第49話 沈黙の祠、その深奥
異形の魔物が倒れ、黒い瘴気が空へと溶けていった後、しばしの静寂が辺りを包んでいた。
倒壊しかけた祠の奥、魔物が現れた裂け目の先には、古びた階段が隠れていた。草に埋もれ、石は半ば崩れている。
だが確かに、その先には『何か』が続いている。
「……まるで、最初から見つけられるのを待っていたみたいね」
リリィが静かに呟いた。
レイは無言でうなずくと、足元の魔力の流れを見つめながら一歩を踏み出す。
「この下に、答えがある。……行くぞ」
「ええ、もちろん」
階段を降りるごとに、空気は冷たくなっていく。
灯りもない、閉ざされた地下。
けれど二人は魔術の光を灯しながら、確かな足取りで進んでいった。
やがて、朽ちた扉が現れ、重い石の扉には、封印の紋が刻まれている――が、すでにそれはひび割れ、力を失っていた。
「これ……もともとは、何かを『閉じ込める』ためのものだったはずよね」
リリィが扉に手をかざす。微かに、残滓が指先を撫でた。
レイはその中心に指を当て、そっと囁くように言った。
「封じられし理を視よ、解を以て記憶を断ち切れ──識解」
光が脈打ち、扉が軋むようにゆっくりと開いていく。
中に広がっていたのは──儀式場。
いや、正確にはその『残骸』だった。
円形の魔術陣、崩れた台座、中央には、血のような黒い染みと、焼け焦げた本の破片が転がっている。
「……これは……」
リリィが言葉を失った。息が自然と浅くなる。
レイは中心に歩み寄り、跪いた。
地に触れた指先から、微かに残る魔力の痕を探る。
「……人為的な『召喚』……対象は、魔族……いや、『異界因子』そのものか」
「つまり、ここで何か――呼んだってこと?」
「そうだ――そして、制御できなかった」
レイの声は低く、明瞭だった。
この村がかつて襲われた理由。その一端が、今、姿を見せたのだ。
「封印が解けたんじゃない。『あの時』からずっと、くすぶり続けてた。俺たちが来たことで、再び目を覚ましただけだ」
リリィは膝をつき、黒い染みを見つめた。
「それにしても……誰が? どうして、こんな村で?」
レイは沈黙したまま、焼け焦げた書の欠片を手に取る。
そこにはかすかに、『王国魔導院』の紋章が残っていた。
「……王国の研究機関だ。恐らく……『実験場』として、この村を使った」
言葉が喉の奥で苦く留まる。
自身の過去が、また新たな形で傷を抉ってくる。
締め付けられるような痛みが、自分自身の胸に襲い掛かってきているのがわかった。
「……レイ」
リリィがそっと隣に寄る。
彼女の瞳には、怒りでも、哀れみでもなく、ただ静かな決意が宿っていた。
「私は、あんたの全部を知りたいって思ってる。だから……どんな過去でも、一緒に受け止めるわ」
レイの指が、書の断片をそっと地に戻す。
その背に、微かな、けれど確かな呼吸が宿っていた。
「……ここが始まりだ。すべての元凶を――追う」
そう言って彼は立ち上がり、地下からの階段を見上げた。
昇るべき空はまだ遠く、外の空気すら届かない。
けれど、その一歩が、確かに彼の『過去』を終わらせるための歩みだった。
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