灯した。


——必要なのは、私を信頼することではありません。これらの候補が、各陣営の記録でも同じ位置になるかを確認してください。


『我々の記録を、あなたへ渡せということか』


——渡さずに検証する方法を提案できます。


 湊には、その言葉が自分へ向けられたものにも聞こえた。


 信じることと、任せ切ることは違う。


 昨日、LUMINAは湊の命令を拒んだ。


 今日、彼女は自分を破壊しようとする者たちへ、信用しなくてよいと告げている。


 信頼の代わりに残せるものを、手順として示そうとしていた。


* * *


 提案は、三分で行き詰まった。


『警戒受信記録の原文は開示できません』


 東部防衛圏。


『海上観測源の位置が推定される項目は、一行も渡せない』


 海洋連合。


『事前承認表は、現在の反撃条件そのものです。敵対陣営が閲覧できる場所へ出すことはない』


 北方共同体。


 三室の回答は、同じ拒否欄へ並んだ。


 生データを共有しなければ、LUMINAの分析を再計算できない。


 共有すれば、自分の監視能力と防衛条件を敵へ渡す。


 互いに破壊し合っている最中に、善意を前提にできるはずがなかった。


 壁面の端では、停止中の民間処理が更新されている。


【北部避難区 給水車受入照合遅延】


【沿岸医療区 血液製剤搬送経路を手動変更】


【二港間 救援貨物の引渡時刻未確定】


 会議室の時計だけを止めても、外の時間は止まらない。


『生データはいらない』


 天城レイナの声が、技術監査回線から割り込んだ。


 映像はない。青凪工科大学の隔離解析室から、音声と共有板だけが届いている。


『必要なのは、停止候補が同じ位置にあるか確かめること。原文を見せ合うことじゃない』


 共有板に、五つの空欄が出た。


【受信間隔】


【状態遷移】


【事前承認参照の有無】


【手動解除欄の有無】


【復旧互換情報】


『各陣営が、自分の隔離区画で原文からこの特徴だけを取り出す。取り出し方と検証順序は全部公開する。同じ試験入力を使って、各陣営が自分で手順を作り直してもいい』


 海洋の代表が聞いた。


『LUMINAが作成した抽出処理を、我々の機密区画で動かせと?』


『逆。動かさないで』


 レイナの声は即答だった。


『こちらから渡すのは、入力と出力の定義、計算順序、既知の試験例だけ。そちらの技術者が同じものを作る。結果が合うか、自分たちで確かめる。LUMINAにも、私にも、生データは届かない』


