第07話 初めての命の刈り取り
魔境の空気は重く、淀んでいた。腐臭と瘴気が入り混じり、息をするたび肺が焼けるような痛みを伴った。レイは必死に呼吸を整えようとしたが、喉が引き裂かれるように痛み、咳き込み、血の味が口に広がった。
――こんな場所で、どうやって生きろというんだ。
弱音が喉元までこみ上げる。だが、その時、茂みの奥で乾いた枝が折れる音がした。全身の毛穴が粟立ち、レイは反射的に身を低くした。暗闇の奥で、目が光った。獣だ。大きな狼のような魔物が、唸り声を上げ、牙を剥いて低く身構えている。
心臓が暴れ、息が詰まる。恐怖が身体を支配し、足が震える。それでも、レイは目を逸らさなかった。逃げ場はない。逃げれば背を向けた瞬間に喉笛を裂かれる。それが、この場所のルールだと本能で悟った。
「……来いよ……!」
声が震え、歯がカチカチと鳴る。それでも、レイは両手を広げ、無防備な胸を獣に向けた。覚悟を決めたのだ。死ぬなら、前を向いて死ぬ。怯えて逃げて背中を裂かれるより、少しでも抵抗して死ぬほうが、まだいいと。
獣が飛びかかった。巨大な牙が月明かりに光り、唾液が飛び散る。レイは咄嗟に横へ転がり、地面を転げ回った。背中が木の根にぶつかり、息が詰まる。獣が再び低く唸り、踏み込んできた。
その瞬間だった。咄嗟に地面に落ちていた鋭い石を掴み、力任せに振り上げた。それが獣の顔面に当たった。獣の唸り声が短く途切れ、次の瞬間、獰猛な目がレイを睨んだ。だが、レイは怯まず、再び石を振り下ろした。無我夢中だった。何度も、何度も、力の限り叩きつけた。手が痺れ、指が千切れそうになる感覚があった。それでも止まらなかった。止めたら、死ぬ。生きるためには、相手を殺すしかなかった。
獣が最後の呻き声をあげ、動かなくなる。レイの息が荒く、喉が焼けるように痛む。石を握る手は血に濡れ、指先が震えていた。鼓動が耳の奥で響き、頭がくらくらする。それでも、彼は立ち上がった。足が震え、今にも崩れそうだったが、必死に体を支えた。
「……これが……生きるってこと、なのか……」
呟いた声が、夜の森に消えた。冷たい風が吹き、血の匂いを運んでいった。レイの手には、温かい血が絡みついている。それは、自分が生き延びるために奪った命の証だった。
少年はただ、黙って空を見上げた。月が白く輝いていた。その光が、あまりにも冷たく、遠いものに思えた。だが、彼はもう引き返せなかった。ここで生きるしかないのだ。生きるためには、何度でもこの手を血で染める覚悟を決めるしかないのだと、痛感していた。
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