第05話 それでも生きる
森の奥へと足を踏み入れたレイの視界を、闇が覆い尽くす。
夜の暗さは重たく、獣の気配が濃く漂い、木々の隙間からは冷たい風が容赦なく吹き抜けていく。
枝が軋む音が耳に突き刺さり、落ち葉を踏みしめる足音がやけに大きく響いた。
全身に疲労がまとわりつき、足元はふらつき、今にも倒れそうだった。
だが、レイは歯を食いしばり、唇を血が滲むほど強く噛み、ただ前を見据えて歩き続けた。
拳を握りしめる手には力が入りすぎ、爪が皮膚に食い込み、薄く血がにじんでいた。
木々の隙間から差し込む月光が、ところどころで地面を淡く照らしている。
冷たく、どこか寂しげな光だった。
レイの影は細く、長く、そして孤独そのものを象徴するように引き伸ばされていた。
「生きなきゃ……生きて、見返してやらなきゃ……」
かすれた声が夜の森に溶けていく。
誰も応えてはくれない。
誰も助けてはくれない。
だが、それでも、レイは自分自身に言い聞かせるように、その言葉を繰り返した。
無様だと笑われても、無能だと罵られても、この足を止めることだけはしたくなかった。
――止まったら、終わりなのだ。
喉が渇き、口の中が焼けるように痛む。
腹は空腹で軋み、身体中が鉛のように重かった。
目の前が霞み、意識が遠のきそうになる。
それでも、レイはゆっくりと、歩く。
朽ちた枝に足を取られ転びそうになり、膝をつき、冷たい土の匂いが鼻を突く。
顔を歪め、苦しさに涙が滲むが、目をぎゅっと閉じて堪えた。
「俺は……まだ、死なない……絶対に、死なない……!」
叫ぶように吐き出した声は、かすかに震えていた。
それでも、その叫びは確かに夜に響き、誰にも届かなくても、自分自身の胸に深く突き刺さった。
弱音を吐いたら終わりだ。立ち止まったら、死ぬ。
そのように、そう感じてしまった。
その時、森の奥で何かが蠢く気配を感じる。
葉のざわめきが不規則に揺れ、獣の唸り声が低く響き、レイの背筋を凍らせた。
全身が強張り、足がわずかに震える。
――だが、怯むわけにはいかなかった。
恐怖が喉元を締め付け、冷たい汗が背を伝う。
それでも、振り返らず、ただ歩を進めるしかないのだ。
「……でも、死ぬくらいなら……戦って、強くなって……!」
握った拳に爪が深く食い込み、血が滲む。
視界が滲み、涙と汗と血が混じり合い、頬を伝う。
冷たい夜風が傷口に染みて痛む。
それでも、レイの瞳には消えることのない光が宿っていた。
燃えるような怒りと、どうしようもない悲しみ、そして決して折れない意志が、その瞳の奥で静かに煌めいている。
「絶対に……負けない……!俺は、絶対に……!」
唇が震え、息が詰まりそうになりながらも、その声は確かに生まれた。
月光に照らされた涙が、頬を伝い、土に染み込む。
その一滴一滴が、決意の証のように冷たく光っていた。
――生きる。生きて、必ず見返す。
――笑った奴らを泣かせ、絶望させ、全てを覆してやる。
その誓いを胸に、レイは夜の森を歩き続けた。
暗い木々の間を、誰もいないその世界を、かすかな月明かりの下で、ただ一人、歩き続ける。
夜風が木々を揺らし、遠くで獣の唸り声が低く響いている。
しかし、レイは振り返らなかった。
背を丸めず、前を見据え、たとえ這ってでも、この闇の先へと進むのだと、強く心に刻みながら。
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