第45話 記憶の欠片
それは、崩れた井戸のそばに埋もれていた。
「……これ、石板?」
リリィがしゃがみこみ、地面から覗く黒ずんだ石の断片に手を伸ばす。
触れた瞬間、ぴたりと空気が止まった。
まるで、村全体がその動きを見ていたかのように。
「――リリィ、触るな」
レイが素早く駆け寄ろうとした時、すでに遅かった。
石板の表面が淡く光を帯び、リリィの指先から脈打つような魔力の波が走る。
「……っ!」
リリィの身体がびくりと跳ねる。
視界がぐらつき、意識が引き込まれるように深く落ちていった。
――それは、記憶だった。
子どもたちの笑い声。
焚き火を囲む家族の姿。
小さな畑、泥だらけの手、嬉しそうに笑う少女。
まだあどけない少年が、誰かの手を強く握っていた。
そして――炎。
叫び。
崩れる家々。
血のにおい。
そして、少女の『視点』で見えた最後の光景――
――……逃げて、レイ
「――リリィ!!」
現実へと引き戻された瞬間、レイの声が脳裏に響いた。
目を開けたリリィは、浅い呼吸で荒れた息を吐く。
全身から汗が噴き出し、膝が崩れ落ちそうになっていた。
「……な、に……今の……」
「『誰か』の記憶に触れたんだ」
レイがそっとリリィの肩を支える。
その手のひらが、ほんの微かに震えていたのを、リリィは気づいた。
「……あれって、レイの……?」
「違う……あれは……多分、この村にいた誰かのもの。でも……俺の記憶と、あまりにも似ていた」
石板は既に力を失ったかのように沈黙していたが、微かにその周囲の空気は揺れていた。
まるで、いくつもの記憶の残滓が、いまだそこに留まっているかのように。
「レイ、あなた……昔ここで……誰か、守れなかった人がいるの?」
問いかけるリリィの声は優しく、しかしまっすぐだった。
レイはしばらく何も答えず、視線を村の中心にある倒壊した鐘楼へと向けた。
「……たった一人、助けたくて……でも、助けられなかった」
「女の子?」
「……ああ。多分、俺が『魔術』というものに本気で向き合うようになったのは、あの時が始まりだった」
その目には、淡い哀しみと、決して癒えぬ痛みが浮かんでいた。
「……私は、ここがあなたの故郷だって聞いても、正直どう接していいのか、わからなかった。でも……今のあなたを作ったものがここにあるなら、知りたいって思ったの」
リリィの言葉に、レイは目を伏せる。
「……勝手に知ろうとして、こんな目にあってるけどね」
そう言って微笑む彼女に、レイはふっと息を漏らした。
「……ありがとな」
それは、いつかの『ありがとう』とは違っていた。
過去と向き合う勇気をもらった、静かな感謝の言葉だった。
夕暮れが廃墟を黄金色に染める。
村の奥、封じられたはずの結界が、再び微かに脈動を始めていた。
まるで、レイの帰還を“歓迎”しているかのように。
風がまた、囁いた。
――まだ、終わってないよ?
――思い出して、レイ。
読んでいただきまして、本当にありがとうございます。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!