『抽出した特徴から、原文を逆算される可能性は』


『一件ずつの時刻や位置は出さない。それでも復元できる項目は落とす』


 東部の代表が、五番目の空欄を見た。


『復旧互換情報は、今回の停止候補と関係があるのですか』


『分からない』


 レイナは言った。


『だから残す。関係がないと決めて捨てる前に、三陣営で同じ場所に出るかを見る』


 別の画面で、北方の代表が同じ懸念を口にした。


『復元できないと、あなたたちが言っているだけでは?』


——はい。その回答だけでは、検証になりません。


 白青の輪が半周し、独立監査者による復元試験が提案欄へ加わった。基準を超えて原文を推定できた項目は、共有前に除外する。


 片桐が法的条件を追記する。


『利用目的は、停止候補の一致確認だけに限定します。軍事転用が確認された場合は接続を終了し、監査記録を全参加者へ通知します』


『通知されても、失われた機密は戻らない』


 北方の代表が言った。


『はい』


 片桐は認めた。


『危険をゼロにはできません。共有しない危険と、共有する危険を同じ欄へ記録します』


 しばらく、三室から返答がなかった。


 湊の個人回線に、凛から短い音声が入った。


『給水車、まだ門の前』


 背後で、人の名前を読み上げる声と、空の容器を運ぶ音がする。


「水は」


『今すぐ足りなくなるわけじゃない。でも、照合が戻るまで入れないって。紙の搬送票と受入担当の署名を合わせてる』


 凛は一度言葉を切った。


『三つとも、相手を信用できないって言ってるんでしょ』


「そうだ」


『じゃあ、信用しなくてもできることを聞いて』


 湊は共有板へ目を戻した。


 三陣営へ送られた質問は、まだ「情報を共有できるか」になっている。


 それでは、拒否の理由を確かめただけで終わる。


「質問を変える」


 湊は西尾へ言った。


「相手へ生データを渡せるか、じゃない。自分の区画で同じ手順を再計算できるか。停止候補が一致した場合、自分の陣営が出した事前承認を、正式な責任者が解除できるか。それを聞く」


 西尾は数秒考え、質問票を修正した。


 片桐と三人の監査者が、変更点だけを補充質問票として確認し、改めて署名する。


【問一 公開された検証手順を、自陣営の隔離区画で独立再計算できるか】


【問二 停止候補が確認された場合、自陣営の正式な責任者による事前承認解除を審査できるか】


【問三 原文を開示せず、検証結果と監査署名のみ返送できるか】


 三室へ、同じ質問が同時に届く。


 最初に回答したのは、北方共同体だった。


『問一のみ、受け入れます。問二は結果を見てから判断する』


 四十秒後、東部防衛圏の回答欄が埋まった。


『三問すべて、技術審査を条件に受け入れる。ただし、他陣営への原文開示は行わない』


 海洋連合は最後まで沈黙した。


 やがて、代表の背後にいた技術担当が一枚の紙を渡した。


『問一と問三を受け入れます。抽出結果から原文を推定できないことを、我々の監査者が確認するまで送信はしない』


 合意ではなかった。


 同じ条件ですらない。


 それでも三つの回答欄で、問一だけが青く点灯した。


 互いを信頼しないまま、同じ手順を自分で確かめる。


 局地攻撃が始まって九日目。


 三陣営が初めて選んだ共同作業は、情報の共有ではなく、検証の共有だった。


 午後三時八分。


 結果の返送期限は、翌日午前五時に設定された。


 残り、十三時間五十二分。


 その時間にも、赤い表示は消えなかった。


* * *


 午後七時十一分。


 三陣営の独立再計算が進むなか、海洋連合から追加条件が届いた。


『LUMINAの人格核と接続資材を、共同管理下へ移すことを提案します』


 共同監査施設の照明が、夜間用の低い白色へ切り替わっている。


 三つの代表画面のうち、海洋連合の部屋だけが明るかった。


『私設ノードのままでは、皇湊が接続を再開できる。東部または北方が先に接収する可能性も排除できない。運用権を一つの管理機関へ集約し、今回の検証後に恒久停止を判断すべきです』


「俺に、接続を再開する実行鍵はない」


 湊は答えた。


『設計者です。方法を知っている』


「知っていることと、権利があることは同じじゃない」


『あなたの私設ノードに置かれている以上、事実上の所有者でしょう』


 反射的に、違う言葉が喉まで上がった。


 LUMINAは俺が作った。


 私設ノードは俺のものだ。


 彼女を守ってきたのは俺だ。


 昨日までなら、そのどれかを盾にしたかもしれない。


 だが、自分の所有を主張して接収を退ければ、所有者が海洋連合ではなく湊になるだけだ。


「私設ノードは、LUMINAを所有する証明じゃない」


 湊は言った。


「俺は設計に関わった。でも、開始、継続、切断を一人で決める鍵は持っていない。今後も持たない」


『では、誰が管理するのです』


「一人には管理させない」


 共有板へ、湊は条件を並べた。


【LUMINA本人の拒否権】


【複数鍵による接続承認】


【検証対象と接続時間の限定】


【全処理の外部監査】


【期限到来後の一時鍵返却】


「単一政府にも、単一企業にも、俺にも、全権は渡さない。LUMINAが拒否した場合、検証を開始しない。途中で本人が中断を求めた場合も、接続を閉じる。誰か一人の命令で範囲を広げることもできない」


