第06話 魔境の入り口で
夜が明ける気配はなく、森の奥は深い闇に包まれていた。
葉擦れの音が不気味に響き、獣の遠吠えが低く唸るように耳元でうねり、全身を震わせた。
レイの足取りは重く、擦り切れた靴が泥にまみれ、濡れた葉がべったりと張り付いている。
息が上がり、喉は渇き、胸が焼けつくように痛んでくる。
何度も膝が崩れ落ちそうになり、視界は霞み、足元の枝に引っかかり転びそうになる。
それでも、彼の足は止まる事はなかった。
止まってしまったら、もう終わりなのだと本能が叫んでいるのだ。
何かが、今すぐ背後から牙を剥き、喉元に噛みついてくるような恐怖が、ひたひたと迫っている気がしてならなかった。
「……はぁ、はぁ……クソ……!」
喉が引き裂けそうに痛い。
吐き出した息が白く煙り、冷たい空気が肺を刺した。
寒さで指先は痺れ、拳を握る感覚さえ徐々に薄れていく。
それでも、震える手をぎゅっと握りしめ、血がにじむほど強く爪を立てた。
前へ、前へと足を動かすたび、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。何かが崩れていきそうな感覚に、唇を噛んで堪えた。
「ここが……魔境の入り口か……」
かすれた声で呟いた言葉は、夜風にかき消されそうになった。
目の前に広がるのは、深い瘴気に覆われた谷間だった。
木々は黒く枯れ、土はひび割れ、獣の腐臭が漂い、空気は重く濁り、まとわりつくように肺に入り込んできた。
生命の気配は薄れ、あるのはただ、得体の知れない殺意と、じっとりとした悪意だけだった。
「怖いのか……?いや、違う……これが、俺の行くべき場所だ……!」
声が震え、歯の根が鳴り、震える唇を噛みしめながら、レイは瞳を閉じ、無理やり足を踏み出す。
足元の小石が崩れ、バランスを崩して肩から倒れかけた。
地面に手をつき、冷たい泥と腐葉土の匂いが鼻を突き、指先がじんじんと痛み、顔を歪め、呻き声が漏れた。
涙が滲み、何度も何度も深呼吸を繰り返し、喉の奥で血の味が広がるのを感じた。
「……怖い……怖いけど……!まだ、死にたくない……死にたくないんだ……!」
本当は、怖くてたまらない。
叫びに近い声が、夜の森に響く。
喉が掠れ、涙が頬を濡らし、震える身体を無理やり持ち上げ、膝を叩き、拳で地面を殴り、歯を食いしばる。
目の奥が痛み、視界が滲んで何も見えなくなる。
それでも、何も見えないその闇の中で、レイの瞳だけはかすかに光を宿していた。
燃えるような怒りと、どうしようもない絶望、そして、それでもなお折れない意志が、その奥で静かに煌めいていた。
「絶対に……負けない……負けたくない!俺は、絶対に……死なない……!」
吐き出した声は荒く、掠れていても、確かに生きようとする叫びだった。
月明かりがかすかに届き、涙と血に濡れた頬が白く照らされる。
その一滴一滴が、決意の証のように冷たく光り、土に染み込み、夜の森の一部となって消えていった。
――生きる。生き抜いて、必ず見返す。
――笑った奴らを泣かせ、絶望させ、すべてを覆してやる。
――そのためなら、この命すら賭けてやる。
レイは足元の土を掴み、爪で抉り、泥に爪跡を刻みながら、震える足で立ち上がった。
息が荒く、肩が震え、全身が痛みに軋んでも、その背筋だけは折れず、夜の森に一歩踏み出したその足音が、乾いた音を立てた。
彼の背を照らすのは、冷たい月の光と、誰にも届かぬ祈りだけだった。
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