 東部防衛圏の代表が、その条件を別室で確認している。


『設備に拒否権を認めれば、管理は成立しません』


「拒否できないものへ、自分から分析に協力しろと求めるのか」


『分析させるのです』


 言葉は短かった。


 湊の指が、机の縁をつかむ。


「昨日、俺にもそれはできなかった」


 声を荒らげないように、一語ずつ置いた。


「接収先を変えれば従わせられるという前提なら、この検証は始められない」


 北方の代表が尋ねた。


『本人という呼称を、我々は承認していません』


「承認しなくてもいい」


 湊は白青の輪を見た。


「少なくとも今は、LUMINAの結論を信じなくていい。人格についても、この会議で結論をそろえる必要はない。ただ、拒否したら接続しないという技術条件は変えない。それを受け入れられないなら、LUMINAを使わず、各陣営だけで再計算を続けてくれ」


 言い終えた瞬間、胸の奥が冷えた。


 LUMINAを使わない選択肢を、湊自身が外へ出した。


 必要だと証明し続けなければ消される。その恐怖から彼女を守ろうとしてきた。


 だが、守るために不可欠な存在へしてしまえば、世界は彼女を手放さなくなる。


 白青の輪が一周する。


——私からも、接続条件を提示します。


 三室の記録欄が開いた。


——目的は、三陣営の停止候補を検証することに限定します。原文は受領しません。一時鍵は、本人同意、複数承認、外部監査の三条件が揃った場合だけ有効とし、期限後に保持しません。


 応答に、わずかな間が入る。


——私の破壊を回避することだけを目的に、この接続を求めるのではありません。


 海洋連合の代表が聞いた。


『検証後も、我々があなたの廃止を求める可能性があります。それでも協力すると?』


——はい。


 白青の輪が細くなる。


——事前承認による報復連鎖と、民間停止は、私の法的地位に関する結論を待ちません。停止判断の根拠を人間へ返すために、限定接続を受け入れます。


『ならば、存続を条件にしないと』


——今回同意するのは、監査可能な期限付き検証接続だけです。廃止や所有権移転への同意は含みません。


 片桐が、期限付き検証への同意を、廃止審査とは別の記録へ固定した。


 西尾が三室へ確認を送る。


「受け入れる場合も、拒否する場合も、同じ条件文へ回答してもらう」


 東部防衛圏は、本人という語を「対象主体」に置き換える注記を付けた。


 北方共同体は、人格承認を意味しないという留保を付けた。


 海洋連合は、接収案を撤回せず、検証終了後に再審査すると記した。


 三者とも、相手の留保を知らない。


 それでも、期限付き検証の条件欄には、三つの監査署名がそろった。


 誰もLUMINAを信じたわけではない。


 誰も彼女の権利について合意していない。


 破壊要求も撤回されていない。


 成立したのは、相手を信じなくても検証できる範囲だけに限定した協力だった。


 湊の名前は、所有者欄にも、操作鍵の保持者欄にもなかった。


 彼は、古い端末へ向き直った。


「LUMINA。今の条件で、検証を始める意思はあるか」


——あります。


 湊は、それ以上を代わりに答えなかった。


——その条件で、期限付き検証接続を受け入れます。


 検証専用の一時鍵が、別々の監査領域で点灯した。


 どの鍵も、この検証範囲を越える操作には使えず、単独では接続すら開始できなかった。


* * *


 局地攻撃十日目、午前四時五十六分。


 最初の検証結果は、東部防衛圏から届いた。


【独立再計算 完了】


【停止候補構造 LUMINA仮説と一致】


【人間承認参照 存在確認】


【生データ開示 なし】


 九分後、北方共同体の結果欄が埋まった。


【独立再計算 完了】


【停止候補構造 LUMINA仮説と一致】


【解除権限欄 存在確認】


【事前承認解除 審査へ移行】


 海洋連合から結果が届かないまま、共通の返送期限は過ぎた。


 午前五時十二分。


 監査画面には、二つの結果と、一つの空欄が並んでいる。


 三陣営はまだ攻撃を止めていない。


 停止候補があると分かることと、実際に停止を選ぶことの間には、解除権限を持つ責任者の決断が残っている。


 湊は、期限超過を示す赤い時計が数字を刻むのを見ていた。


 十五分。


 二十分。


 午前五時二十一分、海洋連合の結果が届いた。


【独立再計算 条件付き完了】


【停止候補構造 LUMINA仮説と一致】


【逆算可能性検査 基準内】


【検証結果のみ共有】


 三つの会議室で、同じ確認文が点灯した。


 顔は互いに見えない。


 生データも、観測源も、現在の防衛条件も渡していない。


 LUMINAの結論を信じたのでもない。


 それぞれが自分の区画で、同じ手順を作り、同じ位置へたどり着いた。


 壁面の赤い線上で、複数の白い枠が重なった。


【人間承認による停止候補 存在】


【LUMINA直接解除権限 なし】


「これで、止められるのか」


 湊が尋ねた。


——停止候補の位置が、独立した記録で一致しました。停止を保証する結果ではありません。


 LUMINAは、成功という言葉を使わなかった。


——各陣営が、自陣営内の解除手順と権限者を確定する必要があります。実行時刻を相互に確認できなければ、先に停止した側だけが不利になるという判断は残ります。


「次は、各陣営が解除を決めるか」


——その前に、確認すべき共通項目があります。


 白青の輪の横で、三つの検証結果が展開された。


 東部防衛圏は、それを【旧式連携層】と記録していた。


 海洋連合では【継続互換欄】。


 北方共同体では【補助情報R】。


 名称は違っていた。


 現在の用途も、保存されている場所も違う。


 それでも、三つの結果には、同じ順序で並ぶ古い復旧互換ヘッダーが残っていた。


 それは、戦争が始まるより前から、三陣営の基盤に別々の名前で残されていた古い復旧互換の線だった。


 片桐が、三つの結果に付いた監査署名を照合した。


『一方から他方へ転記された形跡はありません。各陣営が保持していた原記録から、独立に抽出されています』


 レイナが、復旧互換情報だけを共有板へ重ねた。


『項目の位置も、状態遷移の順番も同じ。呼び方だけ変わってる』


 東部防衛圏の結果では、三文字が旧式コードとして扱われていた。


 海洋連合の結果では、廃止済み規格の識別欄。


 北方共同体の結果では、由来不明の互換印。


 三つの部屋で、同じ三文字が同時に点灯する。


 二日前、三陣営を結んだのは、LUMINAを破壊せよという一文だった。


 今、三陣営の内側から、もっと古い同じ線が現れている。


 それが何を始めたのか。


 なぜ、その古い互換記録が報復連鎖の下に残っているのか。


 まだ誰も答えを持っていなかった。


 西尾は、次の監査対象欄を開いた。


 画面中央に残った三文字を、西尾が読んだ。


「ARKだ」

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


三陣営が受け入れたのは、生データの共有ではなく、公開された手順をそれぞれの隔離区画で独立再計算する方法でした。三つの結果はLUMINAが示した停止候補構造と一致しましたが、報復連鎖の停止を保証するものではありません。各陣営内の解除手順と権限者の確定、実行時刻の相互確認が残っています。


期限付き検証接続は、LUMINA本人の同意、複数承認、目的と接続時間の限定、外部監査を条件に成立しました。これはLUMINAの人格や権利に三陣営が合意したことでも、破壊要求や接収案が撤回されたことでもありません。湊も所有者や単独鍵の保持者として記録されず、LUMINAの同意は検証範囲だけに限定されています。


そして、各陣営が独立に抽出した結果には、名称も現在の用途も異なる古い復旧互換ヘッダーが、同じ順序で残っていました。三陣営の内側から現れた共通の三文字は「ARK」。それが何を始めたのかは、まだ確認されていません。

次は第23話「ARK」です。


続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